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腹黒タヌキは一匹とは限らず

 一ノ瀬(いちのせ)は少しためらっていたが、渋々と言った様子でカードをめくってみせた。出てきたのは、スペードの九。


 結構な量のカードがたまっていたこの瞬間の敗北は、最初とはわけが違う。今回、彼女は最下位になることがほぼ確定してしまった。それを悟っているから、一ノ瀬は軽く肩をすくめてみせる。


「どうして嘘だと見破ったかだけ、できたら教えてもらえます? 表情なんかには出ないよう、できるだけ気をつけたつもりなんですけど」 

「ああ、お前すごく真面目な奴だから、慎重にやってたのは分かった。でも、今回はそれが裏目に出たな」

「……どういうこと?」


 訝る一ノ瀬に向かって、(あらた)は苦笑する。


「お前、手札を数字順にきっちり並べ替えてなかったか? 配られた時、必ず」


 その指摘を受けて、一ノ瀬は「あ」と言ったまま固まってしまった。


「分かるよ、その感覚。バラバラになってると気持ち悪いよな、真面目な奴は特に。でもな、それやると、だいたいどこから出したかで数字の予測がついちまうんだよ」


 特に今回のように、AやKといった端の数字を宣告しているのに、中央付近から出してきた場合は分かりやすい。そう新が言うと、一ノ瀬は素直に驚いていた。


「……光瀬(みつせ)さん、思った以上によく見てるんですね」

「思った以上は余計だ。でもまあそうだな、人の顔色うかがうクセみたいなのがついてるからな……」


 それは家庭内暴君である母親の嵐から逃れるために、自然と身についてしまったスキルである。まさかこんなところで役に立つとは、新自身も思っていなかった。


 ゲームはそれからつつがなく終わり、新が一位。二位は一ノ瀬、三位は額田(ぬかだ)、四位は堀井(ほりい)となった。堀井はこの勝負で全部のポイントを使い切ってしまい、退場が決定した。そうなるとあれだけ罵りあっていた額田と抱き合いおいおい泣いているから、わからないものだ。


 新は男同士の友情から顔を外して、三番の卓を見やる。こちらは今がまさにクライマックスで、とうとう鹿ノ子(かのこ)に順番が回ってこようとしているところだ。場には少なく見積もっても十数枚のカードが出ており、これをくらったら一ノ瀬のように最下位に転落するのは間違いない。


 緊張の中、鹿ノ子が少し間をおいて──「K」の宣言をした。その瞬間、宗一郎(そういちろう)が動く。


「ダウト」


 勝負がかかった宣言。宗一郎は自信ありげだった。何か、さっきの新のように相手の行動を読んだという根拠があるのか。


「……どうして、そう思ったんですか?」


 鹿ノ子が少し悔し気に笑うと、宗一郎は綺麗な指で彼女を指した。


「間ですよ。あなたは嘘をつくとき、少しだけ普段より口をきくのが遅くなる。それを計算しただけです」

「……まあ、よく見ておられること」


 鹿ノ子は悔しそうな顔のまま、カードを表にひっくり返してみせた。出てきたのは──クラブのK。


「おや」


 宗一郎は少し意外そうに、眉を上げてみせた。逆に鹿ノ子は、さっきとはがらりと表情を変えて嬉しそうにしている。


「引っかかったか。あえて答えるまでの間を計算してましたね?」

「うふふ。女はいくつも顔を持つので。……で、さっきの質問には答えてもらえるのかしら。出先で見た火災って、もしかしてホテルのものでした? 前後の状況がとても似ている事件があったものでして」


 鹿ノ子がにじり寄るが、宗一郎は笑って手を振る。


「悪いけど、忘れてしまいました。ショックの方が大きくてね」

「その回答はずるいですよ」

「だって、そうとしか言いようがないので」


 宗一郎と鹿ノ子の間に、見えない火花が散るのが確かに感じられた。卓の他の二人が顔面蒼白になるのを見て取って、運営側の黒服が近づいてくる。


「何かありましたか?」

「……いいえ。ちょっと、昔の話をしていただけですよ」

「そうです。ほら、ゲームも再開しますから」


 やや不審そうな黒服が少し引いたところから見ている中、鹿ノ子の一位が決定した。しかし前の二回の勝負で宗一郎が一位をとっていたため、最終的な順位に変動はみられなかった。


「これでゲーム結果は確定しました。判定をお願いします」

「かしこまりました。懇親会の準備をしますので、壁際でお待ちください」


 黒服が台を片付け始める。その間に鹿ノ子がすっと宗一郎から離れて、スマホをいじった。新はポケットの中でスマホが振動するのを感じたが、今出るとバレバレなのであえて無視する。おそらく、勝負の間のやりとりをまとめてくれているのだろうから、後で見れば良いことだと判断した。


「さて、他の班の勝敗はどうなったかな……」


 目線を巡らせると、とてもいい笑顔でぶんぶん手を振っている五郎(ごろう)と目が合った。一番心配しなくていい相手なのだが、まあ三位おめでとうという気持ちで手を振り返す。


 佳乃(よしの)はすました視線で答え、直美(なおみ)は負けたのかちょっと不服そうだ。(ひじり)は相変わらず全然顔が変わらないので、ひと目ではどっちか分からない。


 とりあえず鹿ノ子は結構攻めていたので、その内容が佳乃に聞こえないといいのだがと新は心配になった。


 するとふと、隣に気配を感じる。ぼうっと会場を眺めている間に、宗一郎に隣に並ばれていた。


「……やられたなあ。お前、結構裏で暗躍するタイプか」


 宗一郎は、誰も聞いていないと分かっているからか、ひどく雑なしゃべり方をする。きっとこっちの方が奴の本性だな、と思った新は黙ってそれを聞いていた。


「鹿ノ子は前のゲーム、俺と同じ卓じゃなかった。それなのに秘密を知ってたってことは、お前か佳乃のどっちかが情報を教えたってことだ。……情報源は、お前か」

「なんのことかねえ。確かに、俺はやられた分はきっちりやり返す性格だと評判だけどな?」


 新が肩をすくめてみせると、心当たりのある宗一郎は低く笑った。


「まだあの『虐待』のこと、恨んでるのか」

「そりゃそうだろ。結果的に開示してすっきりはしたが、他人に勝手に暴かれて、面白いかどーかは別の問題だ」

「確かに。それなら俺のことも、放っておいてはくれないのか? 好奇心で首を突っ込むと、猫が死ぬぞ」

「あいにく俺は猫じゃないんでね。……それに、お前のことだ。なんか、もう一段階仕掛けがある気がするんだがな」


 新が鎌をかけると、宗一郎は意外そうな顔をして、またすぐに元に戻る。さらに問いただそうとしたところに、佳乃と直美が来てしまった。


「あら、また会ったわね」


 佳乃の全身から殺気が噴き出している。彼女はもう、鹿ノ子から何かを聞き出してしまったのだろうか。せめてもう少し取り繕えよ、と新は視線で注意した。


「佳乃さん、しばらくぶりだね。懇親会では一緒に話さない?」

「ええ、是非。私、なんだかあなたに興味がわいてきたわ」


 甘い言葉を交わし合ってはいるが、その実すぐにでも殴り合いが始まりそうな空気。新がどうしたものかと思っていると、能天気な声が空間を切り裂いた。


「すっげえ、ローストビーフに寿司にフカヒレだ──! 腹が裂けるまで食いまくるぞお」


 懇親会用に運び込まれた料理を見て、五郎が歓喜の声をあげていた。その様子にさすがの二人も毒気を抜かれて、ぽかんと宙を見る。


「あの人は本当に……思ったこと全部言ってしまうのね」


 佳乃が苦々し気に吐き捨てるが、この場はむしろ助かったと言うべきだろう。宗一郎がまだ何かを隠していそうな今、新は佳乃を踏み込ませたくはなかった。


 そうしているうちに、鹿ノ子と聖もやってくる。


「まあまあ、皆さま。楽しくいただきましょう。聖も一位になったようですし、誰も脱落していませんわね?」

「みたいですね。これで、五郎も最終戦まで生き残ったか」

「次の試合で調子に乗って、全部ポイント使わなきゃね」

「ありうる……」


 直美の指摘をうけて、新はうなずいた。むしろそうあってほしいのだが、五郎という男は最後の最後でこちらの期待を裏切ってくるので、たぶん最終日までず太くいるだろう。


 料理と飲み物が運ばれてきて、グラスが行きわたった。立食形式の、即席のパーティーである。飲み物は明日への影響を恐れてか全てノンアルコールだったが、料理は和食・洋食・中華と一通りそろっていた。しかも、どれもハイレベルな出来栄えである。


「では、乾杯!」


 婆さんの音頭とともにクラッカーが鳴らされ、懇親会が始まった。


「うまい! うまいぞコレ!」

「ああ、そのローストビーフは俺のだぞ!?」


 五郎と九班の面子が歓声をあげながら料理をむさぼっている。周りにせっかく山ほど女子がいるんだから今こそ交流すればよかろうに、完全にその考えは頭から消えているらしい。つくづく女に縁のない連中だ。


 新は周囲に目をやった。今のところ宗一郎は、女子に取り囲まれていてこっちにやってくる様子はない。鹿ノ子からもらった情報を確認しておくか、と新はスマホを取り出した。


『隣でしたのでところどころ聞こえていたかもしれませんが、私なりに宗一郎さんを探ってみた結果を報告しておきます』


 鹿ノ子のメッセージは、こんな出だしで始まっていた。


『どうやら、彼が火災を目撃したことがあるというのは嘘ではなさそうです。周囲の人の様子など、見ていなければわからないところまで結構詳しく答えていました。ただ何度か揺さぶってみたのですが、天花寺さんのご両親の火災に関与していたかまでは明かしてもらえませんでした』


 ここは新も聞いていた点だ。鹿ノ子はさらに続けている。


『私たちが結託し始めたのは今回の揺さぶりで彼に分かったと思いますから、向こうも何か仕掛けてくるかもしれません。佳乃さんに接触させないようにすることと、あとは自分の身を守ることを考えておいた方がいいかも。運営が巡回しているようですから、放火までしている暇はないと思いますが』


 確かに、宗一郎があんな事件の実行犯だとしたら──邪魔な人間は早めに処分するか、と判断してもおかしくない。無駄かもしれないが、戸締りはしっかりしようと新は決めた。


『あとは余談になりますが、何かの参考になればと思うので記しておきます。彼は一人っ子でご両親や伯父伯母に溺愛されて育ちました。ご実家は裕福で、このご時世に平屋のお家と広い庭をお持ちとか。子供の頃からあの容貌で、できないことはなく常に周囲の注目を集めておられたようです』


 新は読み進めながら思わず目をすがめた。読めば読むほど嫌味だ、と五郎が乗り移ったような感想を抱く。


『彼女はいないよ、ともおっしゃっていました。まあ、実際いたとしても女性を手駒にしようと思ったらそう言うでしょうが。私がつかんだのはそんなところです』


 鹿ノ子のメッセージはそれで終わっていた。新は礼を述べつつ、追加のメッセージを作成して送る。


『ありがとう。大体俺も聞いてました。佳乃も疑ってるけど、それだけで突貫するような無茶はしないと思います。ただ、ネットを漁ってた直美が、気になる画像を見つけてきまして。知ってますか?』


 間もなくして、鹿ノ子から返信がきた。


『それについては、不勉強で存じ上げませんでした。どんな画像ですか?』


 直美は新にしか送っていなかったらしい。多数に送って、どこかから佳乃に漏れることを恐れたのだろうか。


『詳しくは言えないが、それを見るとかなり宗一郎の印象が黒に傾くんですよ。まだ調べたいことがある今、佳乃に見せたくない。ネットに詳しい直美が個人サイトのログから見つけてきたやつだから、相当探し回らないと発見するのは無理だとは思うんですが……佳乃ってネットに詳しそうですか?』

『話した感覚ではそんなこともなさそうですが。会話の端で、ネットの検索のことは出さないようにしましょうか。パソコン本体に画像を保存してありますか?』

『佳乃が見る可能性も考えて、クラウド保存だけです。ネットはパスワードがないと接続できませんから、俺のパソコンのパスワードは隠しました』

『そうですか』


 やや間があって返信があった。見ると、聖が鹿ノ子に何か話しかけている。そろそろ潮時だな、と思って新は指を動かした。


『今後も連携していきましょう。一旦、俺もパーティーに戻ります』

『分かりました。では』


 新はスマホから顔を上げる。佳乃が相変わらず、壁際でぽつんとジュースを飲んでいるのが見えた。声をかけよう、と新が動くと、それより先に彼女に近寄る者たちがいる。

 

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