7
日が落ちた頃、リシェルはシオンに声をかけた。
「少し、お話、してもいいですか?」
「リシェルがそんなことを言うのは珍しいな。なんだい?」
ふたりは別荘の裏にある小さな花畑へ移動した。風が木々を揺らし、鳥の声が遠くから聞こえてくる。二人は、丸太で作った椅子に並んで腰かけた。
「……あの、シオン様の傷のこと、カイル様とアラン様から、聞きました」
シオンはちょっと驚いた顔をしてから、すぐにふっと笑った。
「そっか。あのふたり、何か言っちゃったんだ。……君に」
「はい。それで……お聞きしたいことがあって」
リシェルは迷いながらも、まっすぐに言葉を紡いだ。
「シオン様、まだ、腕の傷は痛むんですか?」
シオンが一瞬、視線をそらす。リシェルはかまわず言葉を重ねた。
「お二人からお話を聞くと、まだ、傷が……良くなっていないんじゃないかって、そう思えてしまって」
シオンは少しだけ目を伏せて、それから静かに笑った。
「……なるほど。カイルとアランに他にも何か言われた?」
図星を突かれたリシェルは、思わず言葉に詰まる。
「……シオン様の痛みは、他の人に触れることで少しでも和らぐかもしれないとお聞きました。だったら、そういう方法をとることは……できないんですか?」
「僕はね、リシェル。自分の痛みを減らすために、友達を犠牲にする気はないんだ。触れたら、彼らが痛む。そんなの、僕には――」
「それは違います!」
リシェルは、空気を断ち切るように鋭く言った。
シオンは驚いて目を丸くした。
「犠牲じゃありません。それは……ご褒美です。シオン様が苦しんでいるのを見て、何もできないって感じるほうが、あの方たちは、ずっと……ずっとつらいんです! その気持ち、私にもわかります。私だって……」
「……リシェル……」
「シオン様のことを想ってる人が、目の前にいます。助けたいと思っている人が、います。それなのに、全部ひとりで抱え込んで、苦しんで……そんなの、優しさじゃないです!」
胸がいっぱいになって、リシェルは言葉を止めた。
シオンはしばらく黙っていたが、やがて小さく笑った。
「君に、説教されるとは思わなかったよ」
「す、すみませんっ!」
「いや、いいんだ。ありがとう。少し、考えてみるね」
彼の声は、どこか柔らかくて。
それを聞いたリシェルは、ほんの少しだけ胸が熱くなった。
「リシェルの言う通りだよ。ほら、俺の手、ちゃんと洗ってあるからな。遠慮せずに握ってくれ、シオン」
「俺も握っていいぞ」と、突然、背後で声がした。
いつの間に来たのかわからない。気配を消したまま、二人はシオンとリシェルの背後に立っていた。
「少しぐらい痛くたって、シオンが楽になるなら、安いもんだ」
「そのとおりだ」
「お前ら、僕たちの会話を盗み聞きしていたのか?」
「まあな。手を洗ってから来てよかったよ。イモを掘った手で王子様には触れない」
「俺の手はカイルよりは綺麗だ」
「お前ら……本気で言ってるの?」
「もちろんだ」と、ふたりは声をそろえる。
シオンはためらいながらも、腹をくくったようで、そっとカイルの手に触れた。
その瞬間、痛みが走ったのか、カイルは瞬間息を止めた。
カイルは唇を引き結び、それでも口元をゆるめた。
「これくらい、なんてことないさ」
そう言って、カイルは、がしっとシオンの手を握り返した。慌てて手を振りほどこうとしたシオンだったが、カイルは握って離さない。
「俺は騎士だぞ? みくびるな」と言って額に汗を浮かべながら微笑んだ。
「……ありがとう、カイル」
「次は俺だ」
シオンはアランの手にもそっと触れる。アランもシオンの手を握り返した。
シオンは静かに目を閉じて、うなずいた。
「……不思議だ。かなり、楽になった。今日はよく眠れそうだ。ありがとう」
カイルとアランの顔が輝いた。
「そうか! これからは毎日このくらいの時間帯に握手しような!」
「うん。それがいい」
痛いはずなのに、二人の声が弾んでいる。
その様子を見て、リシェルの胸が熱くなる。
本当に大切な人たちと、心から支え合っているんだ。
(私も、いつか……)
リシェルはそっと、自分の胸に手を当てた。
(私も、もっとシオン様と信頼関係を築けたら、痛みを分けてもらえるかもしれない。そうなるように、頑張ろう)
そう誓ったリシェルの瞳には、もう迷いはなかった。




