第十話 小説家になろう~なれるかどうかは生き字引に倣うべし~
俺たちの作品が完成した。興邦くんは壬生狂言を題材にして、俺は幸福な王子のアレンジをして。
見せるべき相手は決まっている。
「山東京伝師匠の講評をいただきたい」
そして彼の邸宅に向かう。深川の町でも瀟洒な屋敷を構えていた。
なんでも噂では吉原の新造を身請けして嫁に迎えたらしい。
華のある雰囲気はよく似合っていて、山東京伝が新進気鋭のクリエイターだと実感する。
「よく来たな。本当に深川の長屋で暮らしているとは思わなかった。新しい生活はどうか」
「かたじけない。慣れないこともあるが、二人でうまくやっている」
「それはもう、つつがなく」
相変わらず興邦くんはくそ偉そうだがかすかに身体が震えていた。緊張しているのか。
「弟子は取らぬと言ったが、二人の自信作とやらには興味がある。見せてくれ」
山東京伝は茶をすすりながら、俺たちの動きを待つ。
覚悟があるか問われているような気がした。
「こちらが俺たちの作品です」
慣れない筆で執筆した小説なだけに思い入れがある。
それは興邦くんも同じようで俺たちは顔を見合わせた。
「ほう、幸福な仏様か」
山東京伝は草双紙によさそうだと一言漏らす。
「しかし因果なものだな。貧しい人の幸福を願ったにも関わらず、身近な友を苦しめてしまうとは」
俺がアレンジした内容はあの有名なオスカーワイルドの作品だった。
幸福な王子様。優しい王子は貧しい人たちのために、自分の身体の一部である金箔や宝石を渡してくれないか、と頼む。頼まれたのは一羽の燕。
そこを江戸時代風にアレンジした。
王子様の像は仏様に、燕はそのまま。
だが最後は少し変えてみた。
「冬を越せない燕が死ぬかと思ったが、極楽浄土で幸せに飛んでいるというのか。最後は仏さまとともに報われるということか」
半分パクったとはいえ、最後は自分なりの結末を書くことができた。現代の知識を利用しているのでずるいといえばずるいが先人に倣え、だ。
「信乃の坊主は案外、人情ものがうまいのかもしれないな。子供向けも今後はやってみるといいだろうな」
「じゃあ……」
「だが、言葉の使い方がまだこなれていない。もう少し勉強が必要だ」
認められたと思ったがまだ課題はあったようだ。
悔しいが事実なので何も言い返せない。
それは第一線で生きている人の意見だから。
「次はお武家さんか、読ませてもらおう」
「題名は尽用而二分狂言」
そして原稿をめくりながら黙々と読み始める。
「これは、壬生狂言の道成寺と紅葉狩を題材にしているのだな」
「いかにも」
俺が出したアイデアなんだけどね。もとはと言えばのじゃロリさまの情報から来ているんだけど。
「これ信乃、私がおとなしくしているからといって最近気を抜いておるのじゃ」
案の定脳内彼女こと、のじゃロリさまがぷんすか怒っている。
「私の出した情報なのじゃからもうちっと敬意というものをじゃのう」
わかったわかったと心の中で答えておく。
今は山東京伝の前だし下手なことはできないし。
「この作品は言葉遊びが面白い。流行もおさえてあるし、江戸っ子好みの作品だ」
流行も取り入れ、いわゆる時代の流れに合った作品なのだろう。
一本取られた。
「よかろう。弟子にすることはできないが、出版できないか取り合ってみよう」
ただしと条件を付けられる。
「筆名は曲亭馬琴を名乗るのはまだ早い。形だけ私の弟子ということで作品を出さないか」
もちろん信乃も校正をして世に出すことも考えようと付け足される。
「お武家さんと信乃の坊主の作品は及第点だ。だが才能は磨いてこそ、作品は校正してこそ輝くのだ」
至極当然のことを言われたのだが、それはプロの含蓄ある言葉でもあるからこそ、深く受け止めなければならない。
「信乃、どうしたのじゃ。せっかく作品を世に出すことができるようじゃろう」
心配したのじゃロリさまがこちらの様子をうかがう。
「確かに山東京伝師匠の言う通りですが」
「ほう、私に意見するのか」
いやその逆なんだよ。俺は、実は。
「校正、苦手なんです」
ようやく言えた。実は小説を書いていると言いながら、ほとんど読み返すことなどなく、大体一発書きで、えいやっと出してしまうタイプなのだ。
自分の小説を読み返すと大体つまらないのではないかと不安になるし、段々面白いのかすらもわからなくなるのだ。
だから校正は苦手なんだよ。
声を大にして言いたい。
「信乃、それはちと恥ずかしいことなのじゃなかろうか」
案の定のじゃロリさまが呆れている。
だって仕方ないだろう。
俺は現代っ子。現代文明に甘やかされているんだよ。
それに昔の人だって言っていた。
愛とは振り返らないこと。
正直心地のいい言葉でごまかしたい気持ちでいっぱいです。
振り返らないというよりは後ろを振り返るのが怖すぎるんだよ。
「残念だがな、信乃の坊主」
山東京伝が現実を突き付けてくる。
「本を世に出すときには誰しもが通る道だ。校正が一番肝要だと思った方がいい。それくらい大事なことだ。だからこそないがしろにしてはならない」
特に俺は江戸時代の言葉には不慣れだし、読みやすい文章がもとからかけているわけでもない。
「おーまいがーというやつじゃのう」
のじゃロリさまが俺の気持ちを代弁してくれる。
「信乃の坊主は筋が悪くないのだから気を悪くするな」
俺と興邦くんは出版デビューが決まりかけ、興邦くんは希望に満ち溢れ、俺は絶望の淵に立っていた。
「これは楽しみじゃ。いわゆる商業でびゅーというやつじゃろう」
のじゃロリさまは喜んでくれるが、俺は不安しかなかった。
そして自分の文章を読み返すという地道で苦しい作業が始まるのだった。




