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黒い魔剣使い  作者: マクドフライおいもさん
グレイランド
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ストゥルス

 傾斜のついた小高い丘のうえに、まだ真新しい木柵に囲まれた前哨地『ストゥルス』は存在していた。

 この前哨地は先の魔物連合の侵攻を受けた際に生存者なし、駐屯戦力の全滅という大損害にあっていたが、その後の迅速な再建作業のおかげもあり既に一帯の情勢の把握と監視、そして周辺地域へ出兵する為の要所としての機能を回復させていた。


 そんな再建されたばかりの場所で、レグス達一行を最初に迎えたのは門番の男である。

 彼は入門を求める異人達に対して毅然とした態度で応じた。


「お前達のことは事前に聞いているが、いちおう王の書状を確認させてもらえるか」

「これだ」


 マルフスがゴルゴーラ王より持たされていた書状を手渡す。

 そこにはレグスの大戦における活躍と預言の救世主として王が認めた事、そして彼に格別の計らいをするようにとの旨が記されていた。

 壁の王の書状となるとその民はもちろんの事、彼らと付き合いのある種族も無下にはできない。

 灰の地を旅するに非常に役立つ物である。


 書状に目を通した番兵は言う。


「たしかに。王の命だ、必要な物の補給に関しては我らが責任を持って行うとしよう」


 そして彼はドルゲゲという若い男に一行を案内し世話するよう命じた。


「黒き剣の使い手、英雄レグスとその仲間達よ。まずは中を一通り案内しよう」


 若き大男の戦士に連れられ、レグス達は柵の内へと足を踏み入れる。


 中はずいぶんと広く、木造の建物といくつもの天幕が乱在していた。

 出歩く人影も多く、過酷極まる地の拠点とは思えないほどの賑わいがそこにはあった。


「広さも相当なものだが、それにましてすごい数の人だな」


 カムの言葉にドルゲゲは言う。


「討伐軍を動かしている最中だからだ。今このストゥルスには各門街より大勢の勇者と戦士が集っている」

「既に枯れ森のエルフの討伐を終えたと聞いたが?」

「ああ、奴らは真っ先に叩いてやったさ。魔物と手を組む腐れエルフは危険で放置できぬ」


 魔物と手を組み主導的に動いたダークエルフ達を壁の民は特に危険視し、瓦解した魔物連合に対する反攻作戦、その最初の標的とした。そして病み木の森へと攻め入った討伐軍によってダークエルフの村は全て焼かれ、その住民は赤子にいたるまで殺されたという。

 一切の情けのない報復処置だった。


「我々は勝利した。だが腐れエルフを殲滅したところで一帯の脅威が完全に消え去ったわけではない。オーク、トロル、ゴブリン、リザードマン。あの戦いに加わっていた穢れの屑共はごまんと存在している。奴らを叩きのめす為の戦いはまだしばらく続く事になるだろう。それに備えてストゥルスの規模を拡張する話も出ている。周囲を木柵ではなく耐久性の高い石壁に変え本格的な砦化を進めようと。とは言っても人手も物資も限られている。今はあの日壁の地に攻め入ってきた魔物共の討伐が優先だ」


 そのように雑談を挟みながらレグス達が利用しそうな場所を次々と案内していくドルゲゲ。


「あれが馬用の厩舎で、あっちは井戸だ。むろん滞在する間は自由に使ってくれて構わない」


 そうしてストゥルス内を見てまわっていると、駐屯する壁の民達の多くが一行へ関心の目を向けてくる。大男、大女達であふれかえるこの前哨地において、レグス達異人の姿は否が応でも目立ってしまい、それがゴルゴーラ王が認めるほどの英雄ならば尚更というわけだ。


 そして王が認めた英雄を前にして、誰もが遠目から窺うばかりではなかった。


「ほう、噂の大英雄様の案内人を務めるとは大任じゃあないか。剣の稽古をさぼって語学に励んだかいがあったなドルゲゲ」


 声をかけてきた同胞にドルゲゲは顔をしかめて応ずる。

 彼が口にする言語も青語から壁の民の言語へと切り替わっていた。


「何のようだ、ドドノ」

「なぁに、異人の英雄様の面をちょっくら拝みにきただけだ。ブノーブを殺ってくれた英雄様がどれほどのもんかと思ってな」


 男の口調と目つきには明らかな敵意が込められていた。

 友情、憧憬、あるいは対抗心。

 いずれにせよ決闘裁判にてレグスが殺した壁の民の戦士は、彼にとって特別な存在であったのだろう。


「正当な決闘でブノーブは敗れたのだ。恨みに思うのは筋が違うぞ」

「恨み? なぜ? 我らの街の危機を救った英雄様だぞ。壁の民一同、彼に感謝すべきだ」


 おおげさな動作でそう言ったかと思うと、ドドノは鋭い視線をあらためてレグスへと向ける。


「……ただ、俺にはちょっと信じ難いだけだ。あのブノーブが、あいつが、こんな痩せっぽっちのチビに負けるなんてよお。なあ英雄さんよ、頭の悪い俺に一つ稽古をつけてくれないか? お前がどれほどのものかってのを、ぜひ教えてくれ」

「やめろ!!」


 ドドノの粗暴な振る舞いをドルゲゲは止めようとした。

 彼だけではない。同胞のこのような態度にレグスの従者である小男も口を挟む。


「我ら一行に格別の計らいを、それがゴルゴーラ王の命令だ。お前のその言動、王命に背くものだぞ!! 慎め!!」

「いんちきマルフス、これが俺達なりの格別の計らいってやつさ。なあに剣を交えて親睦を深めようってだけの話だ。もちろんあんたが腰抜けだっていうならやめとくが、どうする英雄レグス」


 安い挑発にレグスが腹を立てるわけもないが……。


「いいだろう」


 彼はあえてその挑発に乗ってやる事にした。


「おおっさすがだ、感謝するぜ。……ついてこい」


 ニヤリと笑みを浮かべて別の場所へと歩き出すドドノ。

 その後ろを付いていこうとするレグスを、マルフスとドルゲゲが慌てて止めようとする。


「ご主人様!! あんな男の戯言、耳を貸す必要がない!!」

「ドドノはお前の偉業に嫉妬しているだけだ。勇者ダダを呼んでこよう。彼ならばきっとこの場をおさめてくれるはず」


 対してレグスは至極冷静に言い放つ。


「奴の気が済むようにさせてやればいい。王の書状を携えていようと、この地で私達に疑いの目を向けてくるのは、何もあの男だけではないのだからな」


 前哨地に駐屯する壁の民には一行に対して疑念の目を向ける者が多くいた。

 果たして本当に、自分達よりもずっと背丈の低い異人の男が戦士ブノーブを破り、不浄の王を討ち、古き神にも挑み、生存したというのかと。


 その疑念を、ドドノとの一戦で払拭しようとレグスは考えていたのだ。


「だがご主人様、万が一……」

「万が一? 俺があの男に負けると?」


 返答に口ごもる灰色肌の小男に代わってドルゲゲが言う。


「王が認めた者に剣を向けたとなれば、ドドノの奴だってただではすまない」

「それを覚悟のうえでの行動だろう。情けをかけてやる義理はない。奴の売った喧嘩だ、精々利用させてもらおう」


 そうして剣を振るうに適した場所へと移動する男達。

 その途中、高ぶる大男の戦士に対して彼の友人達が忠告する。


「ドドノ、間違ってぶっ殺しちまわないように注意しろよ」

「あんなひょろっちい野郎でもいちおうは王が認めた人間だ。殺っちまったら言い訳もきかねえ」


 だがそんな助言もドドノは切って捨てた。


「くだらねぇ!! そん時はそん時だ。あんなチビが俺達の英雄だと!? 冗談にもほどがある!! どいつもこいつもフシアナ野郎ばかりだぜ!! 俺が目を覚まさせてやる」

「たしかに見た目はアレだが。奴が持つ剣が、とんでもない力を秘めているとも聞いたぞ」

「上等だ。道具頼みの情けねぇ野郎にこの俺が負けるはずがねぇ。ブノーブの奴だって、野郎がド汚ねぇ真似しやがったせいで決闘に負けたっていうじゃねぇか。俺には通じねぇよ。下手な小細工させる暇なんて与えねぇ」


 やがて開けた場所へと移動するなり、対戦する二人は武器を手にして早々に向かい合った。

 黒剣を手にする東黄人と大剣を手にする灰色肌の大男。

 噂の英雄がどれほどのものかと、周囲を多くの壁の民が取り囲んでいた。


「遠慮はいらねぇぜ、英雄レグス。俺は、とんでもなく強いからよ」

「口よりも手足を動かしたらどうだ、ただの戦士ドドノ」


 悪意をもって英雄呼ばわりするドドノと、悪意をもってただの戦士呼ばわりするレグス。

 相手の侮辱に対して強い反応を示し先に動いたのは、荒い気性を持つ大男の方である。


「上等だ!! チビ野郎が!!」


 ドドノは激し猛然と斬りかかった。

 されど手応え無く大剣はニ度、三度と空を斬る。


「ちょこまかと!!」


 なおも振るわれる大剣であったがレグスは黒き剣にて巧みに受け、軌道を逸らしていく。

 見事な受け流しと足捌き。

 怒涛の攻撃をしのぎ続けるそうした相手に対して巨漢の戦士はさらに攻勢を強めた。


「どうした!! そんなもんか!! 避けてばかりなぞ猿にだってできるぞ、英雄!!」


 隙を見てレグスも反撃の一撃を放つが……。


「はっ、弱ぇ!! 弱すぎる!!」


 ドドノは片腕で大剣を操り受けきってしまう。


「なんだその非力な一撃は!! 剣つうのはな、こうやって振るもんなんだよ!!」


 壁の民の膂力はやはり凄まじく、決定的なモノでなくとも重い一撃、一撃がレグスを圧して押し込んでいく。

 その圧倒的な力の差に、二人の戦いを見守る者達の多くは『噂の英雄もこの程度か』と落胆と案の定という気持ちが入り混じった苦笑いを浮かべていた。


「おいおい、レグスの奴。何チンタラやってんだよ」


 ドドノの連撃を受けて防戦一方となる男に、戦いを見守るファバは焦り苛立つ。

 そんな彼に傍らのディオンは言う。


「決闘裁判の時と同じだな。受けにまわって相手の動きを見ている」

「ったく。んな事してねぇで、さっさと決めちまえっての」

「相手は壁の民の戦士だ。そう簡単にはいかねぇさ。あのドドノとかいう男、啖呵を切ってみせただけの事はある。かなりやるぞ」

「けどレグスの敵じゃねぇはずだろ」

「魔剣の力を使えばそうだろうが、自力でとなるとどうだかな。ブノーブとの決闘では互角の勝負だった。いや、相手の油断がなければ負けてたって不思議じゃなかった。この勝負、ひょっとするかもな」

「まさか。ありえねぇ、レグスがあんな野郎に負けるわけがねぇ」


 少年の言葉とは裏腹に、眼前ではドドノの一方的な攻勢が続いていた。


「おらおら!! どうした英雄!!」


 大剣振るう大男が吼える。


「あのブノーブを負かしたんじゃあなかったのかよ!!」


 壁の民の戦士はレグスを圧倒するように、重く鋭い一撃を休む間もなく放ち続けた。


「ブノーブの奴は俺より強かった。ずっと強かったぜ!! あの野郎を負かしたっつうなら!! 俺の剣なんて、なんてこたぁねぇはずだよな!!」


 荒ぶる感情を叩きつけるようにしてドドノは手にする大剣を振るい続ける。そして……。


「本当に一夜で、魔物共を百も二百もぶった斬った男つうなら!! こんなもん、なんてことねぇはずだろおおおおお!!」


 彼が叫び大剣を振り下ろしたその瞬間、ひときわ強く撃音が鳴る。

 それはその手から剣が弾き飛ぶ音。勝負を決める一撃の音だった。


「ああ、そうだなドドノ。『なんてことのない』昼下がりだ」


 手にしていた剣を弾き飛ばされ唖然とする敗者に、レグスは息一つ乱す事無く言い放った。


「おお、さすがは王が認めただけのことはある。異人の男なれど力量は本物だな」

「まさか、あのドドノを一蹴するなんて……」

「完敗だな、ドドノ!! お前の負けだ!!」


 レグスの見事な勝利に驚き、同胞の無様な敗北を笑う見物人達。

 嘲笑を浴びるような敗北をドドノは素直に受け入れる事ができない。


「なっ……、今のは手が滑っただけだ。もう一度っ!! もう一度勝負させろ、レグス!!」


 ドドノが見苦しく再戦を訴えていると、鬼の形相をした一人の壁の民が群衆を割って現れる。

 そしてその人物はレグス達のもとへ真っ直ぐとやって来るなり、拳を振り抜き同胞の顔面を殴り飛ばした。


「この恥知らずが!! ドドノ、貴様!! 覚悟はできているんだろうな!!」


 怒りで震えるその大男の姿に、先ほどまで揶揄するような笑い声を立てていた者達は萎縮し静まりかえってしまう。

 そんな者達の間から漏れ聞こえる声が、その男の名を告げていた。


「まずいぞ。勇者ダダだ……」


 レグスに一度は止められたものの、結局ドドノの行いを見過ごせずドルゲゲが急いで彼をこの場へと連れてきたのである。


「すまなかった、黒き剣の使い手、王が認めし英雄レグスよ。このような無礼、言い訳のしようもない。この愚か者には厳罰を以ってけじめをつけさせると約束する」


 同胞の非礼を批難し詫びる大男にレグスは言う。


「勇者ダダ、勘違いするな。無礼も何も、奴が是非にと言うから剣の稽古をつけてやっただけの事だ」


 その言葉に驚き、勇者ダダは一礼をして異人の英雄の寛大さに感謝の意を示した。

 だがいくらレグスが事を穏便に済まそうとしたところで、民の規律を預かる身としてダダもドドノの行いをただただ見過ごすわけにはいかない。

 王命に背く振る舞いは決して軽い罪で済む事ではない。通常なら、首が飛ぶ事になってもおかしくはない事なのだ。

 愚かな戦士の命ばかりは助けてやるにしても、代わって相応に重い罰を与える必要が彼にはあった。


「貴様の首が繋がったままでいられる事を、英雄レグスに感謝するんだな大馬鹿者が。だが覚悟しておけ、この愚行に相応しい罰は決して軽いものではないぞ、……お前達もだ!!」


 ドドノだけでなく見物人であった者達にまで怒するダダ。

 彼からすれば、同胞の愚行を看過する事も等しく罰するべき罪であったのだ。



 無礼な大男の挑戦を一蹴したレグスはその後、彼の同行者達と共に拠点内に設置された食堂の一角へと案内された。

 ドルゲゲ達が言うには非礼の詫びを兼ねての食事をもてなしてくれるとの事だったが、次々と運ばれてくる山盛りの料理を前にしてベルティーナはどこか不満気な表情を浮かべていた。


「英雄に対するもてなしにしては相変わらずと品のない料理ばかりだこと」


 もとより食えれば良しが基本の壁の民である。量こそあれど、贅を凝らした繊細な料理など出てくるはずもない。

 香ばしい匂いを放つ肉の山と、ありったけの野菜を煮込んだスープ。

 高慢な魔術師の娘はこれを品のない料理と評し気に入らぬ様子であったが、同席するディオンの反応はまたそれとは違った。


「いやいや、食い物に水気があるだけ有り難いってもんさ」


 壁の地を発ってから、口にできるのは干し肉や乾燥した木の実など日持ちする物のみ。

 飲み水すら消費を抑えながらの生活が何日も続いていた。

 それを思えば、目の前に並ぶ清く豪快な料理達も天下一品のご馳走に見えてくるというもの。

 彼の言葉はお世辞抜き、本心からのものであった。


「それに酒もこの通り飲み放題だしな、なぁガドー?」

「ん? あぁ、そうだな」


 浴びるほど飲もうと尽きる事のない酒樽の数々を前にして嬉々とするディオンに対して、ガドーの表情はどこか冴えない。

 酒が飲めない人間というわけではない。むしろ日頃なら勇んで酒樽をあけにいくのがガドーという男である。

 そんな人間が酒にさほども興味を示さぬのは、ベルティーナから施される対抗訓練の過酷さ故。連日の悪夢のせいで心身を蝕まれ、酒を飲む気力すら奪われてしまっていたからだった。


 食欲の減退もひどく、ディオンとは対照的に彼の食事は義務的な動作を繰り返すばかりである。

 それは共に対抗訓練を受けるファバも同様で、久しぶりのまともな食事だというのに、少年はひどく億劫そうに口の中へと料理を運び続けていた。


「わかってると思うけど、今夜が期限よ」

「はい」


 ベルティーナの言葉に頷くガドー。

 最後の訓練で成果が出せねば、彼はレグス達と別れ壁の地へと引き返さなければならない。

 食欲どうのを別にして、そもそもからして今のガドーに酒を飲んでいる余裕などありはしなかった。


「しかし明日には出発ってのは、やっぱちょいと急ぎすぎに思うがね」


 酒が揺蕩う杯を手に問うデリシャ人に、レグスは淡々と答える。


「もたつけば、それだけ冬が近付く」

「長旅は休める時にしっかりと休むのが基本だろう。もう二、三日ここで余裕を持ったっていいと思うが?」

「一日あれば十分だと判断した。それで足りないと思うのなら、ここで三日でも四日でも好きなだけ休むといい。俺は先を急ぐ」


 素っ気ない返答にディオンは頭を掻いた。

 そして惜しむように手もとの酒を眺めながら彼は呟く。


「明日からまた節酒に努める日々が続くわけだ……」


 そうして思うことはそれぞれに、出された料理を味わったレグス達。

 食事後はドルゲゲに案内され、自分達が寝泊りする事になる部屋へと移動する。


 壁の民が彼らに用意したのは二人用の部屋が四部屋。

 いずれも飾り気のない簡素なつくりのモノばかりだったが、もとが身長三フィートルの人間が過ごす為に作られただけあってレグス達が利用する分には狭苦しさは感じられなかった。それに雨露をしのげ、魔物や蛮人の急襲を警戒しないで済むというだけで道中とは比べ物にならないほどの快適さが確保されているといえる。


「飯も食った。部屋も決まった。で、これから何すんだ?」


 部屋分けを決め終えるなりファバがレグスに問うた。


「明日の出発までにできるだけ体を休めておけ。特にお前は今夜も対抗訓練があるだろう」

「つまり寝てろってことか?」

「そうだ」

「そいつは楽でいいね。助かるよ」


 少年のその言葉にガドーが同調する。


「俺もそうさせてもらうぜ」


 連日の対抗訓練が続く者達は疲れもひどく睡眠を優先するが、旅路での息の抜き方は寝る事ばかりとは限らない。

 少し考えるようにした後ディオンが言う。


「じゃあ俺は飲み直すとするかな。レグス、よかったらあんたもどうだい?」

「俺はマルフスと共に補給の打ち合わせと灰の地の情勢の確認を行う。この前哨地にはより新しい情報が届いているはずだ」

「ああそうかい。まっ、たしかにそりゃやっておかなくちゃな」


 誘いを断られて肩をすくめる男を尻目に、カムとベルティーナも口を開く。


「私はフウバとライセンを労ってやるとする。とりわけライセンには昼夜問わず警戒に当たってもらったからな、少し疲れもたまっている」

「私もてきとうに時間を潰してるわ」


 そうしてしばらくの間、レグス達は行動を別にする事となる。

 次に彼らが集うのは前哨地ストゥルスが夜闇に包まれる頃、ファバとガドーの対抗訓練を行う時であった。



 ストゥルス内での対抗訓練はまずファバの方から行われる事になった。

 彼はガドーと違い、別に失敗しても壁の先での冒険を続けられる立場にある。

 訓練にあたるに後がないという重圧こそはなかったが、それでも当人としては一日でも早くに成功させるつもりで臨んでいた。


「始めるわよ」

「ああ」


 ベルティーナの呼びかけに応じて少年は悪夢の中へと堕ちていく。

 周囲でその様子をレグス達が見守る中、静かに時間だけが流れていった。


「うう……」


 やがてファバの顔が歪み、うめき声が聞こえた。

 表情一つ変える事なく目覚める事が対抗訓練における理想の成功ではあるのだが、それはもう現段階で望めない。

 時間の方もそろそろ限界だろう。


「失敗か?」


 カムのその問いをベルティーナは静かに否定する。


「まだよ」


 それからさらに時間が経ち、少年の苦悶の表情とうめき声はよりいっそう強くなる。

 カムは魔術に関して詳しいわけではない。されど、この手の訓練での過度な負担が取り返しのつかない結果を招きかねない事は理解している。


「ベルティーナ!!」

「まだ」


 なかなか意識を引き戻そうとしないベルティーナ。

 そんな彼女にカムが焦りを覚えていると……。


「がはっ!!」


 少年が突如目を見開いて起き上がる。

 呼吸は荒く、肌に汗が滲んでいた。しかし意識はハッキリとしており嘔吐も無い。


 呆然とした表情を浮かべるファバだったが、自らの成し遂げた事を実感すると拳を握り締め歓喜した。


「やった……、やったぜ。やってやった!! 成功だ!! 成功だ!! そうだろベルティーナ!?」

「完璧とは言えないけど、七日でこの出来ならまぁ悪くないわね」

「よしっ。へへ、どうだレグス。たった一週間でやってやったぜ。たいしたもんだろ、俺もさ」


 短期間で結果を出せた事がよほど嬉しかったのか少年は得意気であった。

 だがレグスが彼に与えるのは称賛の言葉ではない。


「ようやく自力で意識を戻せた程度にすぎない。まだまだここから先が長くなる。浮かれるな」

「ちっ、これだよ……。ああシラけるねまったく。ファバ様の大いなる前進にちったぁ喜んでくれたっていいだろうに」


 拗ねる少年を見てカムやディオンは微笑ましそうに表情を緩めるが、同じく対抗訓練を受ける立場にある男の様子は違っていた。

 いささかバツが悪そうにガドーは言う。


「まさかお前が先に成功しちまうとはな」

「ガドー、お前も絶対に成功させろよ。俺だけ成功しちゃあみんなも素直に喜べねぇしな」

「ガキがえらそうに。言われるまでもなくやってやるよ」


 レグス達とこれから先も一緒に旅をするには最低限同程度の結果を出さねばならない。

 これ以上の失敗は許されなかった。


「さっさと次を始めるわよ」

「はい、よろしくお願いします」


 術者の娘に促されガドーは最後の機会となる対抗訓練に臨む。

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