やさしくされるとやさしくなれる花
教室に帰ってくるなり、めるとは身を投げ出すようにして椅子にもたれかかった。
あしたがジョーしてしまいそうなほど真っ白に燃え尽きたその姿は、最近の優斗のクラスの定番となりつつある。
彼女をこれほど疲れさせている原因、それは彼女の人生で最大のモテ期が只今到来しているからだ。
登校している間、いつどこから来るともわからない愛の散弾に打ち抜かれまくって、彼女は今青春の洗礼を受け疲弊していた。
劇の主役を務め切ってから、磨けば光るダイヤの原石、埋もれていた巨乳美女見習いとして、めるとは学校中の男子から注目の的となった。
これまでは素行の悪い弟のニトロが、彼女の全てを隠ぺいする勢いで暴れ蹴散らしていたため、めるとが男性陣から色目で見られることは防がれていた。
そのニトロなのだが。
なんと今回に限っては飛んで助けに来ないのだ。もちろんめるとがタチの悪そうな奴に絡まれれば助けに来るのだが、それだけなのだ。
過剰防衛極まれりの暴君がどうしたのかと優斗も聞いてみたのだが、ぶすっとした顔でぼそぼそと決まり悪そうに答えたのがこれだ。
「うるせーな……、今は飛ぶ練習が必要なんだよ…」
ガシガシと不機嫌そうに金髪をかきむしるニトロは、自身に相当のストレスを溜めながらも姉と一線を引こうとしているように見えた。
その姿に不覚にも胸がキュンとしてしまった優斗は、そっぽを向くニトロの髪を優しく撫でるという暴挙に出てカウンターパンチを食らったのだった。
「………てめーはいいのかよ。余裕ぶっこいてっと…知らねーぞ?」
「いや…、決して余裕こいてるわけではないんだけど…、何て言うか……。
ほんとに危ないとこではお前が来るし?普通の告白に俺がしゃしゃり出るのも違うし?
…俺がアタックしても疲弊させそうだし……、正直何もできなくて……」
「情けねーな、タマついてんのか?」
「ついてんの見ただろお前も?……てかまぁ、うん…、何とか、する……」
「………頼むぞ……」
「え?何て?声小さ…」
「何でもねーよ、つうかもう帰れ、友達いないからって俺のとこまでくんな!」
しっしっと追い払われ、優斗は不服ながらもニトロのクラスを出た。
だが出た先の廊下の隅で、だいぶ見慣れてきた光景がまた繰り広げられていた。
今度は下級生に告白されているらしいめるとが、勢いよく頭を下げるところだった。あれは「ごめんなさい」だ。
優斗も何とはなしに事の成り行きを見守っていたが、どうやら下級生、諦めきれず粘っているようだった。
あまりしつこいようなら割って入るべきか…優斗が悩んでいると、どこからともなく颯爽とポニーテールの女子が現れ、めるとたちの会話に加わっていた。
二言三言話すと、下級生は項垂れてその場を後にした。
どうやら自然に話を終えることができたようだ。めるとはポニーテールの女子、美作にも頭を下げて礼を言っている。美作は手を振ると、さっと離れていった。
下級学年の廊下ということもあり、今日は久しぶりにめるとが一人でいる場面に遭遇した。チャンスは今だ、優斗はめるとに近づいた。
「……藍無さん、大丈夫?」
「…あ、洞井、くん……。大丈夫、美作さんがまた助けてくれて…」
「また?何度か助けてもらってるの?」
「うん…、なんか、女子だからかな……、ニトロが止めに入ってくれるより…相手が興奮してても自然になだめることができて…」
「そうだったのか…助かるね」
「うん…、でも、なんで助けてくれるんだろ…?」
「……美作には美作なりの事情があるんだろうと思うよ…」
「……うん、いつかちゃんと、お話ししたいな…」
「そうだな…」
久しぶりの会話が止まってしまった。優斗はガリガリと後ろ頭を掻き、めるとはうつむいてもじもじした。
文化祭の日のグラウンドでの出来事が優斗の頭に蘇る。あの日、初めて彼女を名前で呼んで、彼女と ----
思えばあれから、優斗とめるとに進展らしいものは何もない。
それどころではないほどめるとが忙しく…告白されては逃げ回る日々が始まってしまったからだった。
そういえば…優斗はふと思い至る。彼女は告白から逃げ回っている。全て断っているのだ。
それはなぜなのか、人と付き合うのは怖いからか、それとも意中の人がいるからなのか、もしいるとしたらそれが優斗の可能性はどのくらいなのか…。
少なくとも、名前で呼んでくれた彼女。あんな潤んだ瞳で好意を口にしてくれた彼女。
もしかして、自分からの告白を待っていたりしてくれているんだろうか…、優斗の全身から汗が吹き出し、顔が紅潮する。
もしかして今…今がそのタイミング…?!えっ、学校??ヤバッ、こ、こんなとこで俺の一大イベントが…
「………………ゆう、と……くん………」
「……はっ、はいぃっ?!」
優斗の声が裏返った。蚊の鳴くような声しか出せなかっためるとはその声に一気に顔を赤らめる。
心臓の音がうるさい。優斗は息をのんでめるとの次の言葉を待った。待ってみて思った、待ってていいのか?
意を決し、お互い同時に息を吸い込んで顔を上げ、言葉を発しようとしたとき、それは飛んできた。
ばこーーーーーーーーーーーーーーん
優斗の頭にヒットしたそれは靴の片方だ。見なくても持ち主はわかる。
「……ニトロッ、てめっ……」
「…ヨソでやれやぁぁぁ………」
靴を片手に振り返った優斗が見たのは、真っ黒な顔色にギラギラ光る眼の金髪鬼の姿だった。
ひるんだ二人は小さな声で「………はい」と答えると、すごすごと自分たちの教室へ帰っていくのだった。
あれから数日。相変わらずめるとが一人になることは滅多になく、優斗は遠くから疲弊した彼女を眺める日々が続いていた。
ぼーっとしたまま優斗は教科書を机に押し込む。クシャッという小さな音、予感がした。
「放課後、前に会った使われてない方の体育倉庫で。鍵は開けておきます」
----予感がした。これがきっと、最初で最後のチャンスだと。
放課後、優斗が外の使われていない体育倉庫に入ると、今回はすでにめるとが待っていた。
そのことに優斗は胸を撫でおろす。良かった、今回は変な妄想に溺れて暴走しないで済みそうだ。
だがほっとしたのも束の間、めるとに遅れたことを詫びようと顔を上げると、不機嫌そうな怒ったような彼女の顔が目に飛び込む。
何かしでかしただろうか…?二人の間の空気が緊張で張りつめる。
「……………聞いたよ、美作さんから…」
「……………な、何をでございましょう、か…?」
「……………私を好きになったきっかけ…」
「……………あっ…」
めるとがバッと自分の胸を腕で隠し、身を縮こまらせて赤い顔で優斗を睨む。
優斗は両手で顔を抑えると崩れ落ち、床に膝をついてそのまま土下座した。
「………ほんとなんだ……」
その呟きにますます顔が上げられなくなった優斗は、時が止まったような土下座を続けた。
重苦しい沈黙。優斗には永遠に感じられた数秒の後、めるとが小さく声をあげる。
「………わかった……」
「…?」
何の話かわからず、優斗がおそるおそる顔を上げると、そこには妄想の世界が広がっていた。
顔を赤くしためるとが、震える手で一つずつ制服の胸元のボタンを外していく。
彼女の胸はかなり大きいため、ボタンを外すと下着に包まれたやわらかな塊がはち切れんばかりにその存在を主張してくる。
すぐに胸の谷間があらわになる。かいた汗が、つ…と形に添って流れ、谷間に流れ込んでいくのを見て、優斗の喉は自然に鳴った。
そのまま胸のふくらみが終わる部分までめるとがボタンを外したところで、優斗は我に返った。
これはいつもの妄想じゃない、現実だ ----!
優斗は思わずバッとめるとの手に飛びつき、いまだ震えるその手を止めた。
「……な、なななななな何してんの藍無さん…!?!?」
「……………………魅力………」
「……み、みりょく?」
「…………わ、私の……胸、は……魅力…だって…言ってくれた……、いいことだって……」
「……もしかして愛名が前に言ってたこと…?」
「……ゆう……ゆう、とくんが……き、気に入ってくれる、なら……私………!」
真っ赤な顔のめるとがぎゅっと目を瞑った。その目の端から涙がこぼれる。
優斗は喉がカラカラに渇いていることに気付いた。顔から熱が引かない。合わさった二人の手は、じっとりと汗ばんでいた。
優斗はめるとの手を離すと、ごくりと喉を鳴らしてから、めるとの制服のボタンに手をかける。
そしてそのボタンをはめた。
一つ、また一つと、めるとが外したボタンを上まではめていく。汗ばんだ胸元は布地に隠された。
その感覚に目を開けためるとが、きょとんと優斗の顔を見る。
優斗はしばらく視線を下にさまよわせていたが、意を決してめるとに視線を合わせると、静かに告げた。
「………違うよ」
「………わ、わたし、…まちがっ…た…?」
「…うん、その魅力の使い方は違う。
今後その使い方は俺に対しても、他の誰に対してもしちゃダメだ。
君…めるとの魅力は身体もあるけど、身体だけじゃない。
だから身体の魅力を簡単に安売りしていいものじゃないんだ。……もっと大事に、して…」
しばらくきょとんしたままだっためるとの顔が、泣きそうに歪んだ。
優斗に抱き着こうと手を伸ばしたが、優斗の手がめるとの肩を掴んでそれを阻止した。
「…優斗く…?」
「ダメッ!!ごめん今ダメだから!!!」
めるとの肩から手を離した優斗は、その手をそのまま自分の股間に持っていき、抑え込んだ。
崩れ落ち、床に膝をつくと背を丸めて、必死にそれを隠した。
最初は訳が分からなかっためるとも、小刻みに震える優斗の体と、真っ赤になっている耳や首を見て事態を把握する。
自覚した途端、めるとには不思議な感覚が産まれていた。
これまで自分の体を舐め回すような視線で見られることは度々あった。そういう言葉も投げかけられた。
そのときには嫌悪感しか覚えなかったが、今のこの感覚はまるで違う。
自分の体に魅力を感じて、そういう気分になった、なってくれた彼を見ていると。
熱くしたたるものが、めるとの身体の内に流れる。
脈打つ鼓動が心地よい。自然と息が上がる。
めるとはしゃがむと、優斗の震える汗ばんだ背中に手を這わせた。
そして真っ赤な耳にそっと囁く。
「……大事にします。
…でもいつか……きっと……」
そこで言葉を切り、めるとは優斗の耳に口付けた。
優斗の意識はそこで途切れた。
---- 歌が聞こえる。
知ってる、これはあの劇の歌だ。…でもどこか、やわらかくて甘い響きがする…。
自分だけに囁く、愛の歌のような………
そこで優斗の意識は急浮上した。
しかし目を開ける前に感じた体の不安定さに驚き、目を閉じたまま状況を探る。
匂いは体育倉庫。後頭部に柔らかく弾力のある感触。時折頭を撫でる手の感触。腹付近に置かれたこれも、手の感触だろうか…。
つまり、これは多分確実にめるとに膝枕されている状況。
今日は随分と妄想が現実になる日だ…。優斗の沸騰しそうな脳が一部だけやけに冷静に物事を捉えていた。
めるとはきっと、優斗の目が覚めるまでこうして見守るつもりなのだろう。
早く目を覚まさないと悪いとは思いつつも、夢に描いた光景の中に今自分がいるのだと思うと、優斗の中にもう少し味わいたいという欲が産まれる。
ひたすらにめるとの優しさとぬくもり、慈しみを感じるこの時間。
先程までの激しい欲情とはまるで違った、けれど確実に愛を感じるこの一時に浸り、優斗はめるとの手の中で微睡んだ。




