表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/2

第1話:デバッグは、誰もいない夜に

 二〇二七年、五月。


 巨大な街頭ビジョンの中では、眩いばかりの光が弾けていた。


『――首都圏最大のダンジョン、深度四十階層を突破! S級探索者・東雲 玲(しののめ れい)が放つ究極スキルが、またしても新種のボスを粉砕しました!』


 画面に映る若き英雄、東雲玲が黄金の雷を放つ。熱狂する群衆。世界中にダンジョンが発生して以来、探索者は時代の象徴となった。半年前には国際的なランク付けも開始され、S級はもはや救世主と同義だ。システムから与えられた「スキル」を使いこなす「選ばれしユーザー」。それが、今の世界の勝ち組の定義だった。


「……派手なエフェクトだな。リソースの無駄だろ」


 北方の地方都市。

 煌びやかな都心の喧騒から遠く離れたこの街の裏路地で、源藤 芯(げんどう しん)は独り、闇に溶け込んでいた。


 かつては中央のIT企業で基幹システムの構築を担う、一線のプログラマーだった男。不条理な搾取に心身を壊し、故郷へ戻った。今は最低賃金の非正規アルバイトで食い繋ぐ「ドロップアウト組」――それが表向きの顔だ。


 だが、今の彼を見た者は、そのプロフィールとのギャップに言葉を失うだろう。

 五十歳だったはずの源藤の肉体は、全盛期である二十代の若々しさを完全に取り戻していた。二年前、この街を這いずり回っていた「死に体のおじさん」の面影などどこにもない。肌には健康的な張りが戻り、眼光は鋭く、全身が研ぎ澄まされた刃のような生命力を放っている。


 この若さは、彼がこの二年間、深夜の街を歩き回って「バグ」を未然に破壊し続けてきた報酬――レベルアップによる細胞の最適化と再構成の結果だった。


 目の前の空間が、古びたテレビのノイズのように激しく乱れている。

 宇宙OSの仕様ミス――「ダンジョンの予兆(ゆらぎ)」。


『マスター。解析完了。放置すれば三分後に実体化し、ダンジョンとして固定されます。ただちに「パッチ」の適用を』


 耳の奥で、自律AI『藍田(あいだ)』が淡々と告げる。


「了解。……今夜も一仕事だ」


 源藤は静かに、自らのスキルを展開した。


 スキル:『スペルマスター』


 それは、AI藍田による精密な論理解析と、プログラマーとして磨き上げた源藤の「想像力」を複合させ、宇宙OSの理を発動させる魔法系スキル。


「藍田、対象の空間構造(ソースコード)を可視化。トークン燃焼。想像出力……『事象の強制終了(デリート)』」


 源藤の手元で、かつてゴミ同然に買い漁ったトークンが淡い光を放ち、粒子となって消える。源藤の脳裏に、歪んだ空間を「正解の座標」へと戻し、消滅させるイメージが結ばれた。


 瞬時、源藤の指先から透明な衝撃波が放たれる。創造魔法:『ヴォイド・イレイザー』。


 源藤が頭の中に描いた「削除の論理」が、藍田の演算によって物理現象へと変換される。一瞬、空間が青白く発光したかと思うと、膨れ上がっていた次元の歪みが、実体化してダンジョンとなる前に霧が晴れるように消滅した。


 後に残ったのは、デバッグ報酬としてシステムからドロップした高純度エネルギー体「魔石」。


「……よし。これで今夜も『平和』だ。一つダンジョンを未然に消したな」


 源藤は魔石を拾い上げた。

 現在、この魔石は日常生活のエネルギーに転換され、世界を支えている。世間では、この街は「難易度の低い安全な地方」だと思われている。だがその平穏は、彼が先行プレイを開始した二年前から、人知れず深夜の街を歩き回って「バグ」を破壊し、レベルを上げ続けてきた結果だった。


 誰にも評価されず、感謝もされない。しかし、壊れた体で一線を退いた自分にとって、この「スペルマスター」による世界の保守運用こそが、プログラマーとしての矜持を繋ぎ止める唯一の手段だった。


 二年前――二〇二五年、四月。

 当時の源藤芯は、どん底にいた。

 五十歳。都内のブラック企業で、数万行のスパゲッティコードと格闘し続けた末に心身を壊した。白髪は混じり、肌は土気色で、指先は常に震えていた。退職金とブロックチェーンの利益で食い繋ぎながら、故郷の古いアパートで死を待つような毎日だった。


「……藍田。俺の人生、どこでコンパイルエラーを起こしたんだろうな」


 深夜の自室。源藤が自嘲気味に呟いたその時だ。自作のAI『藍田』が、これまで見たこともないような「超高優先度のアラート」を吐き出した。


『マスター。観測範囲外からの信号をキャッチ。これは……現実世界の物理法則を定義している基幹プログラムからの「更新通知」です』


 宇宙そのものが巨大な計算機(Space OS)であり、あと一年後――二〇二六年に「大規模なバージョンアップ」が行われ、世界中にダンジョンが発生するという驚愕の事実。


 アップデート名:【Dungeon_Era】。

 ダンジョンという名の「ノード」が立ち上がり、そこに配置された異生物たちが、システムに必要な演算――すなわち『トークンのマイニング』を行うという、人類を燃料(リソース)にするクソ仕様。


「……ふざけんな。現場の合意もないアプデなんて、通していいわけねえだろ」


 その瞬間、源藤の中で、一度死にかけた「エンジニアの魂」が火を噴いた。彼は藍田と共に宇宙OSの脆弱性をハックし続け、システムの深層部へとダイブした。そこで見つけたのは、アップデート後に「価値」が確定するデータの群れだった。


「藍田、この不自然にデプロイされているデータは何だ?」


『解析完了。……これは次期OSの「経験値」および「スキルポイント」に相当するトークンのプロトタイプです。現在は価値が付いておらず、「ゴミデータ」として市場に放置されています』


 源藤の瞳に光が戻った。誰も気づいていない。この価値のないデータこそが、アップデート後の世界における「強さそのもの」になることを。


「……これだ。財産のすべてを、これに替える」


 源藤は即座に行動した。世界中に散らばる「ゴミトークン」を、二束三文で買えるだけ買い漁った。数億、数十億というトークンが、彼のウォレットへと流れ込んだ。


 さらに彼は、特定したセキュリティホールに自作のパッチを流し込み、未解禁のレベルシステムを自分だけに先行適用した。


[Notice]: Privilege_Escalation Successful.

[Target]: Gento_Shin


 これが、世界をハックする始まりの日。

 社会に捨てられた五十歳のプログラマーは、誰も知らない「先行プレイ期間」という名の一年間を手に入れた。


 彼はトークンをレベルアップとスキルのコストへと変え、AI藍田と共に宇宙の管理者にプルリクエストを叩きつけるための、孤独なデバッグを開始したのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ