20日目 食堂車の会話
1時36分
ルナは、食堂車の窓際の席にいた。
右隣では、酔いつぶれたユージがいびきを掻いて眠っている。
向かいでは、ジェナが窓を見ながら、鼻歌を歌い、右手でワイングラスを揺らしていた。
抑えられた車内の明かりが窓の外に漏れ、外の景色をぼんやりと照らしている。
前から後ろに流れていく木々の壁が広がっているだけだった。
空には、雲ひとつない星空が広がっている。
どういうわけか、このスヴィルア鉄道は、揺れも騒音もなく、静かに走行していた。
それも、魔法の賜物なのだろう。
揺りかごに揺られるような感覚も良いが、こういった静かなものも悪くない、そう思いながら、ルナはワインを啜った。
真夜中を過ぎて朝に向かう時間帯であるにもかかわらず、この食堂車と呼ぶには少しばかり広い空間には、それなりの利用客がいた。
老若男女のカップル、一人で酔っ払いながら手帳に万年筆を走らせる男性、物思いに耽るような顔でタバコをワインを楽しむ女性、タバコや酒を楽しみながら何らかの議論をしている芸術家たちや学者たち。
ユアンと呼ばれている爽やかな長身の騎士は、ユージのようにカウンターで酔い潰れていびきをかいていた。
その隣では、ノエルと呼ばれている、育ちの良さと気品を感じさせる美しい女性が大きな羊皮紙を広げ、それを睨みつけながら、難しい顔でスパークリングワインを啜っていた。
その向かいでは、ピンク色の頬に、ホワイトニングをしすぎた歯の青年がジョッキを磨きながら、キラキラとした目でノエルを見ていた。
その隣では、気だるげな雰囲気の女の子が、あくびをして、アーモンドを口に放り込んだ。ガリガリと小気味良い音を立てて豆を味わう彼女は、昼間は車掌をやりながら、こうして暇な時間はウェイトレスのバイトをやっているらしい。
ルナは、文庫本を取り出し、それを読み始めた。
「きみは、なんのために勉強をするんだ?」
前方から聞こえてきた声に、ルナはそちらを見もせず、ページを捲った。「これは小説よ」ルナは、周辺視野の中にあるそちらに、意識をほんの少しだけ向けた。
ジェナは、ワインを啜っていた。彼女は、グラスを置き、ルナに微笑を向けた。「読書が好きなんだな」
「落ち着くし、知識も入ってくる」ルナはワインを啜った。「読書が好きだから、自然と勉強していることになるのかな。なんのためとか、目的意識を持って勉強することはあまりない。興味を惹かれたこと以外には時間を使えないタイプだから」ルナは、小説を読みながら言った。幼少期に、本を読んでいるだけで褒めてくれた大人たちの顔が脳裏の片隅に浮かんだ。「あなたは?」
「わたしは、仕事を楽しむためにだ」
「名探偵ね」ルナは探偵ではなく、名探偵と口にした。ジェナは、探偵と呼ばれると、必ず名探偵と訂正する。そのうっとうしい手間を省くために、ルナはその点をジェナに合わせることにしたのだった。「いまいち想像出来ないわ。どんな仕事なの?」
「俗に言う名探偵なら想像出来るだろう」
ルナの脳裏に、いくつかの名探偵が浮かんだ。ホームズ、ポワロ、金田一……。「警察に捜査協力して、犯人とアクションをして、タバコと酒を楽しむ毒舌な人ってイメージ。でも、それと実際のところは違うんでしょ?」
「もちろん。わたしの場合は、カウンセラーのようなものだ。パートナーの浮気に悩む人の話を聞いてやり、癒やす。そうして、会話の中で得た情報を元にパートナーが本当に浮気をしているのかどうか、調査する。ストーカーに悩んでいる人の話を聞いてやり、癒やしながら、会話の中にヒントを探す。ストーキングされることとなったきっかけはなにか、ストーカーの人物像はどういったものか、依頼者はストーカーの人物像をどのように考えているか、その中に、依頼者の思い込みや主観はどの程度混じっているか。調査に乗り出し、依頼者を保護し、証拠を押さえる」
ルナは本を読みながら頷いた。「今までの会話で、ジェナ、あなたの人格が個性がありながらも、社会にそぐうものだということはわかってるけど、逆に、あなたが犯罪をしようと思ったら、とても厄介な人になりそうね」
ジェナはにっこりと微笑んだ。「わたしが今回ここにいる理由は、【もうひとりのわたし】と呼べる者たちと戦うためなんだ。君の言う通り、連中は非常に厄介だよ。力があり、知性があり、スキルがあり、その気になれば普通の人間のように立ち振る舞う事も出来る」
「わたし、そういった連中を見抜けるわ。怒らせれば良いの」
ジェナは頷いた。「他にも方法はある」
「言動を観察するとかね」
「君がわたしに対してそうしたようにね」
ルナは、考えるように視線を動かした。その時、初めて、ルナは小説から目を離した。「いつから気づいてた?」
「途中からさ」
ルナは頷いた。「上手くやってたつもりだけど」
「名探偵を馬鹿にしちゃいけない」
「馬鹿にしてはいないわ。ここ数日は」
ジェナは笑った。「だから楽しいんだ。賢い者たちは。ユーモアを心得ている」
ルナは、微笑を浮かべながら肩をすくめた。
「いつだって、わたしを驚かせてくれる。退屈しない」ジェナは言った。
ルナは、ワインを啜った。「わたしも賢い人は好きよ。でも、わたしは、あなたのようにスリルを楽しむタイプじゃない」
「そこがわたしたちの違いだな」
「わたし、将来は刑事になるつもりなの」
「素晴らしい職業だ」
ルナは頷いた。「でも、オフィスワークが良い。情報を分析して、捜査に協力したり。現場には立ちたくない」
ジェナは頷いた。「君は、闇落ちのドラゴンと呼ばれる者たちをどのような者たちだと考えている?」
「もうひとりのあなたでしょ? 社会に益をなそうと思えばいくらでもなせるのに、周囲へ、致命的な被害を出しながら、自らの欲を満たすためだけに動く人たち」
ジェナは頷いた。「ヴェルは偉大だと思うよ。そういった者たちを、ほんの数年とはいえ、この世界から全て消したんだ」
ルナは首を傾げた。グロリアや、あの変わり者のクラリッサが何度か口にしていた気がする。「ヴェルって?」
「彼女は、ただの人間だった。この世界に迷い込み、魔法を得て、魔法を学んだ。彼女は、人間性の本質を理解していた。その気になれば、周囲のあらゆるものを操り、傷つけ、支配出来た。にもかかわらず、彼女は、この世界を救うことを選んだんだ。その平穏が数年しか続かないと知っていたのに、彼女は、この世界に平穏をもたらし、その繁栄をわたしたちに預けた」
「彼女が支配すれば、今回、闇落ちのドラゴンは誕生しなかったんじゃない?」
「そうなれば、次はヴェル自身が闇落ちのドラゴンになっていただろうな。権力に狂わせられない人間はいない。優れた秘書がいても、良い理解者がいても、結局は暴走する。それが人間だ」
「それなら、暴走しない仕組みを作れば良い。頂点を多すぎない程度に作って、上下関係の高さを低くする」
ジェナは頷いた。「ヴェルはどうしてそれをしなかったんだろうな」
「失敗例があった?」
「わからない。政治には詳しくないのでね」
「何に詳しいの?」
ジェナは、ルナを見て、手の平でルナを示した。「自分のことと、人間の心理かな」
ルナは、眉間にシワを寄せた。「からかってる?」
「からかっていないさ。君とユージのことが気に入ってる。幼い頃のわたしを見ているようだ」
ルナの眉間のシワが深くなった。「わたしはあなたのようにはならないわ」
「それで良い。わたしを見て、わたしから学び、きみらしくなれ」
ルナは鼻を鳴らし、再び文庫本を開いた。「上から物を言われるのは嫌い」
ジェナは、小さく笑い、再び、窓の外へと視線を動かした。「わたしもだ。ーー」
少しでも楽しんで頂けましたら、評価やブックマークをお願いします!(*´∀`*)
※
この物語はフィクションです。実在する如何なる人物、団体、出来事と本作品は関係ありません。物語内では未成年が飲酒喫煙をしてますが、彼らは人間ではなく魔法族です。本作品には未成年者の飲酒喫煙を推奨する意図はありません。自分の心と体を大事にしましょう:)




