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黒い魔剣使い  作者: マクドフライおいもさん
絶望が哭く夜
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朝の春風、半宵の月

 朝霧が晴れ始めたばかりの城庭の一角で男は黒き剣を振るい、まだ冷たさの残る春の風を切っていた。

 その様子を眺めながら鷹の世話をする女が言う。


「よくそれだけ動けるものだな」


 呆れまじりの声色で問うカムに剣を振るう男レグスは息一つ乱さず答えた。


「いや、こんな遅い振りでは蠅も斬れん」

「熱心なのはいいが、ほどほどにしておけよ。昨日までほとんど寝たきりになっていた人間が無理をすれば祟るぞ」


 日はまだレグスが目覚めてからわずか四日しか経っていない。

 常人ならば満足に動く事すらかなわず、剣を振るうなどもってのほか。

 いくら壁の民の協力があったからといっても、その回復力は驚異的としか言い様が無かった。


「鈍った体を慣らすのに必要な負荷だ。この程度、無理のうちには入らん」


 仲間の忠告にも顔色を変えずにそう答えるレグス。

 数々の無謀と無茶を繰り返してきた男にとってそれは本心から出た言葉であった。


 そうしてしばらく一人剣を振るっていたレグスだったが、鷹の世話を終えた女の手が空いたのを見るなり彼は言う。


「カム、腰に下げたお前のその刀剣が飾りではないのなら、少しばかり相手を頼めるか?」

「それは構わないが、本当に大丈夫なのか?」


 剣の素振り程度なら多少の無理をしたところでそうそう事故も起こるまいが、慣らし程度といえど人を相手にするなら万が一の事がある。

 レグスの頼みに若干のためらいを覚えるカムだったが……。


「ああ、気遣いは無用だ」


 との言葉に、彼女はやれやれと呆れながらも応じる事にした。


「いちおう聞いておくがどの程度使える」


 いざ始める前に、レグスは相対する女に剣の腕前のほどを問う。

 彼は彼女が刀剣を使い戦う姿を出会ってから一度たりとも見た事がなかった。

 弓術の才に恵まれた者が剣才までも具えているとは限らない。


 そんな懸念を杞憂とばかりに、カムは涼しげに返答する。


「弓ほどではないが人並みには扱えるつもりだ。昨日まで歩くのもやっとだった人間に後れを取らない程度の自負はある」


 弓の扱いが得意だといっても携帯し動き回るには少々難儀する事もある。

 実際、鷹の世話をするにあたって今の彼女は弓矢を部屋に置いてきていた。そしてそんな時は刀剣だけを腰に下げて行動するのである。

 故に、その腕前に関しても相応のモノが無ければ身を守れはしない。


 手にした剣を巧みに振ってみせてからカムは問うた。


「さてと、どちらから打ち込む? やはり私が受けか?」


 剣を打ち込む側よりも受ける側の方が当然事故時には怪我をしやすい。

 体調万全な者が受ける側にまずまわるのが、この場での自然な流れではあるはずなのだが、レグスはどうやらそう思わないらしく……。


「お前からでいい。腕のほどを確認しておきたい」


 カムに打ち込んでくるよう要求した。


「たいした気遣いだが、怪我だけはしないでくれよ」


 刀剣を手に駆け彼女は相対する男へと斬りかかる。

 その剣筋は疾く、鋭く、草原に舞う風のようであった。

 上下左右、独特の調子で繰り出されるカムの剣をレグスは黒き剣にて巧みに受けていく。


「初見でこれだけ見切るとは、さすがだな」


 軽やかに剣音を響かせながら、感心するように女は言った。


 むろん彼女とて本気で斬りかかっているわけではない。

 相手の体調が万全ではない事を考慮し、多少手を抜いていた。

 それでもこれほど見事に動き受け切るとは……、レグスの剣力は彼女の予想以上に戻っていたのである。


「いい腕をしている。悪くない」


 攻撃を受けながらも、表情一つ変えずにカムの剣の腕前を褒めるレグス。

 その態度に、刀剣を振るう女は少しばかり剣速を速めながら問う。


「ずいぶんと余裕だな。期待はずれだったか?」

「いや、期待以上だ」


 それまで受けに徹していた男が踏み込み、黒き剣を振るう。


 カムの剣が草原に吹く風ならば、レグスのそれはまるで竜巻、嵐のような激しさを伴っていた。

 一撃、一撃が力強く重い。

 適切に受け流さねば、女が手にし操る刀剣の刃は簡単に折れてしまうだろう。

 集中を切らす事無く、カムはレグスの攻撃を捌いていく。

 そして彼女は守りに徹するだけでなく、機会を見てそのおり反撃する。

 攻防が目まぐるしく入れ替わり、まるで息の合った踊りのように二人は剣撃の音を響かせ続けた。


 意図してか意図せずか、ほぼ互角。現状での二人の剣力は拮抗しているように見えた。

 しかし、永遠にそれが続く事はない。体力的な限界はいずれやってくる。

 そして先にそれが訪れるのは、寝たきりになるほどの大怪我から回復したばかりの男の方だと女は考えていた。


 その予想通りだろうか、レグスの剣筋に荒さが目立ち始め、隙が広がっていく。

 それを見逃すほど、草原の剣は甘くない。


――ここだ!!


 刃がしなるような鋭き一撃を相手の首もとへと放ちながらカムは己の勝利を確信した。


 だが、彼女の刀剣は衝撃と共に高く空中へと撥ね飛ばされた。

 レグスの黒き剣が打ち上げたのである。


 空手となった利き腕を一瞥した後カムは言う。


「誘ったのか……」

「思いのほか腕が立つようだったからな。今の俺では芸もなしに打ち合っては崩しきれないと判断した」

「そしてまんまと私はその誘いに乗せられ踊らされたわけだ。……完敗だな」


 レグスの剣力を舐めていたわけではない。

 壁の民随一の戦士を決闘で負かすほどの使い手だ。万全の状態ならば、カムよりも一枚も二枚も上手であるのは間違いない。

 それでも、傷を癒し、ようやく剣を振り始めたばかりの人間にこうも見事に負かされるとは思っていなかった。

 驚きと共に自らの力量に失望の色を隠せないカム。

 そんな彼女にレグスは言う。


「たった一本取っただけだ。内容的にはほぼ互角だった」

「昨日まで歩くのもやっとだった男とな」


 そう答える女の顔には自嘲の笑みが浮かんでいた。


「それで、満足いくだけの動きは出来たか?」

「まだ本調子の半分といったところだ」

「あれだけ動けて半分とは……、恐ろしい男だな」

「カンを取り戻し切るには数をこなすしかない。しばらく相手を頼めるか?」


 カムは仲間に実力の違いを見せられたからといって自棄を起こしたり卑屈になって協力を拒み出すような狭量な人間ではない。

 己の未熟さを実感させられる敗北の直後にあっても、レグスのその頼みを彼女は快く了承する。


「ああ、いいだろう。せめて一本ぐらいは取っておきたいしな」


 そうして朝、昼と食事や休憩をはさみながら二人は剣を交え続けた。

 途中ファバも加えて、熱心に励む三人の様子に壁の民達は頃合であると思ったのだろう。

 夕刻になって王命を受けた若き勇者が黒き剣の使い手のもとへと現れて告げる。

 曰く、明日の正午、城主の間にて喚問の場を設ける故、召喚に応じよとの事。

 レグスの体調の回復を待つとの故で先延ばしにされていた場だ。一日剣を振るうまでに回復した今、これを断れようはずもない。

 レグスは壁の民達の呼び出しに素直に応じる事にした。


 そしてその日の夜、壁の王からの呼び出しを受けた男の部屋にセセリナも含めた全員が集う。

 自分達の部屋が別にあるにも関わらず、わざわざ夜分に同じ部屋に集う理由は単純。

 レグスが他の二人を呼んだのだ。


「それで話しておきたい事とは何だ?」


 怪訝に問う女に対してレグスは言う。


「明日の審問を受ける前に、聞いておこうと思ってな」

「いったい何を」

「お前達にまだ壁を越える意思があるのかどうか」


 質問にカムとファバは一瞬、互いの顔を見合わせる。

 そして二人のうち先に口を開いたのは少年の方だった。


「当たり前だぜ、そんなもん。あるに決まってんじゃねぇか」

「あれだけの大戦を経験したからな。万が一にも気が変わっているとも考えた」


 魔物の大軍を相手にしたあの夜の戦い、一時の戦況はまさに絶望的であった。

 押し寄せる魔物の群れ、積みあがる味方の骸の山。

 凄惨な光景の中で誰もが死を覚悟せねばならないほどの地獄のような戦場。

 壁の先にはあれと同じモノが広がっている。もしかすれば、あれ以上の地獄やもしれない。

 壁を越える事にためらいを覚え、心変わりしたって何ら不思議ではないのだ。


 けれども、あれだけの経験を経てなおもファバの決意は変わらない。


「ったく、いい加減しつけぇぜ、まじで。俺は地獄の先だろうがあんたについてく。約束したろ俺に剣を教えるって、ぜってぇ守ってもらうからな」


 少年の迷いない言葉を聞いてレグスは視線をカムの方へと向ける。


「私の意思も変わらない。この子がお前についていくと言うのなら、私もそうしよう」


 二人の返答にレグスは部屋の外の気配を窺った。

 そうして自分達以外に人気がないのをあらためて確認すると、彼は言う。


「そうか。では一応話をしておこう。明日の事や、俺の事、そして旅の目的について」


 レグスはファバ達に己の生い立ちから石の事、そして旅の目的までをも掻い摘んで語って聞かせた。

 その話はここ一、二週間の間に壁の民から漏れ聞こえてきた噂話を知る者達すら驚かすに十分なものであった。

 かつてより男の言動、その端々からもただならぬ事情を抱えている事は察していた二人であったが、初めて耳にする真実に言葉を失いかけてしまう。

 励ましや慰めの言葉など出てこようはずもない。

 途方にもなく大きく暗い、重き真実。


 それを聞かされ、ゆっくりと確かめるようにカムはレグスに問い掛ける。


「一つ聞いていいか? お前が『キングメーカー』に固執するのはそれが人の世に悪しき災いをもたらす呪われた石であるからか? それとも、己の呪われた宿命を断つ故か」

「後者だ。もし悪しき災いから世を救う為だと言うのなら、壁の民達が協力を求めてきたのならそれに応ずるのが筋だろう。だが俺には微塵もその気は無い。俺は、俺自身の目的を果たす為に、壁を越え古き精霊の王のもとへと向かう」

「その選択は己を救う為か、それとも単なる復讐の為か」

「どちらでもあると言えるし、どちらでもないとも言える」


 仲間の問いに男は偽る事なく本心で答えた。


「自身の境遇から目を逸らし生きていく事など俺には出来ない。ましてや、己の内に滾るこの感情を完全に殺す事など……。復讐心。この感情にそう名付けてしまうのは簡単な事だろう。だが俺はこれをそう呼ぶのに違和感を覚えずにはいられない。地獄を見、生死をさ迷い、なおも衰える事なく抱き続けたこの感情は、もはや根本からしてそんな類いのモノとは異なっているのだと、思えてならない」

「ではいったい何だと言うのだ?」

「怒り。それも純粋と呼べるほどに極まったものだ。あれが存在し、それを許せぬ自分がいる。そこにもはや特別な理由すらも必要ない。あれへの怒りは理屈や道理をも凌駕する」

「お前が抱く怒りは復讐の為のものですらないと言うのか?」

「飢餓人は食わねば死ぬから食らうのではない。腹が減るからただ食らうのだ。俺の怒りもまた同じ、復讐の為などと理由付けは必要ない。飢えにも似たこの怒りを慰める事が出来るのは、奴の破滅を以って他に存在しない。ただそれだけの事だ」

「お前の言い分は、まるで狂人のそれだぞ」

「だがそれが、偽りようもない俺の本心だ」


 断言する男の顔に迷いの色は無い。

 涼やかにすら見えるその表情が、彼の揺るがぬ決意を告げていた。


「理由なき怒りに身を任せ戦い続け、結果その先に何がある。それがどれほど愚かな事かわからぬ人間ではないだろう」

「愚かであろうとなかろうと、それが俺だ。この思いに蓋をして生きていくなど出来はしない」

「お前の身勝手な欲望を満たす為に、たとえ世界に危機が訪れようと知らぬ顔をすると言うのか」

「そうだ。たとえ世界が滅びる事になろうとも俺には引き摺り下ろし、刃を立てねばならぬ相手がいる」


 目の前の男の頑なな態度にカムは話にならないとばかりに大きく息を吐いた。

 そしてレグスではなく、深刻な表情のまま傍らで話を聞いていた精霊の少女へと矛先を向ける。


「セセリナ。何故止めない。こんな馬鹿な事を続けさすなど、お前の本意ではないはずだ」

「何度も止めたわよ。それで聞くような子なら苦労しないわ」

「だからといって精霊とあろう者がっ」


 口調を強めるカムの言葉をさえぎり、セセリナは言う。


「この間の戦いで、はっきりとわかった事があるの」


 古き炎の神に挑む際、レグスとセセリナはこれ以上とないほどに近い存在となった。

 だからこそ、あの日あの時、どうしようもなく彼女は理解してしまったのだ。


 カムを見据え精霊は言う。


「この子が抱く怒りを忘れるには、人の命は短すぎる」


 人の子よりもずっと長き時を生きてきた精霊の言は重い。

 この状況下、二十そこそこの娘が声を荒げたところでセセリナに敵うはずもない。

 それをカム自身よく理解していた。

 どれほど彼女が言葉を重ねたところで男と精霊の破滅的な旅を止める事は出来ないのだ。


「存外、壁の民達の預言者様とやらもたいした事がないようだな。こんな男が救世主とは笑わせる」


 沈黙の後に吐き捨てるように言う女の言葉を、レグスは眉一つ動かさず聞いている。

 それが余計に、カムには腹立たしく思えてならなかった。


「己の心一つ救えぬ者に、誰が救えるものか」


 そう言ってレグスを睨みつけると彼女はファバへと語りかける。


「ファバ、こんな馬鹿な男に付いて行くのはここまでにしろ」

「はっ? いやだから俺は剣をっ」

「剣なら私が教えてやる」

「いや、俺はこいつから」

「あの古き炎の神を前にしてお前に何が出来た。この男の戦いはそういった域の話だ。そんな戦いの中でいったいお前に何が出来る」


 カムに言われるまでもなくファバだって己の無力さは嫌というほどに知っている。

 それでも彼は、搾り出すような声であっても力強く断言する。


「……関係ねぇよ。何が出来るとか、出来ないとかじゃねぇ。やるか、やらねぇかだ。あんたの旅ってやつも結局はそういう事だろ、レグス」


 少年とて同じだった。

 男の無謀な旅に付いていくのに、たいそうな理由も理屈も必要ない。

 ただ、どうしようもないほどの渇望が彼らを衝き動かすのだ。


「最悪なのはやらずに終わっちまうことだ。正しいとか間違ってるとか、そんなもん知ったことじゃねぇ。だってそうだろ? こいつから、この思いから逃げ出しちまったら、俺は一生、俺の事を許せなくなる。そんな人生、死んじまってるのと同じさ」


 あの過酷な夜、彼は戦う事を選んだ。

 無数の魔物達の軍勢を前にして、武器を手に戦う事を選んだのだ。

『魂を殺すな』。

 あれは安い覚悟などで言えた言葉ではない。

 焦がれるほどの渇望から生まれたあの言葉に、思いに、嘘があろうはずもない。


 強くなりたい。

 他の誰でもなく、レグスという男のように。


「俺は行くぜ。誰が何と言おうとレグスと一緒に壁の先に行く」


 真っ直ぐと見返して言い放つ少年に、カムは説得する為の言葉を見つける事ができなかった。


「勝手にしろっ」


 言い捨てるようにして彼女は部屋を後にする。


「いいの?」


 女が去った後、セセリナは部屋に残る男二人に尋ねた。

 カムがその気になれば、明日にでもこの地から離れる事が出来よう。

 そうなればそれが、二人との今生の別れとなってしまうであろうことは簡単に想像がつく。

 死線を共にくぐった者との別れが、このような形になってしまうのは不本意ではないかと、精霊の少女はレグス達に問うていた。


「良いも悪いもない。一人戻るも、先へ行くも、あの女の好きにさせてやればいい」


 レグスの返答にセセリナはため息をついて無言で首を振る。

 その間ファバは難しい顔をしたまま黙り込んでいた。


「ファバ。あらためて言うまでもない事だが壁の先ではいちいちお前の面倒は見ていられない。付いて来るのは勝手だが、もしもの時に、他人の力を当てにしようなどとは思うな」


 短い付き合いの中であってもカムはファバの事を気に掛けていた。

 もし一緒にこの先も旅する事が出来たのなら、きっとよく面倒をみてくれたに違いない。

 未熟な少年にとってこの先、彼女の助けがあるかどうかで旅の過酷さはずいぶんと違ってくる事だろう。

 だがもはや、こうなってしまっては、その助けを期待する事は出来ない。


「馬鹿にするなよ。そんぐらいわかってる」


 何度目かもわからぬレグスからの忠告に、ファバは少しばかりムキになって答えた。


「俺だってこないだの戦いじゃ化け物共を両の手で数えきれないほどブッ殺してやったんだぜ」



 喧嘩別れするようにレグス達のもとから離れたカムは己の部屋に戻ると、髪を下ろし乱暴に上衣を脱ぎ捨てるなり寝台へと飛び込んだ。


――間違っているものか。あんな馬鹿達にこれ以上かまってやる義理などあるものか。


 そう思えど、己の中にどうしても割り切る事ができない何かが存在する。

 それがいったい何なのかもわからず、理解しようともせず、彼女は無理矢理に逆立つ心を沈め、眠ってしまおうと努めた。

 だがそれでは当然のように寝付きが悪く、夜半には目が覚めてしまう。

 何とかもう一度眠ろうとするものの下手に眠ってしまったせいもあってか、今度はまるで眠れない。

 しまいにはとうとう眠ることを諦めて、カムは寝台から立ち上がり窓辺へと移動した。

 そしてそこに腰を下ろし座り込み、半宵の月を眺めるのである。


 月明かりに照らされ、優しく静かな時が流れていく。

 その中で、彼女の胸の内にあった荒ぶるような苛立ちはしだいにおさまり、代わりに言い様のない虚しさが込み上げてくる。


――まるでかつての自分を見るようだったな……。


 あの男は復讐ではないと言っていた。

 けれども己の内に滾る怒りに衝き動かされる、そんな生き方に、彼女は思い出さずにはいられない。

 父の仇、家族の仇、一族の仇をと生きた、あの日の自分があの男と重ねって見えたのだ。

 だからこそ止めようとした。だからこそ止めたかった。

 そんな生き方に救いなどありはしない事を、彼女自身、痛いほどに理解していたのだから。


 なのに言葉が見つからなかった。

 あの日の激情を知っているからこそ、今の自分にはレグスを止められない。

 その事がどうしようもなく理解できてしまったのだ。


――あの頃の私を前にして、今の私は何を言えるのだろう……。


 怒り。痛みを伴うほどのその激情だけが生きている実感を与えてくれていた日々。

 そんな復讐に駆り立てられる草原の娘に、過去の己に、年月を重ねた今の自分ならば何か言えるのだろうか。


 同じ事だった。

 レグスを止める言葉を知らぬ彼女には、かつての己を止める言葉すら思い浮かびはしない。

 いいや逆だ。

 かつての己すら止められぬ者が、どうして仲間の愚行を止められよう。

『己の心一つ救えぬ者に、誰が救えるものか』。

 レグスに向けて放ったその言葉が、自分自身へと跳ね返ってくる。


――少しは成長出来たと思っていたのだがな……。


 そう思い、自嘲的な笑みを浮かべた時、彼女はあの苛立ちの正体を知る。


――ああ、そうか。そういう事だったのか……。


 レグス達の愚かさや頑固さこそが気に食わなく、あれほど腹を立てていたのではない。

 真に腹立たしかったのは、今だあの日の自分を諭せる言葉すら知らぬ己の未熟さだ。


 男を通して見るあの頃の己の愚かさを前に、今の自分の無力を思い知る。

 それがたまらなく苦痛だったのだ。


――無様だな……。


 恥ずかしく思う。

 真心からではなく苛立ちをぶつける為に声を荒げてしまった己の愚かさを、本当に恥ずかしく思う。


 けれども、今さら頭を下げたところで何がどうなるというのだろう。

 望めば、たぶん彼らならまた受け入れてくれるに違いない。

 だが男と少年の旅において、とかく二人とは考えの異なる自分は足手まといになるだけではないのだろうか。

 未熟な娘の口煩い忠告など、迷惑に思われるだけだろう。


――私という存在は彼らにとって、そもそもが必要ない人間なのだ。ならばいっそこのまま……。


 そんな考えが頭をかすめた時、彼女の中にある割り切れぬモノが問いかける。


――そうして逃げるのか。


 ファバは言っていた、『逃げ出してしまっては、俺は一生、俺の事を許せなくなる』と。

 自分は果たしてどうだろうか。


――彼らのもとに戻らぬ理由付けなどいくらでも出来る。だがそうしてあの二人のもとを離れ、知らぬ顔で生きていく自分を、この先私は許していけるのだろうか。……わかりきった事だな。


 鼻で笑い立ち上がると、一つの決意を胸にカムは寝台の上へと横たわる。

 そして彼女は気付くのだ、同じ寝台であってあれほど感じていた寝苦しさがまるで嘘のように消えて無くなってしまっている事に。


――今度はよく眠れそうだ。


 その心地良き眠気に抗う事なく、カムはゆっくりと眼を閉じた。

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