最初に気づいたのは
校舎の右半分を見終わって、考えていたわけじゃないけどスカーレットの提案に乗って昼食を取るにはちょうどいい時間。
それは俺たちだけじゃなくて、見学に集まった学生にとっても同じ。
「やっぱ混んでるよな」
ポツリと呟いた言葉には、頷きだけが返ってきた。休日だからいつもなら時間がばらけて席が無くなるくらい混むことってないんだけど、今日はやはりというか俺たちが連れてきたというべきか。
「しょうがない、事務室に連絡して談話室でも……」
「あ、ちょっと待って。あの子僕たち呼んでるみたい」
スカーレットの提案にそれしかないよな、なんて考えていたら、厨房からこっそりと手招いているセリの姿が見えた。それに気づいたユリエスがサッと動いて言葉を交わした後、お礼を伝えているように見える。
フード被ってるから顔はもちろん見えないし、そんな雰囲気ってだけなんだけど。ユリエスがこっちに向かってくるのと同時にセリも俺に手を振っているから、たぶん、合ってると思う。
「こうなるだろうからって、料理人の休憩室空けてくれてるって。
今から一時間、僕たちだけで使っていいってさ」
「それは助かりますね。さすがにこの中でフードを外すわけにはいきませんし」
食堂を見渡し、その人の多さに苦笑いしたカインの言葉に同意して、あまり人の目の付かないうちに移動する。とは言っても、もう注目は嫌というほどに浴びてるけど。
そうしてセリが案内してくれたのは、厨房から扉一枚挟んだだけの小さい部屋だったけど、俺たちが食事をするのには十分な広さ。そこには、すでに人数分の食事が用意されていた。
「副料理長の指導のもと、皆さんの食事は私が作らせていただきました」
そうして扉の前でスッと待機する体勢を取ったセリを見て、俺とユリエスがフードを外す。そうして声をかけようとしたら。
「え、ディオその髪の毛どうしたの? ユリエスもだけど、だいぶ印象変わるわね」
仮面付けていたよな、と自分の顔を触ると確かに指に固い感触がある。間違いなく仮面は付いているし、髪色に対して言ってくるって事は魔法だって解けてない。いや、解けたら自分で気づくか。
「お嬢さん、こやつらの区別がつくのかね」
「え、ええ。こっちの金髪がディオ、青髪がユリエスでしょう?」
これは、完璧に見抜かれてるわ。さっきの発言ならどっちがどっちかの区別がないからどうとでも取れるけど、色まで当てられたら確実に区別ついてるだろう。
「そこまで見抜かれているのであれば、この場で隠す意味はなかろう」
「いや、俺らもこんなにあっさりバレるとは思ってなかったんだけど」
「声まで変えられるのね? それは魔道具……ってごめんなさい。
まずは食事をどうぞ」
冷めないうちに、なんて促されたけどにこやかな笑顔を崩さないじじいも、未だフードを外そうとしないカインも間違いなくセリの事を警戒してるな。そりゃ俺たちの事をこんな短時間、というよりほぼ初見で見抜いたんだから、気を張るなっていう方が無理だろう。
首につけていた魔道具を外し、セリの見えるところに置く。つけるのが俺だと聞いてなぜか張り切りだしたバランを説得して、とてもシンプルなデザインにしてもらったネックレス。
そうしていつもの声で告げれば、取る方の意味合いだって変わる。
「ライナス、カイン。
彼女は、セリは俺たちの事を知っている」
だから、魔道具を外しても問題はないと。俺たちが警戒していない事を伝えないと、この二人はきっとそのままだ。そう思って名前を呼んでからしばらく、最初に動いたのはじじいだった。
「ディオからそんな事が聞けるとはな。長生きはするものだ」
「何言ってんだじじい。殺しても死なないだろうが」
こっちを見ながら笑ってるのを隠そうともしないじじいに、いつものように返す俺の事を見てセリが驚いたような顔をしているが、それもすぐに何かに納得したような表情へと変わった。
その様子を見ていたカインも、大丈夫だと判断したのかフードを外して軽口を叩く。
「ライナス様にはまだお元気でいてもらわないと。躾に手のかかる子犬をお持ちでしょう?」
「カイン、それってこの間の事を言ってる?」
「さあ、どうでしょう。なにせあちこちで粗相していますから」
ユリエスの指すこの間、がどれだか分からないけど、俺に突っかかってくるくせに書類も満足に書けないあいつらの事だったら、だいぶやらかしているみたいだな。
まあ、他の連中だって見ているだろうし、俺の事も見極めのひとつに使われた可能性だってある。カインの言葉通りなら、まず間違いなくそうだろう。
「そんな事よりも、せっかく用意してもらったんだもの。
いただきましょ?」
「それもそうだね。セリはもう食べた?」
「わたしは味見がてらもう食べたわよ。足りなければ持ってくるから教えてね」
俺たち学園にいる側としては割と見慣れた料理だったんだけど、じじいとカインの最初の一口は恐る恐るだった。口に合うことが分かってからは進みが早かったけど。食事が終わり、一息ついたところでユリエスがセリにも席を進めた。
「それで、セリはどうして僕たちの見分けがついたんだい?」
「瞳の色が変わってないから」
「それだけか?」
「……ユリエスのその色、知っていたから」
そういうことか、それは俺たちは納得できる理由だけど、他の三人には伝わらないだろう。セリの事情を知らないんだから。
「セリさん、色を知っていたというのはどういうことかしら」
「わたし、小さい頃に死にかけたんです。その時に」
「なるほど。戻ってきた者は今までなかった知識を得て帰ってくると言われているが、それか」
頷くじじいの隣でスカーレットが表情を曇らせているが、それを吹き飛ばしたのもセリだった。
「ええ、先ほど召し上がった食事もその一部ですよ。得たものは有効活用しませんと!」
「おかげで俺たちは美味しい食事をいただけたんですね」
「そうです。それに、アリス先生。わたしは今楽しいんですよ」
「楽しい?」
きょとんとしたスカーレットに、満面の笑みを浮かべたセリは言葉を紡ぐ。それは、心の底からそう思っていると分かる声だ。
「魔法学園を知れた、入学も出来た。魔法を使って、領民の助けになれる。
伯爵令嬢として役に立てているんです、わたし」
「そう、なら申し訳ないと思うのは失礼ね」
スカーレットの言葉に頷いたセリはそれはもう、嬉しそうに微笑んだ。
「さて、それじゃあ下見の続きをしますか」
ネックレスをつけ、フードを被って席を立ちあがる。食器を返そうと手を伸ばしたら、それはこちらの仕事だとセリに取られてしまった。
料理を気に入ったらしいカインが残念そうにしていたので、テッドの実家だというパン屋を教えているセリはなかなかに商売が上手いのかもしれない。食堂では出ない物も、新作としてレシピを提供してありますよなんて言葉を添えているんだから。
これであのパン屋に通う奴が増えるな、なんて思って部屋を出ようとしたら俺とユリエスにだけ、そっと何か手渡された。
「テッドから、具合の悪いユリエスにって」
「ああ、朝作ってくれてたもんな。それは?」
「一口サイズのサンドイッチとゼリーよ。わたしが部屋に届けたことになってるから」
テッドは料理人だし、この食堂の賑わいを見たら今日は厨房にこもりっきりだろうから、セリに頼んだんだろう。自分だって忙しいはずなのに、ちょっと言葉を交わすだけの学生一人のことを気遣ってくれるのはすごいな。
「ありがとう、夕方にお礼を言いに行くよ」
「ええ、待ってるわ。
仕掛けてくるのはこの後よ、気を付けてね」
それじゃあ、と見送ってくれるセリに手を振って返し、休憩室を出る。
「瞳の色、変えられるか?」
「やったことないけど、やっておくしかないよね」
せっかく忠告してくれたんだから、役立てないとな。
先に出て待っていた三人に理由を告げて確認してもらう。髪色変えるのと同じ感覚だろうと思ったら、範囲が狭くてちょっとだけ調整に時間がかかったが、何とか変えることが出来た。
「それじゃあ、左側。実習室なんかがある方に行くわよ」
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