第108話 投げられた短剣
「この部屋だ!」
「消火だ! 部屋に人がいるみたいだ! 早く水を持ってきてくれ!」
「皆さん、落ち着いてください! 近くにいる消火隊や警官の方の指示に従って、冷静に行動してください! 皆さんが助かるためです! どうか協力をお願いします!」
廊下では宿屋の従業員たちや消火隊が、ソフィアたちがいる部屋を見て指示を出しているようだ。また、もう一つ上の階からは宿泊していた人たちが下へ降りてくる音や、人のざわめき、悲鳴なども聞こえてくる。
「囲まれている……」
セレイラがぽつりと呟いた。
一方のリルは、廊下とソフィアに捕まるエリベルトを交互に見て、どうすべきか考えているようだった。だが、中々判断が付かないでいる。
すると、ソフィアに掴まっているエリベルトが、苦しそうにしながらも彼らに短く指示を出した。
「お前たちは窓から出ろ……!」
「しかし――」
「いても邪魔なだけだ。早く行け!」
大きい声ではなかったが、気迫が籠っていたからだろう。彼らはびくりとしたあとに顔を見合わせると、リル、セレイラの順に開いた窓から出て行った。
「あんたはどうするの?」
ソフィアが耳元で尋ねると、エリベルトは不敵に笑う。
「心配せずとも出ていくさ」
すると彼は動けないながらも左手を振り、床で倒れているアルドに向かって何かを投げつけた。アルドの体に小石ほどの小さな玉のようなものが当たると、辺りに一面に強烈な花のにおいが広がる。
(まずい!)
ソフィアはエリベルトから腕を離すと、振り返りアレクシスのほうへ駆け出す。
アルドに向かって投げたということは、気付け用の薬だろう。毒に慣れているソフィアは問題ないが、子どもには刺激が強すぎる。
「子どもたちを窓際へ!」
「うん!」
ソフィアはアレクシスに指示を出し、急いでユーインとアルフィをベッドを一つ越えた先にある窓の傍へ連れて行く。部屋を焼く炎の煙も相まって、酷いにおいが部屋に充満していた。
「起きろ、アルド!」
エリベルトが声を出すと、ゆっくりとアドルが上体を起こす。すると彼の気配も戻ってきた。体つきはエリベルトとほとんど変わりないが、静かで重い怒りのような憎しみのような感情が気配として床一面に這い出す。
「アルド、ここを出るぞ。俺を助けろ」
エリベルトは無事である左腕で体を起こすと、その場に座った。アドルは彼の傍に寄ると小首をかしげる。
「エリベルトさま、お怪我をなさったのですか?」
「そうだ。あいつのせいでな」
エリベルトはそう言うと、窓際にアレクシスたちと一緒にいたソフィアを顎で示す。
アドルは視線の先にいるソフィアを見ると、怒りの感情を顕わにした。それと同時に彼の気配も強いものとなってソフィアにぶつかってくる。
「お前……!」
ソフィアは立ち上がり、アレクシスに預けていた棍を手に取ると、軽く握って構えた。油断はできない。
だが、状況を把握するために意識は廊下のほうに向ける。
(一番火が強かった出入り口の火は、下から持ってきたホースが放出する水によって、少しずつ消されていっているな。警官たちが入ってくるのも時間の問題だろう。——エリベルト……。下手に戦おうとせずに、さっさと出ていってくれよ……)
ソフィアは半分祈りながら、睨みつけてくるアドルと視線を交わす。彼女が戦うのはいいとしても、後ろにいるユーインたちが限界に近づいているため、早く決着を付けたかった。
「けほっ、けほっ……」
「苦しいか、アルフィ?」
「けほっ、いえ、ちょっと大きく吸ってしまっただけです。けほっ……」
「ちょっと待って。窓の外の空気を吸ったほうがいい。——ユーイン、体を支えるのを手伝ってくれる?」
「はい」
アレクシスとユーインがアルフィの体を支えて窓の外に顔を出させているのが、振り向かなくても分かる。これ以上はアルフィだけでなく、大人であるアレクシスもソフィアも危険だ。
ソフィアは仕方なく、エリベルトたちに対して、外に出て行くように促す。
「早くしないとあんたたちにとって都合が悪いんじゃないか?」
するとアルドは二、三秒の間黙っていたが、さすがの彼も時間がないと思ったのだろう。床に転がっていた剣をしまい、エリベルトの体を抱きかかえるとリルたちが出て行った窓に足を掛けた。
だが、出ていくだろうと思った瞬間、彼は袖の下に隠していた短剣をアルフィに向かって投げつけたのである。
(卑怯な!)
ソフィアはそれを棍で払いのけるが、もう一振り投げられていることには気づかなかった。彼女の脇腹に短剣が突き刺さる。
「ちっ……!」
「兄の仇は必ず討つ」
アルドはそう言うと、エリベルトを抱えて闇夜の中へと消えて行ったのだった。




