表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/24

ハートとスペードの攻防

「この時、富豪・大富豪側は、自分の手持ちから好きなカードを選んで交換できます。ただし、貧民・大貧民は、必ず手持ちの中で一番強いものを差し出さなければなりません」


 つまり富めるものはますます富み、貧しい者はより貧しくなるという負のループになるわけだ。現実世界の投影のようで、リアルである。


「それ、ちょっとエグいね」


 直美(なおみ)が嫌そうな顔をした。鹿ノ子(かのこ)がにっこり笑って、応える。


「もちろん、その格差をひっくり返すようなルールも存在しますよ。代表的なのは『都落ち』と『革命』でしょうか」

「革命ってのはさっきおばあさんが言ってたね……その二つが起こればどうなるの?」

「『都落ち』は、大富豪だったプレイヤーが一位でゲームを終えられなかった場合、即座に大貧民に転落するという厳しいものです。有利な立場を活用できなければ、厳しいしっぺ返しがあるということですね」

「まあ、ローカルルールだから採用されるか分からないけどな。今回だってないし」


 (あらた)が言い添えると、直美は「なーんだ」と少し不満そうだった。


「じゃあ、『革命』は?」

「同じ数字のカード四枚、またはジョーカーと同じ数字三枚を同時に場に出すと、そのゲームでのカードの強さが全てひっくり返ります。すなわち最弱だった三が最強カードになり、大富豪の持っている強いカードが逆に不利に働くということです。やや発生頻度は低いですが、これが大富豪の醍醐味でしょうね」

「やってみたいなあ。決めたら爽快そう」


 直美はわくわくした表情になっている。もともと偉そうにしている既得権益、というのが好きでない性格の彼女は、特にこのゲームにははまるのかもしれない。


「ただし『革命返し』ってのもあってな。同じことを相手にもう一回されると、カードの評価が元に戻るから注意しろよ」

「権力ってしぶといよね」


 直美はつまらなさそうに言い捨てた。


「まあ、後はカードの出し方について細かいルールがあるんだけど、今回はないって婆さんが言ってるからな。ゲームとしてはシンプルだよ。理解したか?」

「そういう様子であると理解している」

「お前の話だ、なんで他人事だよ」


 これだけしゃべっても、五郎(ごろう)はぴんときていない様子だった。早々に脱落してくれた方が助かるので、新はそれ以上の補足はしなかった。横で聞いていた九班の他の面子は、五郎よりは理解している感じである。


 話している間に、会場の準備が整った。卓にはカードと、水分補給用のペットボトルが置かれている。一から十二の数字がふられているから、自分の班のところへ行けばいいのか──と新が思っていると、前から紙箱が回ってきた。


「ん?」

「クジだってさ。ここで引いた番号の卓に移動しろってことみたいよ」


 佐藤(さとう)が言う。新はおとなしく、紙箱の中からクジを選び出した。


「俺は九か。みんなはどうだった?」

「あ、僕も九だよ。よろしくね」


 宗一郎(そういちろう)がにっこりと微笑む。こいつとは一番同じ班になりたくなかったのに、と新は内心で舌打ちをした。


「私は六。鹿ノ子さんと同じ班ね」


 佳乃と鹿ノ子が同じ班とは、なかなか熾烈な争いになりそうだ。新は、自分の勝負がなかったら見に行きたいくらいだと思った。


 直美は三、五郎は一、(ひじり)は七と後はバラバラである。新が卓につくと、一の卓が男性ばかりで埋まるのが見えて、もしかしたらこれも明確な嫌がらせではなかろうかと新はいぶかった。


「この面子か。よろしくね」


 新の卓は他に宗一郎、八班の横田(よこた)。あとは三班から来た三橋(みはし)という女子だった。女子は宗一郎が卓につくとそわそわし始め、トランプに視線を落とした。「この男性の秘密がここに……!」と興奮している視線である。


「では、ゲームを開始するよ。各自、賭けるポイントを設定しておくれ。最終結果が一位なら三十ポイント、二位二十ポイント、三位十ポイント、四位はゼロとする。さらに前に言ったように、最低値よりも多くポイントを賭けた場合、勝った場合にボーナスがつく。よく考えて賭けることだね」


 新、横田、三橋は無難に最低値である五ポイントを賭けた。まだ序盤で、十ポイントしか持っていない。ゼロになった場合に備えて、次回分の余力は残しておきたいという当たり前の保身だ。


「あ、僕は十ポイントで」


 しかし宗一郎だけは、あっさりと手持ちの全賭けを宣言してくる。女子が一斉に彼を見つめた。


「……いいんですかあ?」

「だって、要は最下位にならなきゃいいんだろう? それくらいは頑張るよ」


 ふっと宗一郎が微笑むと、女子二人がぽーっとなるのが見えた。新は苦々しい思いで、二人に言う。


「わざと負けるようなことはするなよ」

「し、しないってば!」


 怪しいもんだ、と思いながら、新は宗一郎がカードをシャッフルするのを見ていた。今回ディーラーは遠巻きに見ているだけだ。秘密を知るためには多少汚い手でも使いなさいと、遠くにいるその様子が推奨しているように見える。


 新は配られたカードを見つめた。数字が多いがキング一枚とクイーンが二枚、エースが一枚混じっている。四のカードが三枚も集まっていたが、ジョーカーがないので今回革命は狙えない。


 キングはクラブで、そこには「学校の縦笛」と書かれている。クイーンはダイヤとハート、ダイヤの方には「耳くそ」でハートの方には「家庭内暴力」と書いてある。これを見た新は、自分がハートに割り当てられていることを知った。


 皆には言っていないが、新は母親にたまりかねて、一度だけ手をあげたことがある。母親は骨こそ折らなかったものの怪我をしたが、外聞を憚ってどこにも本当のことは言わなかった。結構ランクの高い秘密にされていることもあって、これは自分のことだろうと当たりがついたのだ。


 そしておそらく、クラブとダイヤが横田と三橋のどっちかだろう。この二人に重い事情がありそうに思えなかったが、最高に近いランクでこの程度の単語しか出てこないのであれば、その考えは間違っていない。……深堀りしたら、女としては色々終わりそうであるが。


 問題は、次のハイランクカードだ。スベードのエース。おそらく宗一郎を示すであろうカードには、はっきりと大きな文字で「死」と書かれていた。


 思わせぶりな単語だ。身内の死ともとれるし、自分が死にかけたとかそういうことがあるのかもしれない。これだけでは、どのようにも解釈できる。しかし、新の頭には一つの考えがこびりついて離れなかった。


 もしかしたら。もしかしたら、佳乃が探している犯人──ホテルに放火し、大量の人間を死に追いやった犯人。それが、宗一郎だったりはしないだろうか。


「……いや」


 新は首を振る。思考を飛躍させすぎだ。それを確認するためには、スペードの2……宗一郎のスートの最強カードを見なくてはならない。特殊ルールを封じられた状態でどうするか、それを考える必要があるだろう。


 最も確実なのは、新が大富豪になった時に誰かからカードをもらうこと。2は通常数字では最強カードだから、持っていれば交換の対象に入ってくる可能性が高い。とりあえず今は横並びだが、この状態から早々に抜け出す必要があるだろう。


「誰から開始かは卓で決めていいそうだよ。じゃんけんでいいかな?」

「ああ」


 じゃんけんの結果、三橋から開始。時計回りに横田、宗一郎、新の順である。これは新にとっては面白くなかった。直前の宗一郎に妨害されれば、自分だけがカードをため込む結果になりかねない。ただでさえ階段や八切り、マーク縛りといった特殊戦法がないのだ。宗一郎が単純に強いカードを出したら、打つ手がなくなる。


「はいっ」


 新が焦っているうちに、三橋はカードを出した。クラブの三。順当に、手持ちの中で一番弱いカードを切ってきた。その次の横田もダイヤの五を出して、数字をじりじりと刻んでいく。


 異変が起こったのはその次だ。いきなり、宗一郎がその場にハートの二を出してきたのである。それには、「虐待」とはっきり書かれてあった。


「え、これって……」


 スートが誰かまでは特定できなくても、放り込まれた物騒な単語に場がざわつく。横田も三橋も、直感でたぶん自分たちは違うと分かっているのか、新と宗一郎に怪訝な視線を投げてきた。


「あまりまじまじ見ずにさらっといこうね。誰でも、触れられない過去ってものはあるからさ」


 自分で出したくせに、宗一郎が小憎らしいことを言う。新は彼の狙いを感じ取って、内心で歯ぎしりした。


 宗一郎は、新が自分をうっすら嫌悪して、疑っていることを知っている。だから初手で新の一番知られたくない事実をぶちまけて、動揺を誘っているのだ。そして、彼が狙っている効果はそれだけではない。


「……パス」

「あたしも」

「私もー」


 全員が二以上のカードを出せない。当然だ。これに勝てるカードはジョーカーしかないのだから。この場合、大富豪のあるルールが発動する。


「じゃ、僕からの順番になるね。どれにしようかな……」


 他のプレイヤーが誰も上回ってくるカードを出せなかった場合、最後に出した者からゲームが再開される。この時、プレイヤーは今までの数字を無視して、自分の好きなカードを出して構わないことになっているのだ。


 つまり、宗一郎にはさっさと出してしまいたいカードがあるのだ。それはおそらく、新にとって嫌な一手……ハートのスートのカードだろう。


「これにしよう」


 彼が出したのはハートの四だった。そこには「猿のテリー」と書かれている。地味に嫌がらせをされて、新の顔が歪んだ。これだと表情を見れば「ハート=新」だとほぼ確定で分かってしまうのだが、どうしても筋肉が勝手に動くのを止められない。昔……というか小学校手前まで手放せなかったぬいぐるみの名前を、こんなところで聞くとは思わなかった。


「どうした? 次にどうぞ」


 しれっとした顔で言われたので、新は意趣返しでスペードの六を出してやった。そこには「できないことはない」と書かれていて、全くダメージにならなかったのが悔しくて仕方ない。


 そこからは順調にゲームが進む。今回は宗一郎の引きが良かったようで、周りの人間が三回もパスコールをさせられた。結果、当然のごとく彼が大富豪となり、新が富豪。横田が貧民、三橋が大貧民となった。


 今回のゲームで、誰もスペードの二を出さなかったのが気になる。全部のカードを吐き出した宗一郎はそもそも持っていなかったし、新も違う。ということは、カードを大量に持っていた女子二人のどっちかが、あえて「持ってない」ふりをしていたということだ。


「負けちゃった~」


 三橋は、宗一郎が一位になったのでニコニコしていた。カード交換も、取られてむしろ嬉しそうにしている。……もし、宗一郎が昨日のうちに協力するよう言いくるめるなら三橋だろうな、と新は確信した。そもそも横田は昨日の解散からずっと新たちと一緒だったから、宗一郎には接触する機会がなかったからだ。


 二回目のゲームが始まる前に、トイレ休憩があった。


「あ、あのさ」


 その時横田がちょっと気まずそうに、接触して。顔には、虐待って君のこと?と書いてあるが、やはりはっきりとは聞きづらい様子だ。その様子と、宗一郎・三橋組の動きを思い出して、新は一計を案じる。


「横田。ハートは俺の秘密だ。……虐待されてたってのも、まあまあ嘘じゃない」


 目を丸くする横田に、新はさらに言い添えた。本当は今もまずい状況なのだが、彼女は安心させておいた方がいい。


「だがそれは、過去のことだ。一番きつい時期は越えた。今、俺はようやく一段階自由になれて、ほっとしてるところだ。だから見たことを、そう気にしなくていい。こっちも、お前のけっこうキツそうな秘密知ってるしな」

「げ。なんて書いてあった?」

「……どっちにしても、お前は知らない方がいい気がする」


 新が言うと、横田はゴミを飲み込んだような顔をして黙ってしまった。横田も自分のスートのカードを触っているから、どういう類の秘密が書かれているのか理解しているのだろう。


「でな。同じ班のよしみで、一個頼みがあるんだ。難しいことじゃない」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ