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6 隣国出身シアナの対面前


 滑らかな闇夜のような黒い肌、

 おとぎ話に出てくるような満月を想起させるような黄金の双眸、

 月光や星の光を思いださせるような、真っ白な髪や狐耳にふさふさの尻尾と艶めく白蛇の鱗、

 


 砂漠の国の唯一の後継者、ファリード王子、私の婚約者。

 

 彼の姿は昔からそんな神秘的なものだったが、今日それを思い出したかのように実感したのは、その顔がいつになく真剣だったからだろう。


 いつもはその豊かな表情や無邪気さから、愛らしさや小動物らしさを感じるのに。

 今は微塵も感じない。




「シアナ、ぼくとの婚約を破棄してくれませんか?」



 ………………どうしてこうなった?

 何を、何を私はしくじった?


 婚約破棄を提案され、私の頭にまずよぎったのは己がどこでしくじったかだ。


 不誠実だとか、正当じゃないとか、無茶苦茶だとかそういう意見ではない。


 だってそういうことを疑うことも馬鹿馬鹿しいくらい、私はファリードという人物の在り方を知っている。


 たとえ始まりは、碌でもない私情と政略での結婚でも、

 私は自分の意志で、ファリ、君の隣にいると決めたのだから。




 ***




 私が一桁代の時に、その婚約は決まった。

 普段は弱いところを一切見せない母が、私を抱きしめながら「ごめんね」と何度も繰り返しながら泣いていたのは今でも鮮明に記憶に残っている。

 涙に滲んだその緑色の瞳が、私の一番初めの記憶だ。



 母は子供の頃に偶然出会った隣国の少年に恋慕われた為、人生を滅茶苦茶にされた。

 平穏に自由に生きたかったのに、それが叶わなくなったという。

 父にその詳細を聞けば、

 母は昔、隣国の王に好意も許可も何も告げられずに結婚の外堀を埋められたことがあるらしい。


 隣国や母国では、賢王だと讃えられている隣国の革命王を母は「出会った頃に比べて、随分と傲慢になった」と吐き捨てた。


 今も結婚相手があの父なのだから、母は自由な方だとは思う。だが、彼女は国や権力という概念にとらわれず自由に旅をして生きたかったらしい。

旅して世界中を見て回って、一生という時間を、知り尽くせない世界の断片を少しでも身をもって知りたかったらしい。色んな人間に関わりたかったらしい。



 父にとっては隣国の王が母に執着する理由はある程度納得がいくらしい。

 その納得は勿論父が母に惚れているからだなんて甘い理由ではない。


 母は別に絶世の美人という訳でもなかった。だが、母は隣国の革命にとっては大きな存在だった。


 隣国の最高権力者が、遊びで尾有りの少女に子を産ませたのが、現在の隣国の王だった。

 彼は隣国で母親と共に虐げられ、母親が殺され、命からがら隣国である私の母国にやってきたのだ。

 彼はそこで亡命者として、自分だけが尾有りであることも極力隠して、母国から平穏に離れて生きようと思っていた。


 そんな時、偶然母に出会い、尾有りであることもバレた。

 だが私の母は尾有りに偏見を持っていなかった。いや私の母国は元から尾有りがいないので、虐げたりは発生しにくいのだが、珍しいものには当然人間なのだから反応してしまう。腫物として扱われてしまう。

 だが、母は幼少期から自由と知識を愛する人だったため、彼に対して友達として好意的に接した。


 尾有りであるが故の特徴も、目を輝かせて賞賛したのだ。


 自身の生まれた国では虐げられ、逃げてきた先の国では居場所を感じられなかった彼にそれは衝撃的だった。


 その後も母が歴史の勉強の合間に漏らした何気ない感想は、彼を、隣国の未来を変えた。


「差別する側の思想はそうそう変わらないね。だから差別される側は時に噛みつかないといけないんだ。同情で与えられた平等はきっと傲慢なものだろうから。対等にならないといけないんだ」

「英雄を待ってたら時が過ぎ去ってしまう。己が英雄にならないと変わらないんだろうね」


 もっとも当の母は、彼が権力者の血筋だなんてことはよく知らなかった。

 何気ない自分の感想が、思想が、隣国の未来を、尾有りの立場を変えるきっかけになるとは思ってもみなかった。


 だが、変わったのだ。彼は隣国の人間と人脈を構築してから母国に戻ると、秘密裏に尾有りをまとめあげ、隙をついて自分は父方の権力者一族を一掃、仲間の尾有り達にも反乱を起こさせ、尾有りの自由のための、新しい国を作る革命を起こした。


 そうして新しい国の王は外堀を散々埋めてきたあとに母に言ったのだ、

 「君のお陰で俺もこの国も変わった。いや、君にまた会う時に誇れるような行動を俺はしただけだ。

 頑張ったでしょう? だから君は俺と結婚するべきなんだ。ずっと一緒に居てよ」



 母が父と結婚したのには、母がその隣国の王と結婚を回避したかったのと、父が母という人材が母国から流出して敵に回ると厄介だからという利害関係からきている。


  母の持つ人間関係や情報、能力を考慮すると、母国の監視下に置いた方が国にとっても母にとっても安全だからだ。もし、母が隣国の王のところに嫁ぐのを了承した場合は、事故を装って母を殺したそうだ。そこに人間らしい温かみはない。 


 父は母を「思考回路が鋭利すぎて着火剤のような存在。野放しにすると危険」と評している。

 娘の私から見ても、苛烈でぶっ飛んだ人だとは言うことは間違いない。


 そんな言いようだが、母と父の相性は悪くは無かった。


 父は母国の損になることがなければ母の自由を許す程寛容なので、一緒に剣の稽古や馬で遠乗りにでかけたりする。

 というか母も父も手加減抜きの勝負事が大好きな質で、昔から競い合っては楽しそうにしている両親を見て、性根が猪みたいな人達だと思ったものだ。


 自由を愛する女と、国防を何より第一に生きる貴族の男、一見全く合わなそうだがかみ合っている二人、そんな間に生まれたのが私だった。




 だから、ファリがまだ生まれてもいない頃に、私と彼の婚約が決まったときに、自由意志の塊みたいな母は激高した。


 私までなく、私の娘の自由まで奪う気なのかと。

 私の娘も隣国の王の息子も、隣国の王の人形でも、母国の道具でも無いと、それはまあブチ切れたらしい。


 母の愛情とは聞こえがいいが、国同士の関係性を考えれば、貴族や王族である私やファリの立場を考えれば、母の主張はまあ身勝手なものだったろう。

 それでも自分に執着してきて人生設計壊してきた権力者の男が、別々の家庭を持ち、子供を産んでも尚執着してきて、自分の息子と娘の婚約を提案してきたのが、気持ち悪いというのは共感できる。正直、私もその点は未だに受け入れられない。


 当時、母は母国の若い王にも、隣国の王にも、直訴しようとした。

 ことが決まるまで黙っていた父に至っては、真剣を向けられたらしい。そして、そこで終わらず父も応戦した。どうなってるんだ、この両親は。


 私の最初の記憶である母の涙はその直前のことらしい。

 あのあとに、母は私を連れて逃亡生活をしようとして、それを察知した父と、文字通り真剣勝負したらしい。

 最終的に勝負はつかなかったが、母国の若い王がわざわざ屋敷に訪れて、結婚時に娘が本気で嫌がったら無しにするとの条件をつけて婚約を締結させた。


 ちなみに、私はその部分の記憶はない。

 知り合いのおじさんには「あんなもんシアナ嬢ちゃんが覚えてなくてよかったわ。話だけでも教育悪いし」とため息を吐かれた。



 まあ、この経緯から分かるように、母はずっと私とファリの婚約に反対をしていた。




 だから………………私もずっと隣国の王子との婚約は悪いものだと思ってた。

 出会う前から、母につられて「やだ、自由が良いもん」とよく駄々をこねてた。


 ファリと会う数か月前も、

 この婚約のメリットの無さを、整合性の無さを並べ立てて、父に抗議していた。


 だが、父は私のそれを表情を一切動かさずに聞いてた。娘だからと甘いことはない。

 

 自棄になった私が「みんな私を利用するんでしょ。嫌だよ、私は自由に生きたい……」と零した時の父の反応を今でも忘れられない。



 怒るでも、呆れるでもなく、ただ空色の瞳をまっすぐこちらを見て、私に問いかけた。


「漠然と自由に生きたいと言われてもな。その自由とはなんだ。

 自由を手に入れてお前は何をする気だ」


 問いかけられて、私の口から返す言葉は出てこなかった。父の問いかけに、私は答えられなかった。母なら即答できるだろう。でも、私は出来なかった。

 その時の居心地の悪さと言ったら、恥ずかしさといったら、今思い出すだけでもそわそわしてしまう。


 そのあとも、父の言葉は続いた。


 「悪いがお前の父親は自身で国の為に行動すると決めている。

 だから、お前も自身の行動理由や目的を決めるんだな。

 その上で抗うなら抗え、こっちも本気でそれに対処する。

 勿論、やるなら抗う為の知識や能力は準備してからにしろ。

 そうでないと私に簡単に潰されるぞ」


 覚悟が決まりきっているこの父には、勝てないと思った。


 娘に対して、自分は国の為に生きているから、何か反抗するなら本気で潰すと宣言する父に、

 情が無いとか、残酷だとか思えたら楽だっただろう。


 でも、そうじゃなかった。

 己が何者でも無いことに気づいた。


 自由を望みながら、何故自由をそんなに望むのか分からなかった。でも、縛られたくなかった。

 だけど、父に反抗できる覚悟が私にある訳でもなかった。

 母ならきっと私の思いを尊重してくれて、父に食って掛かってくれただろうけど、それは嫌だった。それをしてもらったらいけない気がした。


 それをしてもらったら……無い自分が更に無くなる気がした。


 

 丁度その頃、母国の王子の婚約者とお茶をする機会が増えた。

 将来の王妃達として、交流を持っていた方が都合が良いという、母国の人間の思惑だった。


 彼女は私と違って、ちゃんとした令嬢だった。

 一部の隙も無いくらい、王子の婚約者として完璧だった。それはもう、彼女の生家と敵対する家が彼女を貶めようと発言しても、負け惜しみにしか聞こえないくらいに。


 私と違って、自身の婚約を受け入れている令嬢。

 その令嬢の目は決して死んでいなかった。凛としたその雰囲気と瞳に、彼女も覚悟している側の、自分がしっかりある側の人間だと分かった。彼女も私と同じように、周りの大人たちの都合で、生まれた時から将来が全て決まってたのに、決して悲観的でもなかったし、洗脳されてる訳でもなかった。


「自分にとって今の状況も、無愛想な女でも面白がって気に入る王子との婚約も、都合がいいんです。お互い利用し合っている」


 表情筋が硬いとこが、若干私の父と被ったが、彼女は父とは違って、私が何かになることを望まなかった。

 ただ、そんな彼女に「貴方の婚約者はどんな方なのでしょうね」と何気なく一言零された時、また私は何も言えなかった。


 情報は頭の中にある、でもそれはきっと彼女が求める答えじゃない。

 私はまだ会ったことのないとはいえ、己の婚約者に対して、他人に与えられた情報でしか認識していなかったのだ。

 

 ああ、私って、生まれてこのかた、碌に自分で考えて行動して来なかったんだなって情けなくなった。

 考えられてるって思ってたんだよ。でも違うね、私は母という強烈な光に、なんとなく釣られていただけだ。


 自由も何も、私は周りの意見に染められてるだけで、碌に自分の意見もないじゃないか。


 その後から、急に私は自分の婚約者についての情報を集めた。


 ファリード王子、隣国の唯一の王子で、私の三つ下。

 蛇と白狐の要素が混ざった尾有りで、蛇要素は蛇と牛の尾有りである父王から、狐要素は母である王妃から受け継いだ。

 父王は我が祖国に非常に友好的である。理由としては、幼少期の亡命先、青年期の革命時の協力国ともに我が国であること、彼の終身相手が我が国の人間であるからである。

 王妃は我が国に反抗的でもないが、尾無しの国相手であるがゆえに別に友好的でもない。革命以前に己自身も同胞も尾無しに虐げられてきたがゆえに、国内の尾無しへの嫌悪と恐怖感情が強い。


 ……生まれる前から、暗殺未遂が多発してる。

 犯行は、国内の尾無しによるもの。

 同じような集団からではなく、毎回違う団体や出身のものが暗殺を仕掛けている。


 三歳の頃には、通常の大人なら確実に死に至る毒物を仕掛けられ、一週間死の淵を彷徨うが生還。蛇の要素が毒への耐性や解毒に役立っていることが判明。

 それ以降も何度も毒を仕掛けられるが、そのたびに寝込むものの生還。


 死なずの王子、

 尾有りの生命力と強さを示す至宝、

 尾有りの国を維持する奇跡

 として、尾有りからは注目を浴びている。


 しかし本人の気質は非常に穏やかで、城内の人間からは、常に笑顔でいる、木の上や地面の上で狐や蛇と戯れるのが好きで、武闘の類は苦手との感想を抱かれているそうだ。尾無しを嫌っているという様子も特にないそうだ。




 ……なんというか、歪だ。


 情報を整理したことで、私より3つ下の、8歳の子供が背負っているものが、おかれている状況が自分の思考の中で浮き彫りになる。

 なんで私はこの子のことをもっと早く知ろうと、認識しようとしなかったんだろう。


 私なんか比じゃないくらいに、不自由な少年のことを知ってからじゃないと私は己の自由のことを語る権利が無いと思った。



 だから、長年母と抵抗をし続けてきた隣国への訪問を、私は初めてすんなり引き受けたのだ。

 

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