意地の悪い天使の顔
「なに?」
横田が怪訝な顔をするので、新はその耳にそっと囁いた。
「そんなことでいいの?」
「ああ。まあ、俺の趣味みたいなもんだから、うまくいったら儲けものくらいの話だ。成功したら、レシピ調べて好きなもん作ってやるよ」
「やりっ」
交渉成立したところで、卓に戻る。宗一郎と三橋はもう席にいた。新と横田は遅くなったことを謝って卓につく。すでにカードはシャッフルされて配られ、二人は交換を済ませたという。急かされたので、新たちもあわてて交換した。
「じゃ、今回も三橋さんからだね」
二回目からのゲームは、大貧民からの開始だ。三橋がまず、クラブの四のカードを出す。宗一郎がダイヤの七を出し、新に順番が回ってきた。
正直、今回の新の手はかなりついてない。三や四が多い上、絵札以上の手が一枚しかない。三・四・五・六という、連続した数字のカードはあるのだが、ここではローカルルールの階段(連続した数字があれば一気に出せる)が封じられているため、単に弱い札の集まりでしかない。そして、目の前の面子の「実は下着を三日続けて履ける」とかいう、しょうもない秘密を知る道具でしかない。
「……うーん……」
「悩んでるね。手札が弱いのかな」
宗一郎にからかわれても、新は長考した。そしてそのあげくに、ハートの八を場に出す。「18禁はスマホの中で」という、こっぱずかしいカードだったが背に腹は代えられぬ。
「今はいつでも見られるもんねえ」
「うるさい」
同じ男なのに、聖人君子みたいな顔をしている宗一郎がムカついたので、新は顔をそむけた。それからまた三橋に戻って、クラブの十が場に出される。その時の顔で、「あ、クラブは三橋だな」と当たりがついたので、新はあえて感想を漏らさなかった。「好きな男子の体操着」って一体なんのことでしょうね、と内心だけでつぶやく。
次は横田だ。彼女の順番が回ってくるやいなや、「ふふふ」と低いつぶやきが口から洩れる。
「どうしたの?」
「いやー、これ決めるの気持ちいいですね! いよ、革命!!」
彼女はクイーンを四枚、まとめてその場に叩きつけた。札が偏っている気配はしていたが、ここで革命がくるか!と大翔は身構える。
この瞬間札の順位は逆転し、弱いカードばかり持っている新の方が有利となる。おそらく初期配置だと宗一郎の方がいいカードを持っているだろうから、このままの流れが続けば勝てるかもしれない。そうしたら、次のカード交換でスペードの二を指定できる可能性が出てくる。
宗一郎・三橋にスペードの二があれば確実に握りつぶされるこの状況では、少しでも見られる確率を上げなくてはならない。
「おー、やるねえ」
「そうでしょうそうでしょう! いやー、決まると気持ちいいぃ!」
横田はそっくり返らんばかりに喜んでいる。しかし新は、宗一郎の落ち着き払った顔が気になった。
「じゃ、はい革命返し」
「なんですとぉ!?」
宗一郎はあっさり、エースの三枚出しに加えて、ジョーカーを繰り出してきた。これには、新も横田もあっけにとられるしかない。革命というのは、そもそもそんな滅多に起こる手ではない。特に途中にカードのやりとりがない大富豪では初手で揃えるしかないのだが、その確率は低い。計算したって数パーセントのはずだ。
なのに宗一郎が革命返しができたということは……おそらくやらかしている。三橋とカード交換する際に、新たちがいなかったから二枚以上カードを入れ替えていたのだ。そしてその方法は、運営にバレても、おそらく三橋だけがダメージを負うように計算されているはず。
「次は君の番だよ。どうしたの?」
「……ねえよ、パスだ」
そして今回も、宗一郎が勝った上に三橋はスペードの二を吐き出さなかった。今回も間が悪いことにどっちかに配られ、新たちの目には触れなかったらしい。勝負はあと一回のみ。二回とも富豪の位置についた新ではあったが、さすがにじりじりしてきた。
そして、運命の三回目。新は皆に向かって、こう申し出た。
「シャッフル、今回は俺がやる」
「どうしてだい?」
「いやあ。なんとなくだが、二回とも同じ結果になったってのが解せなくてな。しかもどっちも、三橋が大量のカードを抱えて最下位で、お前が一位。似すぎてて、カード配りや交換がちゃんと行われてたのか心配になってくるレベルだ。……なんか任意の札を操るテクニックとか、ありそうだからな」
「疑い深いね。いいよ、今回は君に任せる」
宗一郎は、拍子抜けするくらいあっさりとカードを渡してきた。何が狙いだ、といぶかりながら、新はカードの山を何度も動かす。
手持ちがそろった。新は真剣に自分のカードを確認するが、スペードの二はない。ただ、今回のカードの引きは悪くなく、手元にジョーカーや絵札が多めにきていた。
「じゃ、カード交換しようか。交換の様子も見てるかい?」
「……一応な」
「いいよ、じゃあ二枚交換しよう」
目の前で三橋と宗一郎がカードを選び、二枚ずつ交換する。今回は不正されないように、大翔はその枚数まできっちり確認した。
すると、今回は序盤からゲームの展開がまるで違った。何枚かカードが行き来した後に、横田が自分の持っていたスペードの二を吐き出したのである。
「……っ!」
そこにはくっきりと、「火事の嘘」と書かれていた。意味深な単語。そして、まさかとも思っていた真実が明らかになったことで、新の心は大きく揺さぶられた。
「あらら、強いのが出たね。僕はもう出せないや。他のみんなはどうかな」
「……パスで」
本当はジョーカーを出すこともできたが、動揺で思わず新はパスをしてしまった。三橋も札がないというので、横田からまた再開になる。彼女は新が顔色を強張らせたのを見て、気まずそうにしていた。彼女からしてみれば、何がなんだか分からないだろう。
新は横田にこう話していた。「スペードの二に書いてある単語が知りたい」と。当初の計画では三橋か宗一郎に飲み物をかけてもらい、その隙にカードの盗み見でもする予定だった。それが予想外に手元に来たものだから、新が喜ぶと思って出してくれたのだろう。この場面において、横田は全く悪くない。
問題は、宗一郎だ。今まで三橋か自分で握っていて絶対に見せようとしなかったくせに、横田がいきなり出してみても驚きもしない。それどころか、まるで本来の目的は達成したというような顔なのである。
新が横田を抱き込んだからか。いや、それも違う気がする。さっきまではダメで、今は良い。何かが変わったからだ。何が変わった? 忙しなく考えながら、新は適当にカードを出す。もう今は勝ち負けはどうでもよかった。
順番が進んで三橋が考えている間に、新はぐるりを見回してみた。風景に変わりはない、運営側にも動きはない──と思った次の瞬間、会場の照明に何かが反射して、きらっと光った。
さっきまではなかったその光に誘われて見てみると、その光の後ろには佳乃がいた。彼女の顔の前にはオペラグラスがあって、そのレンズと外枠が照明を弾いたのだ。
「あんなもの、どこで……」
と小さくつぶやいて、新ははっと思い出した。出会った時に、聖が確か持っていた。あれをおそらく、借りたのだ。なぜか。どうしても見たいものがあったから。それは何か。
「くそっ」
新は小さくつぶやいた。それならば、宗一郎が急に態度を変えた理由にも納得がいく。彼は佳乃が来たから、対応を変えたのだ。佳乃に見せたかったから、一切の妨害を放棄してみせた。もし最後までカードが出なかったら、自分で落としでもしてみせたに違いない。なぜか。
……佳乃に思い知らせたいからだ。あの火事に関わっているかもしれない人間が、眼前にいると。こいつ、前歴もあるし人をいたぶって楽しむタイプなのだなと新は確信した。
「新くん、君の番だよ」
「……ああ」
今日のところは、完全にやられた。佳乃はこれでショックを受けるだろう。そのことを実感しながら、新は残りのカードを吐き出していった。
間もなく、ゲームの結果が出た。最後のゲームは引きの強さもあって、新が勝った。しかしすでに宗一郎が二勝していたため、結局この班では一位宗一郎、二位新、三位横田、四位三橋となる。
近くにいた運営にゲームの終了を告げたところ、意外な一言を言われた。
「では、不正がないかカメラ映像で確認いたします。しばしお待ちください」
カメラ、という単語を聞かされると、三橋の目が激しく左右に動く。しかし宗一郎がにっこりと微笑みかけると、彼女の動揺はすぐにおさまった。
新は後ろに立っていた佳乃の方へ視線を向けるも、もう彼女はそこにはいなかった。
「……九班のゲーム全貌を確認いたしました。残念ながら、一人のプレーヤーに違反行為が確認されましたため、失格といたします。三橋ひまりさん、何か反論はありますか」
戻ってきた運営は、厳しい口調でそう言い放った。案の定、ここで名前が呼ばれたのは三橋だけである。
「待ってくれ。彼女はどんな不正をしたんだ?」
「明確な不正が行われたのは、第二ゲームです。大富豪である醍醐様との交換が終わった後、彼が飲み物を飲んでいる間にカードを盗み見ていました。その際、意図的に追加交換を行っておりました」
「誰かに言われてやったとかはないのか? それに勝ったのは、結局三橋じゃなかった。だったら、最終的に勝った奴が仕組んだんじゃないのか」
新は半分無駄と分かっていながら反論したが、宗一郎から返ってきたのは予想通りの反応だった。
「……そうなら、三橋さんは救われたんだけどね」
「私が勝手にやったの! だって、彼がポイントを全部賭けちゃうから……負けたら、いなくなっちゃうんじゃないかと思ったら、不安で」
運営の男は、それを聞いてうなずく。
「今のは、不正行為を認めたということでよろしいか」
「はい。間違いありません」
「……では三橋ひまりさんを、正式に失格とします。本日の日程が終了した後、駅までお送りしますので荷物をまとめてください」
「わかりました」
三橋はあっさりとしたものだった。失格を言い渡されたのに、そう残念そうにもせず、うなずいている。
「全行程の検討が終了しました。九班は一位が醍醐様、二位が光瀬様、三位が横田様で確定とします。光瀬様には二十、横田様には十ポイントを付与。さらに最大ポイントを賭けた醍醐様は、ボーナスとして既定の倍の六十ポイントが付与されます。各自、自分のポイントは記憶しておいてください。分からなくなったら、こちらに聞いていただいても結構ですが」
運営は淡々と言い放ち、婆さんのところへ報告に帰っていった。間もなく、婆さんによる閉会の辞が始まる。
「さて、今回のゲームはどうだったかい? 秘密を知ることで距離が近づいたり、逆に避けたいと思う事態もあっただろう。運営側は参加者同士の交流は制限しないから、今後もどうか楽しんでおくれ」
そこまで言って、婆さんは客席にじろりと視線を落とした。
「ただし、残念だったのは反則による失格者が出てしまったことだね。願わくば、二度とこんなことが判明しませんように。人数が減るのは仕方ないが、急激にいなくなられるとこっちも寂しいからね」
新はそれを聞いて舌打ちをしたが、婆さんは涼しい顔で続ける。
「明日のゲームも同時刻から開始する。ただ、明日はゲームが終わった後に中間発表と懇親会を予定しているから、終わってもすぐに帰らないでおくれ。分かったね」
最後に念を押してから、婆さんは軽い足取りで舞台袖に消える。しばらく待っても追加情報はなさそうだったので、新たちも家に戻ることにした。




