~ナモン、王命を受ける~
赤髪族の反乱は、ナモンが王宮に仕える身となった直後に起きた。反乱軍の頭領が王宮を跡形もなく消し飛ばすほどの捨て身の大爆発を起こした時、ナモンは他の中官、下官と共に自由街に剣山のように無数にそびえ立つ巨大な塔の一つを守る任に当たっていた。爆風は本来なら自由街にまで及ぶはずだった。しかしナモンは塔の小窓から、別の塔の尖頭に器用に立った〈風の七賢人〉エイリスが、自由街への凄まじい爆風を全て上空へ巻き上げた瞬間を見ていた。
エイリスは『貧民街を守れ』と王の命令を受けて自分の館を弟子に任せて自由街へ来ていたらしかった。エイリスは豪奢なマントを身にまとい、長い金の髪をたなびかせ、特筆すべきことに、彼は金の仮面をつけて顔全体を覆っていた。しかし彼のおかげで自由街は無傷だった。ナモン自身、故郷が消滅しなかったことには胸をなでおろさなかったこともなかったが、唯一気に食わないことがあるとすれば、それは王の意志で自由街が守られたことだった。
反乱から数か月後、生成術士を中心とした兵士たちにより王宮の復元が完了すると、近場の宿で過ごしていたナモンは上官に連れられ、まだ真新しいピカピカの王宮の王の間へ召喚された。
床と壁に大々的に描かれた、複雑だが見栄えのする幾何学模様。玉座にまっすぐ伸びる血のように鮮やかな真紅の絨毯。玉座の向こうの壁はアーチの形にくり抜かれたようになって直射日光が差し込み、窓はなく、ただ柱が立っているだけの吹き放ちで、時折生温かい風が吹き込んできた。
「よく来てくれた、ナモン」
玉座に腰を据え、数多の装飾品で身を固めた王は悠々とした口調で言った。無駄にだだっ広く荘厳な王の間に低い声がよく響いた。
「お呼びでしょうか、太陽の王」
ナモンは片膝をつき、もう片方の膝に腕を載せて頭を垂れた。
「おやおや、君が僕に敬語を用いるとは、どういう風の吹き回しだい?」
「あなたへの殺意を忘れたことは束の間たりともありません」
――あんたを殺すには、王宮で働いてあんたの近くに居続ける必要がある。それだけの話だ。
「貧民街の人間は本当に物騒な輩ばかりだな。それだから嫌な噂が立ってしまうんだ」
王は悪役でも演じるように歯を覗かせて意地悪く微笑んだ。
ナモンは王を睨みつけて歯軋りした。王宮が復元するまでの間、王宮で暮らしていた中官以上の兵士たちのために臨時の宿が開設されており、ナモンはそこで他の兵士と暮らしながらあることを聞いた。『貧民街の人間を太陽の民が激しく忌むのは、王の密命で王宮の上層部が意図的に情報を操作しているからだ』と。
「敬語は上官にでも教わったのかな?」
憎悪に顔を歪ませ始めたナモンの気をそらすように王が言った。しかしその悠長な態度は変わらず、物怖じしはしないが、気付かぬうちに幼い顔立ちに似合わず怖い顔をしているナモンの気をそらさせてやるだけの了見はあると、暗に示しているようでもあった。
「封印術とやらで封印されました」
ナモンは冷めた口調で言った。敬語が使えないのは王に対して無礼だということで、上官が封印術で、自身の敬語を学んだ記憶の一部をナモンに封印した。その上官は記憶を一部失ったが、敬語を学び直すのに一日もかからないそうだった。
「君に神呪力があることはわかるんだが、なかなか力の内容がわからなくてな。オルメイダがいれば一目見てくれるだけで済む話だったんだが、残念ながら彼はもう数十年前にソーサラーに堕ちてしまってね。実に惜しいことをした」
「……数十年前?」
不可解なことを耳にしたというようにナモンが呟く。ナモンは、今の王はまだ今年王座についたばかりだと聞いていたが、今の王の言葉では、まるで数十年前から王を務めているかのようだった。しかし、すぐにそんなことはどうでもいいと、頭から消し去った。ナモンに必要な情報は、目の前の男を殺すのに役立つものだけでよかった。
王はおどけたような仕草で口の前に手をやった。
「おっとっと、つい口が滑った。まあとにかく、君も自分の力をあまり理解できていないようだし、また仕事でもあげて様子を見てみようかと思ったんだ。今まで民営の宿で暇をもて余していたんだろう? ま、君の神呪力を生かせないつまらない仕事で悪いんだけどね」
王はナモンとのやり取りに愉悦を感じているようだった。ナモンを王宮に呼んだのも、ただナモンの力を知りたいというだけのようでもあった。しかしナモン自身は、それすらどうでもよかった。ナモンは幼くして、すでに復讐以外に心を燃やすことができない人間として完成していた。
「それで、その仕事とは?」
ナモンが尋ねると、王は様変わりして真面目な表情になった。
「とある犯罪者の拷問だ」
ナモンは拷問という言葉を聞いても、一切の感情というものを表に出さなかった。いや、拷問という言葉を聞いても、一切の感情を抱かなかった、という方がより事実に沿っていた。
「君が好きそうだと思ってこれを選んだんだが、あまりお気に召さなかったようだね。まあ、どちらにしろ、拷問自体は上官が行う。君はあくまでその手伝いだよ。これからはしばらく拷問の手伝いを行ってもらうよ。今まで文字通り人間を食い物としか思わなかった君は、人と交わることを覚えた方がいい。もちろん王宮の他の兵士たちと、って意味だけど」
ナモンは何も言わずに黙っていた。自由街にいたナモンにとっては、人間は敵であり時として食い物にもなったが、それはそうせざるを得ない状況にあったがためだった。両親がいた頃は両親がまともな食べ物をくれたし、今もちゃんと食事やお金も多少はもらっている。
「そのとある犯罪者の詳細については、知りたければ後日上官から聞いてくれ。用件はそれだけだ。もう帰ってくれて構わない」
王はしっしと厄介払いでもするような仕草をした。ナモンが素直に従って背を向けると、背後からおもしろがるような笑いが漏れ聞こえた。ナモンは苛立つこともせず、ただ命令通りに立ち去った。




