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第23話「捨て身」

『魔法同時行使術式』


事前に複数の魔法を選択し、任意のタイミングで[発動]と唱えると、その瞬間から設定した魔法を同時並行で使用できるようになる。


リスクはある。

1つ目。魔法の同時発動を可能にするだけであり、あくまで操作する負担は使用者にかかる。


そのため複雑な魔法を多数選択してしまえば手に負えなくなるし、最悪の場合は魔力を扱う神経が焼き切れて死ぬ。


2つ目。設定した魔法のリソースが大きいほど、効果の持続時間は減っていく。


単純に設定した数が多ければ多いほど、または設定した魔法1つ1つの使用コストが高いものであればあるほど、持続時間は短くなる。


3つ目。設定するためには、術式に向かって魔法を1つずつ使用しなければならず、準備にかなり時間がかかる。


一度効果が終了した場合も再びセットし直さなければならない。この術式を使わなければならないような相手との戦闘中に、果たしてそれを行う余裕があるか。



俺の出した結論は、強化魔法を複数同時付与する使い方。


バフは基本的に一度発動してしまえば、単純に自分を強化し続けるだけのものが多い。操作にかかる負担は軽いだろう。


設定した魔法は術式によって発動時間が決められるため、持続時間がそれぞれ異なるバフを均一的に同時使用できるのも便利だ。



相手はこちらの初撃の不意打ちを完全に防ぎ、続く攻防で、能力はともかく使用者本体が愚図だという事を把握している。


その上で積極的に仕掛けてこないのは、何をされても後手から対応できる自信があるのか、もしくはカウンター特化型で先手を取るのは苦手なのか。


なんにせよそんな相手が時間稼ぎに入った訳だ。

こちらの会話を無理に中断して仕掛けてくることは無いはず。明らかに怪しい動きでもしない限りは取り敢えず様子見するだろう。

その間に魔法の設定を済ませれば良い。



設定した魔法は15種の強化魔法。


動体視力強化(リーンフォースアイ)

身体動作性向上(インプロブメントアクション)

『パッパラパワー』

『腐食のオーラ』

行動加速(ヘイスト)

痛覚無視(ペインスルー)

全方位識覚(ビジョンオープン)

『不可避の天秤』

威力強化(パワーアップ)

『火炎の祝福』

一時体力増加(プラススタミナ)

装備強度上昇(プロテクションアップ)

武器強度上昇(ウェポンアップ)

無呼吸行動化(アプニア)

『刺突耐性付与』


全ての魔法が同時に発動され、15色の強化エフェクトが、鮮やかに体から吹き上がる。


持続可能時間は、約1分といったところか。



「遥かなる蒼天。果てしなき滄海」



青の騎士の必殺技、その使用に必要な詠唱を、即座に開始する。

時間に猶予は無い。詠唱が失敗すれば後は無い。


「あらあらこれは、私から攻めないといけない感じかしら」


女はアイスピックを左手に持ち替え、右手にはノコギリが現れる。ホームセンターとかでよく見る片刃のやつだ。


アイスピックよりはリーチが長い武器。

それでも『青の纏炎』によって全身を覆うように燃え上がる炎の外側から攻撃を与えられるとは思わないが。



「広大な藍色の大地。そして散らばる無数の青。」



油断はしない。詠唱に集中する。


次の瞬間、女が左手を振り上げ、何かを投げる。アイスピックだ。

眼球に迫りくるそれを、『動体視力強化(リーンフォースアイ)』の効果で捉え、『身体動作性向上(インプロブメントアクション)』と『行動加速(ヘイスト)』によって体は反応し、剣で弾くことに成功する。


再び視界から消えた女の位置を、『全方位識覚(ビジョンオープン)』が捉える。


左後方。


やはり透明化などではなく、単純に死角を取っていただけだ。



「英雄と罪人。傑士と愚者。我ら、表裏の一体を有する者」



体はスムーズに流れるように反応し、剣でノコギリによる斬撃を止める。ほぼ同時に右の脇腹に振動が走る。


アイスピックによる刺突。しかし今度は鎧を凹ませただけに止まり、貫かれる事はない。


再び死角に潜り、距離を取ろうとする女に、『青の速撃』で追い討ちを仕掛ける。


剣による刺突は、アイスピックによって軌道をずらされ、ノコギリの刃の側面を滑るように流される。


体勢を崩されるが問題はない。多少無理な姿勢からでも、斬撃に動きを繋げられる。


(『青の一振り』)


女の腕をこちらの刀身が掠める。出血すらしていないが、初めての攻撃ヒットだ。



「世界の全てが意味を成し。意味ある全てが世界を成す」



この必殺技の詠唱中に新たに魔法を発動させる事はできない。

剣術と事前に発動させた魔法だけで凌がなければならない。


明確に隙が生まれ確実に仕留められるなら、詠唱を中断して攻撃魔法を使用するという選択肢もあるが、頭の片隅に置いておく程度だ。


女は再びアイスピックを眼前へ投げつけてくる。的確に頭部装甲の視界穴へ向かってくるため、防がざるを得ない。

しかし今度は剣を使わず、頭部走行の右で受ける。


衝撃は走るが、問題ない。動きに支障は無い。


尚も死角に回り込む女だが、その動きは捉えている。先ほどと違い剣を使って防がなかった分、対応に余裕が生まれる。

背後から振り抜かれるノコギリを再び止める。



「ここに在るは、我独り。理に従い勝利を願う、独りの騎士」



右手のノコギリの斬撃を受け止めた時、身を包む炎の威力が弱まる。

女は左手に持つアイスピックで、鎧ではなく『青の纏炎』を切り払ったのだ。


『青の纏炎』は本来、魔力が不足しない限り、持続時間中に効果が弱まる事はない。


しかし今、切り払われた事によって失われた炎の出力は、元に戻らない。


理解した。

こいつの能力は、回復不可というより、「失わせる」のが主体なんだ。


再び投げつけられたアイスピックを、またも頭部装甲で受ける。

詠唱は完了間近、後方に跳躍して一度距離を取る。



「相対する者を終点へ導く。この剣撃の意味は、ただそれのみ」



何かが視界に迫る。アイスピックはさっき投げたばかりのはずだ。


これは、ペンチか。

恐らく、委員長の爪を剥いだやつ。


バックジャンプの軌道は変えられない。頭部に衝撃が走り、視界がぐらつく。だが体勢は意地でも崩さない。

何とか着地した時、背中から鈍い金属音が響く。


鎧が砕かれた音だ。そして若干の痛み。『痛覚無視(ペインスルー)』によって打ち消されているはずなのに痛みを感じたという事は、想像もしたくないほどの傷を負わされたのだろう。


だがもう遅い。



「今、万象を裂き、万物を穿つ。」



詠唱終了。

女は何かを感じ取ったのか追撃をやめ、後方へ距離を取る。


『不可避の天秤』は、発動中に相手からの攻撃を受けた回数の割合に応じて、自分の攻撃の命中率が決まる魔法。


俺はこれを発動させてから、一度も相手の攻撃を避けずに受け続けている。

つまり今、俺が使用する攻撃の命中率は100%になっている。



「『魂裂穿斬』」



刀身にエネルギーが集中し、深い青色を灯す。

そして振り返りながら、剣を横なぎにする。

斬撃状に放たれたエネルギー波は、真っ直ぐ女へと向かっていく。


女は両手に持ったノコギリとアイスピックをクロスさせ真っ向から受け止めたが、数秒と持たずに、武器ごと体を両断される。


「なるほど。あぁ、これなら…」


女が何か言い終える前にエネルギー波が炸裂し、結界内に爆風が吹き荒れる。



同時に『魔法同時行使術式』の発動時間が終了。爆風に吹き消されるように、鮮やかな虹色のエフェクトが消失していく。






風に煽られて崩れ落ちるようにうつ伏せに倒れる。

もう、立てない。

流石に血を流しすぎた。


痛覚無視(ペインスルー)』の効果は切れているというのに、痛みを何も感じない。指先が冷たくなっていくのを感じる。


何回か銃弾に撃たれて死ぬ夢を見た事がある。

あの時も徐々に体の末端から冷たくなっていき、そのうち意識を保てなくなっていった。


死んだ事もないし大怪我を経験した事も無いが、妙にリアルな感触が残っている。

というか初めて「死んだ夢」を見た時が衝撃すぎて、定期的にそのトラウマを夢でほじくり返されているだけのような気がするが。


最後の力を振り絞って『青の回復』を唱えてみるが、回復は出来ない。使用者が死んでも効果が残るタイプの能力か。いやらしいなぁ本当に。


夢ですら、ここで委員長を颯爽と合流しにいけないから、俺はダメなんだ。


立ち込める土煙の中に、ぼんやりと人型のシルエットが浮かんでいる。

委員長か。ごめん。俺は夢ですらかっこよく主人公ムーブも出来ないみたいだ。



「『簒奪』する」



聞こえてきた声に、愕然とする。

何だ。何が。この状況は一体…

何が起こっているのか、頭が回らない。

言葉が詰まって出てこない。



「誇ると良いわ。そう、誇りに思って良いのよ。現世で私に傷を与えたのは、あなたが初めてなんだから」



土煙の中から現れたのは、主婦のような格好をし、それに見合わない大剣を携えた、女だ。


何で。確実に体が両断されたはず。俺は見た。この目でしっかりと。



「私は言ったはずよ。刹那的に生きましょう。全てに意味など無いのだから、と」



青の騎士の大剣を片手で軽く振りながら、特に何の感慨もなく、女はそう話す。



『魂裂穿斬』はあらゆる防御効果を無視し、切り裂いた対象を存在ごと穿ち裂く、必殺の一撃。

喰らった相手は斬撃を受けた箇所から崩壊して、塵も残らない。例外はない。はずなのに。



「実に刹那的だったあなたに、敬意を表して教えてあげましょう。私の能力は『奪う』よ。走馬灯の中で答え合わせでもすることね」



呼吸がしづらい。苦しい。寒い。

手を動かす事すら出来ない。

女の動きを必死に目で追うことくらいしか、もはや、行える事はない。


「『簒奪』によって、今あなたの能力の使用権限は私にある。この結界が死後も継続するタイプだと面倒だから、一応試しておかないとね。最悪あの女の子の処分は、その内ここに向かってくる分体に言伝しても良いのだけど。悠長にして万が一取り逃したら面倒だし」



能力の簒奪?剣を拾って何をするつもりだ?

………まさか



「遥かなる蒼天。果てしなき滄海。

広大な藍色の大地。そして散らばる無数の青」



聞き馴染みのある詠唱を、女が行い始める。

結界を『魂裂穿斬』で破壊して、委員長を殺しに行くつもりか。



「英雄と罪人。傑士と愚者。我ら、表裏の一体を有する者」



戦闘中に一度聞いただけで完全に覚えたのか?

こうなることを見据えて?

それとも能力を奪われたついでに詠唱文が脳内に直接インプットされたのか。



「世界の全てが意味を成し。意味ある全てが世界を成す」



どうすれば良い。どうすれば勝てる。どうすれば止められる。どうすれば委員長を救える。どうすれば、どうしたら、どうやったら。


視界もぼやけてきた。呼吸も苦しい。

意識がもう途切れる寸前だ。虚空を見つめる事しか出来ない自分に、何が、何が何が何が、何が出来る?


女は『簒奪』で能力の使用権限を奪った、と言っていた。奪われたのは魂裂穿斬だけか?

それともこいつとの戦闘中に使った能力の全てか?



「ここに在るは、我独り。理に従い勝利を願う、独りの騎士」



意識が途切れない限り異能は扱える。

だが魂裂穿斬が直撃しても仕留められない相手にどんな攻撃をすれば良い。

そしてこの状態でどうやって攻撃を当てれば良い。


夢の中ですら俺は、これだけ自由に異能が使える世界ですら、俺は負けなきゃいけないのかよ。夢の中ですら、奪われなきゃならないのか?



…奪う…待てよ、もしかして、こいつの能力は。



「相対する者を終点へ導く。この剣撃の意味は、ただそれのみ」



先ほどの能力の告白が勝利宣言でなく、ブラフの可能性もある。

だがもう、考えてはいられない。

その可能性に賭ける。


ここから俺は命を代償にする。


敗者の最終手段にして、敗北が確定した状況でしか取れない究極手段。



「今、万象を裂き___________」



「『極大自爆(デッドエンド・デイ)』」


女の詠唱を遮り、必死に声を絞り出す。


全身が内部から光り始め、眩い光が視界を埋め尽くす。


意識は、そこで途切れた。

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