第九話 創作三昧~処女作は作者のすべてが詰まっているって本当? ~
興邦くんは非常に口うるさい。知ってはいたが改めて現実を思い知らされた。
朝は明け六つ。必ず起きて茶をすする。しかもそれを自分で用意できないので俺がやる羽目になる。実家時代の上げ膳据え膳に慣れ切った彼に、目にもの見せてやるという思いがふつふつと湧いてきた。
「私はこれから執筆に入る。信乃、お主も書くのだろう」
そして手習いの手伝いでもらった和紙と硯を用意して創作活動に耽る。
俺も負けじと筆をとり執筆を始めた。
「信乃、売れるためには最近の流行を取り入れるのじゃ」
脳内彼女ことのじゃロリさまが開始早々アドバイスをくれる。
「でも俺、この時代のことよくわからないし」
歴史の授業では寛政の改革前後のはやりとか聞かないしね。緊縮財政の時って大体デフレっていうか景気悪いし。
「いいことを教えるのじゃ。この時代は壬生狂言が庶民でもぶれいく、したのじゃ」
ところどころカタカナがうまく言えないあたりのじゃロリさまは江戸時代の人なんだと実感する。
「狂言ってなんだっけ? 」
能とか狂言って室町時代の話じゃないの?
そう突っ込みたくなったが詳しい話も気になる。
「壬生狂言は円覚上人が始めたものじゃ。一切台詞がつかない宗教劇ということで上方でも人気があるそうじゃ」
そして江戸の町の人々もハマっているとか。道成寺がおすすめだと付け足されても全然ぴんと来ない。
「なんか難しそうで全然わからないな」
そして筆でメモを取っていると、ふらふらと興邦くんがやってくる。
「信乃、何かいい題材はないか」
「うーん、壬生狂言はどう? 」
バカか俺は。敵に塩を送ってどうする。
興邦くんをぎゃふんと言わせるんじゃなかったのか。
「なかなか面白いな。確かに流行りを取り入れるのは大事だ」
さすがだなと褒められる。
そうすると嫌な気がしないのが俺の単純なところでもあるんだけど。
「どうじょうじ、とかいいんじゃない」
のじゃロリさまの受け売りだったが勧めてみると興邦くんはふんふんうなずく。
「道成寺か。安珍、清姫伝説で有名だ」
「何それ」
創作活動をしているなら知っていて当然だろうという体で話が進む。
「簡単に言うと美形の坊さんが若い女とできぬ結婚の約束をして、追いかけられる話だ」
「怖っ」
今でいうストーカーじゃないか。創作の題材ってサイコホラーなことが多いよね。不気味な話はラブコメ好きにはわかりません。
「俺は勘弁だな、そういうの」
「信乃は大きな体をしている割に臆病だな。壬生狂言は面白いぞ。特に私は紅葉狩が好きだ」
それって行楽シーズンで楽しむイベントのことじゃないの?
「信濃の戸隠山で紅葉狩りに来た平維茂が鬼女を退治する話だ」
そういえばこの人勧善懲悪が好きなんだった。
忘れていた。
「話が浮かんできた。あとは書くだけだな」
そして急に上機嫌になった興邦くんは部屋の端に座して筆をとる。
あれ? 俺ぎゃふんと言わせるどころかいいアイデアを提供しただけなんじゃ。
しかし上杉謙信だって武田信玄に塩を送ったわけだし好敵手とはそういうものなんだ。
そう自分に言い聞かせて俺も妄想の世界に入り込む。
そしてたどり着いた結論は。
「俺も有名作品を題材に何か書くか」
パロディはいつの時代も人気だし、オマージュといいながら丸パクリの作品はあることだし。
「この時代に西洋文学の情報はないはずだ。だったら」
イギリスの有名作家、オスカーワイルドの小説をパクるか。
ラブコメを昔の文体で書くのは至難の業だ。俺は吉原についてとか恋愛についてとかあまり詳しくないわけだし。
「信乃、異国にも読本があるのか」
のじゃロリさまも興味津々だ。
サロメはオスカーワイルドが恋人の小説を書き直した作品らしいから却下。
二番煎じどころか何番煎じになるかわからないし。
だったら。
「幸福な王子様はどうだろう」
「信乃、王子さまとはなんじゃ」
あれは像になった王子様が燕に自分の身体の一部である宝石や金箔を運ぶことを頼む話だ。
「うーんこの時代だと殿様かその若様か」
なんか違うんだよな。
そして考えること数刻。
「わかった、仏様ということにしよう」
江戸時代だし馴染みがあるだろうという結論に至る。
「幸福な仏様、ってタイトルはどうだ」
鳥も燕で大丈夫そうだし。
仏様の願いを聞いて、冬を越せず死んでいった燕の話は江戸の人々の涙を誘うはずだ。
「一作目は泣ける小説で売るっていうが鉄則だからな」
ラブコメ作家としては持てる知識は最大限に生かさねば。
俺は学がない。
だったら現代の知識をフル活用してデビューするしかない。
「信乃、筆がのってきたようじゃの。難しいことはわからんが、異国で人気があるのじゃから、面白いはずじゃ。なんでも学ぶは、まねぶから来ているという。特に芸事は真似が最初だというからのう」
よく処女作は作者のすべてが詰まっているというけれど。
俺と興邦くんは対照的だった。
流行を取り入れつつ、自分の持つ知識を披露するスタイルの興邦くんと、既存作の模倣から入る俺。
対照的だが創作とは本来そういうものなんじゃないか。
俺はそう思っている。
百人いれば百人のやり方があるように、誰かが間違っていて誰かが正しいなんてことはありえない。
「信乃の考え方は諸行無常の考え方に通じるのう」
のじゃロリさまはふふっと笑う。
彼女も俺の創作活動を見守ってくれる。
仲間がいて、ライバルがいる。
この上ない環境だ。
「俺、絶対デビューしてみせるからな」
「その意気じゃ、精進するのじゃ」
慣れない筆での執筆、昔の文体での創作活動は難しかったが、俺は負けていられなかった。
興邦くんが山東京伝に憧れているように。
俺だって商業作家になりたいと夢見ているのだから。
時代が違おうとその事実は変わらない。
「俺は、絶対小説家になるんだっ」
日が暮れるまで一日中筆をとり、文字通り創作活動に明け暮れるのだった。