‐‐ヴァイス(3)‐‐
年季の入ったような、たくましくも生々しい傷跡のあるいかつい目鼻立ち。長年の鮮血が染み込んだような赤い髪は、額のあたりで少し減っているように見え、それが老練な戦士の証のようにも思えた。老衰の陰りも見せずに勇ましく立ちはだかっているのは、同族でも恐れを為す族長その人だった。背後には孫のサラムを従えている。
「族長! 王国に反乱を起こすって……一体どういうつもりなんです!?」
ヴァイスのいきり立った態度にも、族長は顔色一つ変えず、その凛としたたたずまいを崩さなかった。ヴァイスの後ろの三人も気持ちはヴァイスと同じようだったが、畏怖の対象である族長に対してヴァイスほど強気にはなれないようだった。
「ソーサラーがこの大いなる森を訪問してきたのは知っているな?」
「さっきその帰路に遭遇しました」
ヴァイスが即答すると、族長は頷いて話し出した。
「なら話は早い。どうやら王国軍は、近日中にとうとうこの大いなる森に攻め入ってくるらしい。これは一族の偵察隊が得た確かな情報だ。もちろん上官や七賢人まで含めた精鋭ぞろいで、我々を殲滅する気立てのようだ。ソーサラーは、そうなる前に我々が王国への奇襲を企てていると知り、その際の協力を申し出てきた。我々が侵入できるように大結界を開いてやるとな。もちろん、我々だけで王国を打ち破ると言って一刀両断に断ってやった。魔法使いなどの協力を仰ぐつもりなど毛頭ないからな。だが、我々も伊達にひそひそと反旗を翻そうなどと企てていたわけでは……」
「そういうことではありません! どうして反乱など起こす必要があるのですか! それもこちらから奇襲をかけるなんて……我らが森の精が血の匂いを嫌うのは、我々に無益な争いをするなという戒めではないのですか!」
族長は話の通じない幼児でも相手にしているような溜息をついた。ヴァイスが眉をしかめる。
「その通り。森の精は無益な争いを可能な限り避けろと言っている。だが、王国の魔法使いが常に我らの命を狙っていることを忘れたのか? 奴らは、ただ固有の力をもってしまったことに罪があるとでも言いたげに、何の罪もない我らを滅ぼそうとしている。我々の謀反は、我らが自由、我らが生を保証するための有益な戦いだ。森の精は、我々に自分の身を守ることも許さないとは言っていない。今後の我々一族の流血を減らすためにも、この謀反は起きなければならないのだ……例えそれが失敗に終ろうともな」
族長の最後の言葉に、ヴァイスだけでなく後ろの三人も明らかに身体を強張らせた。
「族長は……失敗するとわかっていて反乱を起こすと言うのですか!? そんな……そんなもの……愚者の行為です! まだソーサラーの力を借りた方がましです! あなたは人の命を何だと思っているんですか!?」
「何もわしはお前たちまで奇襲に参加させようなどと思ってはいない。参加するのは、戦闘に長けて、少数でも賢く王国に相応の混乱をもたらせられるわしら老将の役目だ。例え王宮を制圧するに至らずとも、王国に我らの脅威を知らしめればそれでよいのだ。しばらくは奴らも手を出しにくくなるだろう」
ヴァイスはもう何も言えなくなっていた。族長の固い決意が感じられたからだ。族長は自らの命と引き換えに、一族の若者の命をわずかでも延ばそうと本気で考えている。どれほど効率の悪い命の交換か重々承知して、なおそれを望んでいる。
――族長は、俺たち以上に俺たちの身を案じている。
「明日、太陽が一つだけの間に捕らえてあった商人を連れ、旅の行商人を装って王国に侵入する算段だ。これ以上の異論は認めん。もしも我々が戻らなかった時には、新たな族長はサラムだ。これも異論は認めん」
族長はそこまで言うと、自分の寝床へ去っていった。
背後に黙々と従い立っていたサラムが口を開いた。まだヴァイスとたいして変わらない十代そこそこの年齢のはずだが、族長の口ぶりを連想させる硬い喋り方だった。
「族長も父さんも反乱に参加する。もうその意志が揺らがないことはわかっただろ。俺たちはその後のことも考えなければならない。つまり、反乱が失敗に終わった場合、その後俺たちが自分の身を守るためにどうすればいいかを。だが当面の問題は、急な反乱の話で一族同士の間に生じてしまっている対立意識だ」
「つまり、族長たちがいなくなることを恐れる者と、己の将来を第一に考えている者の対立か」
「ああ。お前にも解決を手伝ってもらいたい」
ヴァイスはまだ心の中にいくつものわだかまりが残留していたが、今はサラムの頼みに頷くことしかできなかった。
心なしか、肌がパサパサし、森の空気が乾燥しているように感じた。




