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魔法使いの世界を旅する一年  作者: Zezilia Hastler
第2章 静かなる雪景色
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11日目 クラリッサの野望

「わー……」


 ぼくは、どうしたものかと思って、ジェロームくんを見た。


 だが、今回ばかりはジェロームくんは役には立ちそうになかった。


 彼は、先ほどから猫である特権を最大限に有効活用して、クラリッサさんの胸に頬擦りをしていた。『小さいけど好きっ』と言うと、今度はクラリッサさんの胸をふみふみし始めた。


 この猫は……。


 ぼくは、胸の中に浮かんだけおんおかんというか怒りというか寂しさというか、何だかよくわからない感情を抱きながら、ジェロームくんを睨みつけた。


「はっはっはー、スケべめ」クラリッサさんは、楽しそうに笑った。「小さくて悪かったな」


 ぼくはニヤリとした。


 ジェロームくんめ、怒られてしまえ。


 ジェロームくんは、クラリッサさんの顔を見上げ、唇をぺろりと舐めた。『あんたは人間の魔力だろ?』


 クラリッサさんは、ジェロームくんの顎の下を撫でた。「そうとも。だからこそ、生命の魔力も扱えるのさ。それに素の魔力を変換させれば生命の魔力を扱える。知らなかったのかい?」


『知らなぁ〜い、もっと撫でてぇ〜』ジェロームくんは蕩け切った声で言った。


「おやおや、ここが良いのかい? ほれほれ」と、クラリッサさんはクラリッサさんでノリノリだった。


 ぼくはため息をついた。


『うにゃにゃ〜』と、ジェロームくんは幸せそうな声を上げた。


 ぼくは、そんな彼に呆れながらも、クラリッサさんを見ていると、不思議と心臓の鼓動が激しくなっていくのを感じていた。




 魔法族の歴史の長さは、ぼくが今いるこの世界、AWの歴史と同じくらいだ。


 その中でも、人間の魔力は近年になって多く見られるようになった魔力だった。


 始祖の魔法使いや魔法族の中に人間の魔力の持ち主はおらず、また、始祖の魔法族の持つ素の魔力を人間の魔力に変換することも出来ないらしい。


 そして、近年多く現れ始めた人間の魔素の持ち主に共通していることは、人間の血を濃く引いているということだった。


 そして、それこそが、人間の魔力と呼ばれるようになった所以でもあった。


 人間の魔素の特徴を一言で言い表すなら、それは魅了だった。

 

 人間の魔素を持つ魔法使いは、魔法界一美しく魅力的だと言われている。


 それまでは、そう言われているのはエルフや吸血鬼や光の魔素の持ち主たちだった。


 今では、エルフの持つ美しさはどこか無機質で温かみに欠け、吸血鬼の持つ美しさはワイルドで力強く万人受けするものではないタイプで、光の魔素の持ち主は顔立ちやシルエットが整いすぎており人間離れした近寄り難い雰囲気をただよわせているとして、魔法界のモデル雑誌などでの出番も、徐々に減ってきている。


 一方で、人間の魔素の持ち主の持つ美しさは違った。


 人間の魔素の持ち主たちは、端正に整った顔立ちをしていながらも、どこか素朴な顔立ちをしている。


 また、魔法族のほとんどはみんな、容姿にしろ完成にしろ考え方にしろ、どこか人間離れしたところがあるものだが、人間の魔素の持ち主は、その容姿も中身も考え方も価値観も、どこか人間らしい。


 ちなみに、そう言われているのは、ぼくたち生命の魔素を持つ魔法使いたちも同じだった。


 ただ、一点だけ違うのは、人間の魔素を持つ魔法使いは素朴ながらも美しくかっこいいと呼ばれるが、生命の魔素を持つ魔法使いは素朴ながらも可愛いと呼ばれているところだった。


 ぼく個人としては可愛い方が好きなので、それでもかまいやしなかったけれど、クラスメイトの中には、「わたしも人間の魔素が良かったな……、とか、「男に生まれたからにはイケメンって呼ばれたいじゃん……」とかぼやいている者たちもそれなりにいた。


 生まれ育ちを嘆いてもしょうがないし、イケメンって呼ばれたいなら筋トレすれば良いのにな……、と思いながらも、ぼくは何も言わなかったけれど。


 人間の魔素から生み出される人間の魔力の特徴は、一言で言い表すのが難しかった。


 収束か、調和か、同調か。


 人間の魔力は、周囲に漂うあらゆる種類の魔素を操作し、自分のものに変え、あらゆる属性の魔法を操る。


 瞬間的には強大な力は持たず、天候を変えることも出来ないが、時間をかけて力を膨らませれば、膨大かつ強力な魔法を扱う始祖の天使にも匹敵する力を扱うようになる。


 この一帯を春に変えた張本人であるクラリッサさんも同じだった。


 デニムとTシャツを身につけてくれたクラリッサさんは、コーヒーカップを置いた。

 

 ちなみに、チラチラと横目で見ていたのだけれど、とゆーか、あちらから着替えているところを見せたがってきたのだけれど、彼女は下着を身につけないタイプのようだった。


 クラリッサさんは、長いパイプを取り出し、その先にタバコの葉を詰めた。


 そして、マッチを取り出し、パイプの先に火をつけた。


 彼女は、開け放たれた口から、ぷくー……、と、煙を吐いた。


 そして、彼女は話し始めた。


「ほら、ぼくって宿無し詩人で吟遊詩人だからさ、あっちこっち旅するのが好きなんだよ。なぜってほら、ぼくって吟遊詩人だからね。だから、時々こういったバカ寒いところに来たりもするんだけれど、寒いのって、吟遊詩人には耐えられないんだよね。だもんで、常に魔素を集めて、いつでも野営地を春に変えられるようにしてるんだよね。冬眠中の動物には申し訳ないけど、仕方ないんだよね、ぼくって吟遊詩人だから」


「なるほど」さっぱりわからん。「吟遊詩人ってなんですか?」


 クラリッサさんは肩を竦めた。「そりゃ、あれだよ。あっちこっち歩きまわってナルシシズムたっぷりの詩を書いたり歌ったりする連中のことだよ」と、その口ぶりは他人事のようだった。「ぼくは自分のことが大好きだし、みんなそうだろ。むしろ自分のことが嫌いな奴なんてちょっと異常さ。人はよくぼくのことを変態とか言うけど、むしろこの世界に変態じゃない奴なんていないんだよね。そう言ったカミングアウトしにくい風潮を変えていきたいと思ってるんだよね。だから旅に出たんだ。つまるところ、ぼくは変態の伝道師ってことさ。こんなこと考えてるぼくってかっこいいしロックでヘビメタだよ思うんだよね。人類みんなぼくのような吟遊詩人になっちゃえば良いのにって、ぼくはそう思うんだよね」


「なるほど」とんでもない変態だ。世界中の吟遊詩人から怒られちゃえば良いのに。そう思いつつ、ぼくの口元は綻んでいた。変人で変態だけれど、悪い人じゃなさそうだ。「ぼくは、心は男なんですよ。でも、体は女で好きなタイプも女なんです」


「レズビアンだね。素晴らしいね」クラリッサさんはぼくを見て、舌なめずりをした。


 ぼくの背筋の毛が逆立った。


「ぼくもそうだしヴェルさんもだよ」


「……そうですか」ぼくは、クラリッサさんから差し出されたコーヒーカップを置いた。代わりに、レザートランクから手巻きタバコを取り出し、一本巻いて、先に火をつけた。ふぅ……、と、煙を吐いたら、気分が落ち着いてきた。「ぼくはその、色恋沙汰はさっぱりで、あまり興味もないんですよね」


「恋は素晴らしいよ。言っちゃえば生物的な本能なんだけどね。ただ、理性を取っ払って本能のままに過ごす時間も最高だよ。特にヴェルさんなんか──」


 ぼくは、クラリッサさんが書き認めた彼女とヴェル主演の二次SSを聞かされながら、こくこくこくこくこくこくこくこくこくこくこくこく……、と、気がつけばめっちゃ早く小刻みに頷きまくっていた。


「──それに恋が素晴らしいのは、理性と知性と思いやりによって心を通わせていく過程にこそあると思うんだよね。セックスの方もそれと同じくらい素晴らしいけれど、個人的には過程の方がずっと大事だと思うんだよね。過程が78%で、セックスは22%くらい。どっちも欠かせなくて、だから、ワンナイトってたまにぼくも試すんだけど、あんま長く続かないし、だからうん、やっぱり恋って素晴らしいよね」と、クラリッサさんは、最終的に自分で自分が何を言っているのかわからなくなってしまった様子で、言葉を締めた。

 

 腕時計を見ると、彼女とヴェルの件だけで一時間以上が経過していたようだ。


「面白いですね。さすが吟遊詩人」


 クラリッサさんは、無邪気に笑った。「照れるねぇ〜」


 ぼくは、このおねえさん可愛いなぁ〜、と本心で思いつつ、ほんのちょっぴりイライラしながら、タバコの煙を吐いた。


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