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戦国恋うる君の唄  作者: 橋本ちかげ
Phase.17 ~新たなる鬼才、頂上血戦、生き残るのは…?
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ありえない『殺し屋』。春水と凛、初邂逅は……?

「殺し屋だあ……?」

 猪原が上擦った声を出した。


 確かに殺し屋には、間違いない。げんにたった今、貴志川が、目の前で殺されているからだ。だが、何か現実感がない。猪原の反応はそんな浮き足だった感覚を、そのまま言葉にしているだけのようだった。


「て言うかてめえッ、何、勝手に入ってきてんだよ!?」


 思考の迷路をさまよった挙げ句、猪原はまず初めに問うべきことを問うべきだと思ったようだ。


明河組(ココ)がどこだか分かってンのか?こんなところにしゃしゃり出てきててめえっ、ただで済むと思うなッ……ああああっ!?」


 脅しの雄叫びを上げる猪原の声から、覇気が流れ落ちた。 


 それと言うのも無理はない。春水が振るったメスが恐るべき殺傷力を発揮したからだ。


 まるで蚊が刺すような微かさで喉元から挿し込まれた刃物が、すうっ、と、へその下まで、線を引くようにすると。


 鎖骨下から、胸を割って下腹部までが派手に引き裂かれ、内臓がこぼれ落ちたのだ。まるで水風船を割るかのような呆気なさだ。


「あっ……アッ、ああああああ……!」


 巨漢の体格自慢で馴らした猪原が、別人のようだ。


 見る間に、短い悲鳴を漏らしてから、重力に従ってこぼれでる、自分の内臓を戻そうとするかのように腹を抑えてうずくまった。


 その間にも内臓と共に噴出した大量の出血が、濡れそぼるように猪原の身体を染め、巨漢が事切れる頃には、まるでバケツ一杯のペンキを浴びせられたようになった。


 一気に内臓(ハラワタ)を抜かれ、猪原は出血死している。あれほど凛がブッ飛ばしても屁でもなかった男が、このざまだ。


 自分の青白い腸を指で掴み、あわてて腹の中へ戻そうとしながらも、あえなく意識を喪う姿は、悲惨を通り越して滑稽ですらあった。


「こちらはあとは、隼瀬さんお一人でございますね。他の人間はどうやら、首尾よく『誰か』が片付けてくださったようですけど」


 殺し屋は冷ややかに、残る隼瀬を見下ろす。あの隼瀬が息を呑んだのが、凛にも分かった。


 ただの『殺し屋』だと言うが、この女は、半端じゃない。その凄みが凛にも肌感で判った。


(なんだよこいつ……)


 そこにいるのは、殺気も害意も含んでいない、世にも不思議な『猛獣』だった。その本性を表す前と後で、なんの違いもない。だからこそあっさりと、貴志川も猪原もあの世へ連れ去られたのだろう。


「確か三島春水と言ったか、あんた」

 隼瀬は時間を稼ぐように言った。


 そのときそっと、まさぐるようにその手が、春水の見えない位置で銃を取り出そうとしているのが、凛から判った。


「プロなんだろ。だったら交渉しねえか。報酬は言い値出すぞ。明河組の極道殺して、どうなるか分かってんだろ?地獄のはてまで追い回されるよりは、あんたにとってもいいんじゃねえかと思うんだがな」


 隼瀬の口調は、余裕を取り戻している。ほんの少しでも焦れば、相手から主導権は奪えない。修羅場慣れした口調だとも言える。


 恐らくは不意打ちで、いきなり顔面を狙撃(ハジ)くつもりだろう。こちらからは隼瀬の汚い意図(ハラ)が、筋肉の緊張からも丸見えだった。


 しかし気づいてか、気づかぬうちか、春水は平然としている。なんの、警戒の気配も見せない。もしかしてこのまま、撃たれてしまうのではないか、と心配に成るほどに無防備だ。


「なるほど、明河組の看板、と言うのはそれほどに頼りがいのあるものですか?」

「へへ、本当に知らねえならあんた、いい度胸だと言いてえな……」


 隠された隼瀬の手が、拳銃のグリップを探し当てたその刹那だ。


「明河組の極道をよ……舐めちゃてめえは生き残れねえやっ……」


 隼瀬が春水の鼻面に、隠し持っていた拳銃で狙撃しようとした。気づいていた凛の一声も間に合わぬ。そのほんの、一瞬だ。


 春水の剣が一閃し、隼瀬の手首ごと()ねていた。


「ぎゃっ」



 隼瀬が間抜けた悲鳴を発したときには、拳銃を握ったまま右手首は天井近くにぶつかって跳ね落ち、床に落ちた時点で、トリガーが引かれた。


 銃弾は地を這い、まだ虫の息があったのか、横たわった貴志川の尻に当たり、すでに事切れたはずの貴志川が、


「ひゃっ」


 と、甲高い悲鳴を上げて、跳ね上がった。


「てめっ」


 それでも、啖呵を切ろうとした隼瀬の首を、春水の剣は無造作に薙いでいる。


「ごぼっ……おぼんこっぼおおんっ」


 首を裂かれた隼瀬は、切り取られた手首の断面で何かを掴もうとするように、もんどりうって絶命した。


「あんた、気づいてたのか……?」


 凛は思わず、春水に問うた。まさか知らんぷりして誘っているなどとは、夢にも思わなかったからだ。


「ああ、銃のですか?『起こり』が丸見えでしたから」

予備動作(起こり)ってまじかよ」

 さすがの凛も目を丸くした。


 今のはどうみても、隼瀬の動きを見てから春水が動いたようにしか見えなかった。それなのに尚それより速く、その刃は隼瀬の手首を切り離している。


(人間のレベルじゃねえ……)


 当時の凛は思わず固唾を飲んだ。


「あんた、殺し屋……なんだよな?」

 凛は遠慮せず聞くことにした。

 プロの殺し屋ならば、残る自分や理子をどうするつもりなのか、それも知らなくてはならないからだ。

「ああ、それですか。説明が面倒なので殺し屋と言うことにしましたが、わたしは別に、殺し屋ではありません」


 あっさりと極道を三人も始末しておきながら、春水は平然と答えるのだった。


「じゃ、アタシたちはどうなる?」

 春水はきょとんとした顔をした。

「お好きなように。……気をつけてお帰り下さい」


(なんなんだよこいつは)


 ますます不可解である。

 プロの殺し屋を称しておきながら、別にそれでもなく、プロの殺し屋でも滅多に出来ないような絶技で極道三人も、あっという間に殺せるものなのか。


「あんた、アタシに事情を話してくれる気はねえのか?」

「……ないですね。別にあなたからの依頼でもありませんし」

「アタシが勝ったら話すな!?」


 念押しすると、凛は構えた。無意味で無謀で、不条理な行動だと、自分で分かっていた。


 しかしそれでも今、『彼女』と死闘(やりあ)う衝動を、押し下げられない。例えその果てに、無惨すぎる自分の、血みどろの最期が待っていたとしても。


「来な。アタシは全身凶器、江戸川凛さまだッ!」


























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― 新着の感想 ―
凛ちゃん、狂犬過ぎる! 更新、ありがとうございます
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