第1話:遭遇
――バタンッ。
錆びついた蝶番が悲鳴を上げ、
ドアが吹き飛ぶ。
蹴り飛ばしたのは『先生』と呼ばれる男だった。
室内に充満していたのは、湿った埃と、隠しきれない鉄錆の臭い
そう、――死臭だ。
「……ハズレ、ね」
猟銃の銃口を下げ、少女・ルージュが吐き捨てる。
その体躯には不釣り合いな重火器が、彼女の腕の中で命の代償のように震えている。
「ルージュ、先を急ごう。ここに、既に『彼』の気配はない」
背後から声をかけたのは、
かつて彼女に狩猟術と「生き残るための冷徹さ」を叩き込んだ狩人の先生だ。
「そうね、先生。
……今度こそ。あの『狼』の首を引っこ抜いて、その汚れた喉に鉛弾をねじ込んでやる」
ルージュは振り返らない。
紅の頭巾が、彼女の表情を完璧に隠している。だが、その頭巾から覗く瞳の奥には、凍りついた地獄が渦巻いていた。
私たちは、その廃屋を後にした。
かつて、人々が普通に暮らし、笑い、祈っていた、この街。
グリムランド。
その日常の奥底に、今もなお、『狼』が潜んでいる。
◆
あの日、森の道はひどく昏かった。
大好きだったおばあちゃんの元へ向かう、いつもの帰り道。
私は、あの男と出会ってしまった。
その男――「シエル」は、
聖者のような面影をしていた。
優しく微笑み、血の気のない私を案じて、手招きをした。
『おばあちゃん、帰ってくるまで俺が一緒に待ってあげるね?』
幼かった私は、その言葉を信じた。
森の冷気に震える私に、彼は温かいスープを差し出した。
『お腹、空いたでしょう?
コレ、作ったんだ。どうぞ、食べて』
鉄の味がするような、濃厚な肉のスープ。
「変わったお肉ね」
と無邪気に問う私に、彼は甘く囁いたのだ。
『ウフフ。でも美味しいでしょう?
君のおばあちゃん』
――その先の記憶は、ない。
覚えているのは、断片だけだ。
柔らかな、声。
温かい、湯気。
優しい声で、囁かれた、何か。
思い出そうとするたび、頭の奥が、鋭く痛む。
まるで、これ以上は、思い出すなと、
誰かに止められているかのように。
気がついた時、私は森の端に、ぼろきれのように投げ捨てられていた。
おばあちゃんは、もう、どこにもいなかった。
全身を襲う痛みよりも、私の目を釘付けにしたのは――
家の壁に刻まれた、赤い文字だった。
『君は「気に入った」から生かしてあげるね?また遊ぼう』
紅い頭巾の下で、私は唇を噛み締める。
狼は今も、普通の人間の顔をしてどこかで腹を空かせている。
けれど、もういい。
いつか、必ず。
あの喉笛に、この手で、狙いを定めてやるんだから。
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