11 前半シオン視点
そうやって、日々を重ねたある日のこと。
今日は、細々したものを買いに町へ向かっていた。
リシェルが主役。シオンはその付き添いという体だったけれど、実際には「痛みを和らげてもらうため」に必要不可欠な存在として、当たり前のようにリシェルの手を握っていた。
と、その時。
「リシェルさん、お元気そうですね! いつも、よく効く薬をありがとう!」
背後から明るい声。長身の見目麗しい青年が歩み寄ってきて、笑顔でリシェルの前に立った。自然な流れで、リシェルの手はシオンから離れる。
「…………ッ」
何とも言えない、冷たい風がシオンの胸の奥に吹いた気がした。
青年は、リシェルに薬の礼を言い、「またよろしくね」と笑顔を向ける。リシェルはにこやかに応じている。至って普通のやりとりだった。
なのに。
(なんだ……これは)
見ているだけで、胸がざわつく。喉が乾いて、目の奥がじんとする。
つないでいた手が離れたのが、こんなに堪えるとは思わなかった。
リシェルが笑っているのに、それが自分に向けられていないのが嫌だった。
嫌だ。
あいつに、リシェルと話して欲しくない。
気づいたときには、青年とリシェルの会話に割って入っていた。
「リシェル、そろそろ行くよ」
「あっ、はい! すみません、失礼します!」
あわてたようにリシェルが頭を下げてその場を離れると、青年は少し残念そうに見送った。
「手。繋いでも、いい?」
驚いたように瞬きをしたリシェルは、すぐに微笑んで、その手を差し出す。
「もちろん。どうぞ」
指先が触れた瞬間、さっきまでの不快な感情がふっと消えた。
(ああ、そうか)
そのとき、はっきりと自覚した。
(自分は、リシェルと一緒にいたい)
(だけど、他の誰かが彼女と一緒にいるのは、嫌だ)
(それって……)
「シオン様?」
リシェルが心配そうにのぞきこんでくる。その優しい紫色の瞳に、胸の奥がまたざわつく。今度は、別の意味で。
「……ううん、なんでもない。手、ありがとう」
「ふふっ、どういたしまして」
手のひらのぬくもりに包まれて歩き出すふたりを、背後で見守るカイルとアラン。
「ついに気づいたっぽいな」
「長かった……鈍すぎだぜ」
「でも、リシェルに礼を言っていた青年、シオンに怯えていたな。『リシェルさんと一緒にいたフードの男がなんか怖かった』って言って、町で噂になるぞ」
「だな」
そう呟きながら、ふたりの護衛は今日も静かに見守るのだった。
◇
森の中の小さな家に戻ってのティータイム。
穏やかな午後、三人は、テーブルに座ってお茶を飲んでいた。
シオンは着替えをする為に、一旦部屋に戻っている。
カイルがぼそりと呟いた。
「……リシェルと手を繋ぐと、日が落ちてもシオンは腕が痛まない。
寝ている時も、身体に激痛が走らない、と本人が言っていた。つまり、呪いが解けない限りは、ずっと、リシェルが必要なんだ」
アランが茶を啜って頷く。
「でも、逆に言えば、呪いが解けたら、シオンは王族として誰かと政略結婚しなければならなくなる。どこかの国の王女か、国内の有力貴族の娘か……」
「それってつまり、呪いが続いてくれた方が、リシェルといられるってことになるな」
「皮肉な話だな。呪いがある方が、幸せでいられるとは。だが、呪いが解けなくては、シオンは自分の子供にも触れない。愛馬のルーシーにすら」
ふたりがため息をついたそのとき、
お茶を追加していたリシェルが、くるりと振り返った。
「なにを言ってるんですか!」
キリッとした目がふたりを見据える。
「私は……私は、必ずシオン様の呪いを解きます。治癒魔法がまともに使えるようになったら、絶対に!」
カイルがちょっと焦ったように手を振る。
「お、おう、そうだな! もちろん、それが一番大事だよな!」
「そうそう、冗談だ、冗談」
ふたりはバツが悪そうに視線を合わせた。
でも。
(いや、でもな。もし、リシェルが本当に治癒魔法を取り戻したら……聖女ということにならないか?)
(聖女なら、逆に、王子と結婚できるかもしれないぞ?)
(平民だろうが何だろうが、聖女なら、きっと国王陛下も認めるだろ)
(それに、もうほぼ恋人だしな)
そんなこそこそと小声で言い合う。
二人の心に宿るものは一緒だ。
彼らの大切な王子様。
シオンは、二人が命を懸けて守ると決めた、かけがえのない彼らの主だ。
婚約者のエリザベスが去っていった時に見せた、あの悲しい瞳はもう二度と見たくない。
――シオン、あなたが幸せでいられるなら、俺たちリシェルとの仲を応援するよ。
こそこそ話すまでもなく、カイルとアランの中では、確信していたことがあった。
――シオンは、リシェル以外無理だ。
そしてそれは、シオン本人も気づき始めていた。