嘘をつくのも才がいる
「うん。ただし、他のプレイヤーから見て、『こいつは宣言通りの数字を出していない』と判断され指摘を受けたら、カードを開いて見せなきゃいけない」
その時、宣言と違う数字を出していたら、ペナルティとしてその場に出ているカードを全て手元に引き取らなければならない。逆に、プレイヤーが口にした数字と開けられたカードが同じだった場合は、嘘だと指摘した方が全てを押し付けられることになるのだ。
「これを繰り返して、最初に手札が全部なくなったプレイヤーが勝ち。シンプルなゲームだね」
「へへん。今回は俺も、ちゃんとやったろ?」
「ほとんど自分でしゃべってなかったじゃないか、お前」
新が呆れかえるのにも構わず、五郎は鼻歌を歌っている。その間に、全ての人間がクジを引き終えた。結局、知り合いの中に五郎以外の三人班所属はおらず、皆が肩をすくめながら卓へ行く。
新のいる卓には、知り合いはいなかった。新を含めて男三人、女一人の卓。前の卓で一緒になった者もいなかったため、弱みをつかまれている心配は一応ないとみるべきか。今日もプレイヤーだけで大丈夫と判断されているらしく、卓にディーラーはつかなかった。
「よろしく」
最初のじゃんけんの後、スタートの合図をする一人が決定された。ついでに自己紹介もしようということで、新の左隣の男が「額田です」と名乗ってから、最初のAをコールする。次に新、堀井という男子、最後に唯一の女子である一ノ瀬が続く。
最初のターンでダウトの宣言はないだろうな、と新は読んでいた。指摘したところで、相手に取らせるカードの枚数が少なすぎる。だからダウトでは、最初はみんな嘘をつくというのが定番である。その方が、終盤のカードがたまってきた時に、言行一致させやすいからだ。
新は「二」と嘘をついて、手元にあった「三」のカードを捨てる。ダウトのゲームのコツはもう一つあり、自分が次に出さなければならない数字以外の手札を、早めに処分しておくことだ。
新の場合、次に回ってくるのは「六」「十」「A」「五」の順に推移していき、「三」は相当ゲームが進まなければ出てこない。ならば、早めに処分しておこうかと思っただけである。
他の面子も同じことを考えているらしく、序盤のゲームは淡々と進んだ。問題は、場にカードがたまってきて、そろそろ誰かに引き取らせたいなと思ってからである。
次で仕掛けるかな、と新が思った時、先に額田が動いた。
「時に堀井くんよ。前のゲームで一緒だったよしみで教えてほしいんだが、君が今出したカードは本当にJかね?」
「それを推測するゲームだろ。わざわざ言うかよ、バーカ」
堀井はだいぶ気やすい口調で答える。以前からの顔見知りか、同じ班なのかもしれないと新は考えた。
「ふうん。教えてもらえないのなら仕方がない。この禁断のカードを切らねばならないようだな。『競泳水着』と」
額田が言うと、堀井がにわかに咳き込み始めた。顔が真っ赤になって、今にも血管が切れそうになっている。
「貴様……それ以上口にするな……」
「それを避ける手段が一つだけあるよ。もう分かっていると思うがね」
「ぐ……今俺は、クラブのQを出そうとしていた……」
「ではダウトを宣言しよう。諦めて場のカードを全て引き取り給え」
「くそーっ! 昨日のテーブルの奴と一緒になった時点で、悪い予感はしてたんだ!」
堀井は悪態をつきながら、場のカードを拾い集める。新は半分笑いながら、その様子を見守っていた。
結局、第一ゲームはそれが響いて堀井が最下位。しかし額田も新と一ノ瀬に次々と嘘を見抜かれたので、結局三位に沈んだ。
「ははは、 セコい手を使ったわりに負けてんじゃねえか! だっせえ!」
「うるせえ! 残りの二人がポーカーフェイス過ぎんだよ!」
確かに、一ノ瀬も淡々とした真面目ちゃんタイプの眼鏡女子だし、新もあまりあからさまに反応はしない。だが、はっきり言って額田と堀井が弱すぎて全然相手になってないだけだ。
最初は宗一郎と近くて嫌な卓かと思ったが、意外と当たりだったかもしれない。そう思いながら隣の卓を仰ぎ見ると、そっちはまだ終わっていなかった。 ちょうど、鹿ノ子がカードを出すところで、宗一郎がその様子をじっと見ている。
「四」
「ダウト」
鹿ノ子が数字を言ってカードを置いた瞬間、宗一郎が素早く割って入る。そのぴしりとした言い方に、同卓の二人が思わず肩をすくめていた。
「……よくお分かりね。どういう絡繰りで見破られたのかしら」
「それは言わないよ。勝負はあと二回あるんだし」
間もなく、宗一郎の優勝で決着がついた。鹿ノ子は特に悔しそうにするでもなく、淡々とその順位を受け入れている。
「すげーよな、隣。ガチの勝負って感じ」
堀井が小声でつぶやくのも納得だ。なんとなくその雰囲気に押されるようにして、二班の卓でも勝負が始まる。
今度は額田も堀井も、お互いの秘密を暴露しようとはしない。どうも、互いで争い合ってる場合じゃないと気づいた様子だ。だが、相変わらず嘘をつく時の声のトーンと、目の泳ぐ感じが隠しきれていない。
「ダウト」
「ぎゃあっ!」
だから一ノ瀬にもあっさり見抜かれて、ますますカードを増やしている。俺はもうちょっと経ってから額田にでもやろう、と新は思いながら自分の手札を見直した。
「ふ、ふふふふ」
すると新の隣から、低く笑う声が聞こえてくる。とうとう壊れたか、と思いながら横を見ると、額田がなぜか喜色満面の顔になっていた。
「……どうした? なんか怖いぞ、お前」
「ふっふっふ、ようやく前回一位のお前に反撃する時が来たということだ。この機会を、ずっと待ってたぜ!」
額田は高笑いをしながら、カードを四枚、続けて場に出した。そういえば連続出しは禁止されてなかったな、と新は思い返す。
「複数枚出し……」
「四から七まで連続で出させてもらったぜ! これで読みが狂っただろ?」
確かに額田の言う通り、新は今まで皆が「一枚ずつ出す前提」で計算しながら手札を捨てていっていた。だから、額田の言う通り八の札は持っていない。
しかし新は、少し記憶を反芻すると、迷わず「ダウト」と宣言した。
「……え?」
「そうね。それが妥当な判断だわ」
一ノ瀬も納得した表情でうなずく。額田と堀井だけが、ぽかんとした表情で取り残されていた。
「連続で出した場合、一枚でも申告と違っていたらアウト。そのルールくらいは知ってるわよね? さあ、引き取って」
「な、なんでそんな自信満々に、嘘って言いきれるんだよ!?」
「……お前ら、さっき場に出てたカード、全然見てなかったのか」
新がため息交じりに言うと、一ノ瀬もその言葉にうなずいた。
「さっきダウトになったカードが『二』と偽った『五』だったでしょ。それで一枚確定。たぶん、彼、自分の手持ちに『五』が二枚もしくは三枚あるのよ」
「その通り」
トランプの数字カードは、最大四枚しかない。そのうちの大半が出てしまっているか自分の手持ちにあれば、相手の言っていることが高確率で嘘だと判断できるというわけだ。
「そ、そんな高度な情報戦が……」
「いや、単純な引き算だろ」
なんかこの二人も五郎みたいだなあ……と思いながら、新はため息をついた。運営はわざとこういう能天気なのを選んでいるとしか思えない。
新が呆れている間に、第二ゲームも終わった。順位は先ほどと一位二位は同じで、額田と堀井の順位が入れ替わっただけである。
この時点で新と一ノ瀬にポイント不足による失格はなくなった。お互い五ポイントしか賭けていないので、もとが取れるのが確定したからである。必死なのは三位四位という、何か奇妙なレースが繰り広げられつつあった。
「さて、隣は……」
カードを堀井が必死になってシャッフルするうちに、新は隣に目を向けた。やはり今回も鹿ノ子と宗一郎が火花を散らしていて、他の二人は完全に死んだ目になっている。
宗一郎がカードを選んでいるとき、鹿ノ子が横を見ながら不意にぼそっとつぶやいた。
「あなた、嘘をついているんですって?」
「まあ、生きていれば一つや二つくらいはね」
「そんな可愛い次元のことを、言っているわけではないのですけれど。……人の生き死にに関わるような場面で、嘘をついたことはおあり?」
鹿ノ子が踏み込んだ。場の空気が、あきらかにぐっと冷え込む。
「さあ、どうだったかな。忘れてしまったよ。……でも、ああ、そういえば。出先で火事を見たことはあるよ。あれは赤くて大きな炎だった。後からニュースを見たら、百人単位で人が亡くなっていてびっくりした」
「本当にそれだけ?」
「九」
宗一郎は鹿ノ子の問いには答えず、数字を宣言してカードを出した。
「ダウト」
「おや、見破られたね」
宗一郎は低く笑って、出した「三」のカードを含めた、山のカードを引き取った。これ以上この話をしたくないから、わざと負けたように見える。鹿ノ子もそれを感じ取ったのか、形の良い眉をかすかにひそめた。
「よっしゃ、三回目やるぞ!」
もう少し隣の卓の様子を見ていたかったのだが、堀井から声をかけられてしまった。さっさと終わらせて観戦しよう、と新は気持ちを切り替えてトランプに向き直る。
その時、一ノ瀬の顔にちらっと、対抗心が浮かぶのを見てとった。
「……二回とも二位ってのは、癪に障るか」
「ええ。一回くらいは、勝って終わりたいです」
はっきり言う彼女に苦笑しながら、新はゲーム最初のじゃんけんを済ませた、結果、一ノ瀬から開始となる。
「A」
続く額田も無難に二を宣言し、新は「三」のコールに入る。するとそこで、一ノ瀬から「ダウト」の声がかかった。
「え、もう!?」
男二人が驚く中、新は目をすがめる。
「定石通りじゃないなあ。今コールしたところで、押し付けられるカードの数はタカが知れてるぞ」
「分かってる」
一ノ瀬の狙いは明らかだ。初手で嘘を見つけ、新のペースを乱すこと。最初の嘘を見破られれば、次も分かるのではという迷いがわずかに生じる。こういう腹の読み合いが大事なゲームにおいて、その揺らぎは時に致命的な亀裂を生む。
だが。
「ほい。俺のカードだ」
新がカードを表向きにして見せると、他の三人が驚いていた。
「ほ、本当に三じゃないか。嘘ついてなかったのか?」
「始めは嘘つくのが定石……ってなりゃ、三回目に意表をついてくる奴が絶対に出ると思ってたからなあ。最後くらい素直になってみるかと思っただけだよ」
新が言うと、一ノ瀬はちょっと悔しそうに唇を噛んだ。といっても彼女が引き取ったカードはたったの二枚。まだ、勝負が決するという段階ではない。一ノ瀬もそう思い直したのか、すぐに表情を引き締めて手持ちを並べ直す。
それから数周は、何事もなく終わった。しかし山札が膨らんできた時点で、一ノ瀬が三枚のカードを一気に場に出す。
「八、九、十」
複数出しは、うまくやれば相手の手札を増やすチャンスになる。しかし一回失敗している額田と、それを気にしている堀井は、ダウトを宣言するつもりはさらさらなさそうだ。それに元から、一ノ瀬が気にしているのは新だけである。
「どうするの? 指摘してみる?」
「いーや、やめとく。なんかお前、自信ありそうだしな」
新が言うと、一ノ瀬は「残念」と低くつぶやいた。
「ほら額田くん、次が回ってきたわよ。『J』からね」
「あ、ああ……分かってる」
額田、新、堀井と、また野郎の間で順番が回った。そして再び一ノ瀬に順番が戻ってきて、彼女がコールする。
「A」
「ダウト」
その時、今度は新がはっきりと声をかけた。一ノ瀬の眉間に、深い皺が刻まれる。
「言い間違いじゃないぞ。撤回もしない。めくって見せてくれ」




