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魔法使いの世界を旅する一年  作者: Zezilia Hastler
第3章 紳士と灰色の悪夢
33/72

12日目 灰色の悪夢

 ジェームズは、灰色の世界にいた。

 一色の色が満たす世界。

 色の濃度の差もなく、能面のような灰色一色の世界だった。

 まるで、暗闇の中にいるかのようだった。


 ジェームズは、あらゆる事態に対処できるように、全身をリラックスさせた。


 どこからどんな攻撃が来るか。

 それは、全て相手次第。

 経験はあまり使い物にならない。

 こういった事態で重要になるのは、ビリウスの性格や趣味や思考回路を読むこと。

 瞬発力のある、その場しのぎのアイデアを思いつくのが得意なマイケルならどうするかと、ジェームズはぼんやりと考えた。


 その時、突然視界が晴れた。

 ジェームズは、自分がどこに立っているか、すぐに気がついた。

 ヴェネツィアだ。


 以前、あちらの世界に行った時、世界中を飛び回った。

 ヴェネツィアに辿り着いたのは、偶然言葉を交わした旅人が、やたらと熱を持って、「あの街は素晴らしい」と言っていたからだった。


 その町を訪れた時、季節は初春だった。

 4月だった。

 昼の日向は暖かい。

 日陰や夜は凍えるように寒い。

 大聖堂のある広場に、海水が張っていた。


「この時期にしては珍しい現象だ」


 そう言ったのは、深夜のバールで言葉を交わしたゴンドラ乗りだった。


 上空に広がる星空は、広場に入り込んできた海面にも映った。

 鐘楼の鐘が鳴り、広場の隅ではオーケストラが演奏をしていた。

 落ち着きのある、しっとりとした音楽だった。

 誰に聞いても、その曲名を知らなかった。

 ジェームズは、広場の隅のテーブルに腰掛け、日が上るまで、ワインとタバコと、音楽と、宇宙にいるかのような景色を楽しんでいた。──

 


 ──ジェームズは、ハッ、と、静かな幸せに満ちた思い出から、現実に戻った。

 ジェームズは、広場の真ん中に立っていた。


 空は晴れていた。

 広場のあちらこちらには、たくさんの観光客がいた。

 みんな、幸せそうな顔をしている。

 笑顔を浮かべたり、笑い声をあげたり。

 退屈そうな顔をしているのは、現地人だけだった。


 ジェームズは、人混みの中を進んだ。


 視線を感じる。

 すれ違う者たちが、時折ジェームズに視線を向ける。

 少し離れたところでは、見覚えのない、しかし、どことなく見慣れている雰囲気を醸し出す者たちが、ジェームズを監視していた。


 ジェームズは、人混みを進み、狭い路地に向かった。

 背後に意識を向けるが、追跡されている気配はない。


 誰もいない。


 ジェームズは、ふと、自分が今いる路地に見覚えがあることに気がついた。

 なんて事のない、細い路地。

 だが、足元の石畳の並びや、壁を伝う配管なんかに見覚えがある。

 ジェームズの胸が高鳴った。


 ここをまっすぐ進めば……。


 ジェームズの記憶どおり、向かう先には、小さな広場があり、そこには、古ぼけた教会があった。


 教会の中に飾られている1枚の絵が、ジェームズは好きだった。

 また見たいと思っていたが、あちらの世界での1年は、こちらの世界での12年になる。

 その時間の差は、人生の中で何度も作って良いものではない気がした。

 あちらの世界に行くことは何度かあったが、長く滞在しても1日ほどで、ヴェネツィアやイタリアに行くことはあまりなかった。

 古い友人に会いに行ったり、あるいは仕事でイギリスの外務省へ向かったり。

 ジェームズがあちらの世界へ行く目的なんていうものは、それらがほとんどだった。


 久しぶりにあの絵を見よう、そう思いながら、ジェームズは、教会のドアを引いた。

 開いたドアから、何か、乾いた、カサカサしたものがなだれ込んできた。

 それは、クモだった。

 大量のクモだ。

 ジェームズは、体に火を纏った。

 その火は、あっという間に教会の内部へ燃え移った。

 ジェームズは、壁で燃える絵画を見て、ため息を吐いた。


「ビリウス……」ジェームズは呟いた。「こう来るか……」



──



 ビリウスは、広々とした映画館の客席の、最後尾の列の真ん中に座っていた。

 ビリウスは、手元に口を当て、スクリーンを見ていた。

 スクリーンの中には、ジェームズがいた。

 ビリウスは、深呼吸をした。

 彼の灰色の目はスクリーンの中のジェームズに向けられていたが、彼が意識を向けているのは、脳裏を過ぎる、様々な思い出の方だった。



 ビリウスが幸せな時、周囲は彼から幸せを奪おうとした。

 そして、彼から幸せを奪った途端に、周囲は、その後ろめたさを隠すために、笑顔を向けてくる。

 ビリウスには、連中が、彼自身を不幸にすることを、至上の喜びとしているように感じられた。

 学生を過ぎても、大人になっても、それは変わらない。



 学生の頃、ビリウスには、好意を抱いている少女がいた。

 その相手と両思いだったと知ったのは、後になってからだった。

 そして、その少女はビリウスと少しだけ仲の良い少年に話しかけ、仲を取り持つように手助けを求めていた。

 少年は、友人たちと結託して、ビリウスと少女との仲を引き裂いた。

 ビリウスが少女を敬遠し、少女がビリウスを軽蔑する様な噂を、さまざまな者に耳打ちした。

 その噂を耳にしたビリウスと少女は、少年とその友人たちの思惑通りに誘導された。

 そのことを知ったのは、親友と、その相手の結婚式前夜のパーティに参加した時のことだった。



 ビリウスは、大人になってすぐに、働き始めた。

 上司は高圧的だった。

 上司は、自分の人物評価の時期が近づくと、妙に優しくなり、ビリウスに対して昇進やら、希望の地域への転属などをちらつかせた。

 ビリウスは、それを信じ、上司の指示に従っていた。

 ある朝、ミーティングの場で、上司は自分が高評価をもらったことについて、感動のスピーチを口にしていた。

 だが、精神の魔法使いであるビリウスには、その上司が、心を持たないエゴイストであることがわかった。

 同僚の精神の魔法使いたちも、同じように思っていたが、何も口にはしなかった。

 その上司は、ごまをする相手を見分けることと、人を懐柔し、脅迫と恫喝で言いなりにさせることが得意だった。

 むしろ、それだけで今の地位まで上り詰めたのだった。

 従わない者は、徹底的に貶めた人物評価を人事部に提出し、その会社での居場所を奪う。

 それを聞いたビリウスは、同僚の精神の魔法使いたちと愚痴を言い合うことで、自分を癒す他なかった。

 人物評価の結果が出たその日の朝から、上司は再び高圧的になった。

 当然、昇進の話も、希望の転属先への移動の話も無くなった。

 ジョルジアの貧しい地域に住んでいたビリウスには、その仕事以外なく、転職のあてもなかった。

 精神をすり減らしながら、低俗な者に利用される他、なかったのだ。


 

 ビリウスは、映画館の椅子に腰掛けながら、ビールを啜った。

 スクリーンには、映画が映し出されていた。

 利用され、搾取され、ありとあらゆる方法で、精神を壊されていく主人公。

 主人公は、ジェームズだった。

 脚本は、ビリウスが用意した物だった。

 ジェームズは、ビリウスの過去を体験していた。

 ビリウスの奥の手だった。

 この方法で、多くの敵の心を壊してきた。

 映画が終わるまで正気を保っていられた者は、今まで、一人もいなかった。

 この方法を使う時、ビリウスは、相手の心が壊れる様子を加害者の視点で見てきた。

 ビリウスは、ビールを啜った。

 飲まずに見るのは無理だった。

 ビリウスは、主役の顔が毎回変わるこの映画を、何度も観ていた。

 敵を倒す度に、何度も観ていた。

 その度に、嫌悪感に囚われてしまう。


 本当に……。


 ビリウスは、映画のスクリーンを見ながら、ため息を吐いた。


 何度観ても、わからない……。

 なぜ、連中は、こんなことを楽しめるのか。

 映画をコメディ風に演出しても、ロマンスのように演出しても、どれほどまでに被害者と加害者を美化した演出にしても、或いは、どこまでも同情を誘う演出にしても、やはり、同じことを思う。

 悪意によって人の心が壊されていく過程は、胸糞悪い。

 実際にやれば、もっとだ。

 なぜ、連中は、こんなことを楽しめるのか。

 どうして、あいつらはこんなことを楽しめるのか。

 楽しんでいるはずない。

 こんなことを楽しめる奴がいるはずない。

 それなら、なぜやるんだろう。

 義務感だろうか。

 使命感だろうか。

 自分が連中を嫌悪するように、連中も自分を嫌悪しているのかもしれない。

 だから、こんなことが出来るのだろう。


 ビリウスは、映画のスクリーンを見ながら、そんなことを考えた。

 目は逸らさなかった。

 先ほどまで、敬意を向け合っていた相手。

 結局は、戦うことになった相手。

 それでも、敬意を抱かずにはいられない相手。

 それが、ジェームズ・ポストイットだった。

 彼が戦っている姿から目を逸らすことは、彼に対する冒涜だ。

 それがどのような格好でも、自分は決して、彼から目を逸らさない。


 

──



 恐怖と平穏、不安と安心、幸せと不幸、苦痛と快楽によって、絆や信頼や愛という、尊く高潔なものが壊され、踏み躙られ、汚され、引き裂かれていく。


 気がつけば、ジェームズは、女王の前にひざまずいていた。


 王宮内にある、広く、豪奢な謁見の間。


 女王は、ジェームズを見ていた。

 凍えるように、冷たい目だった。


 その視線を頭に受けるジェームズの体が、震えている。

 彼の目が、息遣いが、全てが、恐怖に震えている。


 自らの功績が、信頼し、心を許していた者に奪われた、その直後だった。


 女王陛下はその詐欺師と笑顔を交わしていた。

 そして、自分は女王陛下によって、これから首を刎ねられる。


 女王は、剣を振り上げた。


「やめてくれっ!」ジェームズは叫んだ。



──



 ビリウスは、ビールを啜った。


 女王の振り下ろす剣の刃先が、ジェームズの首筋に触れた。


 ビリウスは、瞼を閉じた。



──



 ジェームズが、膝を突き、地面に顔をついた。『やめてくれっ!』


 そろそろだな……。


 ビリウスは、腕時計を見た。


 映画はまだ、5分ほど残っている。


 ビリウスは、席を立ち、赤いレッドカーペットの上を進んだ。

 階段を降りれば、カーペット越しに硬い床を踏む、ゴツゴツとした足音が返ってくる。

 ビリウスは、スクリーンの中でうずくまるジェームズから、目を離さなかった。


 ここまで耐えたのは、ジェームズが初めてだった。


 ビリウスは、唇を薄く開いた。「君は大したものだ……」


『やめろおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉっ!』ジェームズは、スクリーンの中で、錯乱していた。脇目もふらず、絶叫し、周囲の者から目を向けられるのも気にせず、建物の外壁に頭を打ちつけた。『とめてくれっ! くそっ! くそっ! くそおおおおおおおぉぉぉっ! 一体っ! 俺がっ! 俺が何をしたっていうんだよおおおおおおっ!』


「何もしていない」ビリウスは、スクリーンに向かって階段を降りながら言った。「ただ、悪意を向けられているだけだ。大勢の者が、寄ってたかって、君の信念を挫き、君の価値観を否定し、植え付けたい価値観を肯定しているんだ。君が糞尿をその身に擦り付ければ、アメを与えられる。あるいは、先にアメを与えて、その後に、肥溜めの中で1分過ごせばもう1個アメをあげると言われるんだ。その中で媚びた笑顔を浮かべればアメを2つあげると言われ、そして、言われた通りにすれば、実際にアメをもらえる。それが悪意だ」ビリウスは俯いた。不愉快で、屈辱に満ちた思い出が、次から次へと、頭に浮かぶ。


 それに呼応するように、スクリーンの中のジェームズが、不愉快で、屈辱に満ちた体験を強いられる。『やめろっ!』


 ビリウスは、辛そうに、硬く目を閉じた。「私は屈してしまっていたんだ、知らず知らずのうちに……」


『やめてくれ……』


「……だが、君は強い」君なら、もしかすると……、そんな希望を持って、ビリウスは、瞼を開け、スクリーンを見上げ、そして、目を伏せた。

 

 ジェームズは、教会にいた。

 銅像の前で両膝をつき、項垂れていた。

 薄汚れた格好をしている。

 上等なスーツは破けていた。

 錯乱した彼が、自らの手で引き裂いたのだ。

 彼の口元からは涎がこぼれている。

 その琥珀色の目は、虚で、何も見ていなかった。

 ただ、その目尻からは、一筋の涙が溢れていた。

 

 そのジェームズの姿はまるで、かつての、自分のようだ。

 ビリウスは、失望をすると同時に、どこか安心していた。

 あのジェームズでも、ここまで壊れるのだ。

 自分が壊れたのは、当然のことだったのだ。


「……君は強い」ビリウスは、右手に素の魔力を集めた。彼の右手には、刃先が一メートルほどの剣が生まれた。「今、楽にしてやる」


 本来、ジェームズほど優秀な人材なら、洗脳をして、闇落ちのドラゴンの手駒にした方が良い。このように心を壊した相手を懐柔するのは簡単だ。魔力を使う必要もない。だが……。「君に対する敬意を否定すれば、私は、わずかに残っている私を殺すことになる……」だから、殺すのだ。


 ビリウスは、スクリーンに向かって歩いた。

 彼の鼻先がスクリーンに触れると同時に、スクリーンに波紋が広がった。

 ビリウスは、まるで水のカーテンを潜るように、スクリーンの中に入った。


 足元が、レッドカーペットから、大理石の床に変わった。

 周囲の景色が、映画館から、教会へと移り変わった。


 見覚えはなかった。


 脚本はビリウスの過去に基づいた物だが、セットはジェームズの深層意識から抽出して作り出したものだった。


 ジェームズが、自らの最後に選んだ場所が、この教会だった。


 ビリウスは、ジェームズの背後に立ち、十字架を切り、ひざまずいた。

 それは、自らを救ってくれなかった神に対して、ジェームズの死後の平穏を祈るためだった。

 ビリウスは、ジェームズのすぐ後ろに立つと、彼の後頭部を見下ろした。「君はよくやった」



ーーー



 死んでしまいたい。

 ジェームズは、ひざまずき、神に祈りながら、そう思った。

 可能な限り、穏やかな死を与えてほしい。

 そう思いながら、ジェームズは、瞳を閉じた。

 脳裏に浮かぶのは、前回の闇落ちのドラゴンとの戦いの際、目にした数々の悲劇。

 その時、自分は誓ったのだ。

 この悲劇を生み出す者たちを討ち滅ぼし、世界に、なんてことのない平穏と平和を広めることこそが、自分の使命であると。

 それが、このざまだ。

 ジェームズは、自分がビリウスの術中にあることを自覚していた。

 自分が経験した悲劇や屈辱が、幻覚でしかないことを自覚していた。

 それでも、自分は、立ち上がれなくなってしまっている。

 ビリウスが経験した悲劇は、そして、それを追想させられたジェームズが追体験した悲劇は、その一つ一つはなんてことのないものだ。

 世間にあふれている、純粋ながらも、些細な悪意。

 それらの積み重ねによって、今のビリウスは形成された。

 ビリウスは、どこまでも正しくあろうとした。

 そして、そんなビリウスを、世間はあざ笑い、利用し、踏みにじり、彼から、ありとあらゆる物を奪った。

 それが、何年も、何十年も、百年以上も続いた。

 ジェームズは思った。

 それだけの経験をしておいて、自分が敬意を抱くに足る姿勢を保てた、ビリウスは強い、と。

 ジェームズの目尻から涙が浮かんだ。

「イアン……」

 ジェームズは、今は亡き親友の名を口にした。

 彼に、ジェームズ・ポストイットという名前を与えてくれた、イギリスの人間だ。

 彼は作家であり、ジェームズに、紳士というものの存在を教えてくれた。

 常に気品ある立ち振舞いをし、他者への思いやりを欠かさず、どのようなものに対しても、敬意を欠かさない、優しく強い存在。

 周囲のありとあらゆる物を憎み、軽蔑し、嘲笑していた、若きジェームズに対しても、イアンは、敬意を払い、人として向き合っていた。

 ジェームズが指先で弾けば消し飛んでしまうような、脆弱な存在である彼は、それを惜しいと感じさせた。

 ある日、人間の世界に足を運んだジェームズは、テムズ川のほとりで、イアンと隣り合い、タバコを吸い、スコッチを啜っていた。

『ーージェームズ。あれを見てみなさい』

 ジェームズは、イアンの視線の先を見た。

 川の対岸、そこには、小さな少年たちがいた。

 3人の大柄な少年が、1人の少年を殴っていた。

『彼は、野良猫を守ってああなったんだ。野良猫は逃げてしまった。つい30秒前のことだな』

『そうか、気づかなかった』

 イアンはうなずいた。『君は、どちらになりたい? よってたかって弱者を虐げることに喜びを抱き、そうやって自己を保つしかないく心の貧しい者か、虐げられる弱者を守ることに誇りを感じる心の豊かな者か』

 ジェームズは、首を傾げ、タバコの煙を吐いた。『俺なら、ああはならないさ』

『というと?』

『俺は昔から、人よりも出来た。賢くて、力もあった。だから、蛮勇に敬意を払ったこともない。力もないのに他人を助けようとは思わない。そんなことをする奴は馬鹿だ。俺なら、野良猫を助けて、あのバカ3人も叩きのめす』

 イアンは、少し寂しそうな目をして、ほくそ笑んだ。『そうか』

 ジェームズは、ほくそ笑むと、タバコを捨てて立ち上がり、イアンの肩を、触れるように小突いた。『そんな顔すんな。俺が言いたいのはこうだ。あのガキは助ける。そして、あの悪ガキ3人は少しだけビビらせる。それで終わりだ。それが、俺のやり方さ』

 イアンは、ジェームズを見上げ、微笑んだ。『君は、天使のように優しい奴だな』

 ジェームズは鼻を鳴らした。『ああいうのが気に入らないだけだ』

 イアンは、スコッチを啜った。『思い出せ。君の幼い頃を』

 ジェームズは、スコッチを啜り、グラスを空にした。

『君は、どんな奴になりたかった?』

 ジェームズは、鼻を鳴らした。『覚えてないね』彼は、嘘を吐いた。それは、ジェームズだけが知っていれば良いことだった。

 イアンは笑った。『ひねくれ者め。ーー』



ーーー



 ビリウスは、剣を振り上げた。「違う出会い方をしたかった」ビリウスは、深呼吸をして、そして、剣を振り下ろした。


 その時、ジェームズが、身を翻しながら、すくっと、立ち上がった。まるで、ランチの席から立ち上がったかのような身軽さと気軽さで、それゆえに、少しの無駄もない優雅な所作だった。


 ビリウスの振り下ろした長剣は、石畳を硬く叩いた。


 ジェームズの右手が、万能の魔力を表す琥珀色に輝き、そして、そこに、琥珀色に輝く短剣が生まれた。


 ビリウスは、驚いたように目を見開き、ジェームズを見た。


 彼は、鈍い光を放つ琥珀色の目で、ビリウスを見据えていた。


 いつの間にか、剣を握るビリウスの両手が、ジェームズの左手によって抑えられていた。


 力強い。

 まるで、象に踏みつけられているかのようだ。


 ジェームズは、ビリウスを見据えたまま、一切の迷いなく、右手の短剣を、ビリウスの心臓に突き刺した。


 ビリウスは、剣から手を離し、胸元に手を当てた。


 長剣が、音を立てて、大理石の床に落ちた。


 ビリウスは、よろめいた。「なんでだ……」ビリウスの口から、か細い声が漏れた。


 ジェームズは、ビリウスを見据えていた。その眼差しは、徐々に輝きと力強さを取り戻していた。


「紳士だからさ」


 ジェームズの眼差しを受けたビリウスは、不快感も、嫌悪感も、悲しみも、怒りも、悔しさも抱くことなく、ただ、小さく笑った。


「なんだ……」ビリウスはただ、全身に鳥肌が立つのを感じながら、胸の奥から込み上げてくる、暖かさとを感じていた。彼の目に、涙が浮かんだ。光を失っていた彼のグレーの目が、今は輝いていた。彼は、笑顔を浮かべていた。「……強いじゃないか」


「君こそ」ジェームズは微笑んだ。ほんの少しだけ、嬉しそうに、誇らしそうに。一切の感情を抑えることなく、ただ、純粋に微笑んでいた。「ありがとう。ビリウス・ブルバリス」


 ジェームズは、力を失い崩れ落ちるビリウスの体を抱え、右膝をついた。


 教会内部の景色が、ブワッ、と、煙のように膨らんだ。

 周囲の景色が、グレーの霧となり、そして、その霧は、周囲の景色に溶け込んで、消えていった


 ジェームズは、セントラル・ニホニアの中央広場の真ん中で、雲一つない星空を見上げ、安堵のため息を吐いた。


 広大な街を覆っていた灰色の霧が、空気に溶けて、消えていった。


 それが、灰色の悪夢の終わりだった。

ニホニア編も、もうすぐ終わり…(*´ー`*)


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