↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒い魔剣使い  作者: マクドフライおいもさん
絶望が哭く夜
42/77

召喚

 召喚当日。

 太陽が十分と昇った頃にレグスの部屋を二人の大男が訪れた。

 彼らは王命を受けて迎えに現れた近衛兵。

 堂々たる佇まいで、不浄の王を討つほどの男を前にしても恐れや卑屈さなど一切見せはしない。


「王の御前に出るからには武器の類いは持ち込み出来ぬ。もし希望するなら、我らの方で厳重に預かろう」


 時と場合によれば、それは単なる礼法の意味しか持たぬだろう。

 だが戦いの民たる者達が、共に戦い、大きな武功をあげた者に対してまで帯剣を許さぬとは、ただの礼法の意味合いでは収まるまい。

 話し合いが不調の際、万が一の事態が起こる事を彼らが警戒している証である。

 それはレグスも同じ事。

 彼はあらかじめ城主の間からそう遠くない場所に黒き剣を隠し置いていた。

 ファバの事も、今朝方はやくに謝罪に現れたカムに預けてある。

 彼女達にも監視の目はついているだろうが捕虜や囚人ではあるまいし、ある程度の自由は利く。

 いざという時にこの地から脱出する事ぐらいはできるだろう。


「必要ない。この通り武器など持っていないからな」

「黒き剣は何処に。部屋にも見当たらないようだが……」


 レグスの持つ黒剣の威力をあの夜の戦いで壁の民達は目撃している。

 当然、その行方は気になるところ。

 されどそれを易々と教えてやるほど彼も間抜けではない。


「どうしてお前達がそんな事を気にする。剣はしかるべき所にある。俺の手元にはこの通りありはしない、話し合うのに何も問題はないはずだ。それとも、まさか俺が外している間に盗み出すつもりだったのか?」


 からかいの言葉に一瞬大男達は眉をしかめたが、すぐに表情を戻し言った。


「付いて来い」


 その言葉に従い、レグスはゴルゴーラ王や元老院議員達が待つ城主の間へと向かった。

 目的の部屋の前で近衛兵達が足を止めて命ずる。


「しばし待て」


 そして見張りに立つ同胞に対して彼らは目で合図を送り、主たる者に到着を知らせ入室の許可を得るように促した。


 レグスの目の前で扉が開閉し、一人の大男が中へと入っていく。

 そしてつかのまの後、扉は再び大きく開かれた。


「入れ」


 近衛兵達に連れられレグスは城主の間へと足を踏み入れた。

 この部屋を訪れるのは魔物達の急襲を受けたあの日以来二度目となるが、あの時と違い、部屋の中に慌ただしい空気はない。代わりに奇妙な静けさが部屋を覆っていた。


 取り囲むように武装した大男達が立ち並ぶ中をレグスは臆する事なく歩を進めていく。

 そしてその足は、眼前に悠然と座す壁の民の王の前にて止まった。

 相対するレグスとゴルゴーラ。

 息苦しさを感じるほどの緊迫感が漂う中、座する者が先にその口を開く。


「西国よりこの壁の地を訪れし黒き剣の使い手よ。まずはそなたの名を聞こう。仮初めの名ではなく、真の名を」


 王の問いにレグスは言う。


「お前達の審問を受ける前に言っておかねばならぬ事がある。壁の王よ、この場での話を外に漏らさぬと天上の神々に誓えるか。それが出来ぬというのなら、俺が答える事は何もない。踵を返しこの部屋を出るまでだ」


 眼前に座する王や武装した周囲の大男達にもまるで気後れすることなく断言するレグスに、元老院議員達はざわついた。


「陛下に向かってなんと不遜な物言いか」

「王の問いに答えるどころか、誓約を要求するとは……」

「あのような者が本当に我らの……」

「だがわざわざ守秘の誓いを要求するということは、奴も多少なりと我らの問いに答え、話す気があるということではないか?」


 動揺する彼らと違いゴルゴーラは静かにレグスを見つめていた。

 そしてゆっくりと厳威ある口調にて言葉を発する。


「壁の地に生きる者は軽薄な冗舌を嫌い、誠意ある沈黙を尊ぶ。黒き剣の使い手よ、お前の口より知り得た真実が我らにとって著しく害あるものでない限り、いたずらに口外にするような事はないと、神々にかけて誓おう」


 王の言葉を受けてレグスは言う。


「ならば俺も、それが我が身を害するものでない限り、誠意を以ってお前達の問いに答えよう壁の民よ」

「よかろう。ではあらためて問う、黒き剣の使い手よ。汝の偽り無き名を答えよ」

「レグス、それが我が真名だ」


 その名乗りに物足りなそうな顔を王は浮かべる。


「レグスよ。西の地に住まう者達の多くは我らと違い家名なるものを持つという。まさかお前が特別ただのレグスというわけもあるまい」

「もはや俺には帰る家もなければ、名乗る家名もない」

「たとえ今のお前にその気がなくとも、一度刻まれた名を捨てさる事は出来ぬものだ。答えよレグス、お前が生まれ背負った家の名を」


 それを名乗る事はレスグにとって己の出自を明らかにする事と同義。

 その覚悟を持って彼はここに立っていた。


「ロカ」


 レグスが家名を告げると場はまたもざわつく。そのざわつきには驚きと共に得心の念が混じっている。

 それもそのはず、この審問以前よりローガ開拓団の老魔術師トーリが立てた推測を聞き及んでいた彼らにとって、これはまったく予期せぬ出来事というわけではなかったのだ。


「ロカ。ミドルフリアの東端の国『ロレンシア』の王家であるあのロカか?」


 確認するように問う王の言葉をレグスは肯定する。


「然り、そのロカだ」

「ロレンシアの王家においてレグスの名を持つ者、我が知るはただ一人。蒼い花の女王の一人息子に生まれ、その母の手によって火刑に処された王太子。……それがお前であるというのか黒き剣の使い手、いや、レグスよ」

「そうだ」

「なにゆえ火刑に処されたはずの者がここに立つ」

「怪奇なる縁に救われて」

「その縁とは?」

「古き精霊と古き人の子」

「古き人の子?」

「賢者ガルドンモーラ」


 幻の魔術師の名に場がどよめく。

 トーリより話を聞いてはいたものの、あらためてその名が出てくると、やはり驚きを禁じ得ぬのである。


「かの高名なる賢人が真に存在すると?」

「古き精霊の存在は信じられても、黒の怪人の存在は信じられぬと言うのか、壁の王よ」


 レグスに問われ壁の民の王は唸った。

 男が語る話はどれも信じ難きものばかりであったが、その信じ難き事があの日より目の前で幾度と繰り返されてきたのだ。

 ましてや、その男は古き精霊スティアを連れ歩くほどの異質なる存在、マルフスが救世主と呼ぶ男である。

 どれほど信じ難き話とてゴルゴーラには作り話だと断ずる事はできなかった。


「いかなる理由があって彼の老公はお前を助けた」

「その問いにかつて師は、『縁あり、奇を見たゆえ』とのみ語っていた」

「師とな。伝説の賢人を師と呼ぶか」


 驚く王にレグスは言う。


「師は俺が最後の弟子になると言っていた」

「最後?」

「賢者ガルドンモーラはもはやこの世にあらず。千年に近き人の生を終え、天道に帰した」

「なんと……。不死者とすら噂されたあの黒の怪人が死んだと?」

「どれほど偉大な魔術師とて不滅の肉体を得れはしない。我が師もまた然り」


 レグスの言葉に王は再び唸り、場は静寂に包まれる。

 その静寂を破るのもまたレグスの言葉であった。


「されど、その不滅の肉体を手にした者が遥か東の地にいるという」

「東方の不死王か」

「単なる空言か、あるいは賢者をも凌ぐ超常の術を持つゆえか」

「超常の術……」

「キングメーカー。それを探し求め、俺は旅を続けてきた」


 その石の名を、壁の王たるゴルゴーラが知らぬはずはない。

 彼は目を細めてレグスに問う。


「何のわけあって彼の秘石を追う。まさかお前も不滅の肉体を手にいれると? それとも狂王と同じように第六の大王を夢見るか?」

「くだらん。俺が求めるのは『終わり』だ」

「終わり?」

「かつて狂王ヌエが手にした選王石『ラグナレク』。彼の石を葬る、それが俺の目的。その為に俺は壁を越え、古き精霊の国を目指す」


 レグスの宣言にゴルゴーラは頭に手を当て難しい顔をつくりながら、息をついた。

 男の話を必死に整理するだけでも彼の脳は精一杯といった様であった。


「覚悟はしていたが、お前の口から飛び出すのは驚くべき事ばかりだな。とても理解が追いつかぬ。レグスよ、古き精霊の国が壁の先にあるとはどういう事だ。何の為に彼の石を葬るなどと言う」

「いにしえの天魔の戦いの後、古き精霊スティアは異界に逃れた。その異界へと繋がる扉が灰の地に眠っている。俺はその扉をくぐり、古き精霊の王に会う」


 そこで言葉を区切る男に、回答を迫るようにゴルゴーラは再び問う。


「何の為に石を葬る」

「けじめだ」

「けじめ? 狂王の子として生まれた者のか?」


 レグスが真に狂王の子であるのかどうか、核心に切り込むような問いに周囲がざわつく。

 されど問われた本人はまるで動揺もなしにそれを鼻で笑い、断言する。


「そんなものは関係ない」

「では何故」

「俺が俺であるためのけじめだ」


 ゴルゴーラはその言葉の意味を深く問おうとはしなかった。

 男が言わんとする事の全てを理解しきれたわけではない。

 ただ、男の強き意志のこもった瞳が語っていたのだ、それが最大限答え得るモノなのだと……。


「どうにも判断に困り、信じ難き話ばかりだな」

「信じようが信じまいがお前達の勝手だ。俺は壁を越える。ただそれだけの事」

「そうもいかん。すでにお前の耳にも入っているだろうが、我らの星読み、マルフスがお前を救世主と預言したのだ」

「あの男が何を言おうと俺には関係のないことだ。たとえそれが真の星読みの言葉であったとしても」

「星読みの神聖を訴え牢より救い出したお前が、その星読みを軽んずると?」

「あれは灰の地の情報を少しでも得る為の方便にすぎぬ」

「ではマルフスの預言が信じられぬと?」

「信じるも信じないもない。お前達の星読みが何を言おうと、俺は俺の望むことを為すだけだ」

「天意に背くか。為すべきことから目を背け、己が望むままに生きると言うか、レグスよ」

「為すべきことから目を背ける? お前達がそれを口にするか、壁の民よ」

「何が言いたい」

「為すべきことも為さず、こんなくだらぬ事に時間を潰しているのはいったいどこの誰だ」


 レグスの言葉に部屋の不穏さがいっそうと増す。

 されどその空気に躊躇することなく彼は言い切った。


「星読みの言葉一つに縋り、救世主とやらを探しまわるのがお前達のすべき事だというのか? たいしたものだな、壁の守護者というものも」


 それまでレグスの不躾な言い様にも時折ざわつく程度だった元老院議員達であったが、これには聞き捨てならぬと声を荒げる。


「我らを侮辱するか!!」


 だがそうして殺気立つ大男達を王は一仕草で制止してしまう。壁の王ゴルゴーラは言う。


「年々春の訪れが遠ざかるにつれ、灰の地に巣くう穢れた者達は勢いを増すばかり。彼の地の魔物共が眷属の異なる者達と手を組むなど、ただごとではない。ありえぬ事が起きているのだ」


 深刻な口調で壁の王は語り続ける。


「お前も見たはずだ。群れ成す、あの穢れの軍勢を。だがあれほどの軍勢とて灰の地においては一握りのモノにすぎぬ。もしも彼の地の魔物共がことごとく結託しようものなら、その軍勢は想像もつかぬほどの規模となろう。そうなれば、たとえ我らの全軍を以ってしても、奴らを止められはしない」


 それを馬鹿げた妄想と笑う者はこの場に一人とて居はしない。

 誰もがあの凄惨な戦いを経て悪しき予感を確かなものへとしている。


「もはや黒き予言が告げる暗黒時代は、我らの目の前にまで迫っているのだ。予言されし脅威に抗おうと、星の声に耳を傾けようとすることの何がくだらぬものか、レグスよ」

「それだけに囚われる事がくだらぬと言うのだ。他に為すべきことはいくらでも転がってるであろうに」

「いくらでもだと?」


 怪訝な表情を浮かべるゴルゴーラにレグスは言う。


「フリンディアの大聖堂には一部の高僧にのみ閲覧が許された秘蔵書『テネブライ』なる物が存在する。その書には邪教徒達も知らぬ悪魔の生態が、詳細に記されているそうだ。ドゥランハイムのドワーフ達が製造するヴィクトール鋼製の武具は、青国の名高き剣や盾にも劣らぬ性能を誇り、トリンダラムのエルフ達が作る秘薬は創傷を一晩で癒し、新兵を瞬く間に猛獣の如き戦士へと変えてしまうという。モゾールの魔術師達は失われし古代魔法『エクスぺドラ』の一つを見事復活させ、メノールの隠者達は今なお森の精霊と交誼を結ぶ。聖ミドラ騎士団、ロドバールの重騎兵、ブリスの長弓兵、ビザンの長槍兵、いずれも千軍に匹敵する強兵だ。今、一度問おう、壁の民よ。その事実を前にして、お前達はここでいったい何をしている」

「まさかお前は我らに、その者達の助けを借りよというのか。フリアの庇護者たる我らに、彼らに助けを乞えと」

「真の脅威を前に何を迷う必要がある」 

「ふざけるな!!」


 元老院議員達より再び怒声が飛ぶ。


「我ら壁の守護者は独力で千年とこの地を守り抜いてきたのだ。その伝統と名誉を汚せば、我らの名声は地に堕ちることになろう!!」


 レグスの言っている事は、流れ者の一人に協力を要請するのとはわけが違う。

 近年、フリア諸国の民は教会を崇め、壁の地を軽んずる風潮にある。

 そんな中で、自分達の手に負えぬと正式に助力を乞うとなれば、何が戦いの民かと、彼らはいっそう壁の民を侮る事になろう。

 自尊心の強い壁の民達にとってそれは耐え難き苦痛であった。


「独力だと? 毎年この地に運ばれてくる多くの金や物資がいったいどこから届けられていると思っている」

「それとこれとは話が違う!!」

「違うものか。魔物共すら眷属の違いを越えて協力し合うというのに、人の子にそれが出来ぬと言うのか。己が名を惜しむな、壁の民よ。ときに高く積み上げすぎた誇りは傲慢となり、大切な物を見失わせる。お前達が守ろうとしているものは何だ。己が名か? お前達が真の守護者たるならば、我の誇りは捨てよ。胸に抱くは守護者の誇りただ一つでいい」


 堂々と言い放つ男に王は問う。


「この壁の地に生まれ育ち、血を流し戦い生き抜いてきた我ら壁の民に、守護者が何たるものかを語るか。あまつさえ、死よりも恥を恐れる我らに、あえて恥辱に塗れよとお前は言うのか」

「無知なる者から悪しざまに風聞される事を恐れ、真に為すべき事を仕損じるほどの恥が他にどこにあろう。お前達は今まさに、恥辱に塗れているぞ、壁の民よ」


 その答えを侮辱ととったのか壁の王が合図を送ると、衛兵達が得物の切っ先を向けてレグスを取り囲んだ。


「お前は我らに言う。真に為すべきことのため、己の誇りすら捨ててみせよと。ならばそうして大言を口にするお前自身はどうなのだ。まさか知らぬ顔で、壁を越えるなどと言うまいな。我らが助けを求めれば、お前も己の野望を捨て星の声に耳を傾けるのだな、レグス・ロカよ!!」


 あと一度、王が合図を送れば衛兵達は容赦なく目の前の男を斬り刻むだろう。

 生半可な答えは許されない。


「よく言葉を選び、発言するといい。次の言葉が最後のモノとならぬように」


 荘厳たる口調で戒めながら問う壁の王。


 静かな間があった。

 重い、重い、静かな間が。

 静寂の中でその場の誰もが男の答えを待っていた。


 その空気にまるで怯む事すらなく、レグスは真っ直ぐと王を見据えて力強く断言する。


「たとえ天が定め、星が告げようと、進み行く道は俺自身が決める。偉大なる戦士達の王ゴルゴーラよ、俺は壁を越え古き精霊の国を目指す。たとえお前達がここで何を望もうともだ」


 ある者はそれを傲慢の極みだと憤慨し、ある者はそれを目を覆うばかりの愚かさだと呆れた。

 だがあの過酷な夜、共に血を流し戦い、男の死闘を目の当たりにした者達の中には、心の奥底を打たれたような感慨を抱く者もいた。

 他ならぬゴルゴーラもまた、そんな者達のひとりであった。


「クク、ハハハ、ハーハッハッハ!!」


 高らかに笑い声をあげて壁の王は言う。


「大陸広しといえど、お前ほど傲慢で恥知らずな男もそうはいまいな」


 それは批難している言葉でも侮辱している言葉でもなかった。

 むしろその逆。


「……だが、いっそ清々しい。霧が晴れいく思いだ」


 王の様子に周囲の者達の多くが途惑いざわつく中で、ひとり合点したかのような表情を浮かべてゴルゴーラは呟く。


「そうか星々よ、救世の仁とはかくも傲慢なる者か……」


 そして意を決して彼は宣言した。


「いいだろうレグス。お前の言通り、フリア諸国に使者を出し協力を要請する事にしよう。もはや事態に猶予はなく、我らだけの手に負えるものではないとな」


 その王の決断に抗議の声をあげる者は少なくない。

 とくにあの夜の戦いを経験していない者達からの反発は強く、ゴルゴーラの意を変えようと彼らは必死に訴えかけた。


「馬鹿な!! こんな男の身勝手な戯れ言を真に受けるなど!!」

「我らを大陸一の笑われ者にする気か!!」

「王よ、この地の民が口にする食料のほとんどは壁の内の国々より送り届けられた物。申し上げるまでもなく、これらは我らが灰の地の脅威を一身に受け、血を流すその対価に他なりませぬ。彼らをこの地の戦いに引っ張り出すと言うのなら、誰が我らの血に対価を払うのでしょうか。この痩せた地ではとても我が民を養うには及ばず、遠くない将来、予言されし暗黒時代よりも先に未曾有の飢饉が我が民を襲うことになりましょう。拙速な判断は千年とかけて築き上げてきた我ら壁の民の栄誉を損なうばかりでなく、千年と続く苦難の始まりとなるのです。いま一度冷静にご判断を!!」


 だが彼らの必死の訴えかけにも壁の王は意を変えはしなかった。

 ゴルゴーラは言う。


「この男が初め、ブノーブとの決闘に赴いた時、誰もがこの男を見下げていた。この男があの夜、我らの戦列に加わった時、多くの者が同胞の仇と憤り憎んでいた。だがこの男は、あの夜の戦いを通して見事我らの見る目を変えてみせた。単なるの無法者でない事を証明してみせたのだ。同じ事だ。よくよく見せてやればよい、彼の地の脅威を忘れ、悠長に仮初めの安寧を貪る者達に。我らがこの地でいかに戦い、いかに死んでいくのかを。我らがどれほどの血を流し、この地を守り抜いてきたのかを。我らはただ来る戦いの日において、示してやればよい、我らの誇りというものを」


 王の力強き言葉に反対者達は何も言えず口をつぐむ。

 されど不安は隠せず、その表情は曇ったままであった。


「我が戦友よ、勇者達よ、そう心配するな。各門街が何度か冬を越せるだけの貯えはしてある。それが尽きるまでに事態の深刻さを理解できぬほど、奴らの目も節穴ではなかろう。……いつまでそうしているお前達、我らの救世主にこれ以上無礼を働くつもりか?」


 そう言ってゴルゴーラはレグスを取り囲む衛兵達に武器を下ろすよう命ずる。


「だが王よ、この男を救世主と認めるならそれこそこの者はこの地に留めておくべきではないか!!」


 慌て持ち場へと戻る衛兵達を横目に元老院議員のひとりがなおも食い下がるが、壁の王の判断に変化はない。


「天の意も星の声すらもかえりみず進む者を、どうやって留めよというのだ。お前達にもわかっているはずだ。今この場でファタムの矢がその脚を貫こうと、この男は這ってでも壁の先へと向かうであろう」

「それは……」

「人の持つ宿命とは計り知れぬもの。星が告げし者ならなおの事だ。最初から、我らがどうこうできるものではなかったのだ」


 諦観の境地ともとれる態度を見せながらゴルゴーラは言う。


「レグスよ、往くがいい。お前が為さんとする事を為す為に。だが我は信じている。お前が星が告げし救世主であるならば、この先どこへ行き、何を為そうとも、いずれ星の導きが再び我らをめぐりあわすだろう」

「星の導き、俺にそんなものが本当にあるかは知らないが……、死地より助けられた恩もある。もし彼の石を葬りこの地に戻ることがあれば、お前達に力を貸すと約束しよう」

「『死地より助けた』か……。そう思うならば、この地を離れるにあたって一つ頼まれてくれまいか? あの男を、星読みのマルフスをお前の旅に同行させてやってほしい」

「奴を?」

「お前がそうであるように、あの男もまた計り知れぬ宿命を背負う者。あやつは信じている。レグス・ロカこそが星々の王であり、自分はその男のもとで使命を果たすのだと」


 マルフスの刑の執行を止めた当初こそ、その知識に期待して連れていく事も考えていたレグスだったが、事情がこうも複雑化した今、ある種の狂信に囚われる小男を同行させるのは気がすすまない。


「過酷な旅だ。足手まといを増やすつもりはないのだがな」


 しぶるレグスにゴルゴーラはその利を説く。


「戦いこそ不得手ではあるが、あやつが持つ灰の地の知識は役立つことだろう。それに頼みを聞く礼というわけではないが、こちらからもいろいろと便宜を図ろう。お前が望むなら腕の立つ者達を同行させてやってもよいし、灰の地といえど壁の王の名においていくらか融通を利かすことができる者達もいる。彼らの助けを借りれば旅の負担もその分軽くなろう。もちろん、旅路に必要となる物資の補給についても我らが手配しよう。お前達はあの日の急襲のせいで必要な物の多くを失ったのではないのか?」


 たしかにゴルゴーラの言う通り、レグス達が持ち込んだ物資の多くはこの地を襲った魔物達によって荒らされ、失われてしまっていた。

 それらを自らの手で調達しなおそうにも簡単にはいかない。

 貴重な道具や秘薬などは入手先が限られており、個人で集めなおすとなるとかなりの時間が食われてしまう。

 そして、そもそも金銭的な面でも現状レグスの手元には余裕がなく、調達資金を用意しなおすだけでもまた余計に日にちを要する事になるのである。

 物資を壁の民達からの協力によって補えれば、その分出発を早めることが出来るのは間違いない。

 その事を思えば、レグスにとっても壁の王の頼みは悪い話ではなかった。

 何より彼自身、マルフスには僅かなりとも因縁めいたものを感じざるを得ない。


「いいだろう。だが追加の人員はいらない。お前達のような大男を何人も連れ歩いては目立ちすぎる」


 レグスは王の頼みを聞き、マルフスの同行を了承した。


「そうか……。ではあの男のことをよろしく頼む」

「ああ。行き先が行き先だ、安全は保障できないがな」

「あやつにも星々の加護があろう」

「それと、ここを去る前にこちらからも一つ頼んでおきたいことがある」

「できるだけのことはしよう」

「ディオン達にいくらか報奨金を与えてやってほしい」

「ディオン……、ローガ開拓団の者達か……。なぜお前があやつらの為にそのような事を頼む。マルフスの一件でずいぶんと揉めていたと聞くが」

「迷惑料のようなものだ」

「まぁよい。あの魔術師の娘と共にあやつらの働きは大きかった。恩赦に加え、働きに相応しいだけの金貨を与えると約束しよう」

「そうしてやってくれ」


 壁の王からディオン達に対する報奨金の約束を取り付けると、レグスは城主の間を後にした。

 退室する男の後ろ姿を見送りながら、壁の王とその臣下の者が言葉を交わす。


「これで本当によろしかったのか?」

「……天のみぞ知る、だ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。