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竜契の巨人 血を啜れ約束を果たせ 闘技場の王  作者: 織部


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孤独の戦場


古井戸家の当主を拿捕することは出来なかった。

 理由は簡単だ。既にいなかったからだ。――あと一歩、遅かった。

                        「大将が、軍団を囮にして逃げた」

 情けの無い話だ。だが、それは結果的に俺たちが罠にはまった形になった。

 追い詰めたつもりで、逆に盤上へ誘い込まれていたわけだ。


 俺たちが、当主のいる場所を突き止めて突入した時には、ファーリスも裏手から既に踏み込んでいた。

「トルサン。残念だが空振りだ」

「そうみたいだな。……見事にやられた」


「数では負けている。それにこの陣地内は敵の庭だ。脱出しよう」

 冷静な判断だ。ここで踏みとどまるのは、勇気じゃなくただの浪費だ。

 俺は戦える。

 だが、その間に兵が死ぬ。

 消耗戦は避けるべきだ。ここで意地を張る意味はない。

                        カインが、あらかじめ決めていた退却の合図となる狼煙を上げる。

 夜空に火が咲いた。闇を裂くように、橙の光が高く立ち上る。

 味方は既に突破を始めていた。


 敵は崩れた陣を立て直し、こちらの退路を塞ごうとしている。

 背を見せて逃げるのは危険だ。だが、彼らも本気で追っては来ないだろう。

 こちらにもまだ牙があると分かっているはずだ。

 ――いや、そう思わせてやる必要がある。


 古井戸家の中にも、優秀な武人が何人もいるようだ。

 混乱していた陣地の中で、兵をまとめ反撃を開始している。立て直しが早い。統率が高い証拠だ。

 松明の光が揺れ、怒号と鉄のぶつかる音が夜気を震わせる。


 乱れていた槍列が、再び整い直されていく。

 崩れかけた波が、一つの刃に変わる。

「集団戦が得意なんだな!」

 皮肉半分、賞賛半分だ。いい敵だ。だからこそ厄介だ。


 俺は、敵に囲まれて窮地に陥っている小隊を助けに走る。砂を蹴り、一気に距離を詰めた。

「トルサンさん、もうダメかと思いました」

「おいおい、剣闘士が情けないぞ。まだ腕はついてるだろ。さあいけ!」

 小隊は、突破を始めている味方の列へ駆けていく。


 敵兵たちは、それを逃がすまいと前へ出た。

 敵を一人ずつ殺している暇はない。

 体当たりして、吹き飛ばす。

 鎧ごと骨を軋ませる鈍い感触。


 ぶつかった兵が二人まとめて宙を舞い、砂煙の向こうへ転がっていく。

 火に照らされたその光景に、敵の足が一瞬だけ止まる。

 そこに道が開く。


「そんな戦い方あるのか? 何をしている、早く逃げるぞ!」

「いや、俺が殿をする。不倒の巨人の俺がな。――ここは通さない。ファーリス、突破してくれ!」

 ファーリスたちは一瞬だけ足を止め――そして、走った。


 誰も振り返らない。

 振り返れば、この殿が無駄になると知っているからだ。


 全身に敵の矢を受け、槍に貫かれた。

 一本、二本ではない。肉に食い込み、骨に当たり、軋みながら止まる。

 熱い。だが、膝は折れない。


「俺の鎧や体に傷をつけるとは……優秀な戦士もいるんだな」

 松明の光が、突き立った矢と血に濡れた体を照らす。

 影が大きく地に伸びる。まるで、本当に巨人であるかのように。


「こいつ、バケモノだ」

 酷い言いようだ。バケモノではない、巨人族だよ。

 言葉に出してはいけない真実を誇りに、俺は戦う。

「死にたい奴は前に出ろ! 上級剣闘士、トルサンだ!」


 火に照らされた敵兵の顔が、わずかに揺れる。

 恐怖が伝播しているのが分かった。

「矢を放て!」

 弓弦が一斉に軋む音。

 次の瞬間、無数の火矢が放たれた。


 尾を引く炎が弧を描き、夜空を焼く。星の代わりに、死が降ってくる。

 俺は大剣を振るう。

 巻き起こった暴風が火矢を呑み込み、炎の軌道を逸らした。

 矢は力を失い、乾いた音を立てて地面へ落ちる。


「それは威力が無いな!」

 敵兵たちの足が止まる。

 追えば死ぬ。そう理解した顔だった。

 もう逃げる時間は稼いだはずだ。


「おい! 追って来たやつは、必ず殺す!」

 俺は、ゆっくりと歩き出した。

 敵陣を抜け出した時、そこには既に闇しかなかった。

 敵も味方も、どこにもいない。


「おいていかれた。……歩いて帰るか」

 治癒の魔力を全身に巡らせる。

 傷口が熱を持ちながら塞がり、砂に足を取られた重い体が少しだけ軽くなる。

 俺たちが布陣していた陣地も、いつの間にか無くなっている。


「撤退したのか? 良い判断だが……」

 遠くで、砂の上を走るそりの音だけが小さく響いていた。

 さっきまで耳を埋めていた怒号は、もう無い。

 風が、静かに砂を撫でていく。


 闘技場にきてから、ずっと多くの人に囲まれて生きてきた。

 だからだろうか。

 久しぶりに一人になると、とてつもない孤独が胸の奥へ入り込んできた。


「不思議なものだ。こんな戦場の中で」

 血の匂いがする。

 火の燃える音もする。

 なのに世界は、妙に静かだった。

 俺は弱くなったのか? 違う。俺の中には友がいる。

 ふと立ち止まり、空を見上げる。

 広がる夜空には、満点の星があった。


「トルサン、どこだ!」

 遠くに俺を探す声が微かに聞こえる。必死な声だ。

 その声は、カインだ。

 声を出すなんて、自殺行為じゃないか。

 だが――その必死さが、胸の奥へ真っ直ぐ届いた。

 苦手な火の魔法で、光玉を灯す。暗闇の中に、小さな火が浮かび上がった。

 居場所を知らせる。


『ここに俺はいると』

 走る。走る。

 走るのは苦手だ。だが今は、少しでも早くその声の場所へ行きたかった。


「ここだ!」

 砂をかき分けて、船が近づいてくる。

 カインの顔を見つけた瞬間、胸の奥に押し込めていたものが、一気に溢れた。


 俺は何故か、涙を流していた。


お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。

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