第一話 落ちた!
青葉大の学園祭まであと少し。
焦っていた。
大学二年になって初めての学園祭だ。
友達と屋台を回って、普通の大学生らしいことをしているはずだった。
深夜の部室でレッドブル、4本め。
パソコンと睨み合う予定ではなかった。
「落ちた」
モニターを見つめたまま、思わず声が出た。
隣から即座に返事が飛んでくる。
「何回目?」
「知らん」
「数えてないの?」
「途中から心が折れた」
「それは残念」
全然残念そうじゃない。
窓際の席で、リンカが肩を揺らしていた。
青葉大学AI研究会。
大学のサークルなのに、どこか仕事場みたいな空気がある。
夏はインターン。
秋はハッカソン。
冬は就活。
気が付けば、サークル活動そのものが履歴書になっていた。
そんなこと、入部した頃は知らなかった。
面白そうだったから。
ただ、それだけで。
高校まで陸上をやっていた。
中距離。
真面目に走った。
それなりに結果も出た。
でも、全国には届かなかった。
県大会止まり。
誰かに負け続けたわけじゃない。
自分より少し速い誰かが、いつも前にいただけ。
大学に入ったら違うことをやろうと思った。
その時に見つけたのがAI研究会だった。
生成AI。
AIエージェント、技術革新。
そんな言葉が、毎日のように流れていた頃だ。
かっけぇ画面にしびれたことは内緒だ。
そんなものを作れるのか?
そんなことができるのか、と。
少し触っただけで面白かった。
まるで、未来を先取りしている気分になれたんだ。
だから、入った。
面白そうだから……
「そういえば」
リンカが不意に言った。
「今日、佐伯さん来るらしいよ」
「また?」
思わず顔をしかめる。
AI研究会OBの佐伯さん。
気が付くと部室にいる人だ。
経歴を誰に聞いても、答えが違う。
確かなのは、毎回差し入れを持ってくることだった。
もうかっているんだな、そんな感じ。
「今度は何だろうな」
「ドーナツ」
「先週もドーナツだったな」
「好きなんじゃない?」
「誰が」
「佐伯さんが」
少しだけ笑った。
リンカも笑った。
そういう時だけ普通の大学生に戻れる気がする。
だが、現実は容赦なかった。
モニターにエラーが表示されたからだ。
「あ」
「落ちた?」
「落ちた」
「ほら」
「ほらじゃない」
学園祭まで残り三日。
展示作品はまだ、完成していなかった。
作品名はPolaris。
未来の自分と対話するAI。
今年の学園祭テーマは『百年先の君へ』。
そこに乗っかった企画だった。
最初は面白そうだった。
本当に。
未来の自分に相談する。
百年後の世界を想像する。
そんな展示だ。
すごいだろう?
百年先だよ?
どんな未来が待っているんだ?
企画書を書いた時は全員盛り上がった。
問題は、作る側に未来が見えていなかったことだった。
「これ、間に合うか?」
思わず聞いた。
リンカはモニターから目を離さない。
「間に合わせるしかないでしょ」
「雑だな」
「現実的だよ」
その通りだった。
リンカは昔からそうだ。
迷わない。
立ち止まらない。
自分みたく、同じ場所でぐるぐる考えたりしない。
「リンカさ」
「なに」
「なんでそんな平気なんだ」
リンカはようやく顔を上げた。
少しだけ、不思議そうな顔をしている。
「平気じゃないけど」
「そう見える」
「見えるだけ」
それだけ言うと、また画面に向き直った。
はぁ。ため息をついた。
たぶん、本当なのだろう。
リンカはいつだって少し先を歩いている。
インターンも。
研究室も決めている。
英語の論文も普通に読む。
将来の話をしても迷いがない。
自分だけが、取り残されている気がした。
AI研究会に入れば、何か変われると思っていたけどな。
でも、実際は違う。
相変わらず、自分は何者でもなく。
その時、部室のドアが開いた。
「おまえら、生きてるかー」
聞き慣れた声だった。
片手にコンビニ袋。
もう片方の手には紙コップ。
「佐伯さん、何です? それ」
「肉まん」
「え?」
「あー、外したな」
リンカが吹き出した。
「佐伯さん、毎回ドーナツかと」
「フェイクもありだろ」
意味が分からない。
佐伯さんは、空いている椅子に腰を下ろした。
モニターを見て。
エラーを見て。
こっちを見た。
「終わらんか」
「当分終わりません」
「そうか」
それだけだった。
アドバイスもない。
解決策もない。
ただ、肉まんをすいっと差し出してくる。
「食え」
「今ですか」
「今だ。わざわざ、あっためてきてやっただろ?」
一口かじりつくと、少し温かかった。
深夜十一時。
冷えた部室で、その温度だけが妙に現実的だった。
学園祭まであと三日。
Polarisはまだ完成していない。
未来も見えない。
将来も分からない。
それでも、今だけは。
かじった暖かさが心地よかった。
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git commit -m "若さ故のあやまち"




