‐‐アリサ(10)‐‐
アリサはホールにあまり居心地のよさを感じなかったため、とりあえずラウンジを見てみようと決めた。壁際の薄暗がりに沿って螺旋階段へ向かい、足音を忍ばせて歩く。幸い、近くのテーブルから声をかけられることはなかった。静かに歩いたことより、この日はアリサの少年のような格好でも浮かない日であったことが影響しているのかもしれない。
パーティ客のような避難民たちは、笑顔を浮かべてこそいれど、緊張が解かれているようではなかった。お喋りにも興に乗っているようには見えず、お酒もあまり進んでいないため、おざなり感がある。現在王国が緊急事態になっていることを忘れてすっかり宴会気分でいるのは、この館の主であるライールだけだった。彼だけは酒浸りで、おそらく緊急事態である今も、平生と変わらぬ態度なのだろう。
アリサは六つのラウンジへ続くという通路を誰と会うこともなく、ただラウンジとは何か、見当違いの想像を膨らませながら歩いた。エントランスの通路ほど幅はなかったが、シャンデリアが通路にぽつぽつと吊るされ、こちらは緩いカーブを描いているが毛羽立っていない絨毯が敷かれているという点では、豪勢さに大差はなかった。シャンデリアがやや小さいことも、通路の幅に合わせていると思えばかわいらしくも見えてくる。
途中、通路が二本に枝分かれしていた。案内板には、右がリラックス・ラウンジ、テラス・ラウンジ、オフィス・ラウンジ。左にはビュッフェ・ラウンジ、バー・ラウンジ、そしてカジノ・ラウンジとある――が、アリサは一つとして文字を読めなかったので、それぞれのラウンジを想像することすら叶わなかった。しかし、逆にアリサの中に無知故の好奇心というものを芽生えさせ、初めて魔法使いの王国があると聞き知った時のようにアリサを激しく駆り立てた。
まずは右を選び、やがてラウンジへと通ずるらしい通路が再び枝分かれのように出現した。案内板にはちらりとも目を向けない。
すぐに、今までの壁の塗料などの人工的な匂いとは異なる、外気の自然の匂いが漂い始めた。
――外に通じてる?
扉もないまま、アリサはそのラウンジへと足を踏み入れた。
アリサの直感は外れとまでは言えなかったが、アリサが想像していたようにそのまま外へ通じているわけではなかった。
そのテラス・ラウンジは、ドーナツを半分に切ったような細く丸い形をしており、床が茶色い木製の板張りで、のびのびと間隔を空けてソファと低いテーブルが設置されている。外側のやや丸みを帯びた壁は全面ガラスになっており、ところどころその脇に白いテーブルとイスがお揃いで置かれている。どこからでも外の雄大な平原を一望できた。ちょこちょこと館を見張る魔法使いたちの後ろ姿が見える。ガラスの上方には通気用の四角い窓があり、そこから自然の空気を取り入れているようだった。内側の壁の中央当たりには、軽い食事が常備されている。
だが、現在そのほとんどのテーブルが避難民で埋まっていた。何かを恐れるように、窓の外の平原の向こうに見える小高い丘の方を執拗に確認している。
――人さえ少なければ文句なしだったのに。
アリサは心の内で軽い愚痴をこぼし、テラス・ラウンジを後にした。
ラウンジの外の通路まで引き返し、今度こそ人がいないことを切に願いながらアリサは次のラウンジを訪れた。
そのラウンジはまっすぐ縦に長く、左右の壁際にそれぞれ壁の方を向いた一人用のソファがある。自由に形を変えて寝たり読書をしたりできるらしく、みな思い思いにくつろいでいる。ちゃんと仕切りがついているため、個々のプライベートな部分は見られにくくなっている。だが眠りに就けている人はやはりいないようだった。
――私には合わないかな。
アリサは早々に見切りをつけ、リラックス・ラウンジを出た。
その後も一つずつラウンジの中を確認したが、アリサの好奇心を満たしただけで、どれもアリサの好む静かで落ち着く居場所には適さなかった。オフィス・ラウンジは、一部屋ずつ仕切りを設けて書き物仕事ができるように設計されていたが、アリサにはそのサービスは縁遠い。ビュッフェ・ラウンジでは存分に食事を楽しむことができるが、もともとアリサは食が細い。そしてバー・ラウンジとカジノ・ラウンジは完全に大人の世界で、バーではジュースくらいしか注文できないし、カジノの隅にいた情報通の男たちの「王国が赤髪族に占領されるかされないか」という多額の賭けは興味深かったが、ラウンジ中の大人たちのアリサへ送る「子供が来る場所じゃない」と告げる視線が厳しく、カジノ・ラウンジには二分といられなかった。




