~リーン、魔法図書館へ赴く~
進学から半年経った頃には、リーンは生成術、召喚術と、封印術を残して授業を取っていた闇魔法の下位資格は全て取得してしまった。そしてウラシルに至っては、次回の数か月後の資格試験において自然魔法の上位資格試験を受けることが決まっているのだという。
「お前の出世はまさにうなぎ昇りだな」
リーンはウラシルと目覚めを共にしたその日、ウラシルに心底の感心を込めて言った。
「まだ上位資格試験を受けることが決まったってだけで、合格するかどうかはわからないよ。それに、僕はリーンと違って一点集中型で自然魔法を極めているだけだから、二年生に上がるのは早くても、卒業までが早いとは限らないよ」
リーンは気心の知れた友のように遠慮なく笑った。
「その言い草じゃ、暗に上位資格試験の合格は手堅いって言ってるようなものだな。まあ、俺もお前が自然魔法の試験で落ちるところは想像できないけどな。お前は本当に天才で、この王国においても求められている逸材だと思うよ」
「でも、自然魔法の上位資格試験を許可してくれた教官が言ってたよ。自然魔法に関しては、『あの人』の次くらいの天才だろうなって。たぶん、一年で二学年進級して、最終的にこの学校を一年半で卒業――しかも中官として出ていったっていう例の謎の人物のことなんだろうね」
「対抗心でも燃やしているのか?」
リーンは親身になったような柔らかな口調で訊いた。
「うん、たぶんね」
ウラシルは正直に肯定した。
「だって、僕は自然魔法だけを極めているのに、一年半で上位資格を六つも取得したような六股の人間に劣っているなんて……信じたくない」
「お前、自分は自然魔法ならジェパームント様にも負けないって自負してるのか?」
ウラシルは茫然とした表情を隠しもせずに、その顔をリーンに向けた。
「それ……本当? その謎の人物って、ジェパームント様だったの?」
「ああ。俺の友人のとある情報屋がだいぶ以前に仕入れた情報だから、間違いはないだろうな」
今度はウラシルが、何かに落胆して自分を嘲笑するような途切れ途切れの笑い声を上げた。
「リーン」
リーンは内心言っちゃいけなかっただろうかと肝を冷やしながら「どうした?」と応答した。
「僕もたった今から、リーンと同じ夢を抱いたよ」
「同じ夢?」
ウラシルは毅然とした目でリーンを見据えた。
「僕も七賢人になって、ジェパームント様をいつか超えてみせるよ」
自然とリーンの口の両端が上がり、薄い笑みが浮かんだ。
――俺の心配は杞憂に終わったようだな。
「どっちが先に七賢人になれるか勝負だな」
リーンが挑戦的な語調をもって言うと、ウラシルも燃え盛る眼差しで力強くリーンを見返した。
「望むところだよ」
その日の午後の最終授業が終わると、リーンとウラシルは肩を並べて第四魔法図書館へ赴いた。進学から半年が経った今では、第一魔法図書館の修復も完了し、魔法使いの物書きたちの書く魔道書が順次取り入れられている。第三魔法図書館の修復も終盤に差しかかり、今月のうちには修復が完了するとの見通しが先月王国から発表された。
ちなみに、王宮も革新的なリニューアルを加えて修復が完了しつつあり、王国全体としての復興も着実に進み、もう半年もすれば復興は完了するとの噂も王国中で流れている、という旨の話をアリサから聞いていた。国の生成術士を中心とした王国の兵士たちの、汗水流して働いた努力がようやく功を奏し始めたようだった。
リーンたちは第一魔法図書館のエントランスに入ると、向かって右の階段を上がった。今ではもうすっかり習慣にこそなっているが、下位資格を取得したての頃は、たびたび二人でエントランスから向かって左の一般人も立ち入り可能な図書ホールへ足を踏み入れてしまったり、反対側の階段を上るたびに、絶えず爆発するような高揚感が募って全身汗まみれになった状態で二階の立ち入り制限区域に到着したりしたものだった。
二階の中央ホールには、上がってきた階段の向かいに三つの通路が放射状に分かれて設けられており、それぞれの入り口脇の案内板には「自然魔法」、「光魔法」、「闇魔法」と文字を刻んで書かれ、光魔法と闇魔法の案内板にはさらに、細かい文字で通路の先の科目別の部屋がそれぞれ何階に位置しているか説明がある。
たまに通る上級生たちとすれ違いながら、二人は別々の通路を進んだ。無論、リーンとウラシルはそれぞれ闇魔法と自然魔法の通路を選んだ。
リーンは通路の先の部屋の手前に再び現れた「占星術」と刻まれている案内板を横目に、脇の階段を上がった。今では、リーンの肩には五つの下位資格の紋章が施されている。そのことがリーンに上級生に対して気後れさせない助けの一つとなり、階段を上る足取りを軽くした。
リーンが一階ごとの長い階段を上って最終的に訪れたのは、最上階から一階下の「生成術」と刻まれた案内板のある部屋だった。両開きの扉を押し開けた先の図書ホールは、背後の中央ホールを囲む幅広のドーナツのような形状をしていた。その階をぐるっと半周ほど周回できるようになっており、もう半周は光魔法か自然魔法の図書ホールになっていると考えられた。壁の両端の書棚と、それらにたっぷり余裕をもって挟まれるやや湾曲したテーブルが、それぞれ緩やかに弧を描いて延々と連なっている。視界に入る限り、人影はまばらだった。リーンは入り口からすぐの机についている司書に肩の生成術の資格を見せ、許可を得てからそのホールに足を踏み入れた。
その日のリーンは、以前ストラス教官が授業で召喚した巨大な猿のことについて調べるつもりでいた。数時間前のその日の午後の生成術の授業で、生成術によって生命体を生成した場合、その過程で自分が使役する旨の呪文を唱えればその生命体は主の命令に従うと教官は生徒たちに教えた。
しかし、ストラス教官の召喚した巨大な猿は明らかにストラス教官自らが生成したはずであるにも関わらず、ストラス教官の命令を聞かなかった。事故の後、ストラス教官がリーンたちに猿に幻術を使用したか詰問したことも考慮すれば、魔法によって人為的に猿を暴走させることができたのかもしれない。そのあたりのことをリーンは詳しく知りたかった。
十分以上書棚から書棚へと歩き続けたが、ピンポイントで知りたち知識の書かれた魔道書を見つけることは非常に難儀な行為だと割り切り、リーンはそれっぽい魔道書を数冊集めて自分で分析してみることに決めた。
抜き取った魔道書を二席分堂々と占領したテーブルで眺めていると、しばらくして知りたかった内容について触れられているページに行き着いた。
その魔道書によれば、生成術はその性質的観点から、大きく二つに分類できるらしい。一つは既存の物体を正しく構成して生成するもの、もう一つは、既存の物体の構成にややオリジナルを加えて生成するもの、またはこの世の理にのっとって未だ誕生していない物体を新たに生成するもの。ストラス教官の巨大な猿は、明らかに後者の既存の猿にオリジナルを加えて生成されたものだった。
また、後者の生成術で生成された物体は、人間個人によって生み出された故、自然界が生み出した本来の安定した物体と比して構成的に不安定因子を伴うことが多いのだという。極端だが実際にあった例として、本来のコンクリート壁よりも内部構造的に物理的な耐久を強化したコンクリート壁を生成したとしても、術者の技術によっては、本来無機物が影響を受けることのない幻術によって変形したり、付近で使用された封印術の影響で消滅したりすることがある、と載っていた。
つまり、ストラス教官が生成した巨大な猿も、本来自然界に存在しない生命体として不安定因子をもっており、魔法――例えば簡単な幻術によって、容易に主の命令に反して暴走させることができるのだと言えた。




