~リーン、頭角を現す~
魔法学校に進学した全新入生が一律に最初に教えられたことは、魔法に対する根本的な接し方だった。おそらくこれまでも同じだったはずで、これからも一貫して続けられるだろう。
入学式の日、リーンの教室に入ってきた中官の教官が開口一番に行ったのは、挨拶でも自己紹介でもなく、「いいか。魔法使いと魔法は対等だ」という訓示だった。
魔法とは、自らの精神を、任意の運命を変える力をもった呪文に変える――すなわち〈運命をねじ曲げる力〉である。例えば、本来発生するはずのない雨雲を発生させる、人間の自然治癒力では間に合わない傷を癒す、といった事象など。魔法が起こせる事象は数え上げればきりがない。自らの精神を糧に発動するため、意思の強さによって魔法の力も増減する。個々の精神はその人の魂によって形成され、また、精神は常に魂に付随する。
しかし、魔法が「力」であり、「力」にはメリットとデメリットの二面性がある以上、魔法にも人間に都合のよい面と悪い面がある。都合のよいことは言うまでもなく運命をねじ曲げられることであり、都合の悪いことは「魔法が人間の精神を喰らい尽くす危険がある」ということだ。魔法使いの精神を糧にすれば魔法は主の望むように運命をねじ曲げるが、主の望みに対して糧となる精神が不足する場合、魔法は主の精神を喰らい尽くし、力と知識に溺れるソーサラーへといざなう。
魔法には、仕事や普段の生活を助ける利便性があり、誰も成し遂げたことのない偉業に導く可能性が秘められ、そして魔法に呑まれる危険性が隠されている。
教官は初日のうちに、さらに魔法を扱うコツを教え、魔法学校における成績の基準、進級制度を説明した。
魔法使いによる運命をねじ曲げる行為とは、ある現象をイメージした状態で自らの精神を喰わせた呪文に、物理法則にのっとってそのイメージを現象化させることだという(魔法使いと呪文のやり取りが交わされると、自然魔法なら透明、闇魔法なら黒、光魔法なら白の粒子が発生する)。そのため、魔法使いに要求されるのは、明確なイメージを思い浮かべる想像力と物理法則から外れない正しい知識であるらしかった。想像力と知識を養うことが魔法を扱うコツなのだという。そして教官は、その両方を養うものが魔法学校の近くにはある、とだけ告げて、魔法学校における成績の基準と進級制度の話に移った。
魔法学校の新入生は、まず自然魔法、闇魔法、光魔法の三つから最低二つ以上を選ばなければならず、さらにそこからいくつか科目を選択して授業に臨むことになる。
自分の選択した授業内で行われるペーパーテスト、及び実力試験によって、担当の教官の基準を介して成績がつけられる。そこで好成績を残すと、教官からその科目の下位資格試験、または上位資格試験を受けることを許可される。
試験に学年は関係なく、一年生から三年生までが競い合って試験を受ける。下位資格は第一試験を突破し、その後の最終試験で合格すると晴れて資格を取得することになる。上位資格ではさらに第二試験が追加される。上位資格最終試験のみ、七賢人や上官が見に訪れることがあるらしい。
下位資格を取得すると、その科目において魔法図書館で立ち入りを制限されていた区域への立ち入りが許可されるため、その区域の魔道書が上位資格を取得する上での手助けになる。
上位資格を取得すると次学年に進級可能。三年生で上位資格を取得すると、いつでも卒業できる状態になり、その時点で取得している上位資格と下位資格から、就職条件を満たす範囲で任意の職を選んで就くことができる。
最も条件が少なく志望者も多い下官でも、少なくとも三つの魔法上位資格が必要ということになる。また、六つ以上の上位資格と十二以上の下位資格をもつ生徒は、王宮兵士志望者に限り王宮からの特別優遇措置が取られ、中官の座に就くことができる。
卒業までの道のりは、比較的生徒の意思が尊重されるため、同期の者でも卒業するのが二年三年違うのは珍しくないのだという。
極端に言えば、この卒業制度では入学から一、二年で卒業することも可能ということになる。実際に十数年ほど前、入学から一年半で中官として卒業を果たした数百年に一人の天才がいたのだという。
――魔法学校進学から三か月。
リーンのその日の午後の二時限目は生成術の授業だった。闇魔法教室はどれも狭くて古い。収容人数はせいぜい二十人ほどで、壁や床、机などの木の板は黒ずんでところどころ剥げている。後ろにある席ほど高く作られており、一番下の黒板の前では、教官がみなそうであるように、中官のマントを羽織った小太りで初老のサースティン教官が熱意のない調子で授業を行っている。教科書はなく、板書も行わないため、机の上には何もない。
優等生が揃うリーンのクラスの生徒のうち、約四分の一の十数人がこの授業に出席している。生徒は全員見習い魔法使いとしてローブを着用し、長机に数人ずつ席を取っている。思い思いの格好で、しかし全員が教官の言葉に耳を澄ましている。ホーキンス、カレン、モールス、イルジーも同じクラスだが、イルジー以外はそれぞれ、今はリーンとは別の授業を受けている。
「なあ、今のどういう意味かわかるか?」
最後列に座るリーンに、隣の男子生徒――バースが声を潜めて尋ねてきた。優等生クラスの授業内容は他のクラスより深く、そして早く進む。そのため、生徒同士で教え合って共に授業を受けるというスタイルが確立されつつあった。
「立体物を生成する時は外面のイメージだけじゃなくて、内部の構造も細かくイメージできないとスカスカの薄っぺらい物体になるってことだ」
「おお、なるほどな。サンキュー」
サースティン教官は狭い教室にぎりぎり届くくらいの低音でぼそぼそと喋るため、聞き取りにくく、教える時も相当小声にする必要があった。
「……はい、それではこれから、手に載るくらいのサイズでいいので椅子を生成してください。この時期のみなさんではまだ難易度が高いので、できなくても落胆する必要はありません。別にしても構いませんが。四つの足と腰かけ部分の内部構造は黒板を見てください。通常サイズの椅子を生成する時も内部構造は変わりません。授業が終わる時にこの構造を写した紙を渡しますから、紙の生成授業と同様しっかり覚えてくださいね。それじゃあ始めてください」
長机は魔法の実習を行う時のためだけに存在した。
生徒たちが机の上に手をかざし、呪文を口にしてミニチュアの椅子の生成を始める。呪文はしっかりと念じれば口に出す必要はないが、まだ入学して三か月の一年生にはイメージと両立させるのは難しかった。
バースも遅れを取るまいと呪文を唱えた。
「……我汝に命ずる……小さな木の椅子を生み出したまえ」
唱える呪文の言葉は何でもよかった。決まり文句はないが、魔法を自分と対等な他者と認識し、起こしたい事象を起こすように命じれば、勝手に魔法が主の精神を喰らって主のイメージ通りの事象を起こす。呪文は言わば事象を起こす際の合図だった。
しかし、彼の生成した物体は椅子とはほど遠い木でできた異形の何かだった。芸術家と勘違いされそうな代物で、例えるなら、頭がなく、手足が異様に長く不自然に外を向いた犬か何かの四足動物に近い。
基本的にはポーカーフェイスを保つリーンが思わず吹き出した。
「な……何だよ! お前はできるのかよ」
バースが言い返すや否や、生徒の生成物を見て回っていたサースティン教官がバースの「作品」をそのぷっくりとした手の平に載せた。
「すばらしい芸術センスですね。しかし、これに座るとさすがにお尻が痛くなりそうですね。それに……」
サースティン教官は横向きにした円柱のような腰かけを人差指でそっと押した。
バースの作品は、最初から耐久性というものを与えられていなかったかのように何の手応えもなく粉微塵になった。
「やはり中身が詰まっていません。もう少し集中して内部構造をイメージする必要がありますね……といっても腰かけは厚めの板、脚は丸太でもイメージすれば事足りるんですけどね」
教官の何でもないような言葉に、バースは「丸太……」と漏らし、あっけらかんとした表情を隠せなかった。
「……手の平サイズでいい。木製の椅子を生成してくれるか?」
教官がバースの作品に足を止めている間、リーンは机の一点に焦点を合わせ、そこを右手の人差指で指し示していた。唱えた呪文はまるで、魔法を擬人化して捉えているかのようだった。
〈よかろう〉
以前からリーンが呪文を唱えると、心の中でしばしば返事が返ってきたような気がすることがあったが、あまりにもぼんやりとしていて具体性に欠けているので、リーンは気のせいだろうと気に留めることもしなかった。
サースティン教官のつぶらなひとみが細く光り、リーンの指先に鋭い視線が向く。
リーンの指先が黒い粒子に包まれた。そして指し示した一点にも黒い粒子が発生し、モクモクと広がって中からコケのついたような緑色の小さな椅子が現れた。
「うわっ」
バースの感嘆の声が漏れた。
すらりとした円柱型の四つの小さな木の脚、腰かけは真っ平らで凹凸の一つも見受けられない。
「すばらしいですね」
サースティン教官が感嘆の声を漏らしながらリーンの生成物を手に取った。バースと同様手に載せて腰かけを指で押すが、軋みすら立てない。
「……ふむ。脚もまっすぐで接続部分も問題ない。これは驚嘆の念を禁じ得ませんね」
「ありがとうございます」
教官の称賛の声を耳にした周囲の生徒たちが集まってきた。
リーンはバースが横目で悔しそうにこちらを見ていることに気付いた。そして再チャレンジして今度は椅子らしきものを生成したが、集中できていなかったのか、手に取った瞬間、四本の脚が外れて机に落下した。
バースは半ば涙目でリーンを睥睨した。




