表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦国恋うる君の唄  作者: 橋本ちかげ
Phase.17 ~新たなる鬼才、頂上血戦、生き残るのは…?
593/594

今際の際で!凛、三島春水と、最初の接触は……?

(まだ、若かったねえ)

 回想から醒めた凛はため息をつく。


 プロの工作員になった今となっては、日本のやくざとたちの血みどろの潰しあいをしたのもまた、懐かしくもいい思い出の一つだ。


(それにしてもだ)

 あのとき、春水と出逢ってなければ、自分はどうしただろう。あのまま、簀巻(すま)きにでもされて、暗い海の底にでも沈められていただろうか。


「ま、いーか」


(あんときはそうなったらそうなっただったしな)

 その当時から、自分がいつかは誰かに殺されるかもしれないと言うことは、凛の覚悟の内にあった。


 それくらいの覚悟がなければ、拳が鈍る。殺してしまうかも知れないと思っていたら、脳汁が出るほどの極限まで猛獣のように育った自らの奥底(ポテンシャル)までを、全解放することなど、出来るはずがないと思っていた。


 自分は暴れていなくては生きていられない。そのとき相手になった奴を傷つけるのはその結果に過ぎない。だから自分の最後はどんなむごい死に方であっても構わない。


 それが江戸川凛が昔から一貫した、変わらぬ信条なのだ。


(この時ばかりじゃなく、もうだめかもなって時はあったからなあ)


 いずれにしても凛は、この時、どうやって自分が生き残るかなどと、はなから考えてはいなかったのだ。


(アタシ、死ぬんだな)


 その瞬間に、どんな光景に出会えるのか。そのときの凛も、漠然とそんなことを考えていたに過ぎない。


(だがあんなとんでもないものを、見せられるとはなあ)


 ただ、目を奪われた。

 生まれて初めてだ。

 冷たく冴えきって澄み渡った、そんな暗殺者が存在することが、その時の凛にとっては空前絶後の感動だったのだ。


「おら小娘、お前の同級生(ダチ)だ」


 血まみれの凛はそのまま、冷たいコンクリート敷きの部屋へぶちこまれた。


 事務所の奥にあった倉庫に、理子は監禁されていた。士野原(しのはら)理子(りこ)は、地元で江戸から続く博徒の組の末娘だ。


 全国区の山菱の代紋を掲げた新興団体、明河組が地で長年安定した勢力を保つ士野原組を凌駕する。本来は金づくや人海戦術で縄張り(シマ)を荒らしていく方法をとるのだが、士野原組の結束は予想以上に強かった。


 痺れを切らした明河組は、士野原組の令嬢をさらって手っ取り早く、盃を交わす方向へ持っていこうと考えたようだ。


「凛ちゃんッ」

 理子の引き裂くような泣き声が、血まみれの凛に降りかかる。


「この(ガキ)一般人(カタギ)なんだってなあ。お前の親父はいまだに、組の人間一人、手打ち(アイサツ)にも寄越さねえってのに、大した友情(ハナシ)だよ」


 嘲笑うと、貴志川は倒れ伏している凛に唾を吐いた。


「馬鹿だな。お前みたいなやつを犬死にって言うんだよ。おれらも渡世の人間以外にゃ滅多に手は出さねえが、ここまでやられたなら話は別だ。もう、家には帰れねえぜ」

「……へっ、負け犬がよく吠えやがる。鎖につながれてりゃあ、威勢のいい飼い犬だよなあ……」

 反吐が出そうになかったが、凛は何とか声を張った。

「んだとコラッ!」

 革靴の爪先で、あごを蹴りあげられたのは、そのときだった。

「いいか!てめえは、この小娘の前で見せしめに(バラ)すからな!てめえの遺体(ロク)は産廃へぶちこんで、小娘は沖縄の裏風俗にでも売捌(トバ)してやんよ。二度とここへは戻ってこれねえんだ、身の程わきまえろや!」

 さらに凛を蹴ろうとする貴志川を、猪原が羽交い締めにして取り押さえた。

「んだよ猪原離せこの野郎」

「落ち着け馬鹿」

 その貴志川の足を隼瀬が思いっきり、蹴った。

「おい、貴志川ァ!てめえ、誰がそこまで話していいって言ったよ?」

 本気で蹴られて貴志川は、ようやく我に返ったらしい。急に青くなって口ごもった。

「すんません、ちょっと調子こきました……」

「ちょっとじゃねえよ馬鹿!段取りは話したよなあ。下らねえこと口に出してると、てめえもあのガキと一緒に産廃埋めんぞコラ!」


 隼瀬は容赦なく、貴志川を殴り付けた。そのまま鼻血でシャツが真っ赤になるまで殴られ、蹴られたが貴志川は、全く抵抗しなかった。


「すんませんす……」

 と、言う貴志川の頭を平手で張り飛ばし、隼瀬は凛たちの方へしゃがみこむ。

「安心しろよ、あの馬鹿の話は最悪こうなるってだけのことだ。士野原のお嬢ちゃん、あんたの親父がここへ挨拶に来てよ、そうだな、手打ちの金、五千万も持ってくりゃ話はそこで終わりだ。親父の車ですぐに、うちに帰れるんだ」


 そんなの嘘だとばかりに、理子はかぶりを振る。凛にも分かっていた。


 小さな町ヤクザの理子の父親に五千万円、すぐに用意できる力はない。

 そもそも、ここまでの修羅場を見せた以上、もはや穏便には片付かない。まず事態が動かなければ、貴志川が言ったように、理子の前で凛を殺し、死体をそのまま士野原組長への脅しに使いかねない。


 話をぼやかしているが、この隼瀬はやるときには自らやる男だ。ただの上司だからでなく、貴志川も猪原も絶対服従でいる理由が凛にも分かる。


 いざとなれば誰もが目を背けることを、容赦も躊躇いもなく、やってのけるだろう。


「ごめんね、凛ちゃん……」

 蚊の啼くような声で、理子は言う。泣き腫らした目には、もう何も映そうとしていない。ここで殺される予定の凛よりも、理子の精神の方がもはや限界だ。


(だがこりゃ、どうにもならねえな……)


 と、凛が思ったそのときだった。


「失礼いたします」

 と、一人の女性が部屋へ入ってきた。銀縁眼鏡にスーツ姿の、凛からみればいかにも出来るビジネスウーマンと言う感じだった。もちろん、こんな修羅場には全く似つかわしくない。

「なんだてめえはコラ」

「勝手に入ってくんな。どっから入ってきた!?」


 貴志川と猪原に立ちはだかられても、その女性は、気圧される様子もなかった。真水のように色のない視線で、真っ直ぐこちらをみてくる。


「あんた、士野原組の人間か?」

 と、まさかの可能性を考えたのか隼瀬が尋ねると、

「いいえ」

 明快に女性はそれを否定した。

「わたくし、三島春水と申します。士野原と言う組の人間ではありません」

「だったらなんだ」

「保険屋の姉ちゃんか」


 からかうように、貴志川が囃した瞬間だった。

 春水の前に立ちふさがった長身が、ぐらり、と崩れた。見る間に膝が砕け、うずくまるような姿勢で倒れたのだ。その間、なんの音もしなかった。


(なんだ……?)

 と、凛も思わず息が停まりそうになった。


 三島春水、と名乗ったスーツ姿の女性、その手には光るものが握られていたのだ。


 それは医療用のメスのような限りなく鋭く薄い、一本の刃物だったのだ。どこをどうしたのか、『あれ』で今の一瞬、貴志川を刺した。


 誰も気づかぬうちに貴志川は旅立っていた。貴志川自身も恐らく、自分が刺されて死んだと判らないうちに。


「てめえ何者だ!どこの組から来た!?」

「別に、どこの組からも来ていませんが」

 猪原が怒鳴り付けたが、春水は涼しい顔だ。こう言えば分かるでしょう、と言うように、簡潔に自分のことを述べた。

「殺し屋です」















評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
投稿ありがとうございます! 魅力的なキャラが多く、いつも続きが気になってます。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ