彼女の中の「普通」
「お、天花寺さんだー。楽しんでる?」
「この前の料理美味しかったよ。また持ってきてね」
「そうそう、どこで習ったの? あんなの」
八班の面子に加えて、九班の面々も彼女に感謝と称賛を伝えに集まっている。なんだかんだ、皆根性を見せて生き残ったようだ。それに微笑んで答える彼女は、復讐なんて関係ない、ただの綺麗な女性に見えた。
きっと本来は、ああいう顔の人だったのだと新は思う。ぎすぎすした家庭なんて知らなくて、普通に両親が好きで、友達だっていた。なのに一つの事件をきっかけに、それを全部切り離した。そして大学にも通わず、怪しげなゲームなんかに参加している。全ては犯人を見つけるためだけに。
「……理不尽だな、世の中」
新がぼそっとつぶやいた声は、誰にも聞こえることなく、懇親会の会場の中に消えた。
その夜は、八班の皆が腹が減っていないというので、軽いお菓子をつまみながら連絡先を交換した。九班も、今日は懇親会でしこたま食べていたからやってこない──と思っていたら、玄関の呼び鈴が鳴った。もしかしたら宗一郎か、と警戒しながら新は出迎える。
「なんだ、お前か」
「私で悪かったわね。あなた、おどおどしたけど何か隠してない?」
「……そういうわけじゃないけど。どうした」
「ふうん」
問われた佳乃は、鼻を鳴らしてから小さなノートを顔の前でひらひらさせて見せた。
「この前の料理、作り方教えてって言われたから。ざっとレシピだけ書き出して持ってきたの」
「そうか。お前、いい奴だな。預かっとこうか?」
「褒めてもなにも出ないわよ。みんなの顔も見たいし、直接渡すわ」
佳乃はそれでもちょっと気をよくしたのか、微笑んでリビングに入っていった。わあ、と喜びの声があがるのが聞こえてくる。特に佐藤と横田の声が大きい。
「ありがとー! あれ、本当に美味しかったから嬉しい」
「意外と簡単に作れるの。もし急ぐんだったら、いくつか手順を省いても構わないし。それも書いてあるから」
至れり尽くせりというやつだった。女子二人はさらに喜び、佳乃を各々の部屋に招き入れる。出てきた佳乃は化粧品のサンプルやら、小さなキーホルダーやらを両手に抱えていた。お礼でもらったのだろう。
「お前、明日のゲームはなんだと思う?」
「まあ、有名どころで言えばポーカーかコントラクトブリッジじゃない? ジン・ラミーは二人でやるものだから、この人数だと厳しいし。……最終日はそういう王道ものじゃなくて、意外なところでくるんじゃないかと思ってるけど」
佳乃の言うことを聞いて、八班の残りの面子は首をかしげていた。そして慌てて、スマホでルールを検索し始める。
「意外なところねえ」
「例えば神経衰弱とか、ババ抜きとか」
「ポーカーやった後にそれだと、落差がすごいな。盛り上がるか、それ?」
佳乃はその問いを聞いて、眉間に皺を刻んでみせた。
「この運営ってひねくれてるから。単純なゲームに何か加えて、スリリングなものに仕上げてくるような気がする。……その仕上げをするために、このメンバーを集めたような気がしてるから」
「そうであることを祈ってるけどな」
今のところ、佳乃の意識はゲームシステムの解明に向いている。ずっと宗一郎のことばかり考えているわけでもないと分かって、新は少しほっとした。
「そういえばさあ、そろそろポイント数によって何ができるかとか明かしてほしいよな。それによって、一位狙いにするかそうじゃないかが決まるしさ」
静馬がため息をつくと、それに佳乃が答えた。
「たぶん、かなりの高ポイントを集めないと紹介はしてもらえないんじゃない? だって、今日からかなり一位とそれ以外の差が開いてたでしょ? あれは頑張って一位にならないと無理ってことだと思うわ」
「それにそうでないと、危険を冒してポイント全賭けを選ぶ奴も出ないしな。まあ、焦らなくても明日あたりに言ってくると思うぞ」
新が言うと、静馬はうへえと声をあげた。
「光瀬くんも天花寺さんもすごいねえ。私たち、そこまで考えもしなかったよ」
「そうそう。皆と話すの楽しいし、ご飯も出るし。ゲームは全然一位になんかなれないけど、旅行させてもらえて楽しかったなあって思ってた。次はきっと勝てないけど、それでもいいや」
佐藤も横田も、すでに満足してしまっているようだ。けっこう他の班とも連絡先を交換したようだし、大半の参加者はもう無理したいとは思っていないのではないか。新は茶を飲みながら、そう思っていた。
「でも、醍醐さんの誘いを断ったのは勿体なかったかなあ」
それを聞くなり新は飲んでいた茶を噴き出し、佳乃は持っていたキーホルダーを取り落とした。
「え、何、どうしたの?」
「宗一郎……醍醐の誘いってなんだよ。何か言われたのか?」
「別に変なことじゃなかったと思うんだけど。連絡先交換した時に、良かったら十一班の家に遊びにおいでーって言ってた」
「あいつ……」
佳乃が手のひらに爪を突き立てる勢いで、拳を握りしめた。それを見た佐藤が、おろおろしながら声をかける。
「あ、あのね。醍醐さん、男の人にも均等に声をかけてたからっ。浮気したいとか、そういうのじゃないと思うよ!?」
佳乃が怒っているのは色恋沙汰ではないのだが、事情を知らない彼女らから見たらそう感じられるのだろう。佳乃ははっと表情を取り繕って、無理に笑顔を見せた。
「私とあの人は、そんなんじゃないから」
「え、そうなの? だいぶみんなの中で噂になってたけど」
「初日で変なイメージがついちゃったわね。本当に付き合ってもないし、嫉妬したわけじゃないの。ただ、公平なゲームなはずなのに裏でそんな工作をしてたっていうのが許せないだけ」
佳乃がそう言うと、佐藤は一応納得した様子を見せた。
「まあ、結構いろんな人に声かけてる人はいたよ。あの鹿ノ子さんって美人も、結構そうしてたから」
静馬が苦笑しながら言う。
「あの秘密を集めてる人は多いのかなあ。SNSの裏アカウントでも、覗いてるような気分なんだろうね」
「そんな人には見えないのにね。いかにもお嬢様って感じ」
考えてみれば、鹿ノ子もまあまあ謎な存在ではある。ゲームに落ち着き払っているし、宗一郎への揺さぶりが規則違反になるのではと恐れている様子もなかった。普通はもう少し戸惑うものだと新は思う。
何をもって動いているかは分からないし、最後の最後に裏切ってくる可能性も捨てきれない。新はしばらく、今まであったことを脳内で反芻していた。
「……ぼーっとしているところ、悪いけれど。私はそろそろ帰るわ」
佳乃の声がして、顔を上げる。彼女はすでに踵を返して、玄関へ向かおうとしていた。その足取りが、来た時よりは少し軽く見えたのは、気のせいだったのだろうかと新は思った。
翌日、また皆の朝食を作ってから、新は五郎に電話をかける。本人は寝こけていたが同班の男が電話をとってくれたので、寝坊はこれで防げた。
「宗一郎が来ても、一緒に行くなよ。あいつ、抜け駆けを狙ってるから何をしてくるか分からないぞ」
昨日佐藤から聞きだした情報を伝えると、電話口の向こうの相手が憤怒する様子が伝わってきた。
「女の子を集めてキャッキャしてるだと……許せん。断じて許せん」
「いや、女の子だけじゃないみたいだけどな」
「分かった。あいつには決して心を許さない」
電話を切ってからしばらく新は呆れていたが、目的は達成したからいいかと思い直した。支度をしてから公民館に向かうと、今日は昨日より到着している人間が少ない。皆、最後が見えてきて準備をしているのだろうか。
「あいつは変わりないけどな……」
宗一郎は相変わらず、涼しい顔で公民館の前に立っている。その取り巻きは相変わらず女子が圧倒的に多いが、その中にぽつりぽつりと男が混じっているのが印象的だ。
「あ、おはようございます」
聖の姿を見つけたので、新は自分から声をかけた。彼は頭を下げたが、相変わらず何もしゃべらない。しかし近くに鹿ノ子もいないのに、彼だけがいるとは思わなかった。
「……一応、昨日八班の家の周りを巡回してみました。怪しげな機械の類はなかったから、盗聴・盗撮までは心配しなくていいと思います」
「そこまでやってくれてたんですか」
新が驚くと、聖は呆れたようにため息をついた。
「君も聡いように見えて人がいいですね。大人が本気で敵対するとなったら、どんな手段も辞さないなんて奴はざらにいますよ」
「肝に銘じます……」
聖は言いたいことを言うと、鹿ノ子を見つけて歩み寄ってしまった。三班の方にも何事もなかったようで、新はほっとする。
「おはよう」
佇んでいると、佳乃が声をかけてきた。見ると、彼女の後ろには十二班の班員らしき面子もいる。
「そうか。……なんか、変なことなかったか」
「変って?」
「いや、心当たりがないならいいんだ」
佳乃が嘘をついている様子はないし、他の班員も元気だ。宗一郎が何かした可能性はないとみていいだろう。
「おっす」
直美がやってきた。こちらは相変わらず一人で、相変わらず班員からは浮いている様子である。昨日も調べものをしていたのか、目のふちがわずかに赤い。
「とうとうあと二日で終わりかあ。そうなっちゃうと寂しいね」
世間話をしながら、直美はちらっと新に視線を送ってくる。新がそちらを見ると、無言でうなずいてみせた。今日は新しい情報が何かある、ということだろう。新も後で聞く、という意味をこめてうなずいた。
「間に合ったー!」
サイン交換が終わったところで、五郎をはじめとする九班が駆けこんできた。
「……あんたら、なんで家が遠い私よりギリギリなのよ」
直美が呆れていたが、一同は宗一郎を見るなり、憎しみで目をぎらつかせる。
「おう同志、あれが今日の獲物だな?」
「そうでございやす。女子を集めて酒池肉林という、けしからん野郎でごんす」
「叩きのめしてやろうぜ、へへへ……」
「完全に悪役の台詞だ。しかも開始二分で殺されるチンピラのやつ」
直美があまりに正確なツッコミを入れたが、怒りに燃える九班の男子たちには届いていなかった。
「というか、できると思ってるのがすごいな。惨憺たる成績だろ」
「いえいえ、生き残っているというのは、素晴らしいことですよ。どんな時でも、それが一番肝心ですもの」
鹿ノ子がにこにこしながら寄ってきてそう言う。そんなものかねえ、と新はため息をついた。
「この場合、脱落してた方が幸せだと思うんですけど」
「まあまあ。まずはゲームの内容を聞いてみませんと。ね?」
「ちょっと楽しんでません? 協力してくれるのはありがたいんですが、俺、鹿ノ子さんの考えてることもイマイチ分からないんですよね」
新はあえてずばりと聞いてみたのだが、鹿ノ子は笑うだけで答えない。聖の厳しい視線も降ってくるので、今は諦めることにした。
やや昨日よりまばらになった班員たちを見ていると、婆さんがやってきて壇上から挨拶する。
「さて、ぽつぽつ脱落してちと寂しくなったね。連続で負けなきゃそうそう退場にはならないんだが、弱い奴は決まってたってことかい。……運だけで生き残ってるやつもいそうだけど」
明らかに五郎の方を向いて言った気がしたが、当の本人は気づいていない。
「今日のゲームは、ポーカーさ。世界三大トランプゲームの一角だから、知ってる者も多いだろう。特別なルール変更はないが、今回は卓の様子によく目を配っておいた方が、色々と得をしそうだよ」
老婆の口調に不審なものを感じつつ、新はじっと耳を傾ける。




