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太陽の国  作者: ラジオ
第二章 魔法学校編
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~リーン、モールス、イルジー~

 その週の二日目の休日の午後。その日の魔法の修練は午前中に済ませ、リーンは校舎に沿って植えられている芝生の上に設置された木製ベンチの一つに座っていた。すぐ後ろには校舎、すぐ前には校舎のエントランスへ続く風の心地よい並木道がある。資格試験が近いためか、休日にしてはたびたび人が通る。

 翌日から五日間、その年何度目かの資格試験が行われる。封印術の下位資格試験は初日であるため、リーンがイルジーと試験で相対するのはもう翌日のことだった。

「……昨日もあいつはおかしくなっていた」

 ベンチに腰を下ろすリーンの隣から、幽霊のように生気を感じさせない声がした。弱々しく、わずかにだが確かに震えてもいた。

「レイチェル教頭に医療施設の魔法使いを手配してもらっている。それまでイルジーを何とか抑えておければきっと治るんだ。もっと元気を出せ」

 しかしリーンの言葉は、隣でベンチの背に憔悴したように全身を預けているモールスには届いていなかった。イルジー以上にモールスの方が何倍も痩せ衰えていた。

「昨日、おかしくなった状態のイルジーに声をかけてみたんだ。こんな時間まで何してるんだ、って。そしたら、妖怪みたいに気味悪くにやりと笑って『強くなるための儀式だよ』だとさ。それと、『これは僕と君のためでもあるんだ』なんて言ってた……もはや俺が誰かもわかってないみたいだった」

 モールスは背中を丸めた脱力したような格好で、王国を覆う大結界越しに晴れた砂漠の青空を上目で見ていた。そのひとみはまるで、思考ももたなければ悩みの一つももたない天空そのものを羨ましがっているようだった。

 リーンもその日はモールスを鼓舞するような気分にはならなかった。資格試験がもう翌日に迫っているという考えが頭の中に居座っているせいかもしれない。いつものように晴れ晴れとして気持ちのいい日だったが、大地の気候がよければ必ずしもそこで暮らす人間の気分もそれに見合ったものになるとは限らない。

 リーンはモールスの話を聞きながら、イルジーが自我を失っていくことで苦しんでいるであろうイルジー自身と、それを間近で見せられて同じように激しい苦悩を抱える、イルジーと親友だった同室のモールスに同情してやることしかできなかった。

「イルジーとはいつからの仲なんだ?」

 リーンはモールスともどもあえて感傷に浸ろうと訊いた。無理に気分を変えようとすれば余計に疲れるだけだという考えに至ったからだ。

「俺が知っている限り、普通学校に入学した時からお前はイルジーと一緒だったよな」

「ああ。俺の両親とイルジーの両親が知り合いで、家が近所でもあったんだ。普通学校に入学する前から俺たちは頻繁に会ってて、少なくとも俺は少し離れた家に住む兄弟みたいに思っていたんだ。入学してからはもっと仲良くなってずっと一緒にいるようになった」

 モールスは眩しいものでも思い出すように目を細め、イルジーとの過去をリーンに語った。

「イルジーはもともと、俺より早く生まれたくせに、俺よりも臆病で貧弱で、いつもビクビクしていたんだ。だから俺は、普通学校に入学してからずっとイルジーのそばにいるようにした。誰もイルジーをいじめられないように。俺がクラスで一番上の人間だってことを周りに見せつければ、ずっと俺と一緒にいるイルジーは学校でもビクビクせずに暮らしていける。俺が勉強も運動も誰にも負けないように競い合っていたのは、そういう理由もあったんだ。イルジーは常に俺のことを上に見ていたが、段々、臆病なイルジーは鳴りを潜めて学校では俺と一緒に威張るようになった。俺たちは周りからはあんまり――少なくともリーンほどいい人間には見えない態度を取っていたんだろうが、イルジーが俺と初めて会った時みたいにビクビクしながら暮らすよりはましだろうと思っていたんだ。

 魔法学校に入学してからも、イルジーの態度はだいたい同じようなものだった。奇跡なのか何なのか、寮の部屋は一緒になったが、授業は潔いほどきれいに別々だった。それから部屋で見てきた限り、イルジーは少しずつだが、何となく性格が変わってきた――いや、もとの性格に戻ってきたという方が正しいのかもな。あいつは以前みたいにひ弱で脅えやすい性格に戻った。それから少しして、イルジーはおかしくなり始めたんだ」

 木の葉が静かな風に吹かれ、一度リーンとモールスの足もとへ来てからまた遠ざかっていった。

 一拍置いてから、リーンは口を開いた。

「今日レイチェル教頭に会った時に言っていたんだが、イルジーの治療が始まったら、イルジーはおそらく学校には通えないそうだ」

 言葉を切り、ちらりと横目でモールスの方を窺ったが、相変わらずの死人のような表情は崩れないようだった。モールスの方でもそちらのことはすでに調べてあるのかもしれない。

「入院するかもしれないし、自宅で治療を受けるかもしれない。どちらにしろ、今のイルジーは最低でも一年は治療を受け続けなければいけないらしい」

「迷惑かけて悪かったな」

 モールスは何かを決意して胸の内に秘めたように言った。

「リーンに迷惑をかけるのはここまでだ。お前はこれ以上立ち入っちゃいけない。俺とイルジーの問題だからな」

「モールス、急にどうした?」

 リーンはモールスの方へ向き直ったが、モールスは気にせず空を見ながら続けた。

「リーンにはリーンの道がある。七賢人になるんだろ? だが、イルジーには俺と一緒でなければ進めない道しかないんだ。たぶん、俺がイルジーを甘やかしてそうさせてしまったんだろうな。だから、俺が……」

 モールスの言葉が途中で消え入るように小さくなっていった。その目はリーンの背後を凝視している。

 リーンがモールスの視線をたどって振り向くと、並木道の木の間からイルジーが二人の方を見ていた。茫然と立ち尽くし、何の感情も浮かべていないように見える人形のようなその顔の中で、唯一目だけが信じられないものでも見たように大きく開かれていた。

 リーンとモールスは石になったように硬直していた。

「イ……ルジー……」

 モールスがかすれた声で呟くと、イルジーは足早に引き返した。

 ――何だったんだ、あの表情は?

 人間の表情を形成するパーツのバランスとしてはおかしい先ほどのイルジーの不気味に開かれた目が、リーンの脳裏に焼きついたように離れなかった。

「あれは……イルジーだ」

 モールスが未だイルジーの去った方向を見つめながら呟いた。

「あれは……あの目は……確かに俺がよく知るイルジーの激しく憤った時の目だった」

 その一瞬だけ、モールスの顔に興奮したような赤っぽい血の気が戻っていた。

 ――憤った? 俺たちを見て? 何に?

 リーンはイルジーの謎の憤怒を頭の片隅にうずめたまま翌日の試験を迎えることとなった。


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