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戦国恋うる君の唄  作者: 橋本ちかげ
Phase.5 ~京洛陰謀、煉介さんの秘密、武士の生きざま
25/592

糺(ただす)の森の攻防!(前編)手がかりを探す僕たちを待ち受ける道按の目的とは・・・!?

一時間後、僕たちは上京の東、(ただす)の森にあるみさご屋を目指し、歩を進めていた。

この辺りは現在でも京都府の東一帯を流れる鴨川の源流にある、貴重な自然遺産だ。下賀茂神社の寺領で、平安遷都の折から太古の大森林が守られてきた。鴨川へとそそぎこむ、比叡山系の高野川をいただく、緑豊かな渓谷の一つなのだがこの時代、応仁の大乱でその大半を焼かれており、その深い懐のほとんどを荒れ野に変えていた。

しかし、叡山の麓に進むに従って、未だに森は深い。上古から、紫式部などの歌にも読まれたと言う自然の豊かさは失われてはいなかった。僕たちが訪れた高野川の流域も深い山と苔むした山土に覆われていた。

みさご屋は、その糺の森を高野川に沿ってさかのぼる渓谷沿いにあったのだが、辺りでは知る人ぞ知る、水掛茶屋(みずかけぢゃや)なのだと言う。

茶屋と言うと、どこか色町の、ラブホテル的な雰囲気を想像していたのだが青葉楓が美しい、街道脇の森の風雅な藁葺きの一軒家だ。街道辻のお休みどころとしてなら現代の意味通り喫茶店と言ったところなのかだが、

「あっあー、頼めば奥座敷で床ものべてくれるそうですよ。この辺りの辻君なども利用していたりして。虎さま、わたくしたちも奥で一発、いかがでしょうかっ」

黒姫は虎千代に熱い視線を送り続けている。完全にみてみぬふりをしている虎千代もさすがだが、もしかしたらこう言うやりとりは以前から繰り返されてきたと思われる。

「湯屋に詰めていて、外で女は買うまい。真菜瀬もいることだしな」

「いやいや、たまには違う河岸でって言うこともあるかもですよ」

いや、それは真菜瀬さんにばれたらえらいことになりそうだが。

「でもたぶん、女買(めが)いではないと思われます。だって、この茶屋さんは童子切煉介のお姉さんのもののようですからねー」

「えっ」

煉介さんって、お姉さんがいたのか。いや、いても不思議じゃないと言うか、全然おかしくはないのだが、戦乱で京都を何度も焼け出されてきたと言うし、ご両親ももういないようだから、天涯孤独なのだと思った。

「わたくしたちの調べによると、お名前は唐覆(からおお)いの暮葉(くれは)さん。煉介さんとは二つほどの年違いのようです」

「近親者とは悪くない選択だ。ここなら、長時間逗留しても怪しまれぬしな。茶屋で人の出入りもないわけではないから、ゆっくりと姿を変えて出て行けるな」

店は少し奥まった場所にある。川が近いのか、竹林の向こうにせせらぎの音が絶えず響いている。そこにひっそりとたたずむ建物自体も柱や戸板にしっとり染みついた緑茶色の苔といい、古びた藁葺きの大きな屋根といい、なんとも、渋い山家だった。入り口に小さな看板が出ていたが今、見たところ客はいない。

「すみません」

僕は入り口の木戸から土間をのぞいたが、中は薄暗く人の気配は薄かった。

と言うことは、留守か。

「中をのぞいてみようか」

「待て」

と、虎千代が僕を留めた。

「少し様子がおかしい」

「そう言えば、なんだか血の匂いがしますねえ」

黒姫がひくひく鼻を動かすと、のんきそうに言った。

「ちょっと生臭いですよ。鯉でもさばいているんですかねえ」

僕を後ろに残し慎重に、黒姫と虎千代は土間からあがりかまちに足をかけた。土足だ。半開きの木戸の奥から、中をのぞく。どうやら上がってすぐの場所が囲炉裏端で奥にはさらに木戸があるようだ。そこもかすかに開いてはいたのだが、僕のいる位置では薄暗くてあまり中が見えなかった。

僕が身を乗り出しかけると、

「来るな」

と、虎千代が言った。強い、口調だった。そして隣の黒姫に向かって、

「ひどい有様だ」

遅かったのか。すでに何者かが荒らし回った後のようだ。

「も、もしかしてそこに・・・・・?」

「ああ、かなりひどい責めを受けた遺骸がある。お前は見ぬ方がよいだろう」

虎千代は大きく息をつくとなぜか、腰の脇差の柄に手をかけた。そして、

「黒姫、心得たるか」

「ええ」

黒姫が、小さく頷いた瞬間だった。二人は半開きの戸板を大きく足を上げて蹴破った。大仰な音を立てて倒れた戸板から、短い悲鳴を上げて誰かが這い出してくる。刃物を持った男だった。

「あっ」

息をつく間もなく、虎千代は戸板に乗り上げて踏み込み、あわてて態勢を整えようとした男の頭をめがけて、腰の脇差で真っ向から斬り下げた。容赦ない一撃だ。顔を断ち割られた男は悲鳴も上げずに血の中に倒れこんだ。

「いま一人は生かしておけ。黒姫、くれぐれも非道はするなよ」

「はいはいっ、分かってますって」

黒姫はもう一人、逃げ遅れた男の腕をひねり膝で押さえつけ、いつのまにか袖口から出した熊の毛を植えたぎざぎざのついたナイフを首筋に突きつけている。

「動くんじゃねーですよ。こいつには、たあっぷりと付子(ぶす)(トリカブトを天日に晒して作る猛毒のこと)を塗ってあるのですからねえ。カスっただけであの世にいきますよ」

黒姫の笑みは残忍だ。虎千代には悪いが、どう見てもこの子は善意で行動する類の人間とは思えない。

「さて、ゆるりと話をしようか。先に断っておくが、ここにはお前に慈悲を与えるものとておらぬぞ。かような非道をなした者じゃ。手荒い饗応を受ける覚悟はしておろう」

懐紙で脇差の血と脂を拭いながら、虎千代は拷問された死体があるであろう奥座敷にあごをしゃくった。

「い、いきなり斬りつけてきおって吐く台詞か。そもそもな、なな何者やっ、お前ら」

「それを知る必要はない」

虎千代はにべもなく言った。男は一瞬で斬り殺された相棒と年齢不相応の冷たい殺気を放つ、二人の侵入者、と見た目一般人の僕におびえた視線を泳がせる。

「お前らのような見張りを置くところをみると、遺骸からはろくな話も聞けなかったとみえるな。見たところまともな武士にもみえぬが」

虎千代は相変わらず冷たい目で男を見下ろした。どうも腰に一刀差してはいるようだが、まともな身分の人間には見えなかった。たぶん年齢は三十前後だ。汗に濡れた青い無精ひげが顔を覆い、大分前に剃った月代にも砂利をかぶったように毛が生えている。黒姫が物騒な刃を突きつけているせいと、虎千代が殺気を帯びた視線を向けているせいか、ふうふうと息をするたび肩が大きく上下していた。

「ただの居直り強盗ではあるまい。差し詰め暮坪道按の放免か」

質問には答えず、じろり、と男は虎千代を睨み上げた。

「どうじゃ、童子切めの足取りはつかめずじまいか」

べっ、と、黒姫の足元に向かって男は唾を吐いた。

「しっ、知るかっ。この糞餓鬼どもがっ、かようなことをしてただで済むと思うか」

「困った。やはり素直には話してくれぬか」

虎千代は男の吐いた唾を憎たらしそうに眺めていた黒姫に言った。

「黒姫、もてなしてやれ。何か妙案はあるか?」

「そうですねえ。どうもお耳が悪いようですから切り取ってしまいますかぁ」

黒姫は、なんの躊躇もなく毒で濡れた刃を男の右耳に突きつけた。

「こいつは痛いですよお。見ての通り切れ味が悪いもので、ごりごりそぎとる間に傷口から毒が滲みて激痛で絶叫します。傷が膿んで肉が(ほた)れると、これがまた気が狂うほど痛くて」

楽しそうに危険すぎる刃をもてあそぶ黒姫を見て、男は耐え切れずに絶叫した。

「わっ、分かったっ、分かったから助けてくれっ、何でも話すっ話すからっ!」

ちっ、と露骨な舌打ちをして黒姫は刃を退いた。耳を落とすと言っただけなのによくそんな残虐な脅し方が出来るものだ。もしかしたら道按より、えげつないのかも知れない。

「おっ、おれはっ元は罪人なんや。道按の召放(めしはなち)や」

男は腹の底から吐き出すようにしゃべり出した。放免と召放は、同じような意味なのだが、要は江戸期の岡っ引きと実態は似ている。この男は文字通りあぶれ者とは違い、いわば条件付で釈放された犯罪者のようだ。

「罪を咎められ、協力しろと言われたか。奥の遺骸から何を聞き出せと言われた?」

「わっ、分からん。おっ、俺はただ、ついてこいと言われただけや」

ぶるぶる、と、召放の男はかぶりを振った。

「童子切って男が現れたら急を報せろと、同行の男に言われた。こっ、ここへ来て一人は仕留めたが、おっ、女を守って、一人が谷沿いの道を逃げていきおって」

「ほう。じゃあ、するとこれはその女を追っていったお前らの一味がやったか」

虎千代は奥座敷に上がりこむとそこにあった死体を蹴り転がした。戸口にいた僕にもようやくそれがはっきりと見えた。

拷問を受けた遺骸は女の人のものじゃない。

男の死体だった。

「童子切めの姉は、まだ無事かも知れぬな」

召放の男を縛り上げるように黒姫に言うと、虎千代は中を物色し出した。

「特に持ち去られたものもなさそうか」

「そうですねえ。何かめぼしい手がかりがあったら、こんな血なまぐさいところで油売ったりしてないでしょうし」

 血の匂いを流すためか、拷問死した遺体をまたいで虎千代は戸障子を開け放つ。縁側の向こうはかなり広い湿地になっていて、奥がナラやクヌギの雑木林だ。そこから下りる道があるのか、篠藪の向こうの竹林が沢の水で濡れた坂になっている。

「真人さん、ぼけっとしてないでこれで倒れてる奴も縛っといてくださいよ」

 黒姫が水で濡らした着物の帯を僕に投げつけてくる。それって、確か虎千代が斬り殺したはずじゃないか。僕は足元に血まみれで倒れている男をびっくりして見直した。

「いっ、生きてるの?」

「無闇の殺生はせぬ。顔の傷は出血が派手ゆえ、脅しに使ったまでのことよ」

虎千代の言うとおり、血を流して倒れている男は出会い頭にこめかみを割られただけで、まだかすかに息がある。それにしても、ほんの一瞬だ。よく加減なんか出来るものだ。黒姫の指示通り、手ぬぐいで血止めをして、僕はその男をどうにか縛り上げる。その間に濡れ縁に出て、虎千代は血の痕を確かめていたようだ。

「黒姫」

ふいに、庭へ出ていた虎千代が言った。

「少し待った甲斐があったな」

なんと沢から男たちが上がってきたのだ。

その一人は肩に、ずぶ濡れの女性を担ぎ上げている。

虎千代の顔をみて当然、男たちの顔色が変わった。

その男たちの中から幽霊のように痩せた妖気漂う水干の男がゆっくりと踏み出してきたのは、そのときだった。


人数は十人と言うところだ。大半が足軽くずれらしく、素肌に胴丸、貧相な野太刀や短刀を括りつけた樫の棍棒などで武装している。

みるからにあぶれ者たちだ。

女の人を抱え上げているのは、麻の頭巾で頬かむりをした僧兵くずれらしき大きな男だった。僕は注意深くその女性の様子に目を留めていたのだが、肩まで伸ばした長い髪や足の先から雫を垂らしたままその身体はぴくりとも動かなかった。

「お前が話に聞く、暮坪道按か」

虎千代は男たちの中から進み出てきた、水干の男に話しかけた。男は目を剥いて虎千代を見たがすぐには応えなかった。

真菜瀬さんの話の通りの風貌だが、なんとも薄気味の悪い男だ。ぼうぼう眉の下の、細い瞳の色は濁って一見、無表情に見える。スポーツバッグのように腕の後ろに背負っている大きな弓のようなものが、くちなは屋で真菜瀬さんを刺そうとした、あの異様な持つ刃物だろうか。

「さあて、どうしたものか」

道按らしき男は首を傾げて、ぼやくように言った。

「来るには来たが、童子切煉介じゃないようだ。望まぬ客人。いかにも、おれが暮坪道按だが、何者かな?」

「悪いが名乗る気はない。だが、おのれらのあくとう(敵)であるは確かよ。まずは乱暴を働いたそこの女をこちらに引き渡してもらおうか」

「はは、乱暴とは笑わせる。こやつめは責めを受けるべき罪人よ。ちょこまかと逃げ回るので沢の水で大人しくさせてやったが。まだまだその身体にとっくり訊かねばならぬことがあるのだ。望まぬ客人、言うまでもないが罪人を助けるとは罪人の罪に連座することになる。罪を得たくなくば係わり合いにならぬことだ」

「我らおのれのあくとうと申したであろう。大人しく引き渡さぬならそれなりの目に遭うてもらうがそれでもよいか」

「状況を見てものを言うのだな、小娘。多勢に無勢の言葉を知らぬか」

「有象無象が何人集まろうと、同じことよ」

ふうっ、と露骨なため息をつき、道按は肩をすくめた。

「名は名乗らぬ、女は渡せか。どうにも粗暴な物言いのあったものだ」

「悪党に向ける礼などあると思うてか」

「やれやれ。最近、道理の通じぬ手合いが増えてきて困る」

すらり、と、道按は背負った得物を抜いた。

「そこから先は覚悟して言葉を選ぶことだ。俺に向かって悪党と言うは、天下の罪人を公言するも同じことぞ」

「お前の話を聞き、ほとほと呆れておったところよ。悪党が悪党を裁くは末法の世も極まったとな」

ふん、と鼻で笑うと虎千代はゆっくり腰を沈めるが、剣は抜かない。柄を帯から押し出して、一気に抜き撃つ構えだ。道按もそれを警戒してか、片手に滑り止めの人毛ひもを巻くと長い腕を懐深くとって独特な片手突きの構えをとる。

道按の剣は見たところ、今日、虎千代が佩いている備前長船光忠びぜんおさふねみつただ二尺七寸(八〇センチ前後)より遥かに長く、間合いもたっぷりと取られているが、両者ともタイミングをはかっているのか、構えたまま容易には仕掛けない。

「囲めっ」

ざわめいたのは、道按の背後にいた男たちだ。武器を抜き連れ、遠巻きに虎千代を囲みながら退路を塞ぎつつ、じりじりと道按との間合いを測る虎千代に圧力をかけていく。

「さてさて、わたくしの出番ですかねえ」

すると、黒姫が立った。僕にぽん、と、さっきの毒を塗った極悪ナイフを投げ渡して濡れ縁に出る。わっ、毛から毒がはねる。危ないだろ。

「ど、どうするんだよ、これ。使わないのか?」

「斬り合いでそんな危ないもん、使えますか。そいつは拷問用の脅しです。真人さんはともかく隙を見て、大男から人質をさらうことを考えてくださいよ」

黒姫は濡れ縁から庭へ下りると、一足飛びに男たちの輪の中に入り込んだ。さすがに忍者らしくほとんど音も気配もなく、身のこなしが驚くほど軽やかだ。いつの間にか虎千代の背後を護るようにぴたりとつき、猫足立ちでしゃなりと構える。

一見、黒姫は丸腰だ。生まれてから一度もけんかをしたことがないと言うルックスなので、男たちは影のように入りこんできた黒姫の気配の尋常でなさに気づかず、口々に、あざけりの笑い声をあげる。

「とりあえずは殺さぬ程度にな」

虎千代は背中の黒姫にさりげなく釘を刺した。

「はいはいっ、分かってますって!」

言うまでもなく、だが黒姫が素手を装ったのは、虎千代から自分に相手を引きつけるためだ。でも何より目的はそれだけではなく、身体に仕込んだ武器で多勢の相手を翻弄するためだった。油断していた男たちはまもなく、それを思い知ることになる。

「さて、ゆるゆる達磨に目玉を入れるか」

だん、と片足を踏み込み、道按が長い腕を繰り出してきたのは次の刹那だった。

弓なりにたわんだその剣は刃渡りだけで四尺半以上(約一四〇センチ)はある。不気味な風切音とともに、銀の大蛇が牙を剥いて空気を切り裂いていく。一撃目は虎千代の右目を狙い、それから浅く突くと見せかけて横薙ぎに肉を削ごうとする。刃を返して上下左右、自在に細かく刻むことも出来るらしい。

抜刀しないまま、虎千代はこれを確実に避けていく。

「どうしたっ、抜かぬかっ」

道按は唾を吐いて叫ぶ。

射程の長さを感じさせない道按の突きは戻りも、進退に隙がない上に変幻自在だがそれを紙一重で避ける虎千代も、やはりただものじゃない。いつかは足を開けない女物の小袖を着ていたのでフットワークも不自由だったが、今は桶皮胴の具足にマントを羽織り、足半(あしなか)(平地戦闘用の(くつ))もしっかりつけているので、動きに支障はない。

「黒姫、後は頼んだぞ」

「さすがは虎さま。こちらは任せてくださいな」

黒姫はそれを見届けると、野太刀を振り上げた男に間合いを詰める。

「小娘がっ、脳天から真っ二つにしてくれるわっ」

男が真っ向から刃を振り下ろそうとしたそこより。

ずっと遠い間合いから素手の黒姫が袖を閃かせた。

すると黒い蛇のようなものが、

ひゅうん、

と不気味な放物線を描いてしなり、男のこめかみを横から噛み砕いてほとばしる。

「かっ」

と、うめく間もなく、大太刀の男は一瞬で意識を刈り取られた。糸が切られた操り人形のように、かくん、と膝を落とすと、酔っ払いに似た危うい足取りで前に倒れこんだ。

「なんだ、あやつの得物は」

しゅるり、と暴れた蛇を戻して黒姫は微笑む。袖口から垂れ下がるのは、鎖だった。

「これは手鎖(てぐさり)って言うですよ。主に暗殺に使いますねえ」

重たく丈夫な鍛鉄で出来た鎖は、先端に砲弾型をした重たい分銅がつけられている。そのため、軽い力でも振り回せば遠心力が働き、黒姫の腕力でも打撃に十分な効果が得られるのだ。

「話が違うぞっ。こっ、こやつ無腰ではないではないかっ」

「当たり前ではないですかっ」

刃物のように切れそうな鋭い風切音とともに、黒姫はそれを宙で振り回した。相当の鍛錬を積んでいるらしく、分銅のついた鎖は調教された蛇のように自由自在に動いていく。その間合いは驚くことに、日本刀の刃圏のかなり外だ。

「あー、はじめに言っておくべきでしたわね」

黒姫は手元の鎖をじゃらつかせると、毒蛇のように首を傾けた。

「わたくし、全身武器まみれなので。うかつに触ると死にますよ?」

「うう・・・・おう、おのれっ、ふざけおって」

破れかぶれで攻撃した次の二人が、鎖分銅の餌食になった。一人は鼻骨を砕き折られ、もう一人は鎖で武器を絡め取られると、肉薄してきた黒姫の膝にあごを蹴り上げられた。

「小癪な小娘が掴み殺してくれる」

三人目が走りこんでくる。この男はかなり、いくさ慣れしていた。

大柄なその男は自分の刀を棄てると、両手で顔を庇いながら黒姫に組み付こうとしてきたのだ。

あの鎖分銅が狭い間合いでそれほど威力が出ないこと、あごやこめかみなどの脳を揺らす急所にもらわなければ、それほど致命傷にならないことを見抜いていたのだ。

猫足立ちの半身になって避けようとした黒姫だったが、低空タックルで腰の下ごとその華奢な足腰を引っこ抜こうとする力技に絡め取られそうになる。

「もろうたっ」

しかし、黒姫の方が一枚上手だった。後ろに退く一瞬、タックルを仕掛ける男のあごが上がった一瞬をみすまして、黒姫が左手に隠し持った何かが咽喉に突き刺さった。小さな手のひらの中に仕込んだペンシル型の鉄の塊。

あれは、寸鉄だ。

さっきの猛毒ナイフといい、どこから武器が出てくるか判らない。さっきも本人が言っていたが黒姫の全身には、暗器(あんき)(隠し武器。主に暗殺に使用される)がくまなく仕込まれている。うかつに近寄ればもっとひどいことになるに違いない。

どうあがいても鍛えられない咽喉をつぶされた男は、うめき声を上げてつんのめった。その一瞬を見切って懐に入り込んだ黒姫が、男を背負い投げでぶん投げる。

豪快に投げられた大男の巨体はその後ろから殺到して黒姫を狙おうとしていた、もう一人にぶつかり、大男もろとも派手にぶっ倒れた。

見る間に五人が血と砂にまみれて、黒姫の足元にうめき転がっている。

「なるほど」

その様を横目で見ていた道按が言った。

「あれほど挑発した割に仕掛けてこぬわと思うていたら、姑息な時間稼ぎとはな。それほどあの人質が大事か」

「それはお前も同じことであろう」

それには応えず意味ありげに唇をたわめると、道按は頭ごとあごを真横に傾けた。

「ははあ、読めたわ。その装束風体、お前、鵺噛童子か。奴めの縁者の身柄を案じて、あわててお前に保護を命じたわけか。どうじゃ、十に一つも違うまい」

「お前に話す義理はない」

「ふん、まあ、それも道理だな。はははあ」

不気味に笑ったあと、突然、道按は金切り声を上げて怒鳴った。

「おうい、女を殺してしまえいっ。胸を刺せ、童子切めの姉の首を落とせ」

「おのれ狂うたかっ」

飛び出しかけた虎千代を銀の一閃が襲う。かわした長いポニーテールの端がすっぱりと切れ、顔を庇った手の甲に血の筋がほとばしりでる。

「呆けはおのれじゃいっ、童子切の居所を知っておるならあの女にこだわる必要などないでなあ。さあっ、どうする?早うわしを降ろせぬと、大事な人質が死ぬぞお」

「くっ」

心理戦で虎千代を揺さぶると、道按は再び遠間から攻撃を開始した。



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