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俺は、サムライマックのたまごベーコン肉厚ビーフと、エビフィレオと、ベーコンレタスバーガーを買った。それを持って家へと帰っている。が、その途中でスーパーへ向かう予定があった。
店内で食べなかった理由はシンプルにコーラが高いからだ。これからスーパーに行ってコーラを買い、製氷皿の氷を入れたコップに注ぎ、それを飲むつもりだった。 食べたいのはハンバーガーであり、飲みたいのはコカ・コーラである。それなら、マックでハンバーガーだけ買って、スーパーでコーラを買えばいい。
マックの袋を持って、コーラだけを買いに来る客は貧乏人に見えるだろう。俺としてはそんなことを気にしている場合でもないので、それをすることにした。
そもそも、普通の人に比べればそういうのが気にならないタイプなのだ。だから、好きにすればいい。俺が生きたいように生きればいい。周りの目なんて今さら気にしても仕方がない。お笑い芸人だ。
スーパーに入り、カゴを取ることもなく向かったドリンクコーナーで迷うことなくコカ・コーラを手に取り、そのままの足でレジへと歩く。
右手に提げているマックの袋はそれなりに目立っていたが、そういう人がいても何もおかしくはないので、あまり注目されることもなかった。
店員がそのコーラをスキャンした後、俺は精算機の前で自分の財布を開いた。すると、そこで奇妙なことが起こっているのに気が付いた。
本来であれば二百五十円しか入っていなかったはずの財布に、どうしてか二百円六十円も入っていたのだ。お金を持っていない人は、自分の財布の中にどれだけのお金が入っているのか把握しているものだ。
マックでは、千円札と、五百円玉を使って支払いをした。その時のお釣りが間違えられていたのだろうか。それを考えた時に、俺は、少しだけ動揺した。
動揺しつつも、(とりあえずは)、と思い、コーラの支払いを済ませる。そして、スーパーを出て、帰宅することにした。が、その道中も頭の中ではそれのことばかりを考えていた。考えてしまっていた。
俺が十円多くお釣りを貰ってしまったと仮定したら、向こうは十円足りないということになってしまう。そうなると、レジのお金を合わせるときに問題になる。
一番良いのは俺が気付いてあげることだった。お金を受け取った時に、それに気付いて指摘してあげればそれが一番良かった。が、そうはいかなかった。
そもそもこれ自体が俺の勘違いという可能性もある。本当は俺の財布の中に、俺が知らない十円玉が隠れていたというだけの話だ。そうなれば別にこんなことを考える意味もなくなる。元々考える意味などない問題だ。
しかし、それはないと断言することができる。財布の中ばかり見ているのだ。それなのに、お金の数を数え間違えるなんて考えられない。
やはりマックで貰ったお釣りが多かった、と考えるのが自然なのだ。これは犯罪に該当したりするのだろうか。釣銭を多く受け取ることに違法性はあるのだろうか。
もちろん、十円程度で警察が動くわけもないが、気持ちとして、犯罪的な行為をしているかもしれないと思うと気持ち悪い。余計なことを考えているのは自分でも分かっている。そして、それには慣れている。
もし仮に犯罪じゃないとしても、向こうに迷惑がかかっているのは間違いない。本来であればしなくても良かった業務を、俺が釣銭が多くなっていることに気付かなかったせいでしている、することになる可能性がある。それは可哀想だった。
向こうのミスである以上は、向こうが責任を取る必要はある。しかしながら、そんなことを思ってしまってはあまりにも冷たい。俺が気付いていれば良かった。
俺は、お釣りを多く貰っていることに気付けなかった。どうしてそんなにぼんやりと生きているのだろうか。やってしまった、という嫌悪感に襲われる。
この嫌悪感はゲムによるものだと、俺は理解している。それでも考えてしまうのだ。自分の考えがどれだけ非合理的であるのか理解している俺は、それでもその非合理的な考えを続けようとしてしまう。
こういう時がやってくるのが面倒なのだ。日常においてゲムに襲われてしまって、支配されてしまっている。ここから逃げることは基本的にはできない。
シンプルに、時間が経ってくれないと、俺にはどうすることもできない。しばらくの間はこの嫌悪感のようなものと付き合わなければならない。
松野健はゲムによってこのようになることがあった。考える意味がないと理解していることを、意味もないのに、ひたすらに考えてしまうことがあった。それによって落ち込んでしまうことがあった。
そして、それはある種の幸福でもあった。自分の目の前にある本当の問題から目を背け、本当はどうでもいい問題ばかりに目が行ってしまうことは、幸せなことでもあった。そこに関しては無自覚的でも、自覚的でもあった。
松野はこれが無駄なことであることは十分に分かっている。財布に入っている十円玉が想定よりも多かったというのは、全く問題がないような問題である。
無駄なことを考えられているのは幸せなことだ。本質的にどうにかしなければならない、それなのにどうにかならない問題に直面しているよりかは、幸せだった。
しかし、そんなことは嫌悪感に苛まれている松野にとっては全く関係ない。感情的にはこれもまたどうにもならない問題であり、どうにかしたいと思うが、なんにもできないのは変わらない。
それでも彼には慣れがあった。それを考えないようにして、普段の自分に戻ろうとすることはできるのだったが、それに戻れるのかどうかは別の問題である。
どうせ、大丈夫だ。何度も何度もゲムによって浮かされたことがあるが、結局のところ、こういう時にはなんにもなかった。だから、安心してしまえばいい。
こんなのはラッキーだと思えばいいのだ。そうだ。貧しい生活を送っている俺にとっては十円玉すら貴重な存在なので、それを考えればこんなのは幸運でしかない。
それに、普通の人であればすぐにこれを幸運だと思うことができるはずだ。それなのに、俺は、こんなくだらないことを考えながら帰宅しようとしている。
家はもうすぐだ。どれだけの間、このことについて考えていたのだ。こんな、考える価値のないことを考えるくらいだったら、どのようなネタを書けばいいのかを考えれば良かった。それが考えるべきことだ。
いや、その前に、今日の振り返りをする必要がある。新ネタに気になるところがあると言って、宗像さんの飲みの誘いを断ったのだ。それならば、それをしなければならない。というわけでもないが、とにかく俺は今日の新ネタのことを考える。
ここまで引きずるようなことではないのだけが確かなのだ。少しだけでも自分に戻ろう。ゲムではなくて、自分に戻って、意味のないことを考えるのを止めよう。
そんなことを考えていると、俺は自宅に辿り着いてしまった。本当に狭い、寝て起きるためだけの部屋。そんな場所に着いてしまった俺。
これは、幸運だ。神様から十円を貰ったんだ。本来は貰えるはずかなかったものを貰えたのだから、喜ぶべきなんだ。そう考えないと失礼だ。
思考は奇妙な方向へと向かい始めた。なので、俺は何も考えたくなかった。考えたくなかったので、ハンバーガーを食べる前に、服を着替え、布団に横になった。
少しだけ仮眠を取ることにしよう。今から寝たらきっと夜に眠れなくなるだろうが、それでも、ゲムから解放されるためには仕方がない。こんな、問題でもない問題に気を取られてしまってどうするつもりだ。
こんなのの相手をいつまでもしてあげられるわけがない。いつかはちゃんと解放されないといけない。どこかで見切りを着ける必要がある。どこかで終わらせたい。
どこか病的な俺は、スマホのタイマーが十五分後に鳴るようにセットした。これだけ疲れているのだ、これだけの時間であってもすくに眠れる。
本来はアドレナリンで眠れないはずなのに、それよりも疲労が勝ってしまっていた。劇場を揺らすほどウケたその日に、俺はこんなに惨めな空間で、惨めな仮眠を取ることになる。落差でおかしくなりそうだ。
こんなことではいけない。やはり俺は成功しなくてはならない。そんな想いを持ったまま、眠りに着こうとするも、それ自体がゲム的であることに気付いたのでそれは止めた。ゲムに支配されているだけじゃないか。
寝ようとしていた布団から起き上がり、またハンバーガーに向き直る。さっきまでのことは忘れてしまえばいい。どうせ、この感覚はすぐに忘れる。
本当にラッキーだと、幸運だと思えばそれで終わりだ。それ以外は何もない。きっと、本質的に大事なことは、なんにも考えないことであって、何かを考えることではない。考える価値なんてない。
であるならば、寝てしまえばいいとも思う。寝ている間は何かを考える必要がないので、その間だけは楽になることができる。それをしてしまえばいいはずなのに、できない俺がいた。してはいけないと思うからできない。
何をしているのか。俺にはそういうことが良くあった。何もしていないのに、ひたすらに疲れていくだけの時間。そういう無駄な時間を全てネタ作りに当てることができたら、どれだけ前に進めるのだ。
グチャグチャな脳内を整える方法が何も思い付かない。それがあるので、俺には何をすることもできない。せっかく良いことがあったのに、このままでは今日は悪い日になってしまう。
自分が自分のことを追い詰めている。悩む必要がないと分かっていることで、悩んでしまう。お釣りが十円多かったというだけで、ここまで不幸になることができるのは愚かなことでしかない。
気にしている意味がない。問題は向こうの問題であって、俺の問題ではない。ミスをした人間が悪いのであって、俺は悪くない。こんなに人生が前向きになっているのに、まだゲムにこだわる必要はない。
それでもどうすればいいのか分からなかった。が、こういう日々はあまりにも日常茶飯事なので、俺は何も気にしないことにした。そうすることに、何度もした。
それでも気にしてしまうが、その度に何も気にしないことにするのだった。それをひたすらに繰り返すだけで、そこに俺の意志らしきものはなんにもなかった。
俺は単に繰り返しているだけだ。そんなことを繰り返していると、いつの間にかハンバーガーすらも食べ終わってしまっていた。そうしたら、なぜか楽になることができた。考え方は考えていた通りになっていく。
松野健はストレスが加わったり、疲れたりするとそういう症状が出るようになっていた。あまりにもウケ過ぎた代償は、最近では珍しいほどのゲムだった。
こうしていくしかない。こうやって、日々を過ごしていく中で、前に進んでいくしかない。本当にそれ以外には何もないのだ。普通の人は受けるストレスを受けずに、普通の人が受けないストレスを受ける人生を続けていくしかない。
何事も全てが上手くいくということはない。上手くいっていたと思ったら、急に、不意打ちのパンチを喰らうこともある。人生にはそういうところがある。
彼は本当に、それを幸運だと思おうとした。それができればこの問題は終わりだからだ。それができないから困っているわけだが、それができればいいのだった。
希望を抱きながら前に進んでいくしかない。それしかないから、そうする。それだけでしかなくて、他に選択肢なんてどこにもないのだった。
俺は、やはり、自分のことを幸運だと思うことにした。なぜならば、本当は貰えるはずがなかった十円玉が貰えたのだから、それは幸運だと思わなければならないからだ。思わなければおかしいから思わなければならない。
思えば、幸運とは誰かの幸運を吸い取った結果なのかもしれない。俺のせいで誰かが不幸に見舞われているのだが、それはそういうものとして受け入れるのだ。
ハンバーガーは美味しかった。が、結局は半分だけ残してしまった。ベーコンレタスの半分だけを残してしまったが、こんなのは明日にでも食べればいいだけだ。
普段よりも豪華な朝ごはんだと思えばいい。割引の菓子パンを朝ごはんとしていた日々に比べれば、食べかけのマックの方がまだ良いだろう。
俺は、自分が幸せになることを考えるべきだと思う。他人の不幸のことを考えていてはなんにもならない。それに、どうせ俺のことだから、勝手に他人の不幸を感じ取って、勝手に他人の不幸のことを考えることになるのだ。
今日で全てが終わるわけもないが、今日という日を一つの分岐点にしたい。今日があったから、また別の明日があったと思えるようにしたい。そうすれば、全部の足跡を肯定することができる。
人生なんて間違いだらけなのだから、前向きなことだけ考えればいいのだ。十円玉を貰った俺は幸運なのだ。これは自己暗示ではなくて、本当にそうなのだ。
本当に幸運としか言いようがないような出来事がやってきた。それだけでしかなくて、他のことはなんにも考える必要がない。
そういうことにした俺は、やるべきことをやることにした。頭の中に埋まりそうになっていたことを取っ払うために、今日やったネタのことを思い出す。
そうすると自然と気分は上向きになる。良かったことを考えると、今からこれからまで全てが良いのだと錯覚することができる。それができればそれでいい。
本当は、林に才能があるのかも、俺のネタが面白いのかも、俺にはなんにも分からないのだ。それでも、やるしかないからやっているだけで、本当は、暗中模索でしかない。なんにも分からない。
それでも、やるしかないからやるしかないのだ。そこに何か考える余地はなく、ひたすらにそういうものだとして受容するしかない。生きていくことと一緒だ。
そういうものだから生きていくしかないのだ。そこで自分が着けた足跡のことは全て愛せるようになったらいい。それがゲムによるものであったとしても、そうしたらいい。ヤケクソのようなものだ。
他人のことはいつまで経っても分からないのだった。だからといって、自分のことを考えると、それはそれで不幸がやってくる。なんにも考えないのが正解だ。が、なんにも考えなければ未来へ進むことはできない。あたかも詰んでいるような日常を人間は歩いているわけだが、そこに前向きな気持ちがあれば問題はない。
未来のことを良いものだと思えばいい。それができれば、どれだけの不幸があったとしても、未来になれば解決しているはずだと思って、楽になることができる。
俺は未来を信じることにした。そして、十円玉を貰えたことを、幸運なことだと思うことにした。心の底からそう思える自信はなかったが、それでも、そうするしかないのでそうすることにした。




