‐‐カイル(1)‐‐
祝祭最終日の翌日からは、人々も自分の仕事を再開し、店の営業者はセールをやめて通常営業に戻った。人々のうきうきとした気分はすぐには直らなかったが、少しずつ、王国の時計の針は祝祭前の日常へと巻き戻されていく。
祝祭が終わりを迎えても、カイルの仕事はなかなか終わりを迎えなかった。カイルが受けもつ仕事は数か月単位――場合によっては一年以上の長期間であるため、作成しなければならない報告書は膨大な量に膨れ上がり、一枚ずつ書き記すとなればさらなる時間を要した。その分、仕事と仕事の間には相応の休暇が与えられる。今回で言えば、六か月間の仕事に対し、休暇は三か月となっている。
――そう言えば、リーンは私がいないうちに十二歳の儀式を受けたんだったな。儀式……か。
カイルはどこか物憂げに虚空を見つめながら王宮の廊下を歩いていた。王宮に泊まり込みで報告書を作成し、今日もこれから仕事場である個室へ向かうところだった。
王国の中心に建てられ、威厳を象徴するように堂々と構える王宮の広さは規格外で、兵士が一年以上勤めても迷うくらいだった。通路はと言えば、もはやいくつもの大部屋の壁をくり抜いて繋げたのではないかと疑いたくなるほど幅が広い。馬車が十台ほど並んで走っても何ら問題はなさそうに思えた。床や壁は白を基調とし、赤や金、黄色などの明るい線で幾何学模様が描かれ、当然のごとく王国で最高級の絨毯、絵画、観葉植物などが見栄えよく設置されている。
王宮の外見は、それらしい凹凸の多いいかにも風格のあるものだったが、内部の構造はピラミッドを連想させる。階層が高くなるにつれて、内部にある部屋の大きさや数が小さくなっていき、身分の高い兵士しか立ち入れなくなってくる。それを知っている中官以上の身分の兵士なら、王の寝室や王の間が王宮のどこにあるかは、考える必要もなく大方の見当をつけることができる。だが実際には、外に突き出た細い通路やちょっとしたテラスなどで上下の階層のバランスは取られているため、外からいきなり王の間が見えるということはない。王の周辺は上官が取り巻いているため、王宮上層の外気に触れている通路から侵入することも並大抵の力では不可能に近い。カイルが今歩いている通路も、向かっている仕事場も、王宮の中層にあたる。
ふとカイルは階段の踊り場で、行き違いにまだ十歳くらいの兵士を目にした。
――頬の傷……見覚えがない。私が王国にいない間に中官に任命されたのか? それにしても、あの若さで中官か……
カイルは何か不穏な、肌を刺すような雰囲気を少年から感じた。禍々しさと物悲しさが混じった、懐かしい感覚だった。
見かける兵士のほとんどが、マントの肩に中官を表す波紋の紋章をつけている。兵士のマントの肩にある紋章は、その兵士が守るべきものを意味している。下官の〈金の花〉は、王国に咲く美しい花――つまり愛すべき国民を指している。中官の〈波紋〉は結界を開く時に生じる波紋のことで、王国の大結界を守る役目を示している。上官の〈冠〉は、それが示す通り王の側近として王をあらゆる危険から守ることを意味している。
カイルは扉のない突き抜けの個室が並ぶ通路に出た。通路の両側に十部屋ずつくらいはあり、中官の仕事場として設けられた通路だった。すでに仕事にかかっている兵士の気に障らないよう控えめに中を窺いながら、すぐに空き部屋を見つけた。もともと中官の兵士は四、五十人しかいないため、カイルは今までこの通路の個室が満室になっているのを見たことがない。
壁や床のデザインは通路と変わらない。入って正面に上等な書き物机が置かれ、脇の棚には不必要に感じられる量のペンと紙とインクが周到に用意されている。生成術で文字を書くこともできるが、中官といえど全ての兵士が生成術を会得しているとは限らない。あとは明かり取りとしてコンクリート枠の小窓と、別の棚に王国に関する簡単な資料や地図が手ぬかりなく詰められているくらいだった。掃除が行き届いており、こざっぱりとして居心地も文句なしだった。
カイルは早速仕事に取りかかった。今回の主たる任務内容は、足が割れているソーサラーの結界外での動向を観察することだった。七賢人の一人であるサリーナは、七賢人で唯一王の直下で働き、占星術によって結界外のソーサラーのしっぽを掴むことを主な仕事としている。以前サリーナによって居場所を特定されたとあるソーサラーは、今回の半年にも渡るカイルの調査により、この先数か月の行動を容易に予測することができた。
そのソーサラーは身の上を明かさずに、砂漠を西に抜けてすぐのへんぴな街や村を転々としており、一度滞在した場所には戻らないということまで判明している。カイルは棚から地図を取り出し、ソーサラーが以後滞在する可能性の高い場所を報告書に記載した。この報告書をもとに、七賢人の一人が必ず同行するソーサラー討伐隊が編成され、作戦も報告書を活用して練られる。




