宇宙観光客の一つ星レビューで、地球が営業停止になりそうです
地球には、星が一つしかついていなかった。
空の話ではない。
宇宙旅行サイトの評価欄だ。
平均評価は一・四。営業停止まで、あと三十日。
月曜日の一時間目、私たち五年二組の端末にまで、「地球環境および接客品質改善命令」が届いた。
画面のいちばん上には、赤い文字でこう書いてあった。
《低評価が規定期間継続しています。期限内に改善が確認されない場合、惑星型体験施設〈地球〉は営業停止となります》
その下に、最近のレビューが並んでいた。
★☆☆☆☆
重力が重い。到着して三分で脚が疲れた。改善してほしい。
★☆☆☆☆
生き物が予告なく死ぬ。子ども向けの施設とは思えない。
★☆☆☆☆
現地住民が撮影中も笑わない。観光施設としての接客教育が足りない。
★☆☆☆☆
夜が暗く、海が冷たい。高い旅行代金に見合わない。
改善項目は、重力、死、住民。
どれも三十日で直すには、少し大きすぎると思う。
先生は教卓の前で、何度か口を開けたり閉じたりした。
「ええと。重力については、『重力環境改善検討準備室』を作る方向で調整中だそうです」
教室のあちこちで笑いが起きた。
重力は少しも軽くなっていないのに、部署の名前だけは重くなった。
「でも、私たちにできることもあります。今日から、宇宙観光客への笑顔と挨拶の練習をします」
壁の画面に、銀色の文字が出た。
《ようこそ地球へ。快適な滞在をお楽しみください》
私たちは二人一組になり、片方が観光客、片方が地球人の役をした。
「写真をお願いされたら、まず笑顔で応じましょう。どうしても難しい事情がある場合は、近くの案内係を呼びます」
先生は言いながら、少し困った顔をした。
私は、笑う練習をした。
口の端を上げる。三秒止める。歯を見せすぎない。
教室の判定カメラに、《接客笑顔 八十二点》と出た。
地球より先に、私の口の端が改善された。
隣の席の子が、「重力が重い」と言いながら机につかまって立った。私は本当に少し笑った。
地球が宇宙とつながったのは、私が一年生の秋だった。
月の向こうから来た船が最初に求めたのは、降伏でも土地でもなく、観光の許可だった。
銀河の薬や機械を買うには、定期航路と交易の資格が要る。その近道として、地球の代表たちは銀河旅行網へ登録した。
そうして地球は、私たちの住む星のまま、宇宙では「旅行先」になった。
宇宙人が嫌いなわけではない。
その年、最初の観光船で来た三本指の旅行者が、青く光る飴をくれた。
「あなたは、これを食べられますか」
ちゃんと聞いてから渡してくれた飴だ。包み紙は今も机の引き出しで光っている。
お客さんが来るようになって、駅前には店が増えた。市立病院には、地球では作れなかった目の治療機械が入った。お母さんの仕事もできた。
だから、全部が悪いとは思わない。
でも、私は地球で生まれただけだった。
いつ地球の接客係になったのかは、知らなかった。
六時間目の終わり、校内放送が流れた。
《観光満足度向上のため、本日より軌道照明を二十パーセント増光します。星空を安全にお楽しみいただくための措置です》
窓の外は、夕方なのに白かった。
いつもなら見えるはずの一番星は、どこにもなかった。
◇◇◇
海は、ぬるかった。
次の日の夕方、私はおばあちゃんと防波堤のそばへ行った。
観光指定海域の入口には、大きな表示板が立っている。
《本日の海水温 二十八・〇度 銀河標準達成》
数字は緑色に光っていた。
波が足首に触れた。夏でも、この辺りの海は最初だけひやっとする。それが好きだったのに、今日はお風呂の残り湯みたいだった。
おばあちゃんは、岩の間をのぞき込んだ。
「また白くなってるね」
岩についていた海藻の先が、色をなくしてふやけていた。おばあちゃんは若いころ、この辺りで海藻を採る仕事をしていた。どの月に、どの魚が岸へ寄るかも覚えている。
「海まで風呂にしたなら、次は石けんを置くのかね」
「魚、気持ちよくないの?」
「魚にも好みがあるよ。ただ、魚は星を一つつけて、『海が熱すぎる』って口コミを書けないからね」
近くでは、観光客用の浮き桟橋を作る音がしていた。
夜になると、海より空のほうが明るかった。
軌道照明は、薄い雲まで白く照らした。おばあちゃんの部屋には厚い遮光カーテンがついたけれど、窓の端から光が入った。
「昼寝を夜に移したと思えばいいか」
そう言っていたおばあちゃんも、朝になると目の下が黒かった。
夕食の途中、お母さんの端末が鳴った。
お母さんは市役所の宇宙観光対応室で働いている。観光船の時間を決めたり、苦情に返事をしたり、町の人へ協力をお願いしたりする仕事だ。
画面には、町からの新しい通知が出ていた。
《観光船入港時間中、七十歳以上の住民の皆さまには、ご自宅または冷房完備の公共施設で快適にお過ごしいただくことを推奨します。多様な生命文化への段階的理解に、ご協力ください》
おばあちゃんは七十四歳だった。
「段階的理解って、しわをいきなり見せると驚くってことかい」
お母さんは箸を置いた。
「銀河圏には、老化を止めた星も多いの。死や老いを映像でしか知らない子どももいる。まず説明映像を見せて、それから希望者だけが――」
「本物を見る?」
おばあちゃんが、自分の頬を指でつまんだ。
お母さんは答えず、通知を閉じた。
「これ、お母さんが書いたの?」
私が聞くと、お母さんは少しだけうなずいた。
「元の文はもっとひどかった。『高齢段階個体の露出抑制』って書いてあったから、直した」
「直して、これ?」
「直して、これ」
お母さんの声は疲れていた。
ひどいお願いほど、役所ではやさしそうな言葉を着せてもらうらしい。
海を温め、夜を明るくし、おばあちゃんを家の中へ隠す。
地球の評価を上げるために、地球らしいものが一つずつ減っていた。
あのとき地球の代表たちが選んだ登録区分は、銀河旅行網の「惑星型体験施設」だった。
難しい名前だった。
要するに、地球は旅行先として紹介されただけではない。星を丸ごと、ホテルみたいな施設として届け出ていたのだ。
規約上、地球人は「常住サービス提供者」に分類されている。ずっと住み込みで働く人、という意味だとお母さんは言った。
「でも、観光のお金で病院も学校も助かったの」
お母さんは、言い訳ではなく、数を確認するみたいに言った。
「おばあちゃんの目を治した機械も、交易が始まったから入った。港の仕事も増えた。急にやめたら、困る人はたくさんいる」
おばあちゃんは、手術した右目で通知を見た。
「見えるようになった目で、家の外を見るなと言われるとはね」
お母さんの指が止まった。
私は聞いた。
「じゃあ、おばあちゃんは、病院のために家から出ないの?」
誰もすぐには答えなかった。
翌日は、大型観光船の入港日だった。
私とおばあちゃんは、前から潮だまりを見に行く約束をしていた。
通知には、午前十時から午後四時までと書いてある。
「九時半なら、まだ私も景色じゃないだろ」
おばあちゃんは帽子をかぶった。
私はうなずいた。
◇◇◇
観光船は、予定より二十分早く着いた。
私たちが海辺へ着いたとき、透明な案内バスから旅行者が次々に降りてきた。
そのうちの一人が、おばあちゃんの前で止まった。
腰の周りに、大きな低重力補助輪をつけている。地球の重さで倒れないための道具だ。丸い目が二つ、細い腕が四本あった。
旅行者は、悪い人には見えなかった。
むしろ、見つけたものがうれしくて仕方ない顔だった。
胸元の翻訳機が、明るい声を出した。
《希少な高齢段階の地球住民を確認しました。記念撮影は標準体験料金に含まれています》
四本の腕のうち一本が、レンズを持ち上げた。
おばあちゃんは手を横に振った。
「撮らないでおくれ」
翻訳機が一拍遅れて伝えた。
旅行者は首をかしげた。補助輪が、きゅっと鳴った。
《追加料金が必要ですか》
この旅行者には、「嫌です」が有料オプションに聞こえたらしい。
「違います」
私は、おばあちゃんとレンズの間に立った。
「撮らないでください」
旅行者の丸い目が、少し小さくなった。
《撮影拒否は、施設側のサービス停止に該当しますか》
「施設じゃないです。おばあちゃんです」
うまく伝わったかは分からない。
でも旅行者はレンズを下ろした。怒鳴りもしなかった。困ったまま、案内係を探して去っていった。
おばあちゃんは自分の頬を撫でた。
「これは展示品じゃないよ」
それだけ言って、潮だまりのほうへ歩いた。
海はぬるく、小さな魚は一匹しか見つからなかった。
その日の午後、私の学校端末に通知が来た。
近隣観光エリアの新着レビューだった。
★☆☆☆☆
高齢個体との撮影を断られた。現地住民が不親切。接客教育が必要。案内に含まれる体験を受けられなかった。
投稿者の画像には、朝の旅行者と同じ低重力補助輪が写っていた。
私は星一つを見ているうちに、笑顔の練習を思い出した。
口の端を上げる。三秒止める。歯を見せすぎない。
しばらく触らずにいたせいで、画面が暗くなった。映った私は、全然笑っていなかった。
夜、お母さんは食卓で謝罪文を作っていた。
《このたびは、現地住民の不適切な対応により――》
お母さんは「不適切な」を消した。
《このたびは、現地住民の対応により、ご不快な思いを――》
そこまで書いて、また消した。
「私が悪かった?」
「悪くない」
お母さんはすぐに言った。
「撮らないでって言っていい。おばあちゃんも、断っていい」
「じゃあ、どうして謝るの?」
「謝らないと、この町の評価が下がるから」
「もう一つ星なのに?」
「一・四。まだ下がる」
星は一つでも、小数点は容赦がなかった。
お母さんは笑わなかった。
「断ったことは悪くない。でも私は、悪くありませんと謝る文章を書かなきゃいけない」
端末の横には、部署から届いた別の通知があった。
《改善状況が不十分な場合、観光航路優遇および施設収益配分を停止します》
お母さんの仕事。
病院の機械。
駅前の店。
学校の宇宙交流予算。
一つ星の下には、いろいろなものがぶら下がっていた。
私は自分の部屋へ戻った。
机の引き出しを開けると、青い飴の包み紙がまだ光っていた。
あの旅行者は、写真を勝手に撮らなかった。
海の名前を聞いて、私の答えを最後まで待ってくれた。
来る人が、みんな嫌なわけではない。
それでも、おばあちゃんを標準体験にしたままにはできなかった。
学校端末で、昼のレビューを開いた。
いちばん下に、小さな文字があった。
《このレビューへ返信しますか》
私は押した。
◇◇◇
最初に出たのは、文章を書く欄ではなかった。
《惑星型体験施設〈地球〉を代表して返信しますか》
はい。
いいえ。
私は、いいえを押した。
怒っていたからではない。
地球に住んではいる。
でも、地球を代表して観光客へ謝る係ではなかった。
次の画面が開いた。
《あなたと、この場所の関係を選択してください》
観光客。
取引事業者。
所有者。
常住者。
地球では最初から住んでいるのに、画面では四番目だった。
私は「常住者」を押した。
すると、見たことのない黄色い画面になった。
《施設分類への異議申立て》
《認証済み常住者は、生活圏が観光施設として登録されていることへ異議を申し立てられます》
《異議が、登録常住者数の一パーセントと十万件のうち少ない方に達した場合、登録区分の再選択手続きが開始されます》
その下に、注意が出た。
《再分類により、観光航路、交易優遇、収益配分、教育交流制度が変更される可能性があります》
私は指を止めた。
お母さんの仕事がなくなるかもしれない。
市立病院の新しい機械が、次は買えなくなるかもしれない。
来年の学校行事には、軌道上の交流船を見学する予定があった。みんな楽しみにしていた。私も少し楽しみだった。
画面の右下には、「通常の返信へ戻る」と書いてあった。
戻れば、謝罪文が書ける。
ご不快な思いをさせて、申し訳ありませんでした。
今後は接客教育を徹底します。
おばあちゃんは、次の入港日には家にいる。
海はもっと温まり、夜はもっと明るくなる。
隣の部屋で、遮光カーテンを閉める音がした。
私は異議申立ての欄を押した。
何度か書いて、消した。
「地球人の権利」と書きかけたけれど、自分でもよく分からなかったので消した。
「この制度は間違っています」も消した。
私に分かることだけを書いた。
《写真を断ったのは、不親切だからではありません。
おばあちゃんは、観光客に見せるために年を取ったのではありません。
海をお風呂みたいにしたら、海藻が白くなりました。
夜を明るくしたら、星が見えません。
ここは遊園地ではなく、私たちの家です。
私たちは、地球の従業員ではありません。》
送信ボタンは、画面の星一つより小さかった。
私は押した。
《異議申立てを受け付けました》
閲覧数は、一だった。
少しして、二になった。
三になったところで、部屋のドアが開いた。
お母さんが立っていた。手には自分の端末を持っている。
「澪、これ、送ったの?」
「うん」
「分類への異議って、どこから――」
お母さんは私の画面を見た。
私は、もう一度同じ順番で押して見せた。
この施設を代表して返信しますか。
いいえ。
この場所との関係。
常住者。
お母さんの眉が寄った。
「こんな入口、住民向けの説明に載ってなかった」
「十万件?」
お母さんは規約のリンクを開き、同じ箇所を何度も見直した。
「この十万件、上限だ。小さな施設でも使えるよう割合で決めて、どれだけ大きくても十万件で再選択に進む」
お母さんは額を押さえた。
「惑星を一つ丸ごと登録するなんて、考えずに作った規約だ」
お母さんは、最初の質問へ画面を戻した。
「地球側の操作マニュアルには、ここで必ず『はい』を選べと書いてある」
お母さんは、黄色い異議画面を見た。
「だから観光対応の大人は、誰もここまで来なかったんだ」
「消したほうがいい?」
お母さんは「消して」と言いかけた。
口が、その形になった。
でも、私の文章を上から最後まで読んだ。最後の行で、指が止まった。
お母さんは椅子に座った。
「観光対応室では、施設側として返事をする方法しか教わってない」
「お母さんは、施設の人じゃないの?」
「市役所では働いてる。でも、地球に雇われた覚えはない」
お母さんは自分の端末を開いた。
同じレビューを開いた。
同じ質問に、いいえを押した。
「ここに住んでるから」
お母さんの異議が加わって、申立て数は二になった。
開いたままのドアから、おばあちゃんが顔を出した。手には自分の端末を持っていた。
「常住者ってところを押せばいいんだね」
「うん」
「私もここに住んでるよ。しわがあってもね」
おばあちゃんの異議が加わって、申立て数は三になった。
私の画面の閲覧数は、十七になっていた。
次の朝には、三千を超えた。
投稿には自動翻訳がついた。海辺の町の子どもが書いた短い文として、ニュース番組が取り上げた。
でも、長いコメントが並んだわけではない。
画面の端にある数字だけが増えた。
《常住者異議申立て数 八千四百十二》
朝ごはんの途中で、一万を超えた。
学校へ着くころには、二万七千。
昼休み、教室の大画面に世界地図が映った。異議が出た地域が、小さな白い点で光っていた。
大都市にも、山の村にも、砂漠の観測所にも点がついた。
先生は、笑顔練習の教材を閉じた。
「今日の接客訓練は中止です。先生も今朝、常住者として異議を出しました」
「それから、笑顔はもう採点しません。笑いたいときに笑ってください」
教室がざわめいた。
「観光船、来なくなるの?」
「宇宙交流、なくなる?」
先生は、どちらにもすぐ答えなかった。
「なくなるものはあると思います。だから、大人がちゃんと決めないといけません」
その日の午後三時十二分、数字が十万になった。
学校端末が一斉に鳴った。
《規定数の常住者異議を確認しました》
《惑星型体験施設〈地球〉への改善命令を一時停止します》
《地球代表機関は、施設登録を継続するか、居住惑星へ再分類するかを選択してください》
教室の誰かが、小さく「止まった」と言った。
何が止まったのか、最初は分からなかった。
窓の外では、海の加温装置がまだ動いていた。軌道照明も明るいままだった。
でも、もっと明るくする工事は、その場で中止になった。
夜、お母さんの端末には、銀河旅行網から詳しい通知が届いた。
《施設でない場所は、営業停止の対象ではありません》
《必要なのは改善報告ではなく、登録区分の選択です》
《回答期限:七日。期限内に選択されない場合、現行区分を継続します》
役所の文章は、星を越えても役所の文章だった。
でも、その日は初めて、役所の文章が私たちを助けた。
それから七日間、地球中で話し合いが続いた。
ニュースには、観光で暮らす港町の人が出た。
「航路が減れば、店を閉めるかもしれない」と言った。
病院の人は、「交易優遇がなくなれば、機械の部品代が上がる」と言った。
別の町の子は、「夜に眠りたい」と言った。
農家の人は、「畑は撮影用の背景じゃない」と言った。
宇宙旅行が好きな人は、「訪問を全部なくす必要はない」と言った。
誰も、簡単なほうだけを選べなかった。
学校では、来年の軌道交流見学が未定になった。
駅前の土産店には、「登録継続を」と書いた紙が貼られた。
その隣の魚屋には、「海を冷ましてくれ」と書いてあった。
どちらも、同じ町の本音だった。
私は、自分の送った文を何度も読み返した。
送らなければよかったかもしれない、と少し思った。
お母さんの部署には、縮小予定の通知が来た。
十二人体制の宇宙観光対応室を、三人体制に縮小するらしい。
「お母さんの仕事、なくなる?」
「今の仕事は、たぶんなくなる」
お母さんは端末を伏せた。
私は何も言えなかった。
「送ったこと、後悔してる?」
「少し」
「私も少し」
お母さんは言った。
「でも、写真を断ったことは後悔してない」
「うん」
「私も同じ異議を出した。これは澪だけが決めたことじゃない」
お母さんは、水の入ったコップを両手で持った。
「仕事は、なくなったら探し直す。簡単じゃない。でも家をお客さん用に直し続けたら、私たちが帰る場所がなくなる」
住民投票は、選挙権のある大人の認証端末で行われた。
私は投票できなかった。
お母さんとおばあちゃんが、食卓でそれぞれ一票を入れるのを見た。
結果は、居住惑星への再分類が六十一・七パーセント。
その結果を受けて、地球代表機関は、観光施設登録の終了を正式に選んだ。
その夜、地球の旅行ページが更新された。
《惑星型体験施設〈地球〉は登録を終了しました》
《区分:居住惑星》
《観光施設向け改善命令は失効しました》
《訪問には、受入れ地域の同意および個別の撮影許可が必要です》
一・四と書かれていた場所は、空白になった。
五つ並んでいた星の欄も、なくなった。
地球は、営業停止にされなかった。
私たちのほうから、営業をやめた。
地球を商品として売る、その看板だけを下ろした。
◇◇◇
町へ来る観光船は、毎日四便から、週二便になった。
駅前は静かになった。
宇宙菓子の店は営業時間を短くし、港の土産店の一つは、月末で閉めると紙を貼った。
学校の軌道交流見学は中止になった。
宇宙観光対応室は十二人体制から三人体制になり、来訪調整係へ名前を変えた。
お母さんは海域回復調査の臨時班へ移った。加温装置を止めたあとの水温や魚を記録する仕事だ。観光手当がなくなり、給料は少し下がった。
「笑顔の角度を測るよりは、魚の数を測るほうがいい」
お母さんはそう言ったけれど、家計簿を見る時間は長くなった。
海の加温装置は、登録終了の翌週に停止した。
海は一日では冷えなかった。
白くなった海藻も、すぐには戻らなかった。
おばあちゃんは温度計を波へ入れた。
「まだ二十六度ある。次の冬を待たないと分からないね」
それでも、装置の低い音が消えた海は、前より広く聞こえた。
七十歳以上への屋内滞在通知は、正式に撤回された。
冷蔵庫には、あの屋内滞在通知が印刷されて貼られていた。
おばあちゃんはそれを外し、裏返して買い物のメモに使った。
《豆腐、ねぎ、遮光カーテンはいらない》
新しくできた町の受入れページには、訪問申請が三件だけ届いていた。
そのうち一件には、こう書いてあった。
申請者のプロフィール画像は、あの一つ星レビューの投稿者と同じだった。低重力補助輪が、画面の端に写っていた。
《暗い夜と潮だまりを見たいです。写真は、必ず先に尋ねます。断られたら撮りません》
おばあちゃんはそれを読んで、「なら、海がもう少し冷えたころにおいで」と言った。
軌道照明が消える日は、町の放送で知らされた。
午後九時から、一基ずつ停止する。
私たち三人は、海辺まで歩いた。
お母さんは調査用の上着のまま、おばあちゃんは、いつもの外出用の帽子をかぶっていた。
九時になると、空の白さが少しずつ薄くなった。
一つ消えるたび、雲の形が見えなくなる。
海は黒くなった。
足元も見えにくくなった。
でも誰も、おばあちゃんに家へ戻れとは言わなかった。
「暗いね」
お母さんが言った。
「うん」
「怖いかい?」
おばあちゃんが聞いた。
私は首を振った。
最後の軌道照明が消えた。
最初に一つ。
その横に、もう一つ。
目が慣れると、空じゅうに小さな光が増えていった。
お母さんが端末を伏せた。
おばあちゃんが帽子を取った。
地球の旅行ページには、もう星をつける欄がない。
レビュー欄から星が消えた夜、空には、五つでは数えきれない星が戻っていた。
最後までお読みくださり、ありがとうございました。
地球を採点する星はもう要りませんが、この物語への評価やリアクション、感想をいただけたら、作者はとても喜びます。




