第十三章 マリオの夢がかなう
赫燼の威厳に満ちた声が、一瞬にして部屋中に響き渡った。
彼は気だるげに右手を持ち上げ、人差し指を立てた。すると、指先から橙赤色の炎がひと筋、立ちのぼった。
赫燼は指を弾いた。
炎はまっすぐ、オーストンの前の皿へと落ちた。
轟音とともに、皿のロースト肉と野菜がたちまち炎に呑まれた。銀の皿はすぐに真っ赤に焼け、炎はテーブルクロスを伝って四方へ広がっていく。
オーストンは怯えて二歩後ずさり、後ろの椅子を倒した。
「尊神、お鎮まりください!」
彼はどさりと膝をついた。
「私めが間違っておりました! どうかお許しください!」
赫燼は何も言わず、ただ冷ややかに彼を見ていた。
炎はすでにテーブルクロスの端まで迫り、オーストンとの距離は半歩もなかった。
役人たちは次々と立ち上がったが、その場にいた誰一人として火を消しに近づこうとはしなかった。
侍従たちは皆、どうすることもできず立ち尽くしていた。今、誰であれ動けば、気まぐれなこの神に敵対する意思を示すことになりかねない。
「お父様!」
アイリーンは真っ青になり、オーストンのもとへ駆け寄ろうと振り返った。
ところが一歩踏み出した途端、靴先が自分のスカートの裾を踏んでしまった。
「あっ!」
アイリーンはバランスを崩し、前のめりに倒れて、絨毯に激しく打ちつけられた。
膝がひどく痛んだが、そんなことを気にしている場合ではない。彼女は慌てて両手を床につき、赫燼のもとへ這っていった。
「尊神! どうか父をお許しください!」
アイリーンは赫燼の足元まで這い寄ると、顔を上げた。目にはもう涙があふれていた。
「どうか父をお助けください!」
アイリーンは手を伸ばし、赫燼の裾をつかもうとした。だが、手は途中で止まった。
赫燼が彼女を見下ろしているのに気づいたからだ。
その眼差しに全身を震わせたアイリーンは、すぐにうつむいた。額が赫燼の座る椅子の脚に触れそうなほどだった。
赫燼は床にいるアイリーンを一瞥し、再びオーストンへ目を向けた。右手は相変わらず、椅子の肘掛けに気だるげに置かれたままだ。
【赫燼!】
意識の海で、シャルルはあの炎の塊に勢いよく飛びかかった。
だが、手応えはなかった。
体はそのまま炎をすり抜けた。
【もうやめろ!】
シャルルは炎越しに、自分の足元に跪くアイリーンを見た。
少女は顔を真っ赤にして泣いていた。彼女がすがる姿は、神域で赫燼に焼き殺された仲間たちと重なった。
彼らも同じように苦しげな声で命乞いをしていた。それなのに、この神は、泣いて許しを乞う彼らをただ冷ややかに見つめていた。
【また人を殺すつもりなのか!】
炎の塊はシャルルの問いに答えなかった。ただ、火がかすかに揺れた。
宴会場には、テーブルクロスが燃えるぱちぱちという音だけがやけにはっきり響いていた。
アイリーンは赫燼の足元に跪いたまま、頬を涙で濡らしていた。
そのとき、ずっと赫燼の隣に座っていたリリーが立ち上がった。
両手を肩の前で交差させ、わずかに身をかがめる。
「尊神、オーストン総督はこれまで三硫諸島の統治にそれなりに尽力してまいりました。今日はただの失言です。どうか今回だけはお許しください。」
赫燼はゆっくりと振り向き、リリーを一瞥した。
リリーは礼の姿勢を崩さなかった。
しばらくしてから、彼は冷たく口を開いた。
「次があれば、ここにいる者を全員焼き尽くす。」
オーストンは全身を震わせ、急いで額を絨毯に押しつけた。
「お許しいただき、ありがとうございます! 二度と過ちは犯しません!」
赫燼は彼を相手にせず、何気なく指を鳴らした。
「パチン!」
テーブルの炎は一瞬で消えた。
さっきまで燃え盛っていたテーブルには、今や黒焦げのテーブルクロスと、焼けて歪んだ銀の皿だけが残っていた。
赫燼は立ち上がった。
アイリーンはまだ彼の足元に跪き、涙を頬に流し続けていた。赫燼が立つと、道を塞がないよう、怯えながら慌てて横へずれた。
赫燼は彼女の脇を通り過ぎた。
「行くぞ。」
アイリーンは呆気にとられた。
彼女は顔を上げ、涙でかすむ目で赫燼の後ろ姿を見つめた。
「そ、尊神……?」
赫燼は足を止め、顔だけ横に向けた。
「我の案内をするのではなかったか?」
アイリーンはすぐには意味をのみ込めなかった。
赫燼を見て、それから振り返り、まだ跪いている父を見た。
オーストンは慌てて彼女に目配せした。
「は、はい!」
アイリーンは慌てて絨毯に手をつき、立ち上がろうとした。
だが、さっき痛めた膝が急に痛み、体が傾いて、また転びそうになった。
リリーが手を伸ばして彼女を支えた。
「ゆっくり。尊神の前で、これ以上粗相をしないように。」
「ありがとう……ありがとうございます、六号閣下。」
リリーに支えられて、アイリーンはどうにか立ち直ると、急いで涙を拭った。
赫燼は二歩ほど進んだところで、ふいに足を止めた。
「そうだ。」
彼は振り返り、自分の前にある空の皿を指さした。
「あの太った男にも、これを用意させろ。」
アイリーンは彼の指先を目で追った。
「尊神、パイナップルピザのことでしょうか?」
「そうだ! パイナップルピザだ!」
赫燼はうなずいた。
「あの太った男に、たっぷり持ってこさせろ。」
「かしこまりました、尊神!」
アイリーンはすぐに答えた。泣いた後の鼻声がまだ残っていた。
赫燼たちが宴会場を出たのを見届けてから、オーストンは執事のサバスに支えられてようやく立ち上がった。
「急げ。気の利く者を何人か選んで、尊神たちについていかせろ!」
サバスはすぐにうなずき、オーストンの服を軽く整えてやると、急いで後を追った。
総督府の門前では、アイリーンがすでに外出しやすい淡い青のドレスに着替えていた。
マリオは弟子二人に指示を出し、パイナップルピザを詰めた弁当箱を馬車に積み込ませていた。
【まさか、赫燼尊神がこれほど俺の腕を買ってくださっていたとは。お供として一緒に出かけることになるなんて!】
【マリオ、お前はもう世界に通用する一流シェフだ!!】
数分前、太った料理人マリオは厨房で焼きたてのピザを確かめていた。そこへ伝言を持った侍従がやってきた。
「マリオさん! 尊神から、パイナップルピザを多めに用意して持っていくようにとのご命令です!」
「マンマ・ミーア! 尊神がピザを持ってお出かけに?」
マリオは興奮して侍従の腕をつかんだ。頬の肉も皺も、立派な口ひげと一緒にぶるぶる震えている。
「尊神がそうおっしゃったのか?」
「もちろんです! お嬢様が知らせるようにと!」
マリオはしばし呆然とし、次の瞬間、自分の大きなお腹をバンと叩いた。
「マンマ・ミーア! やっぱりな! そうだと思ったんだ!」
侍従はびくりとした。
「な、何をですか?」
「尊神は俺の料理の腕を認めてくださったんだ!」
「えっ!?」
目の前の太った料理人が、赫燼尊神のどの言葉から料理の腕を認められたと受け取ったのか、侍従にはさっぱりわからなかった。
マリオは興奮してその場で二度跳び上がると、くるりと振り返り、厨房の弟子たちに両手を振った。
「急げ! パイナップルを全部出せ! チーズもだ!」
「料理長、何人前作ればいいですか?」
「まずは十人前だ!」
「十人前!?」
マリオは不思議そうな弟子を睨んだ。胸の前で十本の指を合わせ、いつもの癖で何度も揺らす。
「尊神はお出かけになるんだぞ! 道中でお腹が空いたらどうする? お前みたいな間抜けが作り直している間、尊神を待たせるつもりか? 尊神を怒らせたら、責任を取れるのか!?」
弟子は慌てて首を横に振った。
「め、滅相もありません!」
「なら、何をぼさっとしてる! 早く行け!」
弟子たちを急かしながら、マリオはエプロンを外し、料理服の皺を丁寧に伸ばした。
わざわざ鏡まで持ってきて、くるんと跳ねた口ひげを整え直した。
【マンマ・ミーア! 尊神のお供をして出かけるんだぞ!】
【道中で尊神がお腹を空かせたら、俺がこの手で食事を作って差し上げられる!】
【ハハハ! これからはマリオ・ロッシが王国一、いや、大陸一のシェフになるんだ!】
そう思うと、彼は戸棚から新品のコック帽を取り出し、恭しく頭にかぶった。
こうして弟子二人が弁当箱を馬車に積むころには、マリオも身支度を終え、意気揚々と屋敷の門前までやって来ていた。
「おい、ゆっくり運べ! この間抜けども!」
マリオはピザが崩れないよう、弁当箱の一つを支えていた。
ちょうどそのとき、リリーの案内で赫燼と彼女は外出着に着替え、総督府から出てきた。
アイリーンが急いで出迎えた。
「尊神! 馬車の準備ができました!」
赫燼がうなずき、馬車に乗ろうとしたところへ、マリオが腹を突き出して駆け寄ってきた。
「尊神! ピザの用意がすべて整いました!」
彼はコック帽を脱ぎ、恭しく頭を下げた。
「マリオ・ロッシ、いつでもご命令をお待ちしております!」
赫燼は彼をちらりと見た。
手を伸ばして、弁当箱の一つの蓋を開けた。
パイナップルピザを一切れつまみ、そのまま口に放り込む。
マリオはすぐそばまで寄り、期待に満ちた顔で彼を見つめた。
赫燼は数口噛み、残りの半分も口に押し込んだ。
「うむ。今回はパイナップルの味がしっかりしている。」
たったそれだけの一言だった。
マリオの目がたちまち潤んだ。
「そ、尊神……!」
興奮で唇が震え、丁寧に整えた口ひげまでぴくぴく揺れた。
だが赫燼はもう彼を見ず、二切れ目のピザを手に取ると、振り返って馬車の客室へ乗り込んだ。
マリオはその場に立ち尽くした。
丸々とした頬を、熱い涙が二筋伝い落ちた。
【父さん! 母さん!】
【じいちゃん! ばあちゃん!】
【ロッシ家に代々続くご先祖様たち!】
マリオは空を見上げ、胸元の服をぎゅっとつかんだ。
【聞こえましたか!】
【赫燼尊神! 偉大なる赫燼尊神が! このマリオ・ロッシのピザを褒めてくださったんです!】
考えれば考えるほど胸がいっぱいになり、鼻水まで垂れそうになった。
【ロッシ家に数百年受け継がれてきた料理の腕が、ついに俺の代で花開いたんだ!】
【じいちゃん! お客さんに喜んでもらえる料理を作り続ければ、きっと天下一の料理人になれるって言ってくれたよね!】
そう思ったところで、マリオはふと我に返った。
【とはいえ……今回はピザにパイナップルをのせたんだけど……】
【でも、料理の目指すところは、食べる人に喜んで満足してもらうことだ。】
【新しいことに挑戦するのも、料理人の険しい道には欠かせない。】
マリオはまるで自分に催眠をかけるように、心の中で何度も自分を説得した。
弁当箱に目を落とし、赫燼のさっきの言葉を思い返す。
【このパイナップルピザは、あの偉大な赫燼尊神のお口にも合ったんだ!】
【疑う余地なんてあるか?】
マリオは胸を張った。
【じいちゃん、ご先祖様。もし天から見守ってくれているなら、どうか孫を許してください!】
【いや! むしろ誇りに思ってください!】
【今日から、ロッシ家のパイナップルピザが大陸中に名を轟かせるんです!】
「マリオさん?」
そばにいた弟子の一人は、涙を流しながら自分の想像にすっかり感極まっているマリオを見て、どうしたものかと戸惑った。
赫燼とリリーが総督の馬車に乗り込んだのを見て、マリオは慌てて涙を拭き、コック帽をかぶり直した。
腹を突き出しながら、後ろの随行用の馬車に乗り込む。
車内の侍従や護衛たちは皆、ぽかんとした。
「マリオさん? どうしてあなたまで?」
マリオは腕を組み、得意げに口ひげを反らせた。
「マンマ・ミーア! 尊神ご本人が俺をご指名くださったんだぞ?」
侍従たちは顔を見合わせたが、誰もそれ以上尋ねなかった。
マリオは満足げに席を見つけて座り、前を走る馬車を眺めながら、また笑みをこぼした。
【ハハハ! ロッシ家もついに大出世だ!】




