‐‐アリサ(14)‐‐
王国全域が戦場となったこのたびの赤髪族の反乱において、リーンたちの王国東側に位置する一〇六番地区が無傷で済んだのは奇跡と呼べた。特に一〇六番以東の地区は激戦区が多く、尋常でない被害が生じた。建物や農牧場などの王国の財産はどこにも残っていない。まだ別の国から戦争を仕掛けられた方がましだったと思わされるほどだという。
王国の西側、南側でも激しい爆発が発生し、焼け野原と化している地区は少なくないようだった。家を失った者の多くが、復興が進むまで避難先の館にしばらく身を置くことになるようだった。
そして王国で最大の被害をこうむったのは、王宮のある一番地区だった。赤髪族の長と思しき老将が、命なき化け物たちに囲まれると、王宮前でありったけの髪を爆発させて文字通り自爆を図ったらしかった。爆発は爆心地から周囲にいくつも離れた他地区にまで及び、官僚たちの高級住宅街はもちろん、荘厳な王宮までもが完全に消滅するほどの威力を有しており、広範囲が黒い更地と化した。
幸い、王宮の兵士は全員出払っており、王も事前に占って身を隠していたため、消失した時の王宮は無人だった。
物質的損害は歴史上類を見ないものにはなったが、兵士やその他の魔法使いによる魔法で復興は比較的容易に進めることができるらしい。より深刻な問題は、太陽の民たちの精神的外傷――すなわちトラウマだった。激しい戦闘の名残が王国中に拡散しており、民たちはその生々しい血や黒い更地となった街の悲惨な光景に耐え切れず、ショックを受けて大多数がトラウマを抱えてしまった。それは一般人に限らず、健全で強い心をもたない兵士にも、このたびの反乱がトラウマとして心に深い傷を負わせている。
今後近いうちに王国の警鐘が鳴った時には、今回以上の混乱に見舞われることは必至だった。
最終的に赤髪族の鎮圧は完了したが、事後の王国の状況としては敗戦したに等しかった。
リーンは家でそんなことをアリサに説明した。口を動かしている間、リーンはずっと何かに心を奪われたように、そのクマの浮いた目で虚空をじっと凝視していた。
テラはトラウマをもった友達に付き添って医療施設に出ており、カイルは兵士として復興作業に従事しているため、家にはリーンとアリサしかいない。
アリサは、今度はこっちの番だと意気込み、ずっと話したくて仕方がなかったことをようやく話せることに少し頬を赤らめ、口を開いた。リーンのいつもと違う様子には気付かなかった。いや、実際には本能的な直感で感じていても、大して気に留めることはしなかった。
反乱のさなかで経験したことを、リーンから課せられた試験の「報告」として滔々と語り出す。
アリサが話す間、リーンは始終アリサの話を聞こうと意識を耳に集中するように、目を閉じていた。
だが、アリサが語り終わってからも、リーンは合格の可否を示さなかった。相も変わらず目を閉じている。しかし眠ってはいないことは、力んでいる瞼から察しがついた。
アリサは、リーンはアリサの話を聞いていたのではなく、先ほどから何か考え事に夢中でいたのだとようやく思い至った。
「ねえ、リーン。今何を考えているの? 避難先で何かあったの? リーンも精神的何とかを心に負ったの?」
リーンが亀のようにのろのろとその重そうな瞼を開いた。視線は時を重ねるごとに、重力に抗えないことを悟ったように下に落ちていく。どこか物憂げな表情を浮かべるその顔は、普段より血の気が引いて白く見えた。
「なあ、アリサなら、絶対に確かめなければならないことをどうしても確かめられない時、どうする?」
リーンは茫然とした目をアリサに向けて問うた。
「絶対に確かめなければならないことをどうしても確かめられない時?」
アリサは難解な言葉を提示されたように、口に出して反すうした。ゆっくりと時間をかけて、丁寧に、慎重に自分の回答を導き出す。
アリサが口を開いたのは三分ほど経ってからだった。リーンの方はやはりまだ解決していないらしく、沈みがちな表情は変わっていない。
「どうしても確かめられないっていうのは、つまり自分の気持ちが負けてるってことだよね。それでも絶対に確かめなきゃいけないことなら、私ならリーンの力を借りる。きっと、一人では確かめられないことでも、二人でなら確かめられる。そんな気がするよ」
アリサの最後の言葉は、何かを訴えかけるようにリーンをまじまじと見つめた状態で発せられた。
「一緒に……来てくれるか?」
リーンがすまなそうに訊く。
アリサは待ってましたと言わんばかりに頷き、即答した。
「うん、いいよ。それで、何を確かめるの?」
リーンはクマの浮かんだ目でアリサを寂しげに見つめた。
「レイの生死だ」




