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戦国恋うる君の唄  作者: 橋本ちかげ
Phase.17 ~新たなる鬼才、頂上血戦、生き残るのは…?
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絶体絶命の監禁、三人の極道たちの目的は……?

 そこから先に蘇った記憶は、暗い地下室でバケツの水を真っ正面からぶっかけられたところからだ。


 水自体の質量で思いきりぶん殴られるから、気付けの一撃としては中々、歯応えがある。


 ギャング映画の拷問シーンとかでよくあるが、そこそこ効果的なことは理解できた。


(あの巨漢(デカブツ)にやられたのか……)


 鼻先から雫を垂らした凛は、必死で途切れた記憶の最後尾を探る。同級生を助けに組事務所に押し入ったものの、そこには人質の姿はなく、三人のやくざがいた。


 そのうち、貴志川とか言うボクサータイプのやくざは仕留めたものの、続く、相撲上がりのような巨漢の猪原にやられたのだった。


 張り手で横っ面を殴られた後遺症がまだ、ある。あれで思いっきり、脳が揺れた。衝撃が蘇るたび吐き気がする。自動車事故に遭ったような感覚だ。


(あいつ、いつかブッ殺してやる)


 明滅する意識の中で凛は毒づいたが、果たしてそんな機会が再び巡ってくるものか。


「ちっ、まだ目が死んでねえ」

 毒づいたのは、貴志川だ。

「猪原さん、もっとおれに殴らせて下さいよ」

「けっ、さっきさんざやらせてやったろうが。おれが入らなかったら、ボコられてた癖に調子乗んな」

「てかてめー、頭突き(パチキ)喰らってさっきまでノビてたじゃねえかヘタレが」

「あぁっ!?誰がヘタレすか、誰がよォッ!」


 いきなりブチぎれた貴志川は、思う存分、無呼吸のラッシュをかましてきた。吊られたまま無防備(サラ)の身でボクサータイプのサンドバッグになるのは、想像以上に辛かった。


 声を上げまいと我慢したその吐息が、無様な呻き声になる。


「ゥゥゥッ!ぐぅッ!オオオオオオ、グッ……んうッ!……」

「チッ、詰まらねえ」

 と、息が上がるまで殴り倒して、貴志川は吐き捨てる。

女性(スケ)なら泣き叫べやッ!もう殴らないで下さいと、泣き叫べってんだよッ!殴らないで下さいって、おれに媚びろッ!小便漏らすまで、あえぎやがれっ!おれに許しを乞えッ!助けて下さいって懇願しろォォォォッ!」


 貴志川のラッシュが絶えるまで、凛は我慢してやった。無呼吸の連打はただの消耗だ。そのうちあごが上がり、喘息の犬みたいに喘ぎ始める。


「ざまあねぇな貴志川の旦那」

 言葉も発せぬほどに、打ち疲れた貴志川へ、凛はせせら笑ってやった。

「腕振り上げてだだっ子みてえにな。無様に泣き叫んでたのは、どっちだよ?」

「殺すな貴志川ァッ!」

 ぶちギレて顔面を撃ち抜こうとした貴志川の拳を、猪原が掴みとる。

「てめえ、いい加減にしろよ」

「殺す、このガキ今ぶっ殺してやる!」

「おい、寝言吹かしてんじゃねえぞこら」

 と、ひときわ低い声で貴志川を脅したのは、猪原でなく最後に控えていたやくざだ。

「殺すんなら、さっきやれや。貴志川ァ、そう言うとこだぞ。んなだから男落とすんだよ」

「す、すんません……隼瀬(はやせ)の兄貴……」


 貴志川を黙らせると、残り一人の極道、隼瀬は腹立たしげに舌打ちをした。この男は、まだ実力を見せていないが、今のたったそれだけで貴志川は目を剥き、背筋が凍りついたのが分かった。


 この三人の中で、格が違うのはやはりこの極道だろう。


 ただ立場が上だと言うだけでは、やくざは黙らない。この隼瀬こそが、名実共に残りの二人を従えていると考えて間違いないだろう。


「おい、クソガキ」

 と、隼瀬は意識が明滅する凛に向かって話しかけた。

「まだ、楽にはしてやらねえぞ。おめえのせいで兵隊がいなくなっちまってんだ。おれのやり方ってのはそれなりに、えげつねえぞ」


 隼瀬は吊られた凛の足元に唾を吐くと、目を細めて煙草に火をつけた。


「このガキ、死なねえうちにお姫さまんとこ連れてってやれ。……貴志川ァ、おれのやり方分かってんだろ。勝手な真似すんじゃねえぞ」


(『お姫さま』……)


 薄れゆく意識のなかで、凛は隼瀬の言葉を聞き逃さなかった。


(理子だ)


 どうやら自分はまだ生かされたまま、友達のところへ連れていかれるらしい。そこで恐らく理子を怖がらせるための見せしめに使われるのだろうが、二つの事実ばかりは今、確かなのが分かった。


 一つ、物騒な武闘派極道たちにいきなりさらわれた、同級生はまだ無事なまま軟禁されているはずだと言うこと。


 二つ、理子に手を出さずに脅したいから、自分を連れていくのだと言うこと。少なくとも隼瀬の思惑のうちではまだ、自分は殺されないだろうと言うこと。


 それはここから抜け出すための、希望なのか。

 それとも辛く長く果てしなく続く苦痛の絶望なのか。


 そのときの凛には、どちらとも言えなかった。まだ、彼女は運命に翻弄される存在に過ぎなかったのだ。








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