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昼の作業を終え、森の風がひんやりと心地よい夕暮れ時。
リシェルはカイルとアランが道具を片付けるのを手伝いながら、ふと思いついたように尋ねた。
「そう言えば、お二人とシオン様は、学生時代からのご友人でしたよね?」
「うん。俺たち、同じ学校で同じ寮で過ごしたんだ」
カイルがにこりと笑って、草の上に腰を下ろす。彼にとって、嬉しい質問だったのだろう。かなり誇らしげな顔をしている。
「一緒に剣を習って、校庭を走って、馬に振り落とされて……まぁ、にぎやかな日々だったよ」
「なんだか、楽しそうですね」
リシェルも隣に座る。
「昔から、シオン様は今のような方だったんですか? えっと、つまり我慢強くて優しいって意味です」
「んー、変わらないな。昔から、困ってる奴を見ると、放っておけない性分だ。だから、学生時代から、騎士団と共に魔獣討伐に参加していた。国民が魔獣の被害に会わないようにって」
「それで、俺たちもシオンに付いて魔獣討伐に行ったんだ。おかげで、それまでパッとしなかった剣の腕が、驚く程上達した。今では、俺たちは、国で最強の“三人騎士団”と言われている」
アランが肩をすくめて言うと、カイルが苦笑してうなずいた。
「なあ、昔話してもいいよな? ちょっと暗い話なんだけど」
「ええ、ぜひ聞かせてください」
カイルは少し黙った後、ぽつりと語り始めた。
「俺たち三人には、婚約者がいたんだ。まだ十代半ばの頃だな。もちろん、政略上の婚約だけど、みんな、それなりに仲良くやってた」
「貴族や王族なら、婚約者がいるのが普通ですね」
「うん、そうなんだよ。六人で遊んだり、お茶を飲んだり、楽しくやってたんだ。
シオンの婚約者もエリザベスって名前で、明るくて優しい人だったよ。ふたりは、本当にお似合いだったんだ」
カイルが遠くを見る目をした。シオンの婚約者と聞いて、リシェルの胸がチクッと痛んだ。
だけど、カイルが深刻そうな声音になったので、リシェルは黙って聞くことにした。
「でも、ある時、留学生が来たんだ。どこかの国の平民の特待生だ。話がうまくて、顔も良くて……平民ながら、物語の王子様みたいな男だった。女生徒たちの一部は奴に“王子様”ってあだ名をつけて夢中になったんだよ」
カイルの言葉にアランが眉を寄せた。
「そうは言っても、本当の王子のシオン程ではなかったぞ? なぜ、あんなに人気があったのか、俺にはいまだに理解できん」
アランの言葉に、カイルが、
「そうだな。俺もそう思う。あいつはどれをとっても、シオンの足元にも及ばない。
俺たちは魔獣討伐に行って、しょっちゅう学校を休んでいたのがいけなかったかな」と言って、小さく吐息をこぼす。
そして、暗い口調で先を続けた。
「気づいた時には、俺たち三人の婚約者は、その男について他国へ行くって言いだしたんだ。まるで申し合わせたみたいに、同じ日に。そして、その男と一緒に消えていった」
「まさかそんなことが……」
リシェルは息を呑んだ。あのシオンを振る女性がこの世にいるとは、彼女には想像もできなかった。
「俺たちもショックだったよ。けど、一番落ち込んでいたのは、やっぱりシオンだった。
シオンは愛情深いからね。婚約者を本気で愛していたんだと思う」
アランの目が、また遠くを見つめるように細められる。
「それから、シオンは女性を避けるようになった。表では笑ってても、心の距離を詰めることはなくなった。ああいう裏切り方をされて、もう女性は信じられなくなったのかもしれない。そんなことは口にはしないけどな」
カイルはそこまで言って、ふいにリシェルを見た。
「だから、君がシオンと仲良くしてくれるのが、俺たち、すごく嬉しいんだ。少しはシオンの心も癒されるかなって」
カイルが照れたように言う。
「そんな悲しいことが、あったんですね。私で癒しになれればいいんですけど」
リシェルは、胸の奥がきゅっとなるのを感じながら、静かに頷いた。