第107話 援護
「出入口が炎で囲まれ、左腕を負傷したにも拘わらず冷静に戦えるとは……。さすがとしか言いようがないね」
無精ひげの男の嫌味に、ソフィアはふっと笑う。
「人違いをされたまま褒められても嬉しくないな」
「あんたが『シンファ』であることを認めてくれないのは残念だが、今回のところは諦めよう。まあ、次回があるかどうか分からないが」
彼はそう言ってくすくすと笑う。要するに、「ここでソフィアを始末することもある」と言っているのだ。男は言葉を続けた。
「だからそうなる前にもう一度聞こうと思う。景品で手に入れた子ども二人と、こちらで用意した二人を交換しないか?」
スビリウスは、余程ユーインとアルフィというカードを手元に置いておきたいらしい。ソフィアは呆れ気味に答えた。
「何度聞いても同じだ。断る」
部屋を侵食していく炎が、男の横顔を赤々と照らしている。
窓が開いているせいで火の勢いは増し、煙が部屋に充満してきていたが、男は一向に余裕の笑みを崩さない。場数を踏んでいるために感覚がおかしくなっているのか、元々感覚がくるっているのかのどちらかなのだろう。
「頑なだな。だがこの状況であんたはいいとして、お連れさんはどうする? あんたがいなくなったら、どう考えても俺たちにとって有利だと思うが?」
そのときソフィアの背後に二つの気配を感じた。リルとセレイラである。
ソフィアの攻撃を受けて気を失っていたが、火の気を感じたのか目が覚めたらしい。ついでに部屋の様子を確認すると、ソフィアが鳩尾に拳を入れた男とイグマンの姿がなかった。いつの間にか部屋を出たようである。
だが、アドルはまだ床の上で伸びていた。
最初のころに比べたら人数は減ったが、背後を取られ、目の前に銃口を向けている男がいる状況ではソフィアに不利である。
だが、彼女は特に急く様子もなく落ち着き払った声で言った。
「それはどうかな?」
そのとき男は何かがおかしいと思ったのだろう。眉を僅かに寄せると、彼の背後からバンッと銃声が聞こえた。
「なっ……!」
男が驚いた表情を浮かべたのも無理はない。撃ったのはアレクシスである。
ユーインとアルフィを後ろに庇い、片足を立て男に銃口を向けた彼の姿があった。
(ずっと私が守っていたから、何もできない「主」と思っていたんだろうな)
ベッドの陰にユーインたちとともに身を潜め、ソフィアが怪我をしても出てこない。そのため男はソフィアさえ片付ければ、子どもたちを回収するのはたやすいと思っていたのだろう。
(誤算だったな。アレクシスは私よりも射撃は下手だが、並みの護衛よりは上手に撃つ)
男が被弾した勢いで前に倒れてくる。ソフィアは棍をアレクシスのほうに「持っていろ」と言って投げると、彼女は何も持たずに男の右腕に飛びつき捻り上げて骨を折った。
「ああっ……!」
男の声にならない悲鳴がソフィアの耳元で聞こえる。彼の手から拳銃がゴトリと落ちると、彼女はまだ火の手が回っていない窓の下の辺りに勢いよく蹴り飛ばした。
目にも留まらぬ速さだったからだろう。そのときになってようやく状況を把握したリルが、男を気に掛ける声を出した。
「エリベルトさま……!」
一方、ソフィアの攻撃は止まらない。
彼女は負傷した自身の左手を男の首の後ろに添えると、右膝を使い腹に向かって強烈な蹴りを入れた。さらに首の後ろを狙って、組んだ両手を勢いよく落としたことで、男は床に激しく打ち付けられる。
「がっ!」
ソフィアはさらに、床に倒れた男の首に自分の右腕をきつく巻き付けると、構えていたリルとセレイラを面白そうものを見るような目で見据えた。そして男の耳元で、最も嫌がるであろう言葉を囁く。
「どうかな? 宣言したことと逆の結果になった気分は。さぞ腹立たしいだろうね」
リルとセレイラはどうしたらいいか分からず、戸惑った表情でこちらを見ていた。
ソフィアは彼らの様子を見ながら、左手でエリベルトの顎を少し上に向ける。上司を押さえつけることで、精神的に揺さぶりをかけるためだ。
(この男——エリベルトと言ったか。年齢やリルの態度から想像するに彼らよりも身分が高い。だから私の腕からこいつを助け出すには、彼らは無傷で救い出さないといけないはずだ。部下や配下が上の人間を傷つけるなんて、上下関係が強い組織ではあり得ないことだろうからね)
「こんの……!」
エリベルトが、ソフィアの腕の中で恨めしそうな声を出した。
しかし、息ができるぎりぎりの状態で首を絞められている状態である。その上、状況はソフィアたちに味方をしていた。
「油断したな。お前たちは戦いに慣れすぎて、一般人の気配が読めなくなっているようだね」
「馬鹿な……!」
「信じられなければ自分の耳で確認すればいい。もうすぐソルドーの町の警官や宿屋の従業員たちが来る足音が聞こえてくるはずだが、あんたには聞こえないのかな?」
すると部屋の外から、バタバタといくつもの足音が階下から上がってくるのが聞こえてきたのである。




