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大艦巨砲主義の興亡  作者: kajiki
プロローグ
3/5

撤退


スコールの残滓のような湿った空気が、静まり返った泊地を覆っていた。


かつては「太平洋のジブラルタル」と呼ばれたこの場所も、今ではその面影すら薄い。


岸壁のクレーンは折れ曲がり、滑走路は各所に大穴が空き、所々に残る爆弾痕には雨水が溜まり、濁った鏡のように空を映している。

対空陣地はほぼ全滅し、今では

定期的に飛来する敵偵察機の迎撃すら

困難だ。

二ヶ月前、米機動部隊による空襲で壊滅的な打撃を受けたトラック泊地は、未だ息を吹き返してはいなかった。


その静寂の中に、異様な存在感を放つ艦があった。


戦艦「加賀」である。


艦体各所には応急修理の跡が生々しく残り、焼け焦げた装甲板の隙間からは、まだ微かに鉄の匂いが漂っている。第四砲塔は完全に失われ、三番砲塔も砲身を下に向けたまま沈黙している。


「応急修理、ひとまず完了だ」


たまたま停泊していた工作艦「明石」の士官が、疲れ切った声で報告する。


「航行には支障ありません。ただ、出せる速力はせいぜい15ノットです。」


言葉を選びながらそう付け加える。


加賀の艦長は短く頷いた。


「それで十分だ。呉まで持てばいい」


それ以上は求めていないし、求める余裕もないだろう。




2日後。


艦隊は静かに泊地を離れた。


先頭を行くのは戦艦「土佐」。その後方に戦艦「長門」、そして最後尾に傷を負った「加賀」が続く。

左右には引き続き第三水雷戦隊が

展開し主力艦の護衛につく。

中でも水雷戦隊旗艦である軽巡大淀は

先の戦闘でも傷を負っていない。

その防空火力はいまだ艦隊随一だ。


そして、相変わらず空に友軍機の姿はない。

もはや飛行機を飛ばせる飛行場が存在しないのだ。

誰もそれを口にしなかったが、全員が理解していた。


─────


トラック出港より八時間後。

艦隊は荒れた海に突入していた。

海面は白波で覆われ、二時間前から

雷跡と見間違った報告が多発している。


そんな状況で、それは突然起きた。


「駆逐艦若竹、被雷した模様!」


見張員の叫びが艦橋に響き渡る。

それと同時に艦橋を爆発音らしき波が

通り抜けていった。


防弾窓から艦橋後方を覗き込むように見ると、駆逐艦若竹が艦首から海面に突っ込んでいた。

艦尾のスクリューは水面に露出し

艦中央部からは火の手が上がっている。


「対潜警戒を厳に。

駆逐艦浜月を救援に残せ。」



艦長の命令は簡潔だった。

駆逐艦浜月が若竹のそばに寄っていき、

他にも数隻、特型駆逐艦が

周囲に爆雷を投下していくのが見える。


そして次第に景色の後方へ流されていった。


────

数日後。


本土、呉。


曇天の下、戦艦「土佐」と「加賀」はゆっくりとドックへと入っていく。


その巨体はまだ健在だったが、もはや以前の姿ではない。

戦艦「加賀」に関しては

艦後方が鉄くず置き場のように

引き裂かれている。


出撃時の威容は無く、かつての旗艦は既に

海底に沈んでいた。


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