18、冒涜と怒り
連れてこられたのは、集合墓所と言われる古墳のような場所。
こちらの世界では、貴族や王族であれば、所有地の一角にそれぞれの墓標を立て、名や功績を刻んだりするのだが、一般的には町の一箇所に集められ、穴を掘って埋めるだけだった。
そんな場所に、黒いローブの怪しい人物に先導され、町の若者達が巨大な魔法陣を描き、祈りを捧げていた。それは、町の繁栄を願う祈りではない。若者達の目は、希望に満ちた耀きなど無く、死人のような目をしている……いや!のような……では無い!死人だ。
「まどかお嬢様!この者共に生命の反応がありません!おそらくあの黒いローブの者は、死霊術師だと思われます!」
死霊術師。文字通り屍人を操る術を得意とする術師。魂魄の構造や成立ちを研究し、屍人に擬似的な魂を与え、操る術とされる。地域によっては、魂を人が創造する行為は神への冒涜として、禁忌とされる事もある術である。
「あの爺、若者達の魂を……許せんな」
放置すれば、この街の全ての命が危険に曝される。まどかは案内してくれた遣いに、
「直ぐにギルドに戻って!手分けして町の人達を避難させるよう、カスリンに伝えて!早く!」
と送り出し、いつでも飛び出せるよう身構えた。
「準備は、いい?MJ2お披露目よ!」
「うん!頑張る!」
「承知しました。晴れ舞台の幕開けでございますな!」
まどか達は、墓地に屯する怪しげな一団にジリジリと近付く。
「誰じゃ!」
黒いローブが気配を感じ、誰何する。声からして男、というより、爺だな。
「何をやってる!若者達に何をした!」
「ほう、小娘、訳知りか」
「お前、死霊術師だな」
「そうじゃが……ん?そのペンダント!そうか、おぬしがワシの実験の邪魔をした娘か。よかろう、教えてやろう。ワシの名はジャン、偉大なる皇帝陛下直属の魔導師、死霊術師のジャンじゃ!」
「皇帝直属だと?」
「そうじゃ。病に倒れられた陛下をお助けするべく、不老不死の研究をしておる。アンデッドの研究こそ不老不死への近道。もうすぐ、もうすぐなのじゃ!我が至高の研究の最終段階、そのためには最低一万の屍が必要じゃ」
「そんなくだらない事のために町を襲うのか?」
「こんな寂れた町の一つや二つ、偉大なる皇帝陛下の御命に比べれば微々たるものじゃ。それを……忌々しい小娘風情が邪魔をしおって……ワシの研究の邪魔をする者は、帝国への反逆と見なす!おぬしらの屍も研究の材料にしてやるわ!」
「……爺、それを世間じゃ、屁理屈って言うんだよ!人の命を奪うってのは、どんなに正当化しようと悪だ!財力や権力、能力や腕力、人は生まれながらに平等ではない。そんな不平等な世の中で、唯一平等なのが神から与えられた命だ。それを粗末にするヤツは、何人たりとも許さん!」
「ふん、小娘には理解も出来んか……まぁよい。丁度いい時間稼ぎが出来たわい。サモン!アンデッド!いでよ餓者髑髏!」
魔法陣から爆発的なマナの奔流、まるで黒い柱のように立ちのぼる。その柱が地面に沈んで行き、反転して押し出されるように何かが浮き上がってくる。それは夥しい数の骨の塊。幾重にも重なり、巨大な一体の骨格標本のようだ。町の若者達も巻き込まれ、骸骨の一部となって行く……
マナを吸収し終えると、全長十五メートル程の骸骨が前屈みの姿勢で歩き出す。
「餓者髑髏よ!すべて喰らい尽くせ!」
魂の無い骸骨は、魂を求め取り込もうと喰らい続けるという。けして宿ることのない魂を求めて……
「まどかお嬢様!此奴はわたくしとメグミお嬢様で足止めいたします。術者をお願いします!」
「わかった!」
メグミの樹木魔術による蔦で餓者髑髏の動きを止める。ジョーカーの剣技で骨が剥がれて行く。だが、磁石に吸い寄せられるようにまた張り付いてしまう……
まどかはスピードを活かし、ジャンに迫り攻撃するが、当たらない。躱されてるわけではないのに当たらないのだ。幻のようにすり抜けると、カウンターで攻撃を喰らってしまう。
「くっ!どういう理屈なんだよ?」
「ほぅ、小娘、なかなか面白い身体をしておるな。ゴーレムか?意志を持つゴーレムとは珍しいのぅ」
「なっ!」
「ハッハッハ、驚いておるな。ゴーレムなどアンデッドの延長みたいなものじゃ。ワシでも作れるわい」
「それがどうした!」
「わからぬか?作れるということは……操れるということじゃ!」
「させるか!」
「無駄じゃ!」
まどかがジャンをすり抜けた直後、背中に掌底を受ける。一瞬息が詰まり、動けなくなる。
「ほれ、しまいじゃ」
ジャンは両掌をまどかに向けると、覇気を放つ。
「まずい……意識が……」
「「まどか!」お嬢様!」
ジョーカーがジャンに剣技を放つ!が、ジャンの前にまどかが割って入る。
「なんと!」
「ハッハッハ、いいじゃろ?ワシの下僕じゃ」
死霊術によって、テイム状態にされるまどか。意識を封じられ、ジャンの命令通りに動く傀儡となってしまった。まどかの拳は、仲間であるはずのメグミに向けられる。
「うそ、どうしたのまどか?やめてぇ!」
「メグミお嬢様、まどかお嬢様は、術師に操られてるようでございます」
メグミを庇い、まどかの拳を受け止めるジョーカー。ジャンは愉悦に浸り、二人を眺める。
「これで三対二じゃの。まだ邪魔をするか?大人しく魂を捧げよ。偉大なる皇帝陛下の為に」
「まどかを返して!」
「聞く耳を持たぬか……餓者髑髏よ、町の者を喰いつくせ!ゴーレムはそこで喚いておる小娘共を始末しろ!」
『……』
『……アップデート準備中』
『……アップデート準備完了。自動アップデートを開始します』
『……ダウンロード中』
『……ダウンロード完了。インストール開始します』
『……インストール完了。アプリさんver.2.1.0は、正常にアップデートされました』
『名称まどかの精神にウイルス感知。セキュリティシステムによるウイルスバスター起動……正常化されました』
「……ん、あ、アプリ、さん?」
『名称まどか、精神正常化確認。オートアッフデートモード終了します』
「はっ!か、身体が、思うように、動かない……」
「まどかお嬢様、お戻りですか?」
「な、ジョーカー!私はなぜジョーカーと戦って……」
「おそらくは……術者に操られておいでなのですよ」
「……そうか。だが、戻ったのは精神だけだ。身体の自由はきかない……」
「なんと!」
「だがジョーカー、謎が解けた。私を操っている思念は、骸骨の中から感じる」
「ということは」
「あぁ、術者の本体は、骸骨の中だ!ジョーカーは骸骨を頼む」
「まどかお嬢様は、いかがなさいますか?」
「私は、私を取り戻す!そっちは任せた。本気出していいぞ!」
「御心のままに!」
ジョーカーとまどかは、互いを押し飛ばし、その勢いのまま、ジョーカーは骸骨に、まどかは術者の影に弾き飛んだ。
「メグミお嬢様、お待たせ致しました。まどかお嬢様には、本気を出せと言われてしまいました……ハハハ……」
「っ!……ジョーカーさん、蔦が、持たない……」
「わたくしが此奴の注意を惹きます。メグミお嬢様は、弓を御準備ください!」
ジョーカーは、紫色のオーラを纏うと、背中に蝙蝠のような翼が現れる。
「参ります」
骸骨の周りを飛び回り、時折剣技を仕掛ける。骸骨は五月蝿く飛び回るジョーカーを捕まえようと、手を伸ばすが空を切る……しばらくそうしていると、普段開けているか、瞑っているかわからないジョーカーの眼にマナが籠る。
「魔眼、発動!」
ジョーカーの瞼がゆっくり開くと、赤い輝きを放つ眼が骸骨を観察する……
「……どうしたのじゃ?ゴーレムの動きが悪くなったではないか!」
「……ちっ、あぁ、めんどくせぇ……」
「なんじゃと?」
勝手に動く身体に、必死に抵抗するまどか。いつしか動きが完全に止まった!
「小娘!抵抗しおるか!ならば今一度……」
術者の影は、支配を強めようと再びまどかに両掌を伸ばす。もう少しで胸に掌が届こうとする寸前、
「爺……私の身体に、勝手に触るんじゃねぇ!!」
まどかは掌を掴み、身体を捻ると、背負い投げを打つように地面に叩きつけた!そこに転がっているのは、ヘラヘラさんだった。掌には魔法陣が描かれている。こいつがまどかを操っていたカラクリだった。術者の影は、空に溶けるように消えた。
「なるほどな、幻術師か。幻術の影を盾にして後ろに隠れてたと。掌の魔法陣は爺の術か。私が攻撃したのは影、そして私に無許可で触れたのは、お前だな!」
まどかの怒りの表情。拳を握り、一歩づつヘラヘラさんに歩み寄る。その一歩はまるで、執行のカウントダウンである。
「ひぃっ!……」
足を引きずって逃げようとするヘラヘラさんに回り込み、まどかはラッシュを撃ち込む!
「お前は、出禁だぁーーっっ!!!」
十メートル程吹っ飛び、前歯はへし折れ、血の混じった泡を吹いて、ヘラヘラさんはピクピクと痙攣していた。
「ジョーカー!待たせた」
「まどかお嬢様、ご無事でなによりでございます」
「あぁ。此奴を片付けるよ!」
「では、まどかお嬢様は、メグミお嬢様のお傍に。わたくしが目印をお付けいたしますので」
「わかった」
まどかはメグミの隣でマナを練り始める。メグミの集中力はMAXだ。そしてジョーカーは動き出す……
「見えました」
大きく羽ばたくと、一気に距離を詰める。骸骨の手を躱し、剣技を放つ!
「瞬剣五連撃!」
骸骨の喉元、胸の上部が弾ける!
「エクスキュジョンアロー!」
メグミの放った一条の光が、同じ箇所を爆散させる!赤黒いコアに包まれた、術者の姿が顕になった。
「炎陣、フルインパクト!」
全身に炎を纏い加速し、両掌を組んで、前回転で勢いを付け、組んだ拳を叩きつけた!
「おのれ小娘〜〜っ!!」
コアが衝撃に押し潰され、ピキピキと音をたて、限界を超えて破裂する。その衝撃の勢いは止まらず、爆炎と共に重なり合う骨の壁を突き破った!
コアを失った餓者髑髏。膝をつき、消えぬ炎に焼かれ、灰となって崩れ落ちる。希望に胸を膨らませたはずの町の若者達を弔うように、まどかの炎は、先程とは変わって優しく包むのだった……
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不定期になるとは思いますが、よろしくお願いします。
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