~リーンとウラシル②~
リーンはホーキンスと分かれ、幻術と占星術の最終試験に備えて試験参加者用の教室で修練を積んだ。その後、食堂で久しぶりにショットに会い、ショットはリーンの一次試験突破を聞いて祝福し、自分も物書きになりたいと夢を語った。近頃の学校での物騒な出来事にはショットは見るからに縁遠そうだった。ショットといることでリーンは懐かしい恒久平和の世界にいるような幸福感を思い出し、このところ長らく心から安らぐことを忘れていたことに思い至った。
ウラシルと相部屋の自室に戻ると、ウラシルは自分のベッドに腰を下ろして魔道書を読み耽っているところだった。
「よお、ウラシル。余裕そうだな」
「そんなことないよ」
ウラシルは当たり障りのない謙虚な言葉を返した。
「こんなことをお前に訊くのは失礼だと承知した上で訊くが、自然魔法の下位資格第一試験は突破したか?」
「確かに、その内容の質問は僕に失礼だし、前置きは僕以外の人に失礼だよ」
「化けの皮がはがれて本音が出たな。最初の謙虚さはどこへやら……」
リーンは少しおもしろがって呟いた。
「合格したよ」
「だろうな」
「僕以外の参加者を全員落とすこともできたけど、後でつまらなくなりそうだからやめといた」
「あとあと性格の歪んだやつだって白い目で見られるのが嫌なだけだろ」
「そういう表現の仕方もあるね」
リーンとウラシルの仲は延々軽口を叩き続けられるほどには深まっていたが、互いにどこをきっかけにそうなったのかまでは覚えていなかった。
しばらく何気ない会話を続けた後、リーンが改まって何かを言おうと口を開いた。
「ウラシル」
「わかってるよ」
リーンが何も言う前からウラシルは即答して魔道書を閉じた。
「明日も早く起きて魔法の練習をしたいから、そろそろ寝たいんでしょ?」
「悪いな」
「僕もリーンには何度も迷惑かけてるよ。それに、今週の最後に自然魔法の下位資格最終試験があるから、その時はリーンも僕に合わせてくれる?」
「ああ、もちろんだ」
ウラシルとリーンは部屋の明かりを全て吹き消し、互いに就寝時間の二、三時間前に床に就いた。
「そう言えば、リーン」
カーテンの隙間からわずかに偽太陽の光が部屋へ漏れ入る薄暗闇の中で、ウラシルが何かを思い出したように声をかけた。
「モールスっていう人と同じ普通学校だった?」
「ああ。それがどうかしたか?」
予想外の名前が出てきたなとリーンは密かに思った。
「今日、第一試験の後、そのモールスって人から声をかけられた。最初こそライバル心を燃やしている風に努力して偽っていたみたいだけど、あとからリーンのことを訊かれたから、話の本命はそっちなんだなって思ったんだよ」
「何を訊かれたんだ?」
「かなり微妙なこと。確か、リーンは今も元気か、とか、リーンはどういうやつだと思うか、とか。僕がリーンの同室だと知って声をかけてきたんだろうね」
リーンは必死に過去の記憶を振り返ったが、その中にこれといったモールスとの出来事はなかった。せいぜい祝祭中にアリサと一緒にいるところを見られて逃げ出したことくらいだった。
「悪い。特に心当たりはないな。そもそも、俺とモールスはたいして仲がよかったわけじゃない。むしろモールスは普通学校でも、ここに進学して同室になったイルジーってやつといつもつるんでいたはずだ」
「へえー。よくわからないけど、とにかくそのモールス君は、リーンについて何かを迷っていたみたいだよ。そんな気がした」
「わかった。今後モールスと会ったら話してみるよ」
リーンが受ける二つの下位資格試験のうち、先に最終試験が行われたのは占星術だった。今度は校舎の地下の資格試験会場で行われた――つまり、今度こそ水晶に双太陽の相互位置関係を映すところから始めなければならないということだ。
試験の内容は、迷路に潜む数人の教官を避けて迷路を脱することだった。迷路には受験者が一人ずつ入り、占星術で自分自身を占い、教官との遭遇を避けてゴールを果たせば合格。教官に遭遇した場合、水晶を取り上げられて失格となる(無論、逃げても見つかった時点で失格と判断される)。迷路は、教官たちがあらかじめ天井の高さにあった石壁を生成しておいたらしく、それを召喚して瞬時に細く入り乱れた道ができあがった。占星術を一度でも失敗すれば即失格となる、生半可だった第一試験よりも格段に難しい試験内容と言えた。
リーンは一年生ということもあって、迷路に入ったのは二番目だった。一人目の一年生は無事にゴールを果たし、他の生徒や教官から温かい拍手が送られた。
リーンは闇魔法全般で頭角を現しており、占星術の成功確率――すなわち普通の占いが当たる確率においても、九割を超える天才児と闇魔法担当の教官たちの間でも称されていた。落ち着いて普段通りの実力を出せばてこずるような試験ではなかった。そしてその落ち着きをもたらすのに最も役立ったのが、アリサからもらっていつも身につけているアメジストの指輪だった。アメジストはリーンに精神の安定をもたらし、結果的に集中力を高めてリーンを合格の道へ導いた。
出だしから好調の二人の勢いに乗るように、その後もぞくぞくと試験の合格者を出した。途中、数人が失格となったが、占星術の確率的な問題としては当然のことで、多少実力が他より劣っていても、やはり運が悪いとしか言いようがなかった。
最終試験合格者には、その場で一人ずつローブの肩に占星術下位資格取得者としての星の紋章を刻まれ、さらに褒美として、魔力が微量込められているという宝石のついた腕輪を贈呈された。一番偉そうな教官から、下位資格取得者は学年ごとに同じ下位資格取得者用の高度な授業を受けられるようになり、また、魔法図書館においても、資格を取得した科目の立ち入り禁止区域には立ち入りを許可される、という説明を受けた。
リーンと他数名の一年生の場合、まだ同学年の占星術の下位資格取得者は彼らのみであるため、翌週からの占星術の授業は一桁の人数で行われることになるらしい。
その後、幻術の最終試験でも特に事件は起きず、リーンを含めた一年生数人が二年、三年との競争を制して試験の合格を果たし、幻術の空間の歪んだような紋章と、やはり褒美に微量の魔力が込められた首飾りを授かった。二年、三年との接点がなく褒美の存在を知らなかった一年生の間には、すぐにその噂は広まり、魔法使いとしての力を示すそれらの褒美を求めて生徒たちの学問への意欲を向上させた。




