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太陽の国  作者: ラジオ
第二章 魔法学校編
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~リーンとその友達~

 三階の一年生の闇魔法教室に戻ってきたストラス教官の顔を見て、リーンはすぐにホッとした。教官はいくらか沈んだ顔こそしていたものの、安堵の吐息をついたばかりというように中途半端の悲痛な面持ちだった。

 女子生徒は重傷だったが、命は無事で現在医療施設へと搬送されているという。教官が声を低めて女子生徒の容体を説明したところで、授業の終了を知らせるチャイムがけたたましく鳴った。

「あの時会場に残っていた五人は今から私についてきてくれ。私の事情聴取が行われる前に訊いておきたいことがある」

 リーンたち五人がストラス教官に連れてこられたのは、最後の授業が終わった今、階下へ下りる生徒の多い二階へ続く階段からは最も遠い位置にある幅のある長い廊下だった。床面に大々的に描かれた青と白の幾何学模様のコントラストが学校の気品を漂わせていた。片側の壁は全面唐草模様を彫られたガラス張りになっていて、白い日差しが熱く、しかし神々しく降り注いで床の模様の美麗さを際立させている。平面の壁を彫って作ったような半円形の柱が等間隔で壁から浮き出ており、壁にも描かれている小さな幾何学模様たちは妙に立体感をもっていた。そばを通りかかるのは、何がしかの理由で教室を出遅れたせいぜい一人二人の生徒だけで、ひと気は時間と共にみるみる薄れていく。

「君たち、猿に生徒を襲わせるような幻術をかけたか?」

 ストラス教官は恐怖すら感じさせる真顔で問うた。

「いいえ」

「かけていません」

 生徒たちは口々に否定した。

「そもそも、まだそんな高度な幻術は習っていません」

 教官の顔がほころんだ。

「そうか。それを聞けてよかった」

 リーンはあの時校長らしき人影を見たと話したが、他に校長の姿を見た生徒がおらず、「実際にいたとしても、上位資格試験が行われると勘違いされて見に来られたんだろう」とストラス教官に言われ、結局誰も気に留めなかった。確証もないまま校長が不自然な行動を取ったと言って疑うことは、リーンにはできなかった。それに、実際にストラス教官に過失がないわけでもない。異変を察した時に猿を返していれば、女子生徒が大怪我を負うこともなかったかもしれない。

 ストラス教官が去ろうとしたので、リーンは慌てて「ストラス教官!」と呼び止めた。

 教官は立ち止まり、振り返らずに訊いた。

「今度はどうした?」

「ストラス教官は、何か猿を暴走させるようなミスを犯したのですか?」

 リーンは一言一句はっきりと発声した。少し残酷にも思える言葉だったが、どうしてもストラス教官がそんなミスを犯すとは思えなかった。他の生徒も固唾をのんで見守っている。

 おそらく、陰謀めいた何かにストラス教官が巻き込まれたのかもしれないとまで考えているのは、教官を含めてもリーン一人だけだろう。

「私はミスを犯した覚えはない……だが、そう主張したところで今回の責任を免れることはできないだろう」

 教官は振り返り、穏やかな笑みを浮かべた。

「あまり教えてあげられなくて悪かったな」

 まるで遺言のような優しく悲しい捨てぜりふに、女子生徒の二人が涙を流し始めた。

 五人は通路に横一列に並び、一様に口を開いた。

「これまでのご指導、ありがとうございました!」

 声を揃えて頭を下げる。生徒は五人とも、ストラス教官を最後まで尊敬すべき教官として敬い慕い続けた。彼らの意思はストラス教官の授業を受けた全生徒の総意でもあった。

 ストラス教官は片手を上げただけで、何も言わずに去っていった。

 後日、ストラス教官は魔法の制御を誤って生徒に怪我を負わせたとして、魔法教育省から懲戒処分を受け、中官としての階級を剥奪された。



 翌日の召喚術の授業からは別の教官が現れた。細身で髪を肩まで伸ばし、生徒に畏怖の念しか抱かせないまるで悪しき魔王のような風体の男だった。ストラス教官とは対照的で、授業は親しみも遠慮も配慮もない厳かな雰囲気を纏っていた。このナハトムジーク教官は、入ってくるだけで教室に冷気を呼び込んだ。

「きっと、ストラス教官の二の舞を踏ませまいとえらく堅物な教官を送り込んできたんだろうな」

 バースの声音は、ナハトムジーク教官の授業が終わってようやく一息つけるといった調子だった。

 その日の授業が終わると、リーンは同じクラスで寮の同室でもあるウラシルと魔法学校の付近にある第四魔法図書館へ出向いた。

 ウラシルとは、クラスから分かれない自然魔法くらいしか授業では一緒にならないが、相部屋の住人としてはうまくやっていた。気さく過ぎるバースのようにガンガン距離を縮めようとすることもなく、どちらかと言えばホーキンスのように、適度に距離を置いて少しずつ打ち解けようとしてくれる穏やかで思慮深い人格のもち主だった。

 優に五、六階の高さがある魔法図書館は王国に第一から第四までの四館が存在し、それぞれ異なる膨大な量の魔道書を所蔵していたが、先般の赤髪族の反乱によって第一と第三魔法図書館が破壊され、大きな損失を出した。現在第一、第三魔法図書館は修復中である。四館とも一般人でも入館可能だが、そのほとんどは魔法学校の生徒だった。というのも、魔法資格を提示しないと立ち入りが禁止されている区域が多いからだ。まだ下位資格を一つも取得していないリーンたちは一般人と同じ区域にしか立ち入れないが、それでも魔法学校の生徒であるというだけで、一般人よりは魔法図書館へ通いやすかった。

 リーンとウラシルは一階のエントランスを左の通路から抜け、無数の書棚が中央あたりから左右に分かれて設置されている巨大空間内に出た。天井は高くないが、どう考えても普通図書館より圧倒的な広さを誇っている。幼い子供は迷って泣き喚いて鼻つまみ者として周りから白い目で見られること必至だった。

「あ、リーン。これとか君が探していそうな魔道書じゃない?」

 ウラシルが見せたのは知識の魔道書だった。ダークでいかにも闇魔法を学ぶための魔道書に見えた。

「ウラシル。お前が探していた感じの魔道書も見つかったぞ」

 リーンは自然科学の知識を詰め込まれた魔道書をウラシルに差し出した。お互いに探していた魔道書を見つけ合い、この空間の反対側にある読書テーブルに並んで座った。

 魔道書には、主に二種類が存在する。魔法を主軸とした物語が描かれている普通の書物に近いものと、人間の英知――すなわち人の頭の中にあった、高度な魔法を使うのに必要なこの世の物理法則が書物の形で封じられたもの。前者は魔法使いの想像力を豊かにし、後者は魔法使いの知識を豊かにする。どちらが欠けても魔法使いとして他に劣る。

 魔法学校に進学して最初にリーンたちのクラスを訪れた教官が言っていた。魔法を扱うコツは想像力と知識であり、その両方を養うものが魔法学校の近くにある、と。今では一年生のほとんどが、それが魔法学校の魔道書であるという結論に至っている。

 物語の方は魔法使いの物書きが、知識の方は学者がそれぞれ記す。魔道書の需要は多いため、物書きや学者を目指す道は登竜門だが、その分給料も比較的高い。

 リーンたちが立ち入れる区域の魔道書でも、授業や独学に役立つものは無数に存在する。

「ところでウラシル、知ってたか?」

 魔道書から目を離さずにリーンが静かに口を開く。

「闇魔法には呪術って分類があるらしいぞ」

「へぇー、初耳。ところでリーン、知ってた?」

 ウラシルがリーンと何一つ違わない言動を繰り返した。

「炎や雷は自然魔法で発生させて操れるのに、水に限っては生成術で生成してから操る必要があるんだって」

「水だけ物質だもんな。ところでウラシル、知ってたか? 呪術を使うとそれだけで犯罪らしいぞ。魔道書に載せてよかったのか?」

「呪いなんていかにも危険そうだもんね。ところでリーン、知ってた? 水魔法で人間の体内の水分も凍らせられるらしいよ。どうして氷魔法とは言わないんだろうね?」

「あくまで水を操って状態変化させただけだからだろう。ところでウラシル……」

 二人は閉館時間になるまで読んだ魔道書の感想を交互に語り合った。閉館時間を知らせる柱時計が荘厳な音を立てて鳴ると、二人は大慌てで数冊の魔道書を借り、「またぎりぎりの時間であなたたちは……」とカウンターの司書の女性に小言を言われる。すみませんと声を揃えて謝り、図書館を後にして一年生の寮への道を二人並んで歩み出す。寮でも毎日数冊の魔道書を読んでいる。これが彼らの平穏無事な日常だった。


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