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第9話 お嬢様の願い

 お父様は手を挙げて執事長のデウスさんを呼ぶと何やら耳打ち、直ぐにデウスさんが部屋の外に出ていく。公爵家にお断りの連絡を入れるためかな? 本来なら執事で十分なのに、態々執事長のデウスさんに命じられたって事は、直接デウスさんが出向くのかしら……


 内定段階のお断りの連絡で、お父様が直接公爵家に出向くことは無いわ。相手の公爵家も内定の連絡は執事に言付けて、受諾の意志を確認している段階の筈、正式に申し込んで断られでもしたら大恥だからね。貴族は体面が全ての様な連中が多いから、事前に色々根回しをしないと婚約を申し込む事さえしない。


(全く面倒な連中ね……って、私も今は貴族の端くれってか名門侯爵家の御令嬢なのよね……)


 本来ならこちらのお断りの連絡も、執事で十分な案件な筈だけど。敢えて執事長を直接出向かせることで、相手への最大限の配慮を示そうとされているのかしらね?


 紅華の感覚だと、侯爵であるお父様からの手紙の方が誠意が籠ってそうだけど、それは間違い。そもそも正式な申し込みでないものに対して、お父様がお断りのお手紙を返す、そうモノとして残るお手紙を、しかも内容が『今回のお話はお断りします』などと返す行為は、相手方にしてみれば侮辱されたも同然。


 こっそり意思を尋ねたのに、正式に『お前の所に娘はやらん! 顔を洗って出直してこい』と熨斗を付けて返されたようなものだ。『喧嘩売ってんのかテメエ!!』と相手方が激怒するのが目に見えている。


 形として残らないように、最大限の配慮を示して『無かった事』にするのが、貴族としてスマートなやり方なのだとベニカの記憶が教えてくれる。


「それでお父様、第二のお願いなんですけどよろしいですか?」


 第三王子との婚約内定のお断り、それだけで済ませる心算など私には毛頭ない。それに先ほどの御願いの時にちゃんと『第一に』と言っている。流石私! 完璧だわ!


「うっ……ベニカ、因みに今日は第何番までお願いが有るのかな?」


 あら? 何だかお父様が益々警戒しだしたわ。えっと……次にお願いするのは魔法訓練開始の許可、それに動きやすい服と、体を動かす訓練かな? お外に出るのは可成りハードルが高そうなので今回は様子見かしらね?


「そうですね……第四番までありますけど、後の三件はどれも関連したものですわお父様」


 そう私が言うと、お父様だけでなく、何故かお母様やお兄様方にまで緊張が走ります。精々後一つか多くても二つだと思っていたのだろう。それが後三つもあり、更に最初が結構大きなお願いだったから、殊更、警戒しているのかもしれない。


 何故って? うん、私もようやく理解したんだけど、この人達、多分ベニカのお願いを断れない、いや口では色々言っているけど断る気がないのよ。だからそのお願いを叶える前提で身構えてるのね……だからこそ、そのお願いは少ない方が安心なのよね……


(いや断ろうよ? ベニカがあんまり我儘言ったら断ろう! 甘いよ? 貴方達激甘だよ?)


 複雑な気分ね……周りが激甘すぎてダメ人間に成って行く気がする……大事にされているのは分かってる、愛されているのも分かってる、だからこそ、ダメ人間にはなりたくない、この優しい家族の愛情に何かして応えたい……


(はっ!! これね、この想いね! これがあるからベニカはダメ人間になってないのね? 与えられる愛情を、少しでも相手に返したいと願う想い……私が言うのも変だけどベニカってば本当に根が良い子だわ)


「関連している? では纏めて言って見なさい」


 お父様は取り敢えずお願いを聞くだけだとの、厳しい態度を崩さない。けど……無理な願いで無ければ叶える気満々なのがバレバレですよお父様。厳しく接している心算なのでしょうけど、こう可愛い娘におねだりされて嬉しくて仕方がないのでしょうね、緩む顔が隠しきれてません。親バカ過ぎますわ……


「ありがとうございますお父様」


 けど遠慮はしないわ、だって明日からの訓練に他のザマァ回避の全てが掛かってるもの。お外に出して貰えない原因を解消するために必要な事……


 そう私は侯爵家の御令嬢、不逞の輩からすれば格好の獲物。しかも家族中から溺愛されているわ。小物どころか大物だってベニカを攫えるのなら全力を尽くすでしょうね。アシュリー侯爵家の最大の弱点、それがベニカ。ベニカを人質に取られたら、この家の者は誰もその要求に逆らえない……


 そしてベニカには戦闘能力がない。自衛の手段がない、逃げることすら儘ならない。どんなに護衛を付けても、この足手纏いなお荷物を守り護り切れるとは到底思えない。下手をすれば、例え護り切っても、襲われた恐怖だけで暫く寝込みそう……外に出すにはリスクが大きすぎるのよ。


 だから……それだけはどんなにベニカがお願いしても叶えて貰えない。


「ではお願いを纏めて言いますね、ワタクシも来年からは魔法学園に入学する筈ですよね? お父様、魔法訓練開始の許可をお願いいたします。それに戦闘訓練用に動きやすい服を、そして戦闘訓練開始の許可もお願いいたします」


「っそれは! ……ベニカ、理由を聞いても良いかな?」


「ワタクシ今回の件で、自らの未熟を痛感致しました。体内の魔力の活性化は体調管理にも好影響の筈です。それに魔法による『身体強化』が有れば戦闘訓練だって出来ます。ワタクシは自分を鍛えたい、弱い自分に甘えたくはないのです。アシュリー侯爵家の弱点にベニカはなりたくはありません」


「ベニカ……そうか、外出許可が出ない理由を……そうなのだろうベニカ」


 お父様は聡い、私の言葉だけで、何故その事に至ったのか理由を察している。それは取りも直さず私の考えが正解だと肯定することに他ならないのだけどね。


「違うのですかお父様、ワタクシだってもう13歳ですわ。こんな状態で本当に魔法学園入学できるのですか? ワタクシが勉強する為の目標、その為の魔法学園入学。そうなのでしょ? 14歳になれば魔法学園に、お兄様達の様に通えるとお父様もお母様も仰ってますけど。ワタクシにはそうは思えません」


 そう、私は恐らく来年になっても魔法学園には通えない。それどころかこのままだと一生箱入りでしょうね。私にだけ極端に若い侍女が付けられている理由、それは私が気を許せる友人、遊び相手の側面が強いからだろう。外に出れない私に、せめてもの慰みとして彼女達が与えられている。


「それは……」


「ワタクシだってもう自分である程度考えられます。自分の置かれた状況を分析だって出来るんです。来年になれば……また何か理由を付けて魔法学園には通えない……家から出しては貰えない……そうですよねお父様」


「…………」


 この場合返事がないのは肯定……そう私はこの先もずっと籠の鳥、だから、私の願い事は可能な限り叶えられる。憐れな籠の鳥だと感じさせないようにとの配慮でしょうね……


「分かってます、ワタクシは自衛が出来ないどころか、逃げることすら儘ならない、学園の行き帰り、それだけでもリスクが大きいですわ。しかし、魔法学園内もそれほど安全とは言えないのでしょ? 王族も通われている学園です。警備は厳重ですから暴漢や不審者は入り込まないでしょう。しかし、無力なワタクシでは、クラスメイトから何かされても、逃げる事さえできない……」


 このまま私が魔法学園に通っても、クラス内で浮いた存在になり、虐められる、若しくは無視される存在になることは確定している様に思う。ベニカの容姿は何処からどう見ても完璧な悪役令嬢だもの。


 そう悪役、ヒールだ。悪役は周りに取り巻きが居るからこそ強く振舞える、周りを従えているからこそ悪役は強い。では周り中が正義の味方、そんな状況に一人悪役を放り込めばどうなるか? フルボッコ確定だ。


 孤立した悪役ほど叩きやすい存在は無い。そしてそれを叩く彼等は自分達が正義だと思い込んでそれを疑わない。


「ベニカ……私達は心配なのだよ」


 そうお父様の心配は正しい。そしてその心配は間違いなく現実のものになるでしょうね。


「ベニカ、お前は美しい、そしてお前は可愛い。けど……アシュリー侯爵家の者は、そうその容姿は、他者に生意気な印象を与えてしまうのよ」


 お母様の言う事は正しい、そうアシュリー侯爵家の者は皆自覚している。その容姿が他者にどう映るのか自覚があるわ。


「ベニカ、お前に何も非は無い、そんな事は分かっている。しかし、俺達だってこの容姿で苦労している、そんな苦労をお前には味わってほしくない」


 ライト兄様も苦労されているのね……こんなにお美しいのに……けどその美しさも含めて、やはり他者に冷たい印象を与えてしまう。溢れる才能と知性が見て取れるその目は、どうしてもそう見えてしまう。こんなにお優しいのに……


「ベニカ、良いかい? それほどアシュリー侯爵家の者らしくない僕でさえそうなんだ。それにね特に女性は……」


 ジーク兄様は、アシュリー侯爵家の者としては珍しいほど釣り目じゃない。けれど凛々しいそのお顔は若干の厳しい印象を受ける。凛々しく整っているからこそそんな印象を与えてしまう。


 ジーク兄様は自分に厳しい、そしてその厳しさで鍛えているからこそのこの強さだ。才能だけで、強く成れるわけじゃない。強く成ろうと日々不断の努力を積み重ねた結果。それを私は知っている。家族なのだ、家の訓練場でどれほど練習しているか知っているわ。


 そしてそんなジーク兄様は他者にも少し厳しい、エリオス第三王子件もそうだけど努力しないで、その弱さに甘える者を軽蔑している。そしてそれを隠そうとしないから……


「ベニカ、貴方にはワタクシがどう見えますか? ワタクシはこの容姿の所為で随分と陰口を叩かれました……ワタクシやベニカの容姿は、生意気で高飛車に見えてしまう……そんな陰口や他者の悪意に負けないように、努力すればするほど益々孤高に、益々他者を近寄りがたくしてしまう。そんな貴方にも近寄って来る者は当然います。しかし、忘れないでベニカ、それは貴方を利用しようとする者だけなのよ……」


 ジーク兄様の言葉を遮って発せられたお母様の言葉には実感がこもってるわ。お母様も相当苦労されたのね……


「ベニカ、俺はアシュリー侯爵家次期当主で更にこんな顔だ。生意気で他者に厳しく冷淡な男、そんな俺に近寄ってくる奴に、どんな奴が居たと思う? 俺はベニカにあんな思いはして欲しくない」


 そう悪役に近寄ってくる者は、その地位や財産目当てで、そのお零れに預かろうとおべんちゃらを使ってくるだけの者。彼等の言葉は決して本心ではない。悪役の立場が悪く成れば掌返しをするだろう。そしてそれを悪いとさえ思わない。そこに悪役に対する情など欠片も無い。


(シナリオライターの後輩が、悪役令嬢の方に良く肩入れしてた理由がよく分かるわね。そうまさに周り中敵だらけ、近くにいるのは味方の振りをした裏切る気満々のクズだけ……それでも己の意志を曲げない、だからこその悪役令嬢……強いわね、悪役令嬢はその心が強く気高い)


「ベニカ、アシュリー侯爵家の者は、釣り目な者を好きになる傾向がある、父上が母上を選んだことでも分かるだろ? アシュリー侯爵家の者は見た目よりもその心に魅かれるんだ。いや、見た目も関係あるか……その釣り目の所為で孤高で気高く成らざるを得ない、けれど決して優しい心は失わない、そんな女性が好きなんだ……釣り目を見慣れているからね。色眼鏡で見ないから、相手の本性が分かってしまう。その結果、釣り目の因子が益々濃くなる」


「ベニカ、私は、そこまで釣り目じゃない。恐らくアシェル以外の女性を娶っていれば、子供は釣り目では無かったかもしれない……しかし、私はアシェルに如何しようも無く惹かれるんだ……すまない」


 謝らないで欲しい、こんなに優しく、私の事を心配してくれている家族……こんな事は自分達の傷を抉る行為だ。なのにそれでも私の心が傷つかない様にそれを話してくれている……なんて愛おしい家族。幸せ過ぎて泣けてくる。


「お父様、お母様、お兄様、だからこそです、だからこそワタクシは強く成りたいのです。一年後、無理だと思われたのなら魔法学園に通えなくても構いません。けれどワタクシは最初から努力もしないで諦めたくはないのです。ですからお父様、どうか許可をお願いいたします」


 そう最初から無理だと諦めたくはない、それは、そんなのは私じゃない、紅華らしくない、ベニカらしくないもない。この春の陽だまりの様なお屋敷に、引き篭もっていればザマァ展開を回避できるのかもしれない。


 しかし、それでは主人公の動きが見えない。周りの情報が入ってこない。何時の間にか追い込まれて、逃げることも出来ずにザマァ展開を強制執行される。そんなのはイヤだ! 絶対にイヤ! どうせ死ぬなら前のめりで死にたい。限界まで抗った結果のザマァならもう諦めて受け入れる。けどそうでないなら、そんな展開は認められない、後悔してもし切れない。


 何時の間にか私は涙を零していた。その涙は私の? それともベニカの? そして何に対しての涙だろう……けどそれでも……


「良いだろうベニカ、認めよう。向上心を持つ者に手を差し伸べるのはアシュリー侯爵としての義務だ。例えそれが可愛い娘であっても変わらない。大きく成ったなベニカ」


「ええ、本当に、まだまだ幼い子供だと思ってましたのに……こんなに立派になって、母は嬉しいですよベニカ」


「ベニカ、俺も可能な限り、お前の訓練に協力しよう。戦闘訓練はジークの方が上手いかもしれないが魔法なら俺の方が上だ」


 ライト兄様だって外出時の危険は私とそんなに大差はない。しかし、ライト兄様は強い、そう、ジーク兄様ほど目立たないだけで剣の腕も相当だ、それに魔法に関してだけならジーク兄様以上だ。


「そうだねベニカ、戦闘訓練の方は僕が責任を持って協力するよ。でもねベニカ、無茶はしてはダメだよ?」


 ジーク兄様も認めて下さった。ジーク兄様に認められるくらい強くなれれば。もう私はアシュリー侯爵家の弱点ではなくなっているだろう。


「ふふ、あのベニカお嬢様が、ふふふ、そうかい、なら私は万が一ベニカお嬢様がケガした時には全力で治療しようじゃないか」


 コーデリア様まで協力してくださる。今度は感謝で涙があふれてしまう……


「よろしくお願いいたします……でも……最初はお手柔らかに頼みますね?」


 そう! これだけは言っておかねばならない。ライト兄様とジーク兄様に本気で扱かれると多分ベニカの身体がもたない……

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