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リシェルは半分開いた扉の外に立ち尽くしていた。

部屋の中から聞こえてくる、シオンの哀しくも切ない声。


自分のことではないはずなのに、どうしてこんなに胸が痛むのだろう。

扉越しに感じたのは、シオンが落ち込み、カイルとアランが何も言えずにいる、そんな空気だった。


「……俺は、みんなに迷惑をかけてばかりだ」


掠れたその一言が、とどめを刺した。

リシェルは無意識のうちに扉に手をかけ、音を立てて開け放った。


「失礼します! 話は全部聞きました!」


驚いたように、三人の視線がこちらを向く。

リシェルは息を弾ませながら、まっすぐシオンに向かって駆け寄った。


「それなら、私が!」


「リシェル……?」


シオンが顔を上げた、その瞬間。


「平民が王族のお身体に触っては駄目だって知っています! でも!」


リシェルはシオンの前に立った。

目はまっすぐに彼を見ていて、少しも揺れていなかった。


そして。


「私とも痛みを分かち合って欲しいです! ご無礼をお許しください! エイッ!」


シオンの手を、ぎゅっと握った。


「なっ……!」


シオンの瞳が大きく見開かれる。

カイルとアランが、同時に駆け寄った。


「リシェル、だめだ! 離れろ!」


「やめろ、君には耐えられない!」


「リシェル! なんてことを……!」


シオンは慌てて手を引こうとする。


「怪我したらどうするんだ! すぐ、離して……!」


「……あれ?」


リシェルが、きょとんとした顔で繋いだ手を見た。


「全然……痛くない、です。お二人はシオン様に触れると本当に痛いんですか?」


その声があまりにものんびりしていたため、誰も言葉を返せなかった。


「……え……?」


シオンが、呆然と自分の手を見下ろす。

確かに、触れている。リシェルの柔らかな手が、シオンの手を包んでいる。

けれど。


「本当に? 痛くないのか? 俺は激痛が走ったぞ」


「俺もそうだ。剣で刺されたような痛みだ。リシェルは感じないのか?」


「はい。ぜんぜん。シオン様は、どうですか? 痛みは減りますか?」


リシェルは言いながら、ゆっくりと、両手に力を込めた。


「すごいスピードで痛みが消えていく。まるで今だけ、呪いが消えたかのようだ」


シオンが唖然としたように言った。

カイルもアランも、口を開けたまま、ただ見守っていた。


それは、突然の触れ合いだった。

けれど、その手が繋がれた瞬間。

誰もが“奇跡”という言葉を思い浮かべた。



◇



心地よい朝。

今日もシオンは手を差し出した。


「リシェル、手、お願いしてもいい?」


「はい、どうぞ」


小さな手がそっと彼の手に重なる。

こうして、手を繋ぐと、夕方になると痛んでいた腕の傷が痛まなくなる。

それだけではなく、一日中、鈍くうずいていた背の痛みまでもがすっと引いていく。

それを、シオンはもう何度も体験していた。

その上、昼間、手を繋いでもらえば、夜寝ている時にやってくる激痛も来なくなるのだ。


「いつもありがとう」


「いえ。これくらい、なんでもないです。私にできることですから」


自然なやり取り。毎朝のように繰り返される、ふたりの新しい“習慣”。


「いや、もう恋人では?」カイルがちゃかす。


「そろそろ公表しても驚かれないレベルだな」とアラン。


だが当の本人、金髪の美しき王子はと言えば──


「俺はただ痛みを和らげてもらっているだけだし」


と、今日も堂々と鈍感宣言。


「いやいやいやいや」とカイルがすかさず突っ込む。


「リシェルと手を繋ぐのがいいんじゃないの? もし俺とだったら、そんなに嬉しそうな顔をする?」


「うん、まあ……それはそうかもしれない」



言葉を濁し、でもリシェルの手はぎゅっと握りっぱなし。

そこへ、薬屋の青年が訪ねてきた。月に1度、薬と日用品を交換するためにやってくる青年だ。

リシェルはそっとシオンから手を離す。


「リシェルさん。また薬をもらいに来たよ。リシェルさんの薬はよく効いて、ほんと助かる。今回は、布地と交換で良かったのかな」


屈託ない笑顔で、青年がリシェルに近づこうとしたその瞬間。

ギギッと音がしそうなほど、シオンの顔が険しくなる。


「……もっと離れろ」


「えっ?」戸惑う青年。


「リシェルに近寄るな」


「あ、いや、ちょっと……これでいいですか?」


青年が困惑しながら後ずさりするのを横目で見て、カイルがアランの耳元で囁く。


「今の見た?」


「ああ、完全に嫉妬。しかも無自覚」


「ヤバいな、これ」


リシェルはというと、そんなシオンの態度に気づいたような、気づかないふりをしているような微笑みを浮かべて、

「シオン様、どうかされましたか? 私、奥に行って、薬を取ってきますね」

と、首を傾げた。


「いや、なんでもない。一緒に、行こう」


不機嫌を押し殺したまま、シオンはリシェルの手をもう一度しっかり握る。


「…えっと……」とリシェルの頬がほのかに染まるのを、シオンは見ていない。


でも、カイルとアランは見ていた。


「いや、これはもう……両・想・い」


「早く気づけ、シオン」


そう思いながら、今日もふたりの護衛は“愛の手つなぎ”を見せつけられるのだった。





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