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竜契の巨人 血を啜れ約束を果たせ 闘技場の王  作者: 織部


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交渉


俺たちは闘技場へと帰還を急いだ。

 防御岩の上に、無事な剣闘士が全員並んで立っているのが俺の目に映る。


「おい、カイン。大変だ。何があったんだ?」

「何を言ってるんだ。英雄を出迎えてるのさ」

「英雄……」

「お前だよ!」

 カインは、俺を指差す。


「特に大きな功績も残して無いけどな」

「殿を務めて、味方も守っただろう?」

「だが、作戦は失敗した。総司令官は俺だ。当たり前のことをしたまでだ」

 俺の気持ちを悟ったらしいカインが、肩をすくめて笑った。


「またそうやって全部背負い込む」

「事実だろう」

「英雄ってのはな、必ず勝つ奴のことじゃない。皆を連れて帰る奴のことだ」

 そう言ってカインは、俺の背中を力強く叩いた。


※

 目の前の危機が去り、テント村への立ち入りが解禁された。

「良かった。これでゆっくり寝られる」

 俺は久しぶりに、自分のテントでいつもの仲間たちと食事を取った。

 ライラは俺のそばから離れず、何かと世話を焼いている。


「なあ、アミン。お前の今の仕事はここじゃないだろう?」

「そんなこと言うなよ、トルサン。ここの飯が一番うまいんだ」

 アミンは食事から目を離さず、手も止めずに答えた。


「今は捕虜の看守なんだろう?」

「そうだ。面倒ばかり起こすよ。奴隷たちの方がまだマシだった」

 多くの捕虜を捕らえたこともあり、奴隷たちは牢屋暮らしを終え、新たに設けられたテント村へ移された。

 もはや奴隷たちへの監視はなくなっていたが、規律は保たれているらしい。


「面倒とは?」

「シャーヒナ様からも大切に扱えと言われているが、古井戸家の偉い連中は特に態度が悪い。まあ、刑罰は認められているから、少しずつ大人しくなってきているよ」

「僕からも教育の時間を設けているんだ」

 カインもまた、この場で食事を共にしていた。


「ああ、カインにいろいろ教えられたら、戦争なんてやめるだろうな」

「そうでもないさ。でも、闘技場と戦うことの無意味さは教えるつもりだよ。問題は食費だけど、なんとかなりそうだ」

「どうしてだ?」

 捕虜となっている古井戸家や子狐家の高官たちの一族から、食糧が届けられているらしい。


「そんな戦争もあるのか……」

「それに、シャーヒナのところへ古井戸家先代当主の妻たちが来ていました。シャーヒナに頭を下げて陳謝していましたよ」

 捕虜の中には、その息子や孫もいる。


「それはそれとして、鉱都は攻めないのか?」

「それなんだが、動きがある。今晩シャーヒナ様がトルサンに立ち会いをして欲しいそうだ」

「わかった」

 俺が答えると、ライラが淹れてくれたお茶を飲みながら、静かに菓子を食べていたサーミヤが目を光らせて口を開いた。


「わしも一緒に行こう」

 カインは一瞬嫌そうな顔をしたが、何も口にはしなかった。


※

 深夜になってやっと、カインが俺を呼びに戻って来た。

 シャーヒナの部屋に行くのかと思ったが、行く先は、闘技場の裏手の搬入口だった。


「何だ? 決闘か?」

「違う。人目を避けてるんだ」

 遠くから、砂を滑る船の音がする。その船は、俺の知る中で一番早く移動している船でこちらに向かって、灯りを二度照らした。


「来たようだな」

 闘技場の搬入口が開いた。

 中には、シャーヒナと警備の女アマゾネス ウフート姉妹がいた。

 大きな砂漠とかげは、ゆっくりと、減速して闘技場へと入っていく。

 後ろには、小さな船に一人の男が乗っていた。


「子狐家の使者、ミカゲだ」

「よく来られたな」

「和睦の話とのこと。早速だが、条件を聞こう」

 古井戸家と違い、子狐家は団結している。誰も勝手な行動や交渉はしていない。

 闘技場へと荷物を運ぶのも仕事の一つ。そこに何ら思惑が無い。


「書状にも書いたが、お前たちの捕虜を半数先に解放する。そして、取引も今まで通りだ。その代わり、我らの陣営に」

 シャーヒナが落ち着いた声で話す。


「それは難しい。中立を守ることを約束しよう。攻めぬ証として、船は全て、他の場所へ移動させよう」

 ミカゲは、若いがしっかりと受け答えをする。

 交渉として、幾つか条件を変えて、シャーヒナは話をする。商売の有利な条件、利権の一部譲渡。だがミカゲは頑として条件を変えない。


「儲かるぞ? 将来的にも」

「いえ、和睦の条件として中立は守る。どこにも兵を動かさない。これは変えない」

 交渉上手のシャーヒナもやがて諦めた。

「信念には勝てんか……」


「信念ではありません。商家として矜持です。古井戸家への恩はもう返しました。ですから中立となります。ですが、裏切ることまでは出来ません。鉱都には、子狐の家族が多く住んでいます。この者達の安全を最優先します。信じてください」


「良かろう。お前の言う通りにしよう」

 俺には、小声のやり取りが、全て聞こえる。俺と歳の変わらぬミカゲという男には、ただならぬ胆力を感じた。

「それでは、家内をまとめて……回答を」

「ああ、そうしてくれ」

 シャーヒナが去ろうとする背に、ミカゲは声をかける。


「交渉の場に来る代わりに、質問に一つ答えてくれる約束」

「……正直に答えよう」

 老婆は難しそうな顔で振り向いて答えた。


お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。

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