ひとすじに
夜明け前に、ここを出たと言うのに朝霧はきっと、出仕しているはずで、ほとんど眠れていないはずの彼を疲れてはいないかと少し心配になる。
「心配なさらずとも朝霧さまはお若くていらっしゃるのだから大丈夫ですよ」
菜葉に言われて、由布はそっと首を回して聞いた。
「………どうしてわかったの?」
「ご心配そうに。ここにシワが」
と眉間を示される。
思わず手を伸ばして、額に触れてみる。
「おはようございますっ!」
太樹丸が元気よくやって来た。
いつものように、菜葉に差し出しているのは、白梅の枝に結ばれたの真っ白の陸奥紙。
雪ふりて 通う道さえ 見えずとも
一つ衣に かさね寄り添ふ ※⑬
「※⑬ たとえ雪が降り積もって
通う道さえ見えなくなったとしても、
道なき道を通って
あなたと一つの衣をまとい
身を重ねて寄り添う夜を過ごします 」
朝霧の後朝の和歌は、よく聞く、さっき別れたのにもうあなたに会いたいよ、というなよやかな物ではなくて、
『あなた以外の所へは行きません』
という、意思表示のようで……、静な情熱を秘めていた。
いつの夜も ひとつ衣を かさねては
色にそまりて 君あるをまつ ※⑭
[※⑭ どんな夜でも、
あなたが来ると言うのならば、
一つの衣で寄り添えるように、
あなたと交わした衣を重ね纏いながら
その紅い色に染まりつつ
あなたが来るのを待っています]
白に対して、由布は咲き始めの紅梅にそれを結ぶ。
今朝、朝霧から受け取った衣は、赤だったから………。
「あらあら、ごちそうさまです。“あなたの色に染まります”ですか~?」
吉野がそうふふふっと笑いながら言うと
「もう、見ないで………そして、見ても口にしないで……」
「はいはい~、まだまだ寒いのに、熱い事ですわ」
*****
通いだしてから、三日目には三日夜餅を共に食べ……、そして無事に、露顕の宴が開かれた。
正式な婿となった朝霧は、これからは由布の婿としてこの屋敷に通って来る
夫となった朝霧からの贈り物の扇に書かれていたのは……前の今様歌ではなくて。
めでたきもの
花桜
空彩るは
いうべきにあらず
わが妻の
愛しきこと
いうべきにあらず ※ ⑮
[※⑮ すばらしいもの
花の桜の時期は
空を彩って、
いうまでもなく
素晴らしいけれど
私の妻の
愛しく美しいことは
言葉に出すまでもなく]
そうして、世の中にも春の気配。由布と朝霧は………正に常春の中。
幾年も、移り変わる景色を楽しみながら一緒に過ごしたいと………。
――完――
お読み下さりありがとうございました!
もうすぐ、桃の節句ですね!
という訳で、勝手なイメージで、雛壇とこの平安時代の結婚を結びつけていました!
ひな飾りを見ながら、十二単とか直衣とか、烏帽子とか……想像を膨らませて頂けたらなぁと思います!
今回のお話は自然の美しさとそして、季節ごとに合わせた衣装の美しさとか、それと心を現す和歌を意識してみました(*^^*)