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太陽の国  作者: ラジオ
第二章 魔法学校編
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~アリサ in 影のお店(3)~

「さて嬢ちゃん、俺たちは自分たちのことをここまで話して聞かせたんだ。まずは手始めに、あんたの家の住所でも教えてもらおうか。おっと、居候してるんだっけか。そんじゃあ、その居候先の住所を吐きな」

 気付くと、小男の左手には鈍色に輝くナイフが握られている。

 ――このネズミ男、隙がない。簡単には逃げられない。

 おくびにも出さないが、予想外の展開に内心アリサは戸惑っていた。そもそも、ドーベルという男の神呪力の効果がかかっているとはいえ、自分がここまでこの男たちに気を許してしまっていたことが信じられなかった。今では今までの自分が自分じゃなかったように感じられるほど、アリサ本来の警戒心を取り戻していた。住所を教えるべきではないことは想像がつくが、住所を教えずして助かる方法は想像がつかなかった。

「教えたら……どうするの?」

 背中に嫌な汗をかきながらも、それを悟られないよう強気な顔を装って慎重に尋ねる。

 小男はカウンターに肘をつき、「そうだなあ……」と薄汚い夢想でもするように呟いた。

「盗賊らしく、寝込みでも襲って金品をかっさらっちまおうか?」

 憎たらしく言いながら、横目でギロリとアリサを一瞥する。

 小男の口調、目つきなど、一つ一つの態度がアリサの内なる炎を燃やす助燃性物質と化した。

「あんたたちじゃ、カイルには絶対に勝てない」

 アリサの挑戦的な発言に、盗賊団の長たちは小馬鹿にするように微笑んだ。

 痩せぎすの男――ドーベルが立ち上がり、手近な席を選び、アリサから見たテーブルの角を曲がって二つ目の席に腰を下ろした。半分だけ開いた目で、出された酒を照明にかざし、品定めするようにじっと見つめる。ちらりとアリサに視線を投げた後、再び酒に目を戻した。

「……あんた、自分を助けてくれる人間がいないと世渡りができないタイプだろう」

 不気味でどすの利いた声。痩せた身体のどこからこんな重々しい声が出てくるのかと甚だ疑問に思うほどだった。

 アリサが答えず目で凄んでいると、相手はそしらぬふりをして静かに続けた。

「……あんたは一見芯が強くてたくましい人間にも見えるが、その芯の強さが災いして人に異質さを感じさせる。結果、その異質さは恐怖へと変わり、あんたへの敵対心へと変貌を遂げる」

「何を言ってるのかわからない」

 ドーベルは延々と酒を見続けている。どうやら、飲むことよりもその濁った輝きを見ていたいという欲望に駆られている変質者のようだった。

「……俺には見えてんだぜ。あんたの過去の苦痛、負い目、そして失敗。俺の神呪力はそこまで見通している。あんた自身に記憶がなくてもな。あんたの警戒心をゼロまで引き下ろすのは、今までで一番苦労したぜ。何せ、人を信じることを自ら忌み嫌ってるんだからなあ。そんなに嫌か? 騙されることが。裏切られることが」

「信じて裏切られるくらいなら、最初から信じない方がまし」

 アリサは即答した。記憶はないはずなのに、人を信じたくないという意識だけは自分のものとして身体に刻み込まれているようだった。

「……おかしいなあ」

 ドーベルがグラスの中の氷を鳴らす。

「あんたさっき、俺たちじゃそのカイルってやつには勝てない、って言わなかったか? 人を信じることは嫌いなんじゃないのか? そのカイルってやつを信じているんじゃなきゃ、そんな言葉は出ねえよなあ?」

「カイルなら……」

「カイルなら裏切らない、か?」

 アリサが言い切る前にドーベルの重量のある声に潰された。

「……裏切られるやつに限ってそういう言葉を口走る。どうしてわからないんだか。自分は裏切られるなんて疑いません、とでも言って、自己満足にでも浸りたいのか?」

 見かけに似合わず有無を言わせない声。まるで世の中の全てを知りつくした人ならざる者が喋っているかのように、相手の言葉に引き込まれる。

「……あんたは記憶がなくなってほっとしてるんじゃないのか? やっと人を信じることができる、ってな。あんたは自分が人を信じたことで何度悔やんだか、どれほど二度と信じないと決めたか、忘れているのさ。だから初めて人に騙された時のように、ころっとまたそのカイルって男に騙されちまう。また一から憤慨し直すつもりか? 過去に過ちを犯した自分の二の舞を踏む気か? お前はカイルに騙されているんだ。お前の中に眠る神呪力を我がものにするためにな。あんたもさっき自分で言っただろう。信じて裏切られるくらいなら、最初から殺した方がましだって」

 ――カイルを……殺す? 私……そんなこと言ったっけ? もう騙されることは嫌。裏切られることも、二度とされたくない……でも、カイルが私を騙す? リーンやテラが私を裏切る?

 今までリーンやカイルと過ごしてきた日々が、自分の人生のすべてであるかのように次々と蘇ってくる。三か月という時間は、自分が本来生きてきた時間と比較すれば長いとは言えないかもしれないが、今のアリサにとっては、確かにその三か月の記憶が自分の記憶の全てだった。

 ――カイルは私の命を助け、リーンの家にいさせてくれた。リーンは私を祝祭に連れていって、いろんな話をしてくれた。リーンを通して、少しずつテラとも話せるようになった。

 アリサの中で細やかな意思の欠片が集まり始め、堅くその意思を形成していく。

「さあ、カイルって男の家はどこにある? あんたが依頼してくれりゃあ、あんたの変わりに俺が殺してきてやるぜ」

 ドーベルがグラスと反対の手で親指と人差し指をこすっていた。そしてその指の周囲には、虹色の粒子が輪っかを作るように滞留している。

 誰かの手が自分の心に直接触れているような不快感。大事な何かを汚い手でそっと撫でられ、おもねられているような感覚。

 ――警戒心を解かれてる!

 アリサはそれに気付いた瞬間、懐から音もなくナイフを取り出し、心の中の汚い手を引き裂かんとするように固く握りしめた。鼻と目の間に深く歪んだしわを寄せ、こすり合わせるドーベルの指を憎悪の眼差しで貫く。

 ――こんなクズ、リーンたちの目に一生触れないよう私が殺してやる!

 激情したアリサが椅子を蹴り、電光石火のごとき身のこなしでするりと角を曲がってドーベルの細いのどもとに刃を突き出した。

 金属同士の耳をつんざく摩擦音。

 ドーベルが澄ました顔をして片手にナイフを構え、アリサの攻撃を防いでいた。アリサに顔を向けずして口を開く。

「……盗賊をただの泥棒だと舐めてんのか?」

 ドーベルの両の半目は、いつの間にか怒りの琴線に触れていたように打って変わって冷たく光っていた。

 しかしアリサの目にも、今や満ちているのは殺気だけだった。

 まさに一触即発の空気が流れていた。緊迫した空気の中で小男だけが面白おかしく笑い声を上げている。他人の素の憤りが笑いのツボになるようだった。

 不意に、背後からアリサの小さな頭を謎の大きな手がすっぽりと覆って掴んだ。

「盗賊の名を誇っているなら、盗賊らしく影に忍んで動けば済む話だろう。貴重な情報源を殺す必要も、私に床の血を拭かせる必要もない」

 耳新しい声を聞いた直後、バチッと脳内に強い電流のようなものが流れ、瞬時にアリサの意識が飛んだ。虹色の粒子が見えた気がした。


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